28 挑まれる者
決闘の女神への宣誓。それが終われば女神像からモアイ像のアクセサリーが飛んで来て、俺はそれを首に掛ける。
バルバドスも同じように掛け、それにて準備が完了した。
そして訓練場の中央に互いに移動し、10メートルほど離れた場所で向き合う。
審判はいらない。
しかし開始の合図はいる。
無言で互いに武器を構えたのを確認した瞬間に鳴り響く銅鑼の音。
「ウォオオオオオオオオ!!!!」
雄たけびを上げて先手を取ってくるのはバルバドス。
足は速く、素手で挑んでくるところから格闘戦かと一瞬思ったが、足の運びと体の動きから、徒手空拳の攻撃ではないと断定。
「ハハハハ!!初見でこれを見切るか!!」
「ウエポンズゴーレム、珍しい武器を使うな」
「アカム様の加護を持つ我にはちょうど良い武器よ!!」
案の定、中途半端な距離で踏み込み槍の間合いよりも遠い距離から振り下ろすような動きを見せた。
空手で攻撃するには遠すぎる距離だが、突如としてバルバドスの腕輪が光り、そこに現れた鉄球の付いた鎖を握り、鎖をなびかせて振り下ろしてきた。
なるほど、特殊変形するタイプのウエポンズゴーレムなら槍よりも遠くから攻撃ができる。
遠心力を上手く使い、素早く攻撃ができるようにしてくる。
「次は連結剣か」
「お前の槍とまともに打ち合っては我の武器の方が先に折れてしまうのでな!!打ち合いは最小限にだ!!」
使い慣れている。
スキル頼りではなく、しっかりと武術の鍛錬を積んでいる動き。なるほど、戦いまくっているから、実地で体の動きの最適解を見つけたのか。
俺が踏み込み、槍の間合いに持ち込もうとした瞬間にバルバドスの持つ鉄球が光って武器の種類を切り替える。
鎖とは違うこすれるような音。振り回すような動きからしなるような動きへの変化。
鋭い刃のついた鞭のような武器。
非現実的な武器ではあるが、この世界であれば実用的な武器の範疇に入る。
ウエポンズゴーレムの武器変化の時間を間合いで稼いで、俺に攻撃させないつもりか。
だが、これでスロットの二つは見れた。
「そうできるのが理想だな」
鉄球に、連結剣。
中遠距離、中距離、そしてもう一つはなにか。
性格的に勇猛果敢に攻めてくると思ったが、バルバドスが最初にとった戦略は虚をつくような攻撃パターンからミドルレンジにつなぎとめるという、俺の行動を制御しようとする動き。
元々ウエポンズゴーレムはそのギミック機構があるから通常の武器よりも耐久値が減りやすい。魔法生物認定のゴーレムには、弱者の証も不壊のスキルも付与できない。
おまけに、いろいろな武器を使い分けるという点からパッシブスキルも複数必要になる上に、それぞれのフォームによってスキルの発動条件が変わるから、ゲームで使っていたプレイヤーはロマンを愛するような人ばかりだった。
「やはり、速いな!!」
「レベル差がありすぎるからな」
そんな愛用武器を使って牽制攻撃しながら俺の動きを観察し、情報を得ようとしている。
PVPのセオリーがわかっている。
初見の相手にいきなり全力でぶつかって戦うよりも、ある程度情報を得てから戦った方が立ち回りはしやすい。
教科書通りと言えばそれまでだが、バルバドスは何か狙いがあるようにも見える。
「確かに、我のレベルが足りないが!これならどうだ!!」
「こりゃまた、バズソーとかネタ武器を引っ張ってくるか」
三つ目の変形が刃を回転させる武器だったことに、笑いがこみ上げるが、FBOではこのバズソーは意外と侮れない武器だ。
武器破壊系の中でもなかなかの性能を誇るし、武器スキルは剣術と大剣術の2つの影響を受けるから火力も出せる。
「だけど、マジックエッジで保護してやれば武器の耐久度は減らずに済むと」
「くっ、この武器の対策を持っておったか」
ただし、それはまともに打ち合えばの話だ。
俺のオリハルコンの鎌槍は弱者の証ではなく、精霊たちの協力で不壊のスキルが付与され、さらに限界までスキルが付与されている。
「加えて、刃が見にくいときたか!!」
その数、不壊を含めて8つ。
クラス8の武器であるオリハルコンの鎌槍には、攻撃力を上昇させるだけではなく、クリティカルダメージ上昇、パリィ成功率上昇、幻影効果、スキル消費魔力減少、攻撃速度上昇、スキル発動妨害が付与されている。
バルバドスが攻撃が見にくいと嘆いているのは、幻影効果によって刃先がブレて見えるようになっているからだ。
対人戦だけではなく、モンスターと戦う時にも武器がまともに見えないというのは効果的だ。
欠点は使い手もその影響下に陥ることだが、慣れれば問題ない。
「そろそろ本命の武器を出しても良いと思うが?」
「そうするか!!」
正直こんな武器を持って戦うのは大人げないとは思っているが、全力を所望されたからにはこっちも全力で戦う。
鎌槍を弾き、間合いを離したいんだろうが力でもこっちの方が優れていて、なおかつ動きも速い。弾こうと腕を振るったバルバドスの動きに合わせ、俺は鎌槍の蛇のような動きで迎え打つ。
「むっ!?」
「力任せに弾くのはいいが、こういう時にはこういう技も有効だ」
鎌槍の鎌の刃を利用し、巻き取るように武器に這わせ、テコの原理を使い、軽く力を入れるだけで武器というのは巻き取れるのだ。
「なんと!?」
武器が弾かれるように宙を舞い、一瞬であるがバルバドスが無手になる。
その一瞬があれば、心臓打ちでこの戦いに幕を下ろすことはできる。
「これで終わり」
心の中で心臓打ちを発動させ、がら空きになったバルバドスの心臓めがけて鎌槍の刃が迫る。
そしてその刃はあっさりと心臓に届き。
その瞬間モアイ像が砕け散り、いつかのダッセとの決闘の時にも感じた俺の攻撃を無理矢理止めようとする衝撃を手元から感じる。
「カハハハハハハハハハ!!我が、この我が、手も足も出ずにあっさりと負けたか!!」
尻もちをつき、茫然と俺を見上げるバルバドスは、負けたというのに何とも楽しそうに笑う。
俺は空中に舞い上げたバズソーをキャッチし今もなお笑うバルバドスを見る。
「何とも儚い最強であったか!!北の大陸では負けることなどほぼないというのに、いや、愉快愉快」
パンパンと地面を叩き、笑い転げるバルバドスは、一通り感情を吐き出した後。
「そして、悔しいなぁ。力の差はなんとなく察せていた。だが、一矢報いるくらいはできると思っていた」
寂しげに笑った。戦うことが好きで、勝敗を素直に受け入れられる。
その純粋な心意気は、どことなく俺たちゲーマーと通じる部分があるような気がした。
「バルバドスに足りないのは格上との戦闘経験だな」
「お前ほど強い奴なら、我と同じではないのか?我よりも強い奴は数えるほどしかいなかった。そ奴らも気づけば我よりも弱くなり、気づけば我と戦えるものがいなくなった」
そんな彼に向かって手を差し伸べて立ち上がらせ、戦った感想を伝える。
その返答は寂しさを混ぜ合わせた羨望の眼差しだった。
基礎もできて、向上心もある。
力に溺れるのではなく、力を使いこなそうとしている。
それは、FBOというゲーム環境とは違った環境で懸命に自分の力を伸ばそうとした証だ。
そしてその結果、挑むことができなくなってしまった。
「ここなら、それが無くなるか?」
「ハハハハハ!俺に一矢報いてからそれを言え。少なくともここには今のお前よりも強い奴が俺以外にも最低5人いるぞ。それに戦った感じからすると、西の英雄のクラリスや、そこにいるエーデルガルド公爵の兵士たちに勝つのもかなり苦戦すると思うぞ」
「なんと!そうなのか!?」
エンドコンテンツまでやり込み、もうやることが無くなってしまった所謂燃え尽き症候群と言えばいいだろうか。
その気持ちはわかる。
そして新しい敵が出てくると飛びつきたい気持ちもわかる。
「ああ、ちなみにその一人が俺の従者をしてくれているイングリットだが、やってみるか?」
「是非も無し!!」
強い敵と戦いたい。
だけど、その強い敵が周りにはいなかった。
北の大陸で戦える、最高クラス一歩手前までいっているあたり、相当戦いまくってたんだろうな。
これでEXBPも獲得出来たら、かなり強くなるのではないか。
コンと戦ったことはないが、なんとなく戦いの才能という面ではバルバドスが頭二つ分位抜きんでているような気がする。
「だがその前に!」
「ん?」
このままイングリットに挑み、連戦になるかなと思っていたがバルバドスは居住まいを正し、その場で胡坐をかき、両手を拳にして地面につき頭を下げた。
「知恵の女神の使徒、リベルタ殿。いや、お師様!我はあなたの力に感服した!!是非とも我をお師様の弟子にしてほしい!!そのためになら我はなにを差し出しても構わぬ!!」
それは、北の大陸では最大限の敬意を示す仕草。
「いいよ。こっちの要求を呑んでくれるならバルバドスが連れてきた部下も一緒に鍛える」
「感謝します!お師様!!」
その純粋さに答えたくなって、どんなことを要求するかと考えるよりも先に安請け合いしてしまった。
これで、向こうが用意できるものが少なすぎるとなったらどうしようかと思ったが、そういえば北にはあの人がいたな。
もしコネクションがあるのならその人を紹介してもらえるように手配するか。
「なら、交渉が出来そうな人はいるか?その人とエーデルガルド公爵を引き合わせたいのだが」
「爺やがいます!爺や来てくれ!!」
そのための交渉役はどう見ても彼ではないとわかっていたので、誰かいないかなと思っていたら、きちんとお目付け役はいたようで。
観客席から飛び降りて、こっちに走ってくるのはたぶん狸の獣人の御老人。
「お呼びですか、バルバドス様」
「うむ!爺や!我はお師様に弟子入りするぞ!!そのためには色々と交渉がいるみたいでな!!爺やに任せるぞ!!」
「かしこまりました。して、リベルタ殿。あなた様と交渉すればよろしいのですかな?」
「俺との交渉の前に、あちらにいるエーデルガルド公爵と交渉してください。国同士の交渉と俺個人の報酬交渉という形になるので」
「なるほど、あい分かりました。バルバドス様、吉報をお待ちくだされ!」
「うむ!任せたぞ!!」
好々爺と言った感じの雰囲気を漂わせる人であったが、その雰囲気で数多の人と交渉してきたことを匂わせるほど自信に満ち溢れていた。
爺やと呼ばれた老人が、エーデルガルド公爵の方に歩んでいくのを見ると、険しい顔をしている陛下の顔も見えた。
何やらお困りごとのような気もするが、そこはエーデルガルド公爵にお任せだ。
「さて、エーデルガルド公爵とそっちの爺やさんが話し合っている間少し時間がある。イングリット!ちょっと来てくれ」
「お呼びでしょうか」
「おお!動きが速いな!!」
ならば、まずは前払いで約束を果たすとしよう。
「武器はあるか?」
「はい、こちらに」
「それじゃぁ、悪いが彼と一度戦ってくれないか?手を抜かず全力でだ」
「かしこまりました。バルバドス様、不肖、このイングリットがお相手させていただきます」
「うむ!イングリットも強そうだ!!」
俺が審判を務める形で、再び訓練場の中央に移動する。
再戦するのかと観客席がどよめくが、今回の相手はイングリットということでメイドが戦う?とどよめきが大きくなる。
「我、バルバドス・レオンは正々堂々挑むことを誓う!!」
「私、イングリット・グリュレは主の信頼に誓い、正々堂々戦うことを誓います」
そうして再び開かれる戦端。
「さっきは見せる間もなかったが、今回は最初から使わせてもらうぞ!!」
イングリットが箒を構えることを気にせず、バルバドスが取り出したのは方天画戟。
かの有名な呂布将軍が使っていた武器だ。
両者武器を構えたことで、準備が整ったと判断。
「始めっ!!」
俺は手を上げ、そして振り下ろすのであった。




