25 逃亡
コンにゲンジロウとの取り持ちを要請して、早くも三日。
この世界でも一応緊急時に連絡を取れる手段は持っているようで、コンから一応交渉はできるようになったとだけ経過報告を受けた。
そして、それ以外にもエーデルガルド公爵閣下から、ロータスさん率いる査察団が着々とホクシの貴族と商人たちの不正を暴き、証拠の山を積み上げているという話も聞き、ボルドリンデ公爵が爵位を失うのも時間の問題だということも聞いた。
「リベルタ、最近怖い顔をすることが多いけど、大丈夫?」
急展開に置いていかれないように情報収集の網は常に張り巡らせている。そのため、もうそろそろボルドリンデ公爵が行動を起こすのではと警戒心が高まっている。
その警戒心が時折表情に出てしまっていたのか、昼食時、パーティーメンバーが揃ったタイミングで、隣にいたネルが心配そうに俺の顔を覗き込んで聞いてきた。
「んー、大丈夫かどうかはまだわからないって言った方がいいか」
確定情報ではないので教えるかどうか一瞬悩んだが、伝えなかったために後々面倒になる可能性を考え、情報共有した方が良いと決断した。
「たぶんだけど、近いうちにボルドリンデ公爵が動く。それも周囲に混乱をまき散らすような形で」
「・・・・・それは、お父様もご存知ですの?」
俺のゲーム上の知識、そして現時点での状況を考慮した判断だ。
絶対とは言わないけど、かなりの確率で当たると思っている。
ボルドリンデ公爵からしたら、身代わりを出して身柄を拘束されていない今の状況なら自由に動くことができる。
いま王城にいるボルドリンデ公爵が身代わりであることを証明したいのはやまやまだが、マーチアス公爵が横槍を入れてきているので、それができていない。
「既にご存知、というより俺の推測情報は逐一公爵閣下に伝えてあるからそれを踏まえて行動していただけていると思いますよ」
本当に貴族関係は面倒だ。
かといって、それをないがしろにして貴族に喧嘩を売ると国家が敵になるから下手なことはできない。
いかに悪事を成していたからとて、表向きは国家を運営している権力者なのだ。
どこぞの正義の味方みたいに、「お前は悪いことをしているから成敗してやる!!」と果敢に挑んで倒したとしても「お前何やってるんだ?」と国にキレ気味で対応されてしまう。
FBOでの貴族プレイは基本的に根回しに時間が割かれる。
戦は戦う前にすでに決着がついているとはよく言われるが、貴族のやり取りもそれに近い。
それがわかっているからこそ、そうやって対応している。
「それなら、いきなり変なことにはならないよね?」
「さてな、相手からしたらこっちの予測を外して行動した方が効果的に動けるからな」
トラブルが起きると断言するからには、この場の空気が悪くなることは覚悟していたが、皆の食事の手が止まってしまったことは心苦しい。
アミナが不安気に今は大丈夫かと聞いてくるが、それに対しても俺は首を横に振らざるを得ない。
こっちの思惑通りに動くような人物であれば、城蛇公爵などとは呼ばれはしない。
奇策、暗躍こそが彼の本領だ。
システムで設定されているNPCであった時でさえ、罠にかかるプレイヤーが続出したほどだ。
「考えても仕方ありません。イングリットさんの料理が冷めてしまいますよ」
「そうですわね。暗い話はここまでにしましょう!」
ここで話していても解決策は出てこない。
それならばイングリットの作った料理に舌鼓を打つ方が何倍も有益な時間になるだろう。
料理スキルをカンストしたイングリットの料理は疲労回復効果を付与した特別製。
味良し、回復効果良しと、食べるだけで文字通り元気になれる料理だ。
そんな料理が冷めるのはもったいないと、クローディアとエスメラルダ嬢が率先して場の空気を入れ替えてくれるのでそれに乗って料理を口に運ぼうとしたその時だった。
玄関ドアを強く叩く音が聞こえた。
「噂をすれば影ってやつかね」
「私が行きます」
「頼む」
ピタリとフォークを口に運ぶ手が止まり、そして苦笑して辺りを見回すが皆が緊張しているのがわかるくらいに顔が強張っている。
イングリットが玄関に向かい、そして対応しに行って。
「リベルタ様」
「・・・・・なるほど、ボルドリンデ公爵が動きました?」
「ああ、そう言うことだ。ついさっき軟禁している部屋からボルドリンデ公爵の姿が消えた」
戻ってきたイングリットが連れてきたのはエーデルガルド公爵だった。
護衛を引き連れての来訪。
それが意味するものは、おおよそ察しがついた。
ついにボルドリンデ公爵が動いたということ。
「思ったよりも遅かったですね」
「動くとは聞いていたが、時期まで予想していたのか?」
「そろそろかなとは思っていましたよ。そのための準備もしていましたし」
「準備だと?」
それに対して俺は慌てていない。
むしろ相手の本体の居場所を掴むためのチャンスと思っていた。
「アミナ、闇さんと連絡取れる?」
「もちろん!」
俺が驚かず、そして冷静に対応していることに公爵閣下は怪訝な顔で見てくるが、俺はそこは気にせず対策を披露するためにアミナに頼んでとある精霊を呼んでもらう。
「もしもし、闇さん?ちょっとリベルタが呼んでるから来てくれる?」
精霊界に電話でもかけるようなノリでアミナは右耳に手を当てて、虚空に向かって話しかける。
別に何かの演技ではない。アミナの手の中に闇さんが作った通信用の小型魔道具があるのだ。
それはファンクラブの会員同士で連絡を取り合えるようにと闇さんが作った物で、アミナのものは世界を越えて通信できる特別製の魔道具だ。
精霊と契約することで、契約した精霊の精霊回廊を介して精霊界と直接通話できるようになるという代物。
通信先は限られるが、作った当人が真っ先に自分の連絡先を登録するのは仕方ないことだろう。
「閣下!お下がりください!!」
そこら辺のファンクラブ会員の特権はひとまずスルーして、アミナの呼び出しによってリビングの一角に闇があふれ出す。
その怪しさに公爵閣下の護衛が閣下を庇うが、俺たちは気にしない。
「呼んだか?会長」
「闇の大精霊だと!?」
いつもの軍服姿での登場、そして登場した存在に目を見開く公爵閣下。
「うん、呼んだ。見張ってた対象は今どこに行っているかわかる?」
「ああ、あの妙な魔道具か。うむ、問題なく某の知己の闇の精霊に追跡させている。今は地下の下水道を北の方向に進んでいるぞ」
そんな公爵閣下の反応はひとまず置いておいて、魔道具の帰る場所を把握するために闇さんに現在地を確認すれば彼は連携してくれている闇の精霊に連絡を取り確認してくれる。
「り、リベルタよ。その闇の大精霊はお前の契約精霊なのか?」
「いいえ、友達です」
「それとリベルタ殿はアミナちゃんの歌を盛り上げてくれる、我らがファンクラブの会長でもあるぞ!!」
「・・・・・」
本来大精霊は、人にとっては神のように崇める対象になることもある存在だ。
そんな存在が突然現れ、俺と気安く会話を始めてしまえば、ボルドリンデ公爵の失踪が頭から一瞬無くなって関係性を聞きたくなる気持ちもわかる。
「ひとまず、俺と仲のいい大精霊の闇さんと覚えていただければ大丈夫です」
「うむ!人間よ!某のことは闇さんと呼ぶといい!!」
「・・・・・わかった」
そして公爵のその顔は、俺だからこういうこともあるだろうと諦めて納得し、どうにか受け入れた時のいつもの表情だ。
「それで、ボルドリンデ公爵の身代わりは下水道を通って王都から脱出して自分の領地に戻ろうとしているのか?」
気を取り直して、ボルドリンデ公爵として拘束していた身代わりが下水道を通って逃走していることを確認する公爵閣下。
相手が自分よりも遥かに長い年月を生きる闇の大精霊であるからか、若干気後れしているようにも見えるが、ここで遠慮しても始まらないと思ったのか公爵閣下は堂々としている。
「その通りだ。体をスライムのように粘体化させていろいろな隙間に入り込み追跡されないようにしているな」
「それではさすがの精霊であっても追跡するのは難しいのではないのか?」
「某たち闇の精霊は闇があればどこにでも入り込むことができる。あの程度の逃走で振り切れるはずが無かろう」
物理的に隙間があればどこにでも入れるスライムのような存在になった魔道具と、闇という概念があればどこにでも入り込める闇の精霊。
逃走者と追跡者の勝敗の軍配は、闇さんたちに上がった。
「元々、人の監視だけでボルドリンデ公爵を監視しきれるとは思っていませんでしたので、こうやって精霊に頼んでボルドリンデ公爵を監視してもらってたんです」
「ついでに、下水道に展開されていたダンジョンの方も某の仲間が攻略している最中だ」
「下水道にダンジョンだと!?」
「ボルドリンデ公爵が逃走して、その追跡に人々の意識が向いている間に地下でダンジョンを作り、さらに世間の目がそちらを向いている隙にスタンピードを起こして、下水道から溢れだしたモンスターで王都を壊滅させるか、最低でも混乱状態に陥らせるつもりだったんでしょうね」
さらに、破壊工作の方もしっかりと対処済み。
報酬でアミナのライブを約束し、さらに闇さんたちと一緒にBBQもすることも追加したら快く手伝ってくれましたよ。
「うむ、クラス4のダンジョンを多数に、本命と思わせるクラス5のダンジョンが3つ、そして見つけられなさそうな場所にクラス6のダンジョンを設置していたぞ」
「対処の方は?」
「大丈夫だ。事前にリベルタからダンジョンの攻略法は教えられているし、最近の某たち精霊のブームにダンジョン攻略が入っているのだ。人よ、安心して任せるが良い」
「う、うむ。精霊たちが力を貸してくれるのならこれ以上になく心強いが・・・・・ブーム?」
おかげで王都陥落などがなくて本当に良かったよ。
さすがの俺でも複数のスタンピードが一気に起きてしまったら王都の住民を守り切ることなんてできない。
こういう破壊工作をしてくる相手だろうとは思っていたから、あらかじめ対策を打っていたわけだ。
エーデルガルド公爵の表情がチベットスナギツネみたいになっているが、重大なトラブルは事前の対処で解決できたのだから気にしないで欲しい。
「ありがとうございます」
「うむ、お礼はアミナちゃんのライブで返してもらうから問題はない。あとリベルタ、雷のやつがたまには会いに来いと愚痴っていたぞ。こちら側が忙しいのはわかっているが、例の物の進捗を確認するついでに会いに行ってやれ」
「あ、はい」
「うむ、それでは某も追跡に戻る。奴の行き先がわかったら報告に来る。吉報を待っていろ」
そうして、エーデルガルド公爵の脳みそに過剰の情報を叩き込みつつ闇さんは精霊回廊を開き、闇の中に入り込むように立ち去っていく。
「と言うことで、ボルドリンデ公爵が逃げても問題ありませんよ?」
そして嵐のようにではないが、場の空気を完全に崩壊させた闇さんが立ち去ったので俺はエーデルガルド公爵に向かって笑顔で大丈夫だと言った。
「ああ、どうやらそのようだな」
念には念を押しておく事こそトラブル回避の要諦だ。
「ただ、これでボルドリンデ公爵が完全に敵対したと思っていいでしょうね」
「元より、明日には陛下が爵位のはく奪を言い渡すことになっていた。おそらくだがそれを察しての行動であろうな」
部屋に入ってきたときと比べて幾分か表情から緊張が抜けている。
「とりあえず、陛下にこのことを奏上してくる。リベルタよ他に何かお伝えすることはあるか?」
「あ、マーチアス公爵が怪しい動きをしているのでそっちの方面に圧力をかけて動きを封じるようにお伝えしておいてください。勝ち馬に乗った方が得だと言っておけばあの人は止まると思うので」
「・・・・・どこまで見えておるのだ?」
「全力全開のリベルタさんなので、見える範囲は広いんです」
ボルドリンデ公爵に向けて想定した対策がぶっ刺さったので、最高の笑顔でエーデルガルド公爵を見送った後、
「さてと、冷めちゃったけど食べようか」
そう言って昼食を再開するのであった。




