23 教育プログラム
コンとの交渉は生憎とまとまらなかった。
互いにというより、俺側が提供する内容に対してコンが代価を用意できなかったため、交渉は後日に持ち越された。
俺からしたら、このロスはあまり歓迎したくない。
しかし、だからと言って俺の情報を安売りもしたくはない。
エーデルガルド公爵を交え、コンが本国との交渉で良い条件を引き出すと約束したのだからそれを待てばいいのだが。
「こっそりのぞき見されないように気を付けないといけないのが面倒だよなぁ」
「どうしたの?」
「いや、独り言」
バレたら国家間の問題になるからそんなことはしないとは思うが、万が一や他の勢力からの監視を考えると防諜活動はしっかりとしないといけない。
エーデルガルド公爵家の暗部の人たちに、後で何か差し入れをしておこうかなと考えながら、ダンジョン内での戦闘を見守る。
「アミナ無双ってやつか」
「むそうって?」
「とんでもなく強いってことだ」
「そうですわね。アミナさんが参加するとしないとでは兵士たちの戦闘能力がだいぶ違いますもの」
エーデルガルド公爵家の私兵の平均レベルはクラス4になりかけている。
クラリスたち、西側陣営の平均レベルがクラス3の序盤くらいだと考えると、だいぶ進んでいると言える。
そして現在はエーデルガルド公爵家の私兵を全員クラス4に引き上げるための最終調整段階。
要は、全員をクラス3カンストに持っていこうとしているわけだ。
俺たちがクラス3でレベリングしたのは、悪環境での戦いという条件をクリアするためにマタンゴのダンジョンだったが、アミナのバフ、そしていざという時のエスメラルダ嬢の援護が入るのなら、イングリット無しでもこういう場所でのレベリングが可能になる。
「ウォオオオオオ!!寒くない!!寒くないぞ!!」
「ペンギンごときに負けてなるものかぁ!!」
「我らにはアミナ様の祝福があるぞぉ!!」
うん、1人アミナファンクラブの会員が混じっているような気がするが気にしない。
俺たちが今いるダンジョンは通称、ペンギンダンジョン。
ここはクラス4のダンジョンで、ボスはクラス5の沼竜と同じ格のダンジョンである。
そこにクラス4の兵士が修練の腕輪を装備してダメージディーラーになり、クラス3の兵士たちが援護に入ることで経験値を大量に入手し、一気にレベルを上げる算段だ。
ただ、このダンジョンに突入している兵士の数は多い。当然だが一体のモンスターに複数の兵士で挑めばその分だけ経験値は分散されレベリングが遅くなる。
だが、モンスターの数を補うことができるレイドダンジョンと呼ばれる、敵が群体のダンジョンが存在するのだ。
辺り一帯は猛吹雪の悪環境であるため入り口付近には暖を取るための器具を設置し、そこで一時間滞在した後は護符で暖を取りながら行軍し、今、ソルジャーペンギンと戦っている。
このソルジャーペンギン、一見すれば可愛いペンギンたちが兜をかぶり、盾を持ち、ショートソードを持つというファンシーな見た目をしているが、その見た目で侮ってはいけない。
「来るぞ! 盾を構えろ!」
ここでペンギンの雑学を。ペンギンはひょこひょこと可愛らしく歩いているがその実その小さな体の中に足を折りたたんで収納している。
だからといってペンギンがその足を伸ばして速く動けるというわけではないのだが、この世界のソルジャーペンギンというのは。
「貫通させるな!!」
その折りたたんだ足をばねのように使って、体当たりで突撃してくる神風特攻隊なのだ。
おまけにくちばしが硬く、お前、その手に持つ剣は飾りか!? とツッコミたくなるくらいに、鋭いくちばしで貫通狙いの攻撃をしてくる。
今、クラス4になりジョブで二つ名を獲得し、伝説の騎士となった隊長が声を張り上げているくらいには恐ろしい攻撃なのだ。
と言っても、伝説の騎士の二つ名持ちはここにはたくさんいるから、ありがたみは欠片もないけどね。騎士は固有スキルで味方を守ることができるタンクムーブができる優秀なジョブだ。
おまけに、本職のアミナには劣るが、士気を向上させステータスを上げる掛け声と言うスキルを持ち、攻守においてバランスが取れたジョブだと言える。
特に軍隊では採用率が高いジョブとも言える。
俺の暗殺者みたいな尖ったジョブではないので、万人に使いやすいジョブだと勧められるからFBOでも使っていた人は多い。
激突するような音を響かせ、ペンギンと騎士の戦闘は始まる。
こと、多くの人数を一斉にレベリングするのならレイドダンジョンほど経験値効率のいい場所はない。
ただ欠点としては、フィールドが通常のダンジョンよりも狭く、そこに集結して配置されているのかと思えるほどの数のモンスターが一気に押し寄せる。
要は数に対抗できる戦力を用意しないとあっという間に飲み込まれてしまうと言うわけだ。
おまけにリポップ性能も高いと来た。
さすがの俺でも、同格の状態どころか格下の1パーティーでこのダンジョンに挑む気はない。
アミナのバフや、ネルのパワー、そしてエスメラルダ嬢の面制圧があっても、1パーティーでは物量的に対応できない。
ただ代わりに、大量経験値獲得にはうってつけのダンジョンなんだよな。
「あ、そろそろバフが切れると思うから一曲頼むわ」
「まっかせて!!」
おまけに、こういうダンジョンってアミナみたいな歌バフがもろに刺さる。
それに頼りきりにならないようフルバフはかけていないが、それでもたった一曲の歌で戦線は騎士たちが有利になる。
「うおおおおおおおお!!!!」
「滾ってきたぁあああああ!!!」
「アミナ様万歳!!!!!」
騎士というジョブは物理に偏るが、タンクに、アタッカーにといろいろなロールをこなしてくれる。
またもやおかしな人が1人混じっていたが気にせず、戦線をじっと見る。
騎士たちのレベル的には適正よりも低いのだが、EXBPとアミナの歌で対等以上の戦闘になっている。
格上故に、クラス3の兵士たちからしたら美味しい経験値の集団。
そして魔法を使ってこない物理アタッカーしかいないダンジョンなので、戦線を構築しやすいし。
「さぁ皆さん!前線を騎士たちが支えてくれているうちに、どんどん魔法を放っていきましょう!!」
「「「「「はっ!!」」」」」」
戦う相手としては扱いやすいゆえに、安心して後衛も攻撃に参加することができる。
エーデルガルド公爵家の兵士で、当初魔法使いとヒーラーの数は少なかった。
それはスキルを確保することが難しいからこそなのだが、現在ここには百人の魔法使いがずらりと並びエスメラルダ嬢の指揮下に入っている。
この人たちはネルと言うスクロール狩りのチートがいるからこそ、順調に育っていると言っていい。
下手をしなくても、今この国で一番の軍事力を保有しているのはエーデルガルド公爵家だろうなぁ。
ここにいる全員をクラス7まで上げ切るから、いっそのことこの国を牛耳ってくれた方が俺的には楽だったりして?と変なことを考えつつも育成が順調に進んでいることに満足する。
前衛と後衛の連携もよさそうだし、互いを信頼しているのがわかる。
ペンギンたちに降り注ぐ、地水火風の魔法たち。
属性を統一していないのは、偏らせると対応性が下がるからだ。
エスメラルダ嬢みたいに雷と氷で固めることはスキルスクロールの確保の問題でできないし、この人たちのジョブも時間的に厳選しきることはできていない。
魔王には劣るが、大賢者というジョブを付けたから勘弁してほしい。
次々に降り注ぐ魔法によって、ソルジャーペンギンの数がどんどん減っていくと次の段階に入る。
「ボスが来たぞ!!」
「総員!対ボス用陣形用意!!」
ズシンズシンと大きな音を響かせて歩いてくる、全高10メートルほどの巨大ペンギン。
頭の上のとさかが王冠のような形をしている。
鋭い眼光、そして自分が王だと自認している故に感じる覇気。
エンペラーペンギン。
こいつの厄介なところは、当人の強さもさることながら、バフスキルでソルジャーペンギンたちを強化し、氷魔法も使ってくることだ。
しかし、バフ能力はアミナに劣り、強さ的には他の物理アタッカーボスと比べればそこまで強くはない。
氷魔法もエスメラルダ嬢と比べればそこまで警戒するモノでもないのだ。
「伝令!!」
「はい、どうした?」
そんなこんなでバチバチの兵士たちとペンギンたちの戦争も佳境に入り始めた段階で、伝令の兵士が俺の元に駆けてきた。
敬礼をしてきたので、俺も敬礼で返すと。
「隊長よりの報告です!!総員クラス3レベルカンストなり!」
吉報を教えてくれた。
うん、総員のレベリングが終わるのは良いことだ。
次のレベリングの方が大変だけど、今はひとまず終わったことを喜ぼう。
「そうか、了解。エスメラルダさん、魔法使い部隊の方は?」
「今まさにそれをお伝えしに参りましたわ。総員レベルカンストです。いつ倒しても問題ありませんわ」
タイミングよく後衛部隊のレベリングも完了して、あとはエンペラーペンギンを倒す段階へと移行した。
「了解、それなら隊長に伝えて。『俺は手出しはしないよ。君たちの実力で倒してみて』と」
「了解しました!!」
簡単に済ますのなら、ここで俺が出張るのが一番だけど流石にそれはない。
経験を積ませることも考えると、兵士たちに任せるのが吉。
「エスメラルダさんも手出しは無用で、部下たちに任せて戦ってみて」
「わかりましたわ。そういうことで、指揮権はあなたに預けますわ。前衛で戦う兵士たちと連携を取り、勝利をつかみ取りなさい」
「了解しました!!」
危なくなったら介入するかもしれないけど、見た感じ生き急いで名誉に走るようなタイプではないから見守るくらいがちょうどいいだろう。
アミナは今も絶賛楽しく歌っている。
使っていいスキルは喝采の歌だけに限定しているが、それでも兵士たちにとっては十分な追い風だろう。
「時間がないのでしたら、私たちが前線に行った方がよろしいのでは?」
「戦いの経験は実戦でしか学べませんからね。俺が何でもかんでもやってしまうより、多少時間がかかっても自力で倒すという経験の方が貴重です」
「いずれあなたに向けられる刃を作ることになるかもしれませんわよ?」
そんな戦場を眺めていると、本当に彼らを育成していいのかと問いかけるエスメラルダ嬢が隣に立った。
「今さらですよ」
その問いかけは本当に今さらなことだ。
アジダハーカを倒すために必要だからと育成しているが、俺がやっていることは自分の首を全力で締め付ける行為に他ならない。
俺の強さの源はFBOという知識だ。
そのアドバンテージが覆されれば、待っているのは苦境。
この世界においてそれは俺にとっての致命傷とも言えるようなことだ。
だがそれは、俺にはもはや大差ないことだ。
「相手が俺と同じ強さになったとしても勝てばいいだけのことですからね」
FBOでは同格のプレイヤーと散々戦ってきたのだ。
もし仮に、ここにいる兵士たちがその土俵に上がってきたとしてもゲームと同じになったというだけのこと。
「それに、クラス8以降のレベリングは彼ら自身に探ってもらう予定ですし?さてさて、見つけるのに一体何年かかりますかね?」
「その間にリベルタはどこまで行くおつもりですの?」
それにこの世界の住人が難解なクラス8のEXBPの獲得条件を見つけられるとも思えない。
「もちろん最強になるまで」




