22 EX 悪者の悪夢 1
栄枯盛衰、盛者必衰、有為転変。
すべての理に曰く、人には栄える時期があり、それが過ぎた先にどうなるかはその者の徳の問題となる。
真面目に生きている者が常に報われるとは言わない。
されど、真面目に生きて、人のために手を差し伸べている者であれば手を差し伸べ返され、助けられる可能性が生まれる。
だが、手を差し伸べず、人を足蹴にし、踏み潰し、助けを乞う者を嘲るような存在にそんな可能性があると思うか。
まずは、街中で起きている出来事を語ろうか。
査察団として現地入りしたロータスは、その街の貴族たちに歓待の宴に誘われたがそれを一顧だにせず早速仕事を開始。
王印が入った書類は、この大陸では絶対権力を象徴する。
王の代理人となったロータスは、笑顔を携え、抗う貴族たちを次々に捕まえていく。
「違法奴隷に、違法薬物、地上げ、殺人教唆、盗賊たちへの支援。本当によくここまでのことを平気な顔でできますね。ある意味で呆れます」
その都度上がっていく犯罪の市場のような報告に、ため息を吐きたくなるのを堪えて。
「一族郎党、極刑が妥当ですな。連れて行きなさい」
冷たく、裁きを下す。
「放せ!私を誰だと思っている!!こんなことをしてボルドリンデ公爵が黙っていると思っているのか!?むぐっ!?」
その沙汰に異を唱えようとするが、黙らせろとロータスは目線で指示を出し、裁きを下された貴族たちは兵士によって猿轡をかまされ、叫べどくぐもった声しか漏れなくなった。
静かになったことに満足したロータスは一歩踏み込み、ロータスの中ではもはや貴族ではない男を見下ろす。
「おかしなことをおっしゃりますな。私は国王陛下及び、エーデルガルド公爵、そしてマルドゥーク公爵の連名によりこの領地を査察する権限を委任されております。この意味を理解していない御仁とは思いませんね」
ロータスは目の前で兵士に抑えられ、今もなおどうにかなると思い込んでいる男にこれ以上の時間をかけるのも無駄だと判断し。
「せいぜい刑が執行されるまで神に己の罪科を懺悔なさい」
これから過ごすのは権力によって用意された暖かい部屋ではない。
税金によってつくられた、罪人を収容するための冷たい牢屋だ。
ロータスは連行されていく元子爵を冷めた目で見送った後、現在進行形で家探しをしている部下たちを見る。
「屋敷内で働いていた者はどうしました?」
「一室にまとめ、監視の兵を付けております」
「結構。あとで尋問し、裁きます。ここで働いていて何も知らないということはあり得ませんので」
ホクシに踏み入って、これで四件目の貴族家の取り潰し。
査察の結果はすべての家が真っ黒だ。
こんな者たちが同じ貴族だったと思うと頭痛がしてきそうだと、ロータスは内心で思いつつも表情は変えずに淡々と指示を出す。
リベルタから事前に情報を得ていたが、実態を目の当たりにしてみると本当にひどいとロータスは思う。だからこそ手を緩めるようなことはしない。
「証拠を消される前に、他の家も押さえねばなりませんな」
連れてきた兵力は、リベルタによって鍛え上げられた兵士故に、抵抗勢力は瞬く間に鎮圧されていく。
兵力でも査察の実務にあたる事務方でも、質、量ともに圧倒できているからこそ順調に仕事が進んでいると言っても過言ではない。
武力衝突は迅速に終わらせ、斥候兵士により隠し金庫を開錠させ、書類の精査は連れてきた文官たちによって瞬く間に完了する。
表向きの帳簿にざっと目を通すだけで内容を把握し、おかしな部分を指摘するなど事務仕事の効率はリベルタが指導する前と比べたら雲泥の差と言えるほど進化した。
ホクシに着いてからわずか数時間で、四つの貴族を査察し抑え込めているのはそういう理由がある。
「ロータスさま」
「何かありましたかな?」
「はっ!このような手紙が先ほど投げ込まれまして」
「ふむ」
しかし物事が万事予定通りにいっているかと言えばそういうわけでもない。
迅速に動いていると言っても、全てを一気に制圧できてはいないからだ。
事前の情報で、あらかじめ優先的に押さえる箇所を決めてその行動予定通り動いているだけだ。
そうなると当然、証拠隠滅する時間を相手に与えることになるが。
「予定変更です。ジャゼ商会に第三班を向かわせます」
「はっ!」
その動きを監視している協力組織がいるので、ロータスはもたらされた情報に従いスケジュールの変更をする。
「ロータスさま!地下室を発見しました!!」
「事前情報通りですか。罠がないか確認しその後救助行動を開始しなさい」
「了解しました!!」
「私は次の場所に移ります。ここの現場指揮はあなたが取りなさい」
手紙を懐にしまい、護衛を連れて次の現場に向かう。
「リベルタさんには感謝しないといけませんね」
その協力者とは、事前に潜入していたエンターテイナーだ。
表の制圧は、ロータスたち査察団が行い。
影に潜ろうとした相手をジュデスたちが表へ蹴り出している。
「さて、次はこの商会ですね」
移動は素早く。馬車で移動せず騎馬で移動すれば目的地はあっという間だ。
「早くしろ!!すべての荷物を移動させるのだ!!」
「おや?どちらかに移転でもなされるのですかな?」
ボルドリンデ公爵の庇護のもとで悪を働いていた者たちにとって、今回の王命による査察は青天の霹靂。
眠ってもいないのに見る悪夢のようなものだ。
移動した先で怒声が聞こえ、そしてそのまま馬で駆け付けると、過積載の馬車が数台並んでいる。
「ひっ!?お、お前には関係ないぞ!!ただ、気まぐれで旅行に行こうとしているだけだ!!」
「そうですか。でしたらその旅行はキャンセルですな」
きっと悪党たちにとってこの日に見たロータスの笑顔は一生涯忘れることができないものになるだろう。
「あなたの行き先は、牢屋なのですから」
そうやって、次から次へと貴族や商人たちの悪行を裁くロータスの活躍をよそに、組織ではなく個人で活動していた悪党は、ロータスたちがホクシに入り行動を起こした矢先に持てるだけの財を持って脱出を試みた。
流石のロータスの部隊であっても、悪人全員を捕縛することは不可能。
ましてや、ロータスたちの主な査察対象は、貴族や商人といったある程度の規模を持つ者たち。
個々で活動していた面々を相手取ることは難しい、となればそれ以外の組織が必要だ。
街道を素直に進むような馬鹿はいない。
集団で目立つような行動をする馬鹿もいない。
各々独自のルートで逃走し、そして築いてきた商売ルートで再起を図ろうとしているのだ。
しかし、悪が栄えたためし無しとはよく言ったもので。
「悪を確保!!」
「おー!!!」
森の中で訓練中ということになっている集団が、罠を張り逃走してきた悪党どもに牙をむく。
「し、神殿騎士団だと!?なんでこんなところにいるんだ!?」
「なに、ちょっと森の中で訓練をしたくなってな。そこへたまたまお前たちのような悪人が近寄ってきただけだ」
「お、俺が悪党だと言う証拠でもあるのか!?俺は冒険者ギルドに所属している冒険者だ!!こんな不当な拘束は、ギルドから訴えられるぞ!」
「お前が、健全な冒険者だったらな」
いきなり襲われたことに焦りつつも、嘘を並べてどうにか逃げようとしている輩を仰向けにして胸元を広げる。
「こんな危ない刺青をしている奴が、真っ当な冒険者なのかね?」
そこに描かれていたキメラの入れ墨。
それはすなわち邪神教会の信徒であることの証明。
「クソ異教徒どもが!!いずれ我らが神が甦り貴様たちを滅ぼす!!」
それがばれた途端に捕まっていた男は豹変し暴れまわるが、屈強な騎士団の男たちに抑えられていては脱出できるわけがない。
「そうならないために俺たちがいるんだよ。お前さんには聞きたいことが山ほどあるんだ。しっかりと吐くもんは吐いてもらうぜ」
「誰が!神は俺を見守っている!!異教徒のお前たちに話すようなことはない!!拷問しても無駄だ!!」
これで五人目。
逃亡してくる人間を片っ端から捕まえて総勢で三十人ほどになるが、その中にこれだけの邪神教会の信徒が紛れ込んでいるのはなかなかに恐ろしいことだ。
「そうかい、生憎と俺たちはそういう野蛮なことはしない主義でな。平和的に話してもらおう。連れていけ」
「はっ」
今回の遠征の指揮を執っているアンドレーは、わめき散らしながら連れ去られる男の姿を見てため息を吐く。
「先輩に言われたから従ったが、まさか本気でここまでの大捕り物になるとは思わなかったな」
現在進行形で増え続ける、彼らに捕らえられる犯罪者。
広大な土地に散らばるすべての犯罪者を捕まえられているかと言えば、そうではないかもしれないが。
「しかし、このギリースーツと言ったか?森に隠れるにはうってつけの装備だな」
少なくとも森中の広範囲に潜む神殿騎士団の監視網から逃げるのは難しい。
さっきの男は運が悪いことに包囲網の中でも一番厚い部分に飛び込んでしまったのだ。
彼ら神殿騎士団員の肩に羽織っているのはいつものマントではなく、蔓や葉を織り合わせた森林迷彩用のアイテム。
鎧も地味な皮鎧に着替えているので、そのマントで地面に伏せてしまえばそこに人がいるように見えない。
「隊長」
「どうした?」
「三人目の男が口を割りました。ここから東の山間部に隠れ里があるようです」
「おうおう、それはそれは。うちの説教を聞いてくれたようで何よりだ」
そんな装備を持った集団が、逃走経路に潜んでいるとは露とも知らず飛び込んでくる犯罪者たち。
捕まったその後に待っているのは、神殿騎士団による説教だ。
「あれは、正直自分も受けたくないです」
「俺もだ。訓練で何度か受けたが、アレを受けた後は頭がおかしくなってるって自覚があるのがなんともややこしい」
この世界で情報を得る方法と言えば拷問が常套手段だ。
痛みによって相手の心を折り、情報を吐き出させる。
ある意味でごく当たり前に行われる行為であり、相手は邪神教会の信徒だったり、犯罪者であるのなら容赦なく施すことができる。
しかし、この組織は神殿騎士団。
神に仕える騎士団である故に、その手の行為は忌避される。
では、どうやって情報を手に入れるかというと。
「笑顔って時に凶器になるんですよね」
「ああ、本当にな」
アンドレーは部下としみじみと大変だったと語り合い、訓練で受けたことを思い出す。
一種の拷問ともとれるようなことだが、やったことは単純明快、延々と説教をするだけだ。
神の教えを施す。
それは邪神教徒たちにとってはなによりも耐え難い苦痛であり、生理的嫌悪感が先立つものだ。
そんな説教を延々と聞かせる行為は、邪神教会の信徒には苦痛を伴っても普通の犯罪者は平気だと思うかもしれないが。
「今回連れてきたのはカトレアのばあさんだからなあ」
「あの人の最高記録知っていますか?」
「確か五日だったか?」
「いいえ、先々月にその記録を塗り替えて、六日間です」
念のためにと、根気よく神の教えを説く人はその道のベテランを連れてきた。
騎士団によって切り開かれ整地された場所に作られた、簡易礼拝所。
今あそこは、神の教えを熱心に説く歴戦の古強者が経典を持ち、その経典の内容を延々と聞かせている。
確かに痛みはない。
そして暴力も決してしない。
だけど、延々と繰り返し有難い神の教えを聞かされ続けられるようなことは、一種の洗脳ではないかと思いながら。
アンドレーは、これでどんな犯罪者も悔い改めるだろうと遠くを見るのであった。




