21 打算と決意
会談していた部屋から城の敷地内にある訓練場に移動して行われた、売り文句に買い文句の代理決闘の結末がどうなったか。
「ははははは」
それはコンの笑い声が物語っている。
笑ってはいるが、その笑い声が渇いているのは誰が聞いても明らかだった。
コンが自分の目に映っている光景を受け入れるための、自虐的な笑い声だ。
「まさか、手も足も出ずに完全に負けるとは思うていまへんでしたなぁ」
十戦して八勝。
それは俺が絶対に守れると保証した最低ライン。
だが、現実の勝敗は。
「師匠に鍛えられた者たちです。生半可な相手で勝てるわけがありませんね」
結果は十戦十勝のパーフェクトゲーム。
いや、まぁ、俺が手合わせして鍛えた人が何人もいる。
クラリスが選抜した戦士は、諸事情で鍛えることが遅れていたクラス2のドワーフの戦士十名。
その彼らと戦ったのは、東の大陸では戦闘巧者として名高い武者たち。
鎧甲冑を身に纏い完全武装で登場したことに、指示を出したコンの本気度がわかる。
対するクラリスが用意したドワーフの戦士もフルプレートアーマー装備で、期せずして和洋鎧戦士の戦いのカードが組まれたことになる。
だけど、その結末は非情だった。
最初の一戦は、様子見から入ろうとした東大陸側の武者が、一気に神速で踏み込んできたドワーフの戦士から横一閃に放たれた斧の一撃をもろに胴体に受け敗北。
二戦目は、その失敗を糧に慢心を捨て、最初から真剣に挑むも背の低いドワーフと戦うのに慣れておらず、俺の教えた足の踏みつけから斧一閃のコンボ技に敗北。
あれ、吹っ飛ばないとダメージを軽減できないから威力が上がるんだよね。
三戦目、四戦目は、刀と斧の打ち合いになるも、大ぶりだけではない小技を交えた戦斧術に戸惑い打ち負ける。
刀が相手だと、意外と間合いの狭い斧って有利なんだよね。
五戦目まで来ると、負け続けに焦りが出てくる。
ここで勝たないといけないと言うタイミングで、鎧武者の放った得意技の兜割りの一閃を掻い潜り、懐に入って斧以外の技、スキル外スキルの投げ技を使って勝利。
六戦目は、投げ技を警戒しすぎて普通に押し負けた。
七戦目は、弱気になり積極性に欠けて負け。
八戦目、九戦目と格下に勝てないと言う自信喪失により敗北が重なり、最後の十戦目はドワーフの戦士が「勝たない方がいいのでは?」と困惑するほどの戦いだった。
「これは、ホンマにリベルタ殿の言うとられることが正しいってなりますなぁ」
現実を直視したコンは、笑顔を必死に維持しているけど、口元が引きつっている。
神前決闘を十回も繰り返し、そしてその決闘の前にそれぞれのクラスを明かし合っているからこそ、俺の指導の効果をより実感できている。
「ゴルドス様が財を惜しまずって言われるはずや。こんなもん金でどうにかなるわけないやん」
完膚なきまで負けたからこそ、開き直ることができたと言わんばかりに溜息を吐き。
そして居住まいを正し、俺に向き直ったコンはスッと頭を下げた。
「非礼を詫びます。南の英雄リベルタ殿、我が東の大陸にその知恵を授けてくださらないか。対価は可能な限り用意いたしましょう」
「わかりました。では、交渉と参りましょうか」
「それは嬉しい限りです」
教えを乞う立場を受け入れ、これにて話は進む。
しかし、ここから先の方が問題のような気がする。
あらためて移動し、会談で使っていた部屋に戻る。
その間は無言。
そして気づけば、あの胡散臭いと感じる彼の雰囲気が変わっていた。
「それでは、指導するにあたって必ず守っていただく項目をご提示します」
「お伺いします」
席に座り、向き合えばそこには国を背負おうとしている若者が1人、その席に座っている。
「まずは、指導内容の秘匿です。自分の知恵は言わば万人が再現できる理屈です。これを世に広めれば、民衆でも英雄になれる代物。いわば劇薬です」
「・・・・・」
そんな彼に向かって、この知恵の危険性を先に説いておく。
クラリスの親衛隊となる程に才能が豊かな戦士とはいえ、レベルという明確な強さの差を示す指標があるこの世界で、ジャイアントキリングが成し遂げられた現実によって、コンはその危険性を正確に把握していた。
「世の中の人が全て善人であれば問題ないんですけど、そういう人だけではありませんので」
「その通りですわ。僕も、人をたくさん見てきましたけど、悲しいが僕含めて善人と断言できる人は片手で足りるかどうかと言ったところですわ」
「ええ、自分も善人だとは思っていません」
「英雄と言えど人、吟遊詩人が語るような人が生まれることは稀有なこと」
俺が苦笑気味に話す説明に、彼も苦笑気味に応える。
「それゆえに、リベルタ殿が語られる知恵をここにいる者以外に秘伝とするのは当然の要求ですなぁ。もちろんその条件は承りましょう。僕の連れてきた者たちすべてに契約を受けるように指示を出します」
「念のために言っておきますが、表の護衛だけではありませんよ?」
「ええ、もちろん。承知しておりますわ。そもそも、この王都に入ってからすぐに僕が連れてきた影に気づかれて、全員監視されている状況じゃ隠しようもありませんわ」
秘匿は必須。
これをまず承諾してもらったことで第一段階は突破。
公爵閣下を支援して強化した暗部の方々は今日も絶賛労働中で、クラリスの時もそうだがコンの陣営もしっかりと抑えてくれている。
「それを踏まえたうえでの交渉と言うことでしょう?」
「ええ、そう言うことです」
ここまでは、あくまで交渉の席に着くための前準備。
この後どのような交渉になるかは、エーデルガルド公爵を交えてと言うことになる。
「そちらにご提示できるのは、この世界の強さの根底を覆す知恵、そしてその最低限の指導です」
「最低限とは、どれくらいを指すんです?そこら辺がわからないと、僕としても対価をどの程度用意すればいいかわからんのですわ」
しかし、先に俺の方の交渉を進めても問題ないと言う許可は得ている。
「現状、自分を含め全力で立ち向かわねばならない未曽有の危機が、この大陸に迫っています。その戦闘に協力していただけるのならクラス7まで育成します。協力できないのならクラス5までとさせていただいてます」
「・・・・・ノーランド殿はどちらで?」
「私たちは前者を選択しました。加えて、この戦闘以外に国家間の協力も要請されてそちらもお約束しましたので、さらにスキル強化も指導項目に加えていただきました」
「ちなみに、未曽有と言うことだけあって命の危険は割とある方だとお伝えしておきます」
「ふむ」
クラリスの口から西の大陸側の選択を聞き、選択の内容が大まかに二つだと言うことがわかり、コンも考えこみ始める。
そうすると不思議な物で、考える仕草に胡散臭さが混じり始め、最初の印象に戻ってしまう。
「クラス5の段階で東の大陸では、名のある武者として語られる強さ、その上のクラス7となれば前人未到の地に足を踏み入れるのも同義です」
信用できそうでできない。
そんな黄昏時みたいな立ち位置の雰囲気を纏うコンの姿は、数多いるFBOのキャラの中でも珍しいと言わざるを得ない。
いないわけではないが、そういうキャラは大概ヴィラン側にいる。
こういう神に選ばれる英雄というポジションを得られるほど、善寄りの立ち位置にいるのは珍しい。
「ただし命を賭ければという条件。命あっての物種と考えれば断ると言うのもあり。相応の知恵は授けてくれると言うこと・・・・・ふむ、悩みどころですなぁ」
そんな彼は、一分ほど悩んだ末に。
「ちなみに、その知恵の秘匿条件とかはどういう形になります?他者に伝えることができないのは承知しておりますが、例えば一子相伝の秘伝として子孫に伝えることは許される物であるとか」
「いいえ、血縁だろうが王家だろうが、一切伝えることを許さない契約です。恩恵が得られるのは当事者だけということになります。指導の方もこの場で完結させます。あなた方が意図的に同じことを他所で再現しようとすれば、それは伝えると認識され神罰が下るでしょうね」
「ふむ、なるほど」
天秤の重りを確認するかのようにさらに詳細を聞いてくるが、こっちも話せる内容には限度がある。
流石に何でもかんでも教えることはできない。
「決めました」
「では、お聞きしても?」
「はい、僕たちは命を賭けますわ。たとえ一世代だけの力だとしても、今の僕にはそれが必要だと思いますからなぁ」
そんなわずかの情報の中でも、コンは強くなることを選んだ。
「わかりました。その点も踏まえて契約を結ばせてもらいますね」
「ええ、承知しました」
となれば、エーデルガルド公爵家の私兵団とクラリスの親衛隊、そこにコンの馬廻衆に御庭番衆が加わって、さらにクローディアさんの伝手で派遣される信用できそうな神殿騎士団も育成することになる。
うん、俺過労で倒れないよな?
と言っても、アジダハーカ相手にクラス5のユニットを配置するのは命を無駄にするのと一緒。
ギリギリ戦線に出せるボーダーラインであるクラス7のカンストまで持っていけば、戦力にはなる。
「では、命を賭けることを踏まえて、リベルタ殿はどんなものをご所望で?」
「緋色金を」
「ええ所に目を付けますなぁ」
そして東の大陸の特産である緋色金を、この際だから大量に仕入れたい。
緋色金は、作り方によってはクラス9に届く武具やアクセサリーの原材料になる。
消耗品と割り切れば、アジダハーカにも有効な代物になる。
ただし、この緋色金は中央大陸でも手に入れることのできない東の大陸の金鉱山からのみ僅かに手に入る希少品。
「手に入れることはできます。対価としてお支払いすることもできます。ですがそれだけを対価にするとなると、数が用意できませんわ」
そんな希少品であっても、伝説級の強さを得られる対価としては、それだけでは釣り合いが取れない。
否、釣り合いを取ろうとすると、コンの中ではとんでもない量を用意しないといけないと考えているのかもしれない。
「参考に、もしコン殿が限界まで用意できる量となるとどれくらいになりますかね?」
「百キロはいかないくらいですわ。それもかなり無茶をして、と頭についた状態ですわ」
「百キロですか。さすがに足りませんね」
「そうでしょう?だから、できればもう少し分散してほしいところですわ」
緋色金はFBOでも使用用途が多い。
俺もゲーム時代では慢性的に足りなくて、よく採掘しに行っていた。
「・・・・・そうですね。では、指導をしている期間限定で結構ですので、自分のパーティーがあなたの持つダンジョンに入ることを許していただきたいです」
「やっぱり、その話になりますか」
「ええ、なります。希少な金属が豊富だとお聞きしていますので、その恩恵を頂きたいですね」
それ以外にオリハルコン、アダマンタイト、ロイヤルダイヤといった希少な鉱石は常に不足がち。
噂に聞くダンジョンが本当であるのなら、俺の欲しいアイテムが大量に手に入る可能性がある。
知恵の対価としてはかなり良心的のような気もするが、コンは困り顔で即答を避けた。
「僕としては、その話に乗っても良いと思うんですよ。ただ」
「あまりいい顔をしないお方がおられると?」
「ええ、おいそれと口にすることもできませんが。ボンにはボンの苦労があるとだけお伝えしときますわ」
「となると、無理ですか?」
それは東の大陸側は神の意向に背くのかと言えそうな対応。
クラリスもそう言った上下関係で苦労しているが、コンも苦労がないと言うわけではなさそうだ。
「ホンマにすみません」
自身を坊やだと言ったのは、権力はあるがそこまで強い物ではないということ。
さきほど強さが必要だと言った理由はここら辺りから来るのではと思うのであった。




