19 蛇狩りの罠
さて、蛇狩りを開始すると覚悟を決めた理由は2つ。
1つはこのまま放置していても、悪いことが起きることがあっても良いことが起きることはない。
2つ目はアジダハーカとの戦闘に集中するために後顧の憂いを断つためだ。
そしてその目的を達するために、まず一手目は当然。
「と言うことで、この書類を精査し確認した後にしかるべき対処を国王陛下に求めてください」
権力を全力で使うためにエーデルガルド公爵への密告だ。
ジュデスたちが盗んできた書類は証拠になるかわからないけど、何もないと判断することはないはず。
FBOにそっくりなこの世界、いや、南の大陸での司法は基本的に国王陛下を動かせば勝ちというケースが多い。
本当にFBOは何でもありで、貴族ムーブをしている際に、冤罪を吹っ掛けられて没落するなんてこともあった。
だからこそ、裁判で勝つ方法として国王を動かして、相手を裁くなんて手法を身につけるのが貴族ムーブでは必須項目であった。
「閣下」
「うむ、これなら」
そして、公的機関によって裁かれることこそ、ボルドリンデ公爵の表側の権力を失墜させるための必要な手順となる。
懐かしいなぁ、暇つぶしに貴族になって邪魔な奴を蹴り落とすために敵対貴族の館に侵入した日々が。
犯罪まがいというよりも、もはや犯罪と断定されてもおかしくない方法で手に入れた証拠の品々であるが、相手が犯罪者なのでそこら辺は躊躇しなかった。
書類を見せ、そしてそれが偽造ではないことを理解したエーデルガルド公爵はロータスさんと目線を交わした後、頷き合った。
「これだけの証拠があれば査察団の派遣、そしてボルドリンデ公爵の拘束期間の延長が可能だ。そして、査察の結果次第では爵位をはく奪することも視野に入ってくる」
物的証拠というのはどこの世界でもかなり強い影響力をもっているようで、これだけの証拠が出てくれば大義名分などいくらでも作ることができる。
さらに表向きボルドリンデ公爵が拘束されている状態ならエーデルガルド公爵は王家の代理として北の領地に査察団を派遣することができる。
「査察団は公爵閣下が指揮を執られるので?」
「いや、ロータスがいく。私はここにいないといけないからな」
「屋敷の中なら問題はないと思いますが、護衛はしっかりと信用できる人を側につけてくださいよ」
「お前がいてくれれば一番安心できるんだがな」
「生憎、他にもしないといけないことがあるんで、いつまでもそばには居られませんよ。公爵閣下の私兵の強化も着々と進んでいるので、そこから選りすぐれば問題なく過ごせますよ」
王家の代理としてエーデルガルド公爵家の家臣による査察団が派遣されても、それは王命によるものだから、大義名分はある。
何をしても良いというわけではないが、その査察に抗うことはすなわち国家に背き、後ろめたいことを隠そうとする意思があることの証明。
「・・・・・エスメラルダでは駄目か?」
「ダメです。というか、娘に護衛を頼むのって情けなくないですか?仕事が忙しいからってご自分の強化プランを先延ばしにしていたのは公爵閣下ですよ。本当なら公爵閣下がレベリングして強くなっていれば問題なかったんですから」
「その仕事を持ってくるお前に言われるのは少々理不尽と言うやつではないか?」
「お互い様ですよ」
なので、査察団に素直に従っても地獄、抗っても地獄という構図が出来上がる。
おまけに、エーデルガルド公爵のところの私兵は俺が鍛え上げているので、そんじょそこらの兵士とは比べ物にならないほどに強いし、文官の面々も俺の育成マニュアルでスキルを育ててあるので事務作業が早いし、斥候系の兵士も育てているから捜査もお手の物だ。
「閣下、今はそのようなことを言いあっている場合ではありません。早急に行動を」
「そうだな。陛下に謁見してくる」
なので、公爵閣下の周囲の護衛も、査察も問題なく実行できるはず。
軽いやり取りの後に公爵閣下が立ち上がり、マントを羽織る。
「もし、陛下が渋られた場合は?」
そんな公爵閣下に念のためと、今回の交渉が難航したらどうするかと聞けば。
「なに、その際は争いの構図が王家とボルドリンデ公爵陣営、そして我々の陣営の三つ巴になるだけのこと。陛下だけの戦力で果たして持ちこたえることができるのか見ものだな」
ニヤリと、どことなく原作ストーリーの闇落ちしたときの公爵閣下の表情を彷彿とさせる笑みを見せ、公爵閣下はロータスさんを引き連れて部屋を出る。
「ま、さすがに日和見の国王陛下でも今回は重い腰を上げるだろ。上げなくても公爵閣下に無理やり上げさせられるだろうし」
奴隷の違法売買、禁止薬物の密輸。この2つの確固たる証拠を目の前に置かれたらさすがの優柔不断の国王も動かざるを得まい。
ゲームの時から国王陛下がそういう性格なのはわかっていたが、本当に変化をもたらすのが大変な国なんだよね。
「さて、公爵閣下はこれでいいとして。次はっと」
この後王城で、公爵閣下が大鉈を振り回して反対派貴族に対してバッサバッサと大立ち回りすることは決まった。
問答無用で反対意見を切り捨てるだろうから、早ければ今日中には査察団の派遣が決まるだろうね。
ここにはもう用がないので、次の予定を進める。
「クローディアさんお待たせしました」
「問題ありません。時間どおりです」
待ち合わせをしていたのは、クローディアさん。
ここ最近は、神殿関連のつなぎ役としてエーデルガルド公爵と打ち合わせしたりして別行動をしていることが多かったが、今回は俺が神殿の関係者に頼みたいことがあるということでクローディアの知り合いを紹介してもらっている。
クローディアの元々の地位からコネを辿れば相応の人物とコネクションを持つことができる。
ただ、今回接触する人物はクローディアと個人的つながりのある人だ。
公爵閣下には許可を取ってあり、その人物が応接室にてすでに待っているということでクローディアの案内の下移動し。
「彼が私の後輩です」
「アンドレー・ラルバンという者です。クローディア先輩には神殿学校時代からお世話になっております!」
筋骨隆々の大男が、3人掛けのソファーから立ち上がり綺麗なお辞儀を披露してきた。
「リベルタ殿のことはクローディア先輩からお聞きしています。知恵の女神ケフェリ様の使徒様とこうやってお会いできるのは光栄の極みです」
この世界に来て、初めてコネを使ってのネームドとの接触。
クローディアという存在は神殿関係者の中ではかなり有名だ。
いま尚伝説を残し続ける、生ける伝説。
そんな彼女のコネクションを使い、どうしても会いたいと願った存在がこのアンドレー・ラルバンという人物だ。
「どうも、リベルタです」
鍛え上げられた肉体通りの、豆が潰れ皮が硬くなり厚くなった手を差し出され、握手をするとずっしりとした頼もしい感触が手から伝わる。
神殿騎士団に所属している彼は、本来であれば神殿という組織を守るために持ち場を離れない専守防衛を理念に掲げている防衛ユニットだ。
FBOで彼を仲間に入れる条件は、神殿への貢献度という特殊なパラメータを操作する必要があり、色々とクエストを消化しないといけないのだが、そこはあれだ、クローディアのコネというチートで省略したわけだ。
敬意を払ってくれているということから、好感を持たれているのは理解できた。
巨躯に見合った熊のような顔つき。
睨めばたちまち敵は恐怖し、味方には愛嬌のある笑みを浮かべる。
日ごろから日差しの下で訓練をしているからか、陽に焼けた褐色の健康的な肌。
ゲームでは仲間になるNPCの中でタンク系でも使い勝手のいい人であった。
「今回はご協力いただけるということで」
「ええ、クローディア先輩から邪神教会の勢力を削れると聞いてしまえば我々としては動かざるをえませんからな!!」
仲間にした段階でクラス6前半のレベルを持ち、クローディアの後輩と名乗るだけあって戦闘能力も高い上に、クローディアとは違いチームを率いて行動することを好む性格でもある。
クローディアのリーダーシップは個人的強さのカリスマによる孤高のリーダーシップ。
対してアンドレーのリーダーシップは協調と協和をもってのリーダーシップだからジャンルがそもそも違うのだが。
「そうですか。でしたら是非とも協力を願いたいです」
そんな彼と接触した目的は、ボルドリンデ公爵への援軍の阻止だ。
この世界の裏の組織で最大の戦力を持つのは間違いなく邪神教会という組織だ。
物理的な戦力、諜報活動、破壊活動、暗殺組織。
様々な裏組織に影響力を持つ彼らがボルドリンデ公爵が窮地に陥ったと聞けば、見返りにその利権を得て表の世界に影響力を及ぼすために援軍を派遣する。
互いに利用しあう関係で天秤の水平を保っている状況で、片方が躓いて傾けばその利権を奪おうとするのが邪神教会だ。
下手に敵の懐に入り込まれ、つぎはぎででも勢力を立て直されたらたまったものではない。
あいつらのやりたいことはわかっているので、そこは天敵である邪神教会絶対許さないマンこと、神殿騎士団に出陣願う。
「ですが、あくまでそれは邪神教会がそこにいるという確固たる証拠がある場合に限りますぞ。善意の市民の通報を嘘だと申したくはありませんが、通報を受け現場に急行したとしても奴らは尻尾を巻いて逃げてしまった後と言うことはよく聞くこと。こちらも神殿の守護という役目があるので、おいそれと騎士団を動かすことはできませんぞ」
騎士団を動かすことができる条件は、いくつかある。
その中の1つに邪神教会の情報を提供することで神殿騎士を動かすことができる。
だが、出動させるためには相応の証拠が必要になる。
嘘や出任せで動かそうものなら、神殿との関係が悪化するので、確かな証拠を提示して確信を持って動かす他ない。
「大丈夫です。その辺に関しての資料はこちらに」
その点に関して俺はそこまで心配していない。
ジュデスたちがかっぱらってきてくれた資料の中には、邪神教会の連中とコネクションを持っている裏の人間のリストもある。
「いきなり大規模な動員ではなく、まずは騎士団の中にいるこういう人間を逮捕できる人員を動かしてほしいんですよ」
「・・・・・なるほど」
「それも、この国の査察団と協力した上で」
「ふむ、政治に不干渉なのが我ら神殿のスタンスであるのはご承知だと思うのだが?」
「ええ、承知していますよ」
貴族や商人とは違い、情報を取り扱っている裏の存在はいろいろな場所に拠点を持っている。
ホクシにこだわる必要がなければ、拠点を放棄してさっさと逃げ出してしまう。
「神殿騎士団にお願いしたいのは、街の外に脱出する怪しい人物の捕縛ですよ。査察団は街中の査察で忙しい。邪神教会の関係者が外へ逃亡することは防ごうとはしますが、外に逃げてしまった存在を追うことはできません」
「なるほどなるほど、それは真に残念だ。神敵であるあいつらの関係者を取り逃がすことになるとは。ああ、本当に口惜しい。北の方で神殿騎士団の遠征訓練をする予定が入っていなければどうにかできたのだがな」
ホクシを封鎖することで閉じ込めることができ逮捕することもできるが、奴らは邪神教会の恐ろしさを知っているので査察団に貴族や商人の情報を売ることはあっても、邪神教会の情報は絶対に吐き出さない。
しかし、そういう輩だと事前にわかっている神殿騎士に捕まれば、どうなるかはご想像にお任せするしかない。
あくまで神に仕えるのが神殿騎士の役割、政治的関与である査察団への協力はすることはできないが、邪神という存在を祀る集団を壊滅させたいという強い気持ちはある。
「なるほど、お忙しそうですね。ではこの話はなかったことにしてください」
「うむ、君の期待に応えられなくて申し訳ない。先輩、私は用事を思い出したのでこれで失礼しても?」
政治的につながりはない、あくまで偶然。
それが重要だという流れを作り出した。
白々しいかもしれないが、これも必要な手順なのだ。
「ええ、用事があるのなら仕方ありませんね」
「では、お言葉に甘えさせていただき、これで失礼します」
そうして、1つの策を持ってアンドレーを見送るのであった。




