14 原点回帰
「あー、疲れた」
どうにかこうにか、西の英雄クラリスと王家、エーデルガルド公爵家の三者による共同戦線の同盟契約を無事締結した。
東西と北、三公爵の力を削るために外部の戦力が必要だという公爵閣下の言い分は理解できる。
そして苦労の甲斐あって、クラリス含めエルフの精鋭100人が味方になったのは成果としては上々だといえる。
「・・・・・」
だけどその遣り取りは、最近の俺は政治的な話に振り回されすぎではないかと思うきっかけともなった。
合意の後は具体的な協力体制の話し合いと、今後のレベリングの話。
そして次に来る東の英雄と、北の英雄への対応の協議。
それをやっていたらいつの間にか夕食の時間を過ぎ、ついさっき屋敷に戻ってきて飯と風呂を済ませてベッドにダイブしたところだ。
必要だからやる。
それはわかってるんだけど、「これじゃない」と最近よく感じるようになった。
レベリングとか、強くなること自体は俺がやりたいことなんだけど、トラブルに振り回され続けている現状は俺が求めている環境ではない。
貴族に目を付けられないようにこっそりと動き回っていた時の方がまだ、楽しかったかもしれない。
そこには確かに自由があった。
今はどうだ?
トラブルが来た。だから対処する。
そのために急いで強くならないといけないから、効率重視で何とかしてきた。
最初はこの世界に来たのだから現実と向き合わないといけないと思っていたが、冷静に思い返せばFBOに夢中だった俺はレベリングの苦しさすらも楽しんでいた人間だったはず。
だが、今の生活はどうだ?
神様の言いなりで、世界の危機を救うヒーロー扱い。
果たしてそれが俺の望んでいた生活か?
俺がこの世界でやりたいと思っていたことか?
「違うな。俺はそんなことを思っていない」
初心を忘れていた。
そんなことを考えていたら居ても立ってもいられなくなり、ベッドから起き上がって机の方に歩き出していた。
「俺は、何をやりたい?」
紙を引っ張り出し、まずは自分がやりたいことをただひたすらに書き連ねる。
箇条書きにした言葉はどれも俺の我が儘な欲望に忠実で、今はそんなことをやっている場合ではないと、これまでの俺なら鼻で笑うような内容ばかり。
だけど、今の俺なら。
「これだよ、これ」
ニッと笑顔を浮かべられる内容ばかり。
戦闘クエスト、採取クエスト、護衛クエスト。かつて架空の世界に夢中になっていた、俺の人生そのものとも言えるFBOが現実になったこの世界で、心ゆくまで冒険するために必要な物ばかりを書き連ねた内容。
やっている暇がない、強くなってからやればいいやと後回しにしていたが、ここ最近楽しむという要素が一切なくなっていた気がする俺には大切なものばかりだ。
本当にやりたいことを忙しいからと後回しにして、結局のところ周囲に振り回され続けていたという現実。
「ああ、そうか。そうだよな」
全ては誰かが困っているからという理由で見捨てられなかった俺が悪い。
見捨てたら後味が悪いという理由で、妥協した俺が悪い。
「楽しまなかった俺が悪いよな」
力があるから頼られる、放っておいたら誰も何もできないから俺がやるしかないと思って、行動してきた。
だけど、そうじゃないだろ。
「こういう苦難も楽しめるようにしないとな!!」
トラブルの対応を誰でもできるようにする。
そして俺が自分の意思で楽しめる環境にする。
そのために何が必要かは、俺が知っている。
「FBOでもハマってやり込んだよなぁ」
新しい紙を取り出して、今度は楽しむためにやるべきことのフローチャートを作り始める。
「貴族がうるさい?だったら、横槍を入れられないような立場を作ればいい」
世間体とか、自由に動けないとかそんな理由で自分の行動を制限していた。
この世界の常識とかを気にして苦労していては、せっかく転生した意味がないではないか。
「トラブルが舞い込む?だったら、俺以外がトラブルに対応できるようになればいいじゃないか」
自重を捨てて、この世界のパワーバランスを崩してやる。
誰も俺の邪魔をできないようにしてやる。
そのための下地となる拠点が必要だと考えたが。
「いいね。アジダハーカを倒せば、その拠点は手に入るだろうさ」
今の苦労の先に、それができる土地を手に入れる。
ボルドリンデ公爵の領地である北の大地は中央大陸へ乗り込むのに絶好の場所。
内海を通れば他の大陸にも行くことができる。
そこが手に入るきっかけだと思うと、アジダハーカを討伐するモチベーションが上がってくるのを感じる。
「手に入ったら、どこら辺に作るか」
FBOであったクエスト『開拓村』。
それはプレイヤーが様々なNPCと協力してプレイヤーオリジナルの拠点を作るというクエストだ。
自由度の高いこのクエストでは、そのプレイヤーの個性が試される。
デフォで色々デザインが用意されているオーソドックスなファンタジータウンから、東京の渋谷といった現代日本を再現したり、SFチックな近未来都市を建設することもできれば、旧石器時代みたいな、この世界の村よりも文明が劣った町を再現することもできる。
こんなにトラブルが舞い込むんだ。
だったら、そのトラブルに対処できる、俺の手勢となる独自勢力のための拠点を作ったっていいじゃないか。
国王陛下やほかの貴族が文句を言うかもしれないし、もしかしたら公爵閣下が止めに入るかもしれないが、知ったこっちゃない。
アジダハーカを倒したら、北の領地を押し付けられて復興とかやらされそうな雰囲気があるけど、領地経営には興味はない。
必要な土地で、必要な物を独自で生産できる。
そんなシステムを持った街の作り方を知っている俺からすれば、余計な仕事を抱え込む必要はない。
「必要なのは食料を確保するための農地、資材を確保できる鉱山や山林、生活に必要な水源の確保、道具を生産できる工房、それを管理できる行政」
システムは単純に、なおかつ、快適に。
筆が走り、次々に思い浮かぶアイディアを元に街の設計図を作り出す。
「トラブルに対処するための兵力」
その脇に必要な人材の数を書き込み、まずは概要が完成する。
ここまでの所要時間はわずか10分。
「この街を作るために必要な人材は、学園を作って育てる」
この街の中央に設置したのは学園だ。
街に必要な人材をよそから持ってくるくらいなら、やる気のあるモブを一から育てて今後のトラブルに対処できる組織を形成した方がいい。
そのための教育機関。
さしずめ、異世界学園都市というやつか。
こっちの世界にも学園は存在するけど、貴族たちの社交場になっているから正直俺にとっては大陸移動許可証を得るためだけのものでしかない。
時期を見計らえばネームドキャラとも出会える場にもなるが、そんな出会いの場はこっちで作っちゃえば関係ない。
大陸渡航許可証は今回のアジダハーカ討伐報酬で何が何でも引っ張ってくる。
なんなら渡航許可を出す権利を主張してもいいな。
クラリスの件もある。
今後は他の大陸の輩とも交流していくケースが増えるだろう。
その都度国に許可を取っていては手間取るし、今回みたいに遠回りする可能性もある。
『これが必要なんだろう?』と毎回足元を見られるのも面倒だ。
自給自足して、一種の治外法権を得られるような状況に持っていくのが今後の目標か。
最悪この国と戦争になっても、勝てるような軍事力を持つことを視野に入れるのも悪くはないか。
現状対人戦で俺に勝てるのは、おそらくクローディアだけだ。
元々の戦闘センスに、俺のガチ育成。
この2つが重なっている彼女だけが脅威となりうる。
国家に反旗を翻すつもりはないが、その時に彼女は立ちはだかるかと考えるが、あまり心配はしていない。
なんだかんだ言って、彼女は俺に無理難題を吹っ掛ける輩に対してあまりいい感情を抱いていない。
俺が積極的に手伝っているから言わないだけで、周囲の頼りなさには呆れている節もある。
その点を加味すると、俺が『世界を滅ぼす!!』とか言い始めない限りは大丈夫だと思う。
むしろ『強くなるために、街を作る!!』とか言えば呆れながらも協力してくれそうな予感はしている。
となればまず真っ先に説得するのはクローディアだ。
次にネルとアミナ。
イングリットは・・・・・なんだろう、何も言わずについてきてくれそうな気がする。
問題はエスメラルダ嬢だが、彼女はもしかしたら公爵家と縁を切りイリス嬢を連れてこっちについてくれるんじゃないかという気もする。
そうなると残されたエーデルガルド公爵が、原作に戻って暗黒化するか?
いやまぁ、そこら辺は縁切りにならないように立ち回ればいいか。
優柔不断な陛下の抑えとしてエーデルガルド公爵とはいい関係を維持したいところだし。
「農地はできるだけ大きくして・・・・・農耕用のゴーレムの設計図も起こしておくか。後は水源の確保でダム設備を用意して、工房の方は設備投資にお金がかかりそうだけど、必要経費だよな。鍛冶に細工、縫製に、あ、アミナの後輩も育てないとな」
プレゼン資料を作る手が止まらない。
細かいことを考えれば考えるほど、これが必要でアレが必要でとアイディアが浮かび、懐かしき廃ゲーマーの青春が今この手元に戻って来ている。
ああ、思い出す。
FBOを手にして、この開拓村のクエストを知った時は昼夜問わず、パソコンにかぶりついて街の設計図を作った。
必要な資材の数、必要なNPC、それを駆使して理想の街を自分の好きなゲームの中で作れると聞いたらそれは楽しいなんて優しい言葉では済まない。
まさに沼る。
ちょっと目を瞑ったが、その間も手は正確にプレゼン資料を書き上げ、一枚、また一枚と紙を消費しこのままいくと超大作になりかねない。
「ふぅ、ひとまずこんなところか」
設計図と一緒に、今後の生活の利点を書いた渾身の資料。
首を回して凝りをほぐし、間違いがないか見直していると、ここら辺を加筆したいなとまたペンを取ってしまう。
「リベルタ様」
「あ、どうしたイングリット?」
「いえ、明かりが漏れておりましたのでまだ起きていらっしゃるのかと」
そうやって書いていると扉がノックされ、空返事をすると扉が開いてランタンを片手に持ったイングリットが現れた。
どうやら俺が起きていることを気にかけて様子を見に来てくれたようだ。
「それは?」
「街の設計図」
そして俺が机に向かって何か書いていることに気づき、部屋に入ってきた。
俺は完成したそのプレゼン資料を見て欲しくて、つい前に突き出すようにイングリットに見せた。
「街の設計図ですか。リベルタ様は街をお作りになる依頼でも受けられましたか?」
「いや最近色々と仕事が増えてるからさ、俺の自由時間を確保するためにいっそのこと対応するための組織を作ろうかなって。アジダハーカを倒せば色々と利権が貰えそうだし。ただし、貴族の地位はいらないけどね」
それを受け取ったイングリットはランタンを机に置いて目を通し始める。
力作にどういう反応が返ってくるか、FBOで俺の街の設計図をネットの海に投稿したときのようなドキドキを味わっているとまたもや誰かからの依頼かと勘違いされた。
そう思われるほど出来のいい資料を作れたと思いつつ、その資料を作った理由を説明するとなるほどとイングリットは頷いて納得してくれた。
「確かに、リベルタ様のおっしゃっていた敵を倒せたとなれば領地の一部を貰うことは可能かもしれません。そしてリベルタ様の知識があればこのような街を作ることも可能かと思います」
「そうだろ」
そして俺の根拠を聞いてさらに現実味を帯びる俺の考える最良の街。
そうやって少し自慢げに説明すると、イングリットが笑った気がした。
「どうかしましたか?」
「いや、さっき、イングリットが笑った気がして」
無表情キャラの筈の彼女の表情が変わった。
その瞬間を見て、ジッと見つめている俺に首を傾げた彼女に正直に話すと。
「もしかしたら、久しぶりに楽しんでらっしゃるリベルタ様の喜びが移ったのかもしれませんね」
そうやって優しい雰囲気を彼女は纏うのであった。




