13 共同戦線
国の恥を語っているようなものだが、それくらいしないとガンは切除できない。
そう判断した公爵閣下と陛下。
エンターテイナーによって、ボルドリンデ公爵陣営の裏の悪事が表に晒され組織として脆弱になりつつある。
叩くなら今と判断したのだろう。
「この非常時にやるべきことですか?」
「非常時だからこそ後顧の憂いは断っておきたいと私は思っている」
当然クラリスは、身内のゴタゴタに巻き込むなそれよりもやるべきことがあるだろうと指摘するが、必要なことだと公爵閣下は言う。
確かにアジダハーカと真正面から戦っている最中にボルドリンデ公爵やほかの公爵から横槍を入れられたり、あるいは決着がついた直後に強襲されたら危険だ。
なればこそ、それを牽制するかあらかじめ潰しておく方が戦略上安全ではある。
その点について公爵閣下と協議した結果、いっそのことボルドリンデ公爵と一緒に他の公爵たちも征伐しちゃえばいいのでは?という結論に至った。
「これを見て欲しい」
「これは?」
そしてある意味で一番協力関係を築きやすいのが、いま目の前にいる西の英雄殿ということだ。
公爵閣下が集めた情報によれば、クラリスは正義感に従い西の大陸の社会制度の改革を行おうと活動しているということ。
特権階級に集まった富によって、貧富の差がすごいことになっているのはFBOの物語の設定と一緒。
西の大陸の人々は世界樹と呼ばれる特殊な〝モンスター〟を管理することによってオアシスを作り出し、コロニーを形成して生活している。
潤沢な資源がある世界樹周辺の土地は特権階級が独占し、外縁部の砂漠が広がっている土地に貧困層を住まわせ、経済的な格差で支配する者の地位を盤石にしている。
「我が諜報部によって押さえられた、貴殿の国の重鎮が我が国にもたらした被害の証拠だ。わが国では規制し、所持するだけでも極刑に値するこの違法薬物の輸入元は間違いなく西の大陸、貴殿の国だ」
ただまぁ、世界樹がモンスターというところからお察しの通り、その『世界樹』からとれるのはエリクサーの素材となる世界樹の朝雫や葉だけではなく、違法薬物の素材となる樹液や花粉が取れたりもするんだよ。
「・・・・・」
その密輸の証拠を見たクラリスの反応はない。
無表情と言ってもいい。
「貴殿の正義の心を私は高く評価している。そして現段階において、その正義の心の前に立ちふさがる勢力がいることも承知している。今回の神託は我々からしても無視し難い内容であるのは百も承知であるが、両国に国家間の懸念があるのは理解してほしい」
公爵閣下の遠まわしの言葉は、先ほどの戦力的懸念と同時にこの犯罪者に力が供与されることの懸念を示している。
「確かにこのようなご懸念があっては、私たちが神の御意思を遂行することに貴国のご助力を得るのは難しいでしょうね」
幸いにして、クラリスという女性は正義を大事にしているが妄信しているわけではない。
正義は絶対、私の言うことは正義!!なんて言い始めたら目も当てられないが、その雰囲気はなさそうだ。
「いかがだろう、クラリス殿」
「即座にご返答はできません。しかし我が国に問題があり、それを是正し国の秩序を回復させる必要があることは理解しました」
おそらく正義を掲げるにあたって現実を見て、そこから目を逸らさなかったのだろう。
こんなことはあり得ないと否定することなく、真正面から受け止めた。
「考える時間を頂きたい」
「構わないと本来であれば言いたいが、あまり猶予はないと思っていただきたい」
「承知しました。夕刻までには返事をします」
共同戦線は即座に締結ならず。
このまま面談は解散かという空気が漂う。
国と国の問題だから仕方ないのかもしれないが、ここで先延ばしにするのはあまりよろしくないと思ってしまう。
交渉のペースを探り合っているこの段階で、可能であれば上の立場を取りたい。
師事をするという段階でこっちの方が立場が上のように思えるが、それでもその地位が盤石というわけではない。
「リベルタ、他に何かないか?なければ一旦解散と言うことにするが」
出来ればここで流れをこっちに引き寄せ、決着をつけたい。
公爵閣下が最後の確認をしてくるので、俺は何か聞く必要があるか、いや、何を聞けばこの場を動かせるかと、ジッと数秒考えた。
「クラリスさん、1つお聞きしたいことが」
「何でしょうか?」
「なんで自分に師事しようと素直に思われたんですか?自分とクラリスさんは初対面ですよね?普通に考えて会話なり、手合わせするなりで人となりを確認してから師事するかどうか決めると思うんですけど」
まずは、出会いからいままでの流れできっかけを掴めずに流していたが、なぜ初対面の俺に向かってすぐに師事すると決断できたかという点を聞くことにした。
「簡単なことです。あなたの人となり、そして実力に関しては事前に精霊に聞いておりました」
「・・・・・ああー」
「納得いただけたようなら何よりです。あなたのご活躍の話題は精霊界にとどまらず、私たちエルフの間でも語り草になっています。人となりについて、精霊たちがあなたを嫌わない。それどころか慕っているという話を聞けばあなたが悪人ではないのは明白。そして実力についても幾多の精霊たちがあなたの実力を認めていました。私の契約している精霊も強くなりたいのならあなたに師事すれば間違いないと言っています」
そして迷いのない先ほどの彼女の言葉の根拠が精霊だということがわかり、思わず納得してしまった。
精霊たちには緘口令を敷いていない。
そもそもの話、精霊と出会えるということ自体が南の大陸では珍しいし、契約しても良好な関係を築けなければ情報を教えてはくれない。
それは精霊と契約しやすい土地に住むエルフやドワーフであっても一緒だ。
しかも精霊界での出来事を聞こうとするのなら、精霊とかなり良好な関係を築く必要がある。
そこら辺でセキュリティができているから安心してたけど、次に精霊界に行ったらあまり俺たちのことは話さないように頼んでおいた方がいいかもしれないな。
精霊界に行けないとしても、精霊の噂話で俺の情報が拡散される可能性に気づいた。
FBOの時はそんなこと気にしなくてよかったんだけどなぁ。
ひとまず、彼女が迷わず頭を下げて俺に師事を乞うたのは、そういう精霊からの事前情報があったからかと納得できた。
「聞きたいことはそれだけですか?」
「いえ、もう1つ聞きたいことができました」
納得ができたと同時にこれも聞いておかねばならないと思った。
「光の大精霊、オピュトスの契約者はあなたですか?」
その名を口にした途端にクラリスは立ち上がり目を見開いた。
「どこでその名を。いえ、精霊界に招かれたあなたなら知っておられてもおかしくはありませんね」
光の大精霊オピュトスはエルフにとっては神に等しいほど重要な大精霊だ。
物語のキーパーソンになるほどの存在で、エルフやドワーフのネームドと交流する際には敵対してはいけない精霊の代名詞ともなっている。
なにせこの精霊と敵対しただけでエルフやドワーフのネームドたちの好感度がゼロを通り越してマイナスになるのだ。
それを聞けばどれだけ重要な精霊かは察することはできる。
しかし、問題はそこではない。
このクラリスの反応を見る限り、
「あなたが契約者ではないのですね」
「・・・・・はい。今オピュトスは誰とも契約していません」
ゆっくりと座り直す彼女は困り顔で俺を見つめてきた。
「リベルタよ、光の大精霊オピュトスとは?」
「西の大陸で知られる精霊の中では最上位に位置する大精霊の名前です。エルフたちの始祖であるハイエルフが最初に契約した精霊の名でもあります」
アジダハーカとはなんら関わり合いがないが、代わりに西の大陸のアジダハーカポジのモンスターとは密接に関係している大精霊でもある。
「して、その大精霊が今この場に何の関係がある?」
国王陛下も興味を持って俺を見ている。
話の進行は公爵閣下が進め、クラリス自身も俺の言葉の意図を汲みかねている。
冗談で関係ありませんと言ったらどうなるかと思うが、さすがにエルフにとって大事な精霊の名を冗談でも出すわけにもいかない。
「そうですね。公爵閣下、関係性をお話しする前に1つご質問が」
「なんだその目は。すごく嫌な予感がするのだが」
「まぁ、こればっかりは自分では決められないので、公爵閣下にお任せします。クラリスさんの度肝を抜くか、クラリスさんの好奇心を放置するか」
「後者を選んだ場合は?」
「関係はありますと答え、これ以上は先ほどの条件を踏まえてこの場で共同戦線の合意書にサインした場合のみお答えしますと答えます」
クラリスの目の前でするような会話ではないが、これも一種の戦術だと思っていただきたい。
ピクリと目元が動いたが、それ以上を言ってくる様子はない。
「では、前者を選べば?」
「クラリスさんが、絶対に自分たちと共同戦線を張ると約束できる情報を提供します」
しかし、エルフの英雄であるクラリスを動かすことができるほどの情報を持っていると宣言すると、クラリスだけではない、
その背後に控えていた護衛たちも圧を出し始めた。
「落ち着きなさい」
手をさっと上げて、冷静になるようにクラリスが護衛たちを静めた。
「絶対にという言葉は少々過剰すぎませんか?」
「そうですかね?自分は知恵の女神の使徒らしいので、知識という点においては他の追随を許すつもりはありませんよ」
当人を放置しての会話。
そこに関して言いたいことがあるのだろう。
そんなに安い挑発をしてもいいのか?というクラリスの視線に応えつつ、エーデルガルド公爵にどうするのか?と聞く。
時間がかかれば時間がかかるほど面倒なことになる。
ならば、夕刻になる前に決着をつけてさっさとこの英雄を動かした方が合理的だ。
「リベルタ、絶対の自信があるのだな?」
一体何をしでかすつもりなのだと目線で聞きつつも、何度も俺に度肝を抜かれているエーデルガルド公爵はもはやある程度の耐性を持っているので、諦め半分、覚悟半分で俺に問いかける。
「あります」
俺は迷わず頷く。
「そうか、それなら伝えろ」
「はい」
許可が出たのでクラリスに向き直ると、身構える彼女と護衛たちがいた。
「お待たせしました」
「いえ。一体どのようなお話が出てくるのでしょうか?」
これから話すのは完全なるネタバレ。いい加減面倒になってきたのでここで一つ流れを変えて開き直ることにする。
思えば最近の俺は周囲の顔色ばっかり窺っていて、自由に行動できていなかった。
貴族が面倒だと言う割には、力をつけた今も、相手の体裁を気にして周りと歩調を合わせようとしている。
そんなのだから遅々として行動が進まないのだ。
「今回の共同戦線で全面協力していただけるのなら」
「・・・・・」
傍若無人に振る舞うつもりはない。
だけど、振り回されるのではなく振り回す側に回った方が気楽に行動できるんだろうね。
「光の大精霊、オピュトスと契約するために必要なハイエルフになる方法をお教えしますよ」
「「「「「「!?」」」」」」
ひとまずは爆弾投下。
ただし一発とは言っていない。
驚き目を見開くクラリスよ。
この程度の情報量で驚いていては心臓が持たないぞ?
「あとは、オピュトスの居場所と、契約するために必要なアイテムと、儀式の手順に、あ、必要なスキルもあったな」
指を折りながらポンポンと情報を投入していく。
「今、国の改革をしようとしているあなたにとってはどれも必要な情報ですよね?」
悪気はありませんとは口が裂けても言わない。
だけど、必要だからこそ口にしたのだ。
「・・・・・」
クラリスは神の使徒として西の大陸で有名になってはいるが、西の大陸は神の信仰よりも精霊信仰の方が根強い土地柄だ。
その弱点を突いた俺の情報に彼女はどう対応するか、さて見ものだな。




