12 相性問題
礼は和をもって貴しと為す。
そんな古い中国の格言が思い浮かぶ、西の英雄ことクラリスとの出会い。
出会っていきなり跪き、俺を師と仰いでいる。
「それで、どちらの神様が俺に会うようにおっしゃったのですか?」
「調停の女神、メーテル様です」
なんというか、この世界に転生してから今までマジであったことないほど、礼節を重んじる西の英雄の姿勢に此方にも若干の戸惑いがある。
この世界は地位のある者は大なり小なり、傲慢不遜なのがデフォだ。
西の英雄という立場があるのなら、うかつに他人に頭を下げるのはまずいだろう。
それも他国の王家や公爵がいる場での恭順を示すような態度はレッドゾーン突入待ったなしだ。
あのまま跪かせ続けるのはまずいと思った俺はひとまず、場所を変えるということで公爵閣下の屋敷の応接室を借りる。
会社の面接のように、陛下に中央に座ってもらい、左側に俺、右側に公爵閣下、そして正面に座っているのが西の英雄のクラリス。
俺の背後にネル、そしてそれ以外の人はそれぞれの背後にずらりと護衛の騎士を並べているという特殊な席順ではあるが、一応話し合いの場だ。
「具体的な神託の言葉を伺っても?」
「はい、メーテル様はこうおっしゃいました。南の大陸にいる英雄に師事せよ。彼の英雄は知恵者なり。その知恵者に最大の敬意をもって接するようにと」
「・・・・・それだけですか?」
「はい」
まぁ、やっていることも完全に面接だけど。質疑応答をやりつつ話を進める感じがもろにそれだ。
なんというかやりづらさを感じる。
傲慢に来られたらこっちもこっちで、それなりに雑に扱えるのだ。
こいつならこれでいいとか、そういう感じで気楽に接することができる。
だけど、この人、クラリスに関しては本気の本気で、俺に礼節を持って教えを乞いに来ているのがわかる。
なんと言えばいいだろうか、ネトゲあるあるでゲームだから粗暴に接して質問してくるプレイヤーと、ゲームでも礼節をわきまえて接してくるプレイヤーくらいに温度差があると言えばいいだろうか。
こっちとしても礼節を保ってくれるのなら、ある程度教えるのは問題ないと思えるのはゲーム脳だからだろうか。
さっきから質疑を俺がしているのだが、公爵閣下や陛下は何か質問はないのだろうか?
「「・・・・・」」
俺の視線に気づき、そのまま続けろと頷く二人に従って再びクラリスの方に向き直る。
これで敬意を示しているのが俺に対してだけだったら、そういう人だと判断できるのだが、この人しっかりと公爵閣下や陛下にも敬意を示している。
何ならネルにも挨拶して敬意を示しているし、屋敷の使用人にも礼節を忘れない。
すなわち、めっちゃいい人だこの人。
人によっては堅苦しいと捉えるかもしれないが、俺は悪い印象を抱けない。
狂楽の道化師の最後の言葉が引っ掛かっていたが、それもこの堅苦しくも礼儀正しい女性の人生を狂わせたいという願望こそやつの性癖のドストライクなのがわかって、徐々に引っ掛かりもなくなりつつある。
「ええと、自分に師事するとおっしゃられても。こちらとしてもつい先ほど聞いたばかりですし、何よりおいそれと差し出せるような物でもないんですよ」
「無理を申し上げているのは承知しています。推測になりますが、あなたは知恵の女神様の使徒だと思っております。なので、その知恵は神から与えられた物。それ相応の対価をこちらで勝手にご用意するのも不敬だとは思いましたが、どうぞお確かめください」
うん、なんというかやりづらいけど、このやりづらさは俺の心の中でこんなに礼節をわきまえてくれるならしっかりとこっちも応えなきゃと思うようになった感情的な物だ。
情に訴えかけているわけではないんだけど、それに似ている。
もしこれが、『私は今大変なんです!!助けるのが当然でしょ!?』みたいな感じで訴えてきたら『知るかボケ、こっちも大変なんだよ』の一言で済ませられる。
しかし、この人は公爵閣下と国王陛下に頼んで俺との面談の場を設けてもらった。
ここに移動する道中で聞いたが、本来であれば事前にアポを取り数日後の面談にするという流れだったのを、忙しい俺がスケジュールを変更せざるをえないことを知って、失礼かもしれないが休日である今日に会った方がいいのではと提案したそうだ。
さらに、その気であれば呼びつけることもできる国賓という立場だと言うのに、本来の流れから外れた提案なので自分から足を運んできたと。
いきなり押しかけてきて迷惑だと言えばそれまでだが、通すべき筋はきっちり通しているし、国賓として呼び出せる立場を使わず自分の足で来て、さらに上から目線ではなく礼節をもって接してくれている段階で、この大陸の貴族どもと比べたら雲泥の差と言うくらいに俺のことを尊重してくれているのがわかる。
しかもだ。
「・・・・・」
クラリスが護衛の兵士に預けていた紙の束を護衛経由で俺たちの前に置く。
三束あるからそれなりの厚みだったのか。
目録、向こう側で用意できる物ということか?
「これのうちどれかということですか?」
とりあえず、ざっと目を通すといくつか欲しいアイテムがあった。
うん、エリクサーあったよ。
現状、絶対に作れない筈のアイテムなのにあったよ。
これがあると無いのとではアジダハーカ戦の難易度に差が出るほどのキーアイテムのエリクサーがあったよ。
「いえ、全て献上いたします。神が与えたもうた知恵で私の修行をしていただく対価としては不十分かもしれませんが、申し訳ありません。これが私どもが用意できる精一杯の品です」
しかも、選べるのは1つだけではなく全てだと?
ドワーフの職人とか、世界樹の葉とか、魔動船とかもあるぞ?
「あの、この目録にメーテル様から与えられた武具一式と書かれているんですけど」
「はい、あなた様から神の知恵を授かるというのならこちらもメーテル様から授けられた武具を差し出すのは道理かと。すべてを差し出すことはできませんが百組ほどでしたら問題ないと判断しました」
おまけに神から授けられた武具だと?
後で性能を見て見ないと何とも言えないが、武具防具の方も用意しないといけないと思っていた身としてはこの提供は干天の慈雨レベルで助かる。
精霊たちに現在進行形で作ってもらっているとしても、千人単位の武具を作ってもらうのは時間的に厳しい。
しかも数としては一組とかじゃない、百組だ。
ドワーフの職人はこっちに移住してくれるという形なのか?
それならかなり助かる。
信用できるように契約を結ぶ必要があるが、もし育てられるなら最強の武具職人を爆誕させるぞ。
そうすれば装備の生産効率も爆上がりだ。
知識の流出に関しては契約で縛ればなんとかなる。
貰える対価と与えるものの天秤がどっちに傾いているか自覚できる。
接した時間はわずかだが悪い人ではないし、悪い話でもない。
「・・・・・指導をするにあたって人数をお伺いしても?」
「可能でしたら、今回引き連れてきた者を含め百名ほど。もし無理でしたら私1人でもお願いしたく思います」
「自分の知恵は秘伝であり、劇薬です。その情報を流布されればこの世界は混沌と化すほどの知恵を持っているという自負があります。お教えするにあたって他人に伝えることができないようにする契約を結ぶ必要がありますがよろしいでしょうか?」
戦力としては問題ない。そして可能なら敵対しないことも含めて契約に盛り込んでおきたい。
「問題ありません」
「少しいいか?」
「はい」
この段階で公爵閣下が会話に入った。
「これは我が国の重鎮としての質問だ。彼、リベルタの知恵は我が国の戦力に直結する物だ。この情報が貴国に与えられれば、少なからず戦力バランスが崩れるのは明白。その刃がこちらに向けられるのは是が非でも避けたい」
「・・・・・私は恩知らずになるつもりはありませんが、絶対とは明言できません」
他国に力を供与するのは、普通に考えれば国家としては否と言わざるを得ない。
今はそれぞれの大陸で統治しているが、力を得たことでいずれ覇を唱え世界統一を掲げる人物が生まれるかもしれないという懸念がある。
「しかし、それはそちらも一緒ではありませんか?」
「もちろん否定はしない。だが、お互い立場ある者であるのなら祖国を案じるのは当然のことだ」
その点をどうするのかと聞けば、クラリスは素直に自分はするつもりはないが他の人物までは保証できないという。
信用し、信頼しているがイコール絶対ではない。
ここに関しては俺も知識はあるが、それはゲーム内での話だ。
流石に国を統治した経験はないし、俺の能力が劇薬になるというのもわかっている。
なのでこの手の話はエーデルガルド公爵に任せるということで俺は一旦黙る。
「私の理想は敵対行動の禁止を盛り込んだ契約をしてもらうことだな」
「それは互いにでしょうか?」
力は与える、そして祖国でそれを使うのは自由だがこちらへの敵対行為を禁ずるというエーデルガルド公爵の発言に、クラリスの眉間が一瞬歪む。
「もし一方的なものであるのであれば、祖国を守ることができなくなる危険があるので拒否させていただきます」
そして互いにという言葉を付け加えなかったエーデルガルド公爵の意図を察して、即座に訂正を求め場合によっては拒否することも明言した。
「で、あろうな。私でもそのリスクは負えない。なのでここはひとつここにいる三名の勢力で安全同盟を結ぶというのを提言したい」
それが結べれば理想と言って、高いハードルにした後に事前に用意した了承しやすい条件を提示する。
「安全同盟、ですか?それは私の一存では」
「噂話では貴殿の国内での立場は相当芳しくないと聞く。良ければこの国の王家と、我がエーデルガルド家で貴殿とその一族を支援しようという話だ」
一見すれば国同士で結ぶような同盟に聞こえるが、エーデルガルド公爵はわざと遠まわしに国同士ではなく家同士での同盟を結ばないかと提案しているのだ。
「・・・・・何を望まれているのですか?」
それを察したクラリスは、国同士ではなく一部族の戦力での同盟なら自己責任でできると判断し、どういう条件で進めるかを聞いてきた。
俺の知識を足掛かりにして、国としての交渉を進めようとするのは貴族らしいやり方だなと思いつつ、エーデルガルド公爵はなにを言い出すのか待っていると。
「貴殿が国を手中に収めた方が我々としては都合のいいことが多いと言えば納得できるかね?」
「その言葉が嘘ではないとは思いますが、あなたがそれだけで戦争の火種になりかねないような危ない橋を渡るとは思えません」
誤魔化すように語るエーデルガルド公爵の言葉を、クラリスはバッサリと切り捨てた。
「であろうな。となればある程度の情報は開示すべきか・・・・・陛下、よろしいですか?」
「公爵に任せる」
「承知しました」
話が進むことにエーデルガルド公爵は微笑み、形式上とはいえ自身の主君に話を通し、話すことの許可をもらうと。
「現状我々には極秘に進めている計画がある。詳細は語れぬが、よその国からの妨害は避けたいと思っている」
「・・・・・私にその防波堤になれとおっしゃいますか?」
「ああ。西の大陸にある港の土地を確保してほしい。それによって西から妨害を封じてほしい」
エーデルガルド公爵と王家で進めている計画の一端を話し出した。
この話自体はエーデルガルド公爵から俺も聞いている。
現状好き勝手している公爵家が三つもあるのだから、ボルドリンデ公爵を起点としてこの機会に一気に力を削り取る。
その計画の協力をエーデルガルド公爵は持ちかけたのであった。




