10 EX エンターテイナー 1
愉悦部出動
ある意味では初めての、リベルタの私設部隊。
エンターテイナー。
その実戦投入は結成された翌日の深夜だ。
「くそっ!あのふざけた予告状が本物だと言うのか!?」
そこは北の領都ホクシでも有数の大商家。
表向きは大規模な商売で資産を築いて、裏では禁制の薬物売買や人身売買、ライバル商会の襲撃と、悪事は一通りどころか20周くらいはこなしているのではという裏社会のベテラン。
そんな商家に突如として送り付けられた一通の手紙。
商会の入口に届けられたというのなら、この商会長の目になど触れられず処分されただろうが、目の前に突如として突き刺さるように投げつけられれば見ないわけにもいかない。
朝一番に嫌な物を見せつけられた商会長の機嫌は最悪。
そしてふざけたいたずらの主犯を探すために八つ当たりに近い犯人捜しを実行したが、それを見つけることは叶わなかった。
馬鹿にされたと思い、不機嫌のまま酒を飲み、女を抱き、そして少しは気分が収まって後は寝るだけというタイミングにそれは起きた。
「なんだ!?」
突如として響く爆発音。
そして騒がしくなる商会内。警備兵の怒声。
「ええい!何事だ!!」
裸のままで外に出るわけにも行かず、ガウンだけを羽織って部屋の外にいた警備兵に商会長は詰め寄る。
「はっ!侵入者のようです!」
「侵入者だと?どこの馬鹿だ?」
情報はすぐに手に入るが、その内容に眉間に皺が寄る。
なにせこの商会に手を出せば待っているのは報復による破滅だと言うのはこの街の住民なら理解しているからだ。
だが現実、襲撃されている。
「わかりません!」
「わかりませんだと?お前、ふざけているのか?」
「いえ、ふざけていません!報告では怪しげな仮面の集団だということしか」
商会長は敵対している商会かと一瞬脳裏によぎるが、自分は領主のボルドリンデ公爵に多額の献金をしている身だ。
もしバレたら報復は免れないことくらいはわかっているはず。
それにも関わらず襲撃をしてきたと言うことに疑問が残るが、今は解決する方が先決だということで。
「ええい!だったらさっさと賊を始末しろ!!」
商会長は護衛の兵士も送り出そうとした。
『ハーッハハハハハハハハ!!!!』
「今度は何だ!?」
「レゾメン様!!あちらを!」
その時に響く高笑い。
癇に障る笑い声に激昂した商会長は怒鳴るが、護衛の兵士がその声の主を見つけて窓の外を指さす。
両手を広げた仮面の男が、倉庫の屋根の上で高笑いを上げている。
それだけでもふざけているというのに、その足元を見た商会長はさらに目を見開く。
「あれは、まさか」
仮面の男は、高笑いで周辺に人を集め、そして足元にあった大きな袋を拾うとその口を開く。
そこからは黄金の輝きが見え、それが金貨だとすぐに察する。
『さぁ!受け取れ!!』
「わしの金ええええええ!?」
そして集まった兵士の頭上に振りまかれる大量の金貨。
それを、兵士たちは我先にと拾い始める。
「拾うな!!それはわしの金だ!!」
砂糖に群がる蟻のように、意地汚い雇い主の元には意地汚い兵士が集まる。
雇い主の叫びなど聞こえていないと言わんばかりに金貨を拾う兵士たち。
『そして、さらばだ!!』
その隙に走り出す仮面の男、その背中にはしっかりと金貨の入った袋が背負われている。
「っ!逃がすな!!」
その時商会長の脳裏に今朝がた見た予告状の言葉が浮かぶ。
『今宵あなたの黄金いただきにまいります。byエンターテイナー』
ふざけた文言でいたずらかと思っていたが、本当に来たかと、逃げ出す男の背中に向けて怒声を張り上げる商会長。
そしてガウンのまま護衛を引き連れて商会長も走り出すが、すでに建物の外に逃げようとしている男の速度は想像よりも速く、走るなんてことを長年してこなかった商会長がヘロヘロになりながら建物の外に出た時には、すでにその影はどこにもいなくなっていた。
「クソッ!探せ!見つけ出して殺せ!!」
ここで諦めるようならこの地位まで上り詰めていない。
裸足でさっきまで金貨を拾っていた兵士の尻を蹴り上げ、夜の街に送り出そうとすると、とある方向から足音が聞こえる。
もしや戻ってきたのかと商会長がそちらの方を見ると、
「おい!レゾメン!ここにふざけた女が来なかったか!?」
「ブルーゾ子爵、一体どうされたのですかな?」
互いに夜中に叩き起こされたような恰好、そして兵士を引き連れての登場。
その光景に既視感を感じる。
「いえ、見ておりせんが」
いかに大商家であっても相手は貴族、一旦怒りを鎮め対応するが怒りに頭が支配されているブルーゾ子爵は本当かと疑惑の視線を商会長に向けるが、商会長の格好に気づき。
「まさか、お前のところにもこんなふざけたカードが送られてきたか?」
握りしめてしわくちゃになったカードを商会長に見せた。
「はい、私のところにも来ました」
「まさか、あの女お前のところにも来たと言うのか?」
「いえ、私のところはふざけた高笑いを上げる男でした」
「「・・・・・」」
そのカードに見覚えがあり、そして同じような事件が二件、どう考えても仲間がいたということになる。
「レゾメン様!!」
そこまで想像していると、先に男を追わせていた部下の1人が帰ってきた。
「見つけたのか!?」
「はい!やつら住宅街で金をばらまいています!!」
「「はぁ!?」」
1人で帰ってきたと言うことは、まだ賊を捕まえていないということだろうが、それでも情報を持ち帰ってきたことに安堵しそうになるが、報告の内容を聞いて商会長と子爵は驚きのあまり目を見開く。
「今すぐ止めさせろ!!」
「ですが、奴らは屋根の上を移動していて捕まえられないのです」
「ええい!話にならん!お前たちついて来い!!」
「私たちも行くぞ!!」
そうして引き連れていけるだけの兵士を連れて行った商会長と子爵。
そんな男たちが兵士を引き連れ走り去っていく姿を見送る影がいた。
影たちはしばらく息をひそめ、商会長たちが戻ってこないことを確認したのち、数人の影たちが屋敷の中に入り込んでいく。
そんなことに気づかず商会長たちが、報告に帰ってきた兵士に先導され、向かった先には。
「ハーッハハハハハハハハ!!さぁさぁ!!金貨の雨を降らそうではないか!!」
「さぁ!みんな!拾え!拾え!」
住宅街の広場で、賊が建物の屋根の上から金貨を振りまき、地面に膝をつき金貨を拾いあさっている兵士の姿があった。
「何やっとるかぁ!!!!」
「さっさと、あいつを捕まえてこい!!」
その様を見て怒髪天をつく、商会長と子爵。
その声に、ビクッと背筋を揺らし、手に持っていた金貨をポケットにしまい込んでいそいそと屋根の上に登るために梯子を探しに行く。
あるいは近くに置いてあった木箱を積み重ね階段のようなものを作ろうとする。
身体能力に自信のある兵士は飛び上がって家の屋根の端に手をかけようとする。
だが、それよりも先に怪盗たちは行動を起こす。
「おやおや、ジャック=サン。こっちに登ってきますよ?」
「そうだねぇ、ミネルバ=サン。こっちに登ってきますなぁ」
舞台役者のように大げさに困ったと腕を組む、ジャックと呼ばれる男、そして遠くを見通すように掌を額に当てるミネルバと呼ばれた女性(?)。
行動が一々大げさ、それが商会長と子爵の神経を逆撫でする。
「えええい!!そこのお前たちも屋根に上る手段を探さんか!!」
「お前たちもだ!!公爵様の暗部に連絡を入れろ!!まったく、こういう時のために多額の献金をしているのだぞ!!」
こんな騒ぎが起きれば普通、暗部が反応して現場に駆け付けるのだが、そういう様子が一切ない。
一体どういうことだ?と憤慨する彼らの元に別の兵士たちが走り寄ってくる。
「報告します!!」
「今度は何だ!?いや、お前はローベンス商会のところの」
「はい!緊急事態が発生したので至急応援をお願いしたく」
その兵士はレゾメン商会長の配下の商会が雇っている兵士だ。
大きな倉庫を管理させ、そこで利益を出している。
そして倉庫と言うことで、そこには色々な物が保管してある。
金銭はさすがに保管していないが、それに準じ、さらに嵩張る上に表に出せないヤバい物を保管している。
当然、その商会に見張りや警護の兵士を配置させている。
それでも万が一があった場合は商会長の私兵が応援に行く手はずになっている。
「まさか」
時間稼ぎくらいはできる人員は配置しているはず。しかし走ってきた兵士は緊急の知らせだと言っている。
このタイミングで緊急事態と聞いて、このバカ騒ぎと重なるのは自然の流れ。
「はい!倉庫街のA8番倉庫が襲撃されました!!犯人は十数名の集団、例の物が次々に強奪されております!!」
「子爵様!あやつらはお任せします。私は急用ができましたので!」
そして商会長の頭の中には最悪の流れが思い浮かぶ。
A8番倉庫。そこにはこの国が規制している違法薬物が集積されている。
しかし、違法と言うだけあってその薬物の闇取引には裏表問わず一定の需要がある。
小さな小麦袋サイズであってもその一袋で金貨10枚の値段になる。
それこそ、今ばらまかれている金貨よりも価値がある物がいま襲われていると言っても過言ではない。
なのでそこら中にいる私兵を次から次へと呼び戻し、倉庫の方に駆け出すのは必然の流れ。
「その急用ってぇ!?」
だがその流れを断ち切るような声が辺り一帯に響く。
声を張り上げ、より一層注目を集めようとしているのがわかるオーバーアクション。
ジャックと呼ばれた男の身振り手振りが、商会長の足を止めさせ。
「これのことですかぁ!?」
そしてどこからともなく現れた新しい男がライトの魔法の明かりで照らされ、男が抱える袋を手で指し示した。
「なぁ!?」
それに見覚えがある商会長は目を見開きその場で固まる。
歴戦の商人であればポーカーフェイスを維持しないといけないのだが、何度も何度も異変が起き続けて、感情制御があいまいになってしまいついリアクションをしてしまった。
「あれ?あれれ?おかしいですねぇ」
その商品を品定めするようにじっくりと見るミネルバと呼ばれた女性(?)。
「これってぇ、違法薬物ですよね?ジャック=サン」
「もちのロン!!がっつり違法薬物でございまぁっす!!」
「これって、どこから盗んできたんですかぁ?」
「それは、そこのレゾメン商会長の配下の倉庫からさ!!!」
わざとらしい大根芝居。
ここまで騒ぎを起こせば、ここの住人達も起きて様子を窓の隙間から見始めている。
そのタイミングでの暴露。
「知らん!そんな物わしは知らんぞ!!」
もしこのことが公になれば当然だが、極刑は免れない。
噂になるだけで中央の司法が査察に来てもおかしくない。
それくらいに禁止薬物使用の罪は重い。
ヤバいと思って一緒に来た子爵も距離を取ろうとするくらいだ。
「あれれ?そう言ってますけど、どう思いますミネルバ=サン?」
「ギルティ!だって、ここにそこのレゾメン商会長のサインが入った品物預かり証明書がありますから!!」
そしてそんな商会長の否定の叫びなど関係ない。
地獄に落ちろと、副音声で聞こえるような楽しげな声でミネルバと呼ばれる女性(?)は一枚の書類を取り出した。
「に、偽物だ!!わしをはめようとしてもそうはいかんぞ!!おい!あいつをあいつらを捕まえろ!!」
その書類もしっかりとライトの魔法で照らされ、良く見えるようにしておく。
「まだまだありますよぉ!!」
そうしてその慌てふためく商会長たちの光景を見ながら、男と女(?)は心の中で思うのであった。
悪事を暴露するのって楽しいっ!!と。




