2 奇天烈な脱出
第1巻発売日発表!!
本年12月15日にて第1巻が発売されます!!
詳細は活動報告に!
下の方にカバーイラストも掲載していますので是非是非!!ご覧ください!!
「ぜ、全裸?」
「そうでござる。全裸でござる」
この魔法の秘薬こと透明人間になる薬は、文字通り肉体を透明化できる。
ただ、これは服用型の薬だ。
飲んだ者の肉体だけが透明化する。
それに付随している装備が透明化しないのはある意味当たり前だ。
「お、お前も全裸になるのか?」
「誰がここに居る人たちの服を運ぶと思っているんでござるか。拙者以外にいないでござるよ?」
この秘薬を飲めば、服だけが、あるいは装備だけが宙に浮いて動き回る、怪奇現象のような奇妙な光景が作り出される。
そんな恰好で表通りを歩いてみろ。不審な存在としてすぐさま見つかる。
それはマジックバッグと言った輸送用のアイテムとかも一緒で、それを持ち歩いていたらマジックバッグだけが浮いているという奇妙な光景が作り出される。
要は一人は服を輸送するために秘薬を使わず行動する必要があるというわけだ。
全員さっきまでボルドリンデ公爵に反逆してやると気合を入れていたのに、今になって『これじゃない』という表情で、互いに顔を見合わせていた。
「や、やってやるよ!!」
そして誰が最初に飲むかという流れになって、最初に手を出したのはシャリアだ。
もともと貫頭衣というあってないような服な上に、ジャカランとの戦闘でボロボロになっているから、今さら全裸になっても問題ないと開き直ったのか。
誰かが固唾を飲んだ音が聞こえたが、俺が差し出した魔法の秘薬を受け取り恐る恐る飲み干すと。
「うぉ!?体が!?」
「本当に透明になった」
「す、すげぇ」
効果はすぐに現れる。
一瞬で肉体が透明になり、宙に貫頭衣が浮いているという奇妙な光景が出現する。
その光景にどよめき、そしてするりと貫頭衣が動く。
それが脱ぐ動作なのはわかるが、傍から見れば勝手に服が動いているようにしか見えない。
「ま、マジで見えない」
「気配探知のスキルには引っかかるでござるよ。ただ、何も見えないでござるから兵士に見つかる心配はないと思うでござるが」
この魔法の秘薬は本当に姿を見えなくするだけだ。
気配探知などの索敵スキルには感知されるが、そこはひと工夫をしてやればいいだけのこと。
監視の容易な表通りに、わざわざ希少な気配探知の能力を持つ人材を配置しているとは思わない。
となれば堂々と表通りから外に出ればいいだけのことだ。
ジュデスが驚き、これならどうにかなると思った面々が次から次へと魔法の秘薬を飲んで透明になっていく。
ちなみに、この魔法の秘薬はとあるクエストを攻略する際に必要になる物だ。
その使用用途に関しては、多岐にわたるとだけ言っておこう。
FBOは健全なゲームだった。
それだけは言っておかねばならないが、だったらなんで制作陣はこんなアイテムを作ったのだと、俺が頭のなかで独りツッコミを入れていると、その間に皆は秘薬を飲んで次から次へと透明化し。
気配探知で誰も動いていないのを確認して、最後にジュデスが飲んで全員の透明化が完了した。
「効果は三時間ほどでござる。それ以内に目的地に到着しないと全裸で街中や野外に放り出されることになるので気を付けるのでござるよ」
そして全員の服を受け取って、この段階で冷静になって考える。
今、俺の周りには全裸の男で溢れかえっていると。
視覚的には見えていないが、そういう環境にいると考えると何とも言えない気持ちになる。
「それじゃぁ、集合地点はここでござる。皆それぞれ見えないので注意しながら移動するでござるよ」
その考えを振りほどき、そのまま移動開始。
それぞれ姿が見えないから、そのまま無言で歩き出す。ぺたぺたと足音だけが響き。
気配探知で集団が手探りで移動しているのだけはわかった。
そして全員が用水路から脱出したのを見送って、俺も移動を開始する。
彼らの服は全部マジックバッグの中に収納しているから、俺が見つかってしまったら彼らの全裸開放が確定してしまう。
慎重に慎重を期して俺も行動を開始せねばならない。
気配探知は常に発動。
スキルレベルもステータスも俺の方が上だから、暗部が気配を隠すようなスキルを使って隠れても俺にはわかる。
昼間の行動は夜間行動よりも見つかりやすい。
といっても、ゲームで勝手知ったる庭だ。
建物の配置はゲームの時と似通っているから、常に監視の死角となる建物と建物の間をつたって移動するということを意識すればそこら辺は問題ない。
「・・・・・」
暗部の動きが少し活発になっている。
そしてついさっき脱出した地下闘技場の方に人が集中しているということは・・・・・
スライム相手に苦戦中ということか。
兵士も動いている。
騒ぎを聞きつけて兵員を動員しているからか、警戒網に隙ができている。
これなら大丈夫かと、気配探知でゆっくりと移動している全裸集団を捉える。
見えていないゆえに、分散して各々考える最短の道を進んでいるが、ひとまずは大通りの方に出るようだ。
時折、兵士たちとすれ違っているのを気配で探知しているが気づかれた様子はない。
暗部たちも中央通り周辺の監視は兵士に任せ、騒ぎが起きている地下闘技場の方に行っているようで、路地裏の監視をカバーしきれていない。
これなら無事に脱出できるはず。
ボルドリンデ公爵の手持ちの戦力で、危険なのは何人かいる。
その中で暗部の長とその右腕の男は、相手取って負ける気はしないけど倒し切るのが面倒な相手だ。
その2人のうちの片方が常にボルドリンデ公爵の本体についているはず。もし見つけられたら一番の収穫なんだけど、さすがにそれを見つけることはできないか。
気配探知だけだと、個人の特定までは難しい。あっちこっちに隠れている位置的に暗部だとわかる気配を感じるが、それが目的の人物とは限らない。
仕方ないと一旦探索を諦め、全裸集団とのペースを合わせて移動を開始する。
昼間だから中央通りにある程度の人出はあるが、王都と比べるまでもないほどに人が少ない。
外出すること自体避けているような雰囲気を感じ、市場の方にも活気がない。
立ち話をしている主婦もいなければ、遊びまわる子供もいない。
街として不健全としか言いようのない光景。
そんなシリアスな光景なんだけど、その街中を透明になりながら走る全裸の男たちのせいでイマイチ深刻な気分になれない。
それをありがたいと思うべきか、騒ぎを起こしてそんな光景にしてしまった自分の罪科と思うべきか。
仕方ないだろ。これしか集団で脱出する方法がないんだから。
もう少し高性能な転移のアイテムなんて、ゲーム終盤でしか手に入らない。
そもそも転移のペンデュラム自体がクラス8後半で漸く手に入る筈のアイテムなんだ。
あんな序盤に手に入ること自体異常なんだよ。
脱落者がいないように、街中を隠れながら移動し、全員が指定した門の方に近づきつつあるときに、一つ問題が出た。
門が閉まっている。
開いているのは兵士の通用門だけ。商人の出入りすら封鎖しているということは地下闘技場の騒ぎに乗じて脱出する存在がいると踏んだということか。
どうしよう、このままだと全裸の集団が公衆の面前にさらされる。
咄嗟に思った危機感がそっちなのはいかがなものかと思うが、事実、わいせつ物陳列罪が適用されそうな光景が爆誕するのは防がないといけない。
かといって、この門を無理矢理開けることはできなくはないがそれをやったらここら辺が騒ぎになって暗部たちも集結してしまう。
「・・・・・」
透明化しているシャリアたちも立ち止まってどうするか悩んでいるが。
流石にここでモンスターを放出することはできない。
となればあの門を自然に開ける方法を即座に思いつかないといけないのだが。
「お」
普段は運が悪いのに、こういう時は運がある。
突如として、開く門。
おそらくだが外からの来客のために開け放たれたのだろう。
緊急時だと言うのに入れるということは相当な権力者ということだ。
何が出てくるかと思えば、豪華な馬車とその護衛の一団。
その馬車の家紋を見て、俺の目線が細くなるのがわかった。
この国の公爵家はそれぞれ生き物をモチーフにした家紋を持っている。
南のエーデルガルド公爵であれば、獅子。
北のボルドリンデ公爵であれば、蛇。
では残った二つの公爵は何か。
西のマルドゥーク公爵は、蝶。
東のマーチアス公爵は、豚。
そして今目の前の馬車に描かれている家紋は豚と宝石。
東のマーチアス公爵の馬車がホクシに来ている。
一体どういう関係で、どういう用件か気になるところだが、全裸集団がその馬車の集団の脇を通り抜けて門の外に出ていっているので、俺は馬車が中央にあるボルドリンデ公爵の館に向かっているのを横目に、警戒網が崩れた兵士の隙を逃さず城壁を超える。
森の方から接近した道とは違い、街道沿いは開けすぎて遮蔽物が少ない。
おまけにこの人通りの少なさに俺が隠れる場所がないかと思いきや、存外あったりする。
それはどこか。なんの単純な話だ。
門を閉めているということは、その前にたむろする人がいる。
そしてその中には馬車で待機している人もいるわけで、飛び越えている最中に目星をつけた馬車の下に素早く潜り込み、そのまま車体の下に張り付く。
一瞬突風が巻き起きて、何事かと辺りを見回す人がいるかもしれないが、そこはコツがあって、精霊たちとのかくれんぼで鍛えた勘と身のこなしで周囲の視線が門の方に集中している間になんとやらというやつだ。
門が一時的に開かれたことによって、開門を待っていた人たちが街に入れるかもと希望を抱いたが、門は再びあっさりと閉じられ、兵士たちも今日は開けないと叫んでいる。
そうなるとどうなるか。
馬車のなかで、引き返す人がちらほらと現れ始める。
そしてこの馬車もその引き返す組に入る。
良かった。この馬車がこの場に居座ることになったら別の馬車の車体の下に滑り込まないといけないと思っていたところだ。
幸いにしてその手間が省け、徐々に馬車がホクシから離れていく。
馬車は来た道を戻り、馬車の下に張り付くこと十数分。十分にホクシから離れ、そして街道脇の茂みの近くを通り過ぎたタイミングで、車体の下から飛び出す。
静かに迅速に茂みの中に飛び込み、そのまま立ち去る馬車を見送る。
位置的には集合場所から少し離れている程度。
ちょうどいい位置で降ろしてくれた御者にもう一度感謝し、移動を開始。
街道を離れたら、徐々に荒れ地となり、そしてモンスターの縄張りに入ることになる。
街の近くは弱いモンスターしかいないし、縄張りまで距離がある。
例え全裸の行軍であっても、そこまで危険はない。
「あった、あった」
そしてこのホクシの近くには、待ち合わせに適した少し特殊な岩がある。
地図を見せた際に説明した、人のような形をした岩。
見る人が見れば、これは朽ち果てたゴーレムの残骸だとわかるが、素人が見たら人の形をしている岩に見える。
そこにはすでにいくつかの気配を感じ、俺は黙って布を敷いてそこに服と靴を並べていくと、その気配はそれに近づき各々自分の服を着て靴を履いていく。
その気配は増え、全員が服を着たというのに最終的に体が元に戻るまでは誰も話すことなく時間が過ぎ。
「「「「「・・・・・」」」」」」
そして体が戻ったのにも関わらず、全員無言で互いを見つめ合った。
「?どうしたでござるか?」
おかしな様子。
何か怪我でもしたかと思ったが、そういう様子ではない。
「いや、その。なぁ?」
「ああ」
そして俺にはわからないが、彼らにはそういう表情をしてしまう理由がわかっている様子。
シャリアも似たような表情で頭を搔いている。
「ジュデス、皆どういう状況なのでござるか?」
「え、俺が言うの?」
「その様子だとわかっているようなので」
「・・・・・」
問題が無ければそれでいいのだけど、あとあと何か問題が発覚すると手間だ。
聞けるなら聞いておきたいとジッとジュデスを見ると。
「・・・・・全裸で走るのが気持ちよかったんだよ」
「ああ」
新たな扉を開きかけていると聞くことになるのであった。




