27 予想外
咄嗟に叫ばなかった俺を褒めて欲しいと、心の中で冗談を言わずにはいられなかった。
ついさっき見たジュデスと同じように、片手で口を覆い目の前の光景に目を見開いている。
意気揚々とリングの上に上がったジャカランはいい。
この地下闘技場は奴の鬱憤を晴らせる絶好の場所であるのだから、いるのは当然だ。
だが、その対戦相手が問題だ。
巨躯のジャカランと互角の身長だが細身であり、薄い青色の長い髪は背で一束にまとめ上げられている。
服装は奴隷が着るような貫頭衣。 みすぼらしい格好でありながら、その服装でも気にしないと言わんばかりに堂々と立つその人物は一見男には見えない。
可愛らしい女性だと、一瞬勘違いしそうな容姿。
しかしそんな女性的な容姿とは裏腹に、彼が男性であることを俺は知っている。
ゲーム時代ではいつも笑顔を浮かべていたが、今の彼はジャカランという存在を前にしても、闘う者の鋭い目で冷静に勝機を探っている。
シャリア。
ヒュリダさんから行方不明だと聞いていたが、まさかこんなところに捕まっているとは思わなかった。
冒険者になって世界を旅している過程で南の大陸に来た時か、あるいは別のところで捕まったか。
ゲームでは彼を仲間に入れるにはいくつもステップを踏む必要があるが、現実ではそれが完全に無視された形で出会うことになるとは。
「どうだ、色男。俺の女を奪おうとした罪を償う時が来たぜ?」
そしてどうして捕まったかはこのジャカランの一言で察することができた。
「どうやら北の英雄様は、オークみたいに女性を襲うことを是としているようだね。そんなんだからあの女性は俺に助けを求めてきたんじゃないか」
10対0でジャカランに非がある。つまり、シャリアは善意で女性を助けたが、報復でこんな場所に連れてこられたということか。
馬鹿にしたようにシャリアを挑発するが、係員に手かせを外され、体の動きを確認したシャリアは、鼻で笑いながらジャカランを挑発し返す。
冒険者ランクはAだったはず。それ相応の実力に裏付けられた自信から来る対応。 傍から見れば、筋肉ゴリラを挑発する可愛らしい女性という構図になる。
「あぁ?」
「あ、本当のことを言われ怒ったか?だったらゴメン。気に障ったか?」
原作時とは異なり、一人称を『俺』とすることでできるだけ男らしさを強調しているが、そんな彼の容姿を見る限り、知らなければ俺も女性と勘違いしてしまう。
ジャカランの語彙の少ない頭では、小馬鹿にするような挑発しかできないが、シャリアは違う。 小悪魔系の女性をイメージした計算された行動。人の感情の機微を察し可愛いと思わせる匙加減で発する揶揄い。
その原型となるのは、過去の辛い経験から身につけてきた挑発スキル、人を惑わせる表情とトーン、そして相手の感情を逆なでするポイントを察することができる観察力。
「殺す」
「やってみろよ。頭オークの不細工が」
だが、シャリアは知らない。
ジャカランの固有スキル暴神は、普通じゃない。
怒りに染まれば染まるほど効果が上がるということはないが、シャリアの狙いである頭に血を上らせて冷静な判断力を奪い、その隙を突くという戦術がジャカランには通用しないことを。
頭に血が上ったジャカランは、もう止めることはできない。
「ラアアアアアアアア!!」
手枷が外れるまで挑発を自重していたのはいいが、襲い掛かってきたジャカランの大振りの腕をとり、投げ飛ばそうとしたシャリアの目が見開かれる。
「!?」
獣みたいな本能、投げ飛ばされる直前に足を踏ん張りまるで大地に根が張ったかのような体幹でその投げ飛ばしを防いだ。
投げ飛ばそうとした体勢はそのまま隙となり、取られた腕とは反対側の手で胸ぐらをつかまれたシャリアは、そのまま引きはがされるように投げ飛ばされた。
「ッ!」
鉄格子にぶつけられ、太い鉄格子が歪みその衝撃の痛みでシャリアの顔が歪む。
「アアアアア!!!!」
獣のような咆哮をあげてジャカランが襲い掛かり、シャリアは痛みを堪えながらその場を飛び退るが、躱した先の鉄格子の一本をジャカランが素手で殴りつけてへし折った。
「シッ!」
ジャカランの攻撃は全てが大振り、要は強攻撃オンリーだ。 その大振りの攻撃は速く、そして強力。 しかし初動作が大きいので、どういう攻撃が来るのかはっきりしている。
なので躱してからその隙を狙うこと自体は難しくはない。
「・・・・・鉄でできているのかよ」
ゲームならもっと可愛く悪態をついているだろうが、背後から思いっきり脇腹に蹴りを叩き込んだというのに痛むのはシャリアの肉体。
暴神は攻撃が派手で、そっちの方に目が行きがちだ。
しかし、本質的には全体的なステータスアップ故に、防御力も格段に上がっている。 さらにスタミナも無尽蔵と言っていいほど底なしになっている。
並みの相手を想定した闘いかたでは、全く予定通りにはいかない。
大きくため息を吐いて、俺は予定を変更する。 本当だったら、ジュデスが身代わり人形でダメージを軽減し、打ちのめされることで血のりで血だらけになり、口の中に含んでいた仮死薬で死んだと見せかけ捨てられたところを回収し、蘇生を待つという計画だった。
その流れを維持するには、狭いリングの中で暴れまわるジャカランと戦うシャリアを見捨てるしかないということになる。
それでいいのかと自問自答をして、解答はほんの一秒で出た。
だから俺はそのまま通風孔を逆走し始める。
こんな悪趣味な施設に加担している奴らに手加減するつもりはないし、時間がないという事実を加味してみたら俺の体は想像以上に早く動く。
ジャカランとシャリアの試合のおかげで、会場は盛り上がりそっちの方に注意が向いている。
警備の兵士も扉の外側は、外側の警備に任せるような意識でいる。
通風孔で会場の外に出れば、中が気になるようで歓声が沸き立つたびにチラチラと会場の方を見ている入り口の警護が2人いる。
隙だらけ。
確実に気絶だけさせるような器用な真似は俺はできない。頸動脈を締めて意識を断つような技を昔爺さんに教えてもらったことはあるが、実践はしたことないしそれによって意識が途絶えたとしてもどれくらい維持できるかわからない。
ちらりと狂楽の道化師を殺した時の記憶が思い出されるが、迷っている暇はない。
ここの通風孔の開口部の鉄枠は一応、外すことはできる。 しかしその際にはかなりの音がする。
そうなれば気づかれるのは間違いないが、こういう時はスキルを使った裏技がある。 裏技というか、小技と言うべきか。
俺は通風孔の鉄枠の上にしゃがみこむように立つ、そしてサイレントウォークを念のためもう一度発動させ、通風孔の上で軽くジャンプして、そのタイミングで天井を思いっきり押し出す。
サイレントウォークは足音を出さないスキル。
考察では、足の裏を起点に消音効果のあるフィールドを展開しているのではないかと推察されている。
その推察から仮説を組み、編み出されたのがサイレントエントリーという小技だ。
普通、扉という物は蹴破れば打撃音が響き、そしてその衝撃によって吹き飛ばされ壁にぶつかれば衝撃音が響く。
だが、通風孔の鉄枠を蹴る足はサイレントウォークによって消音効果が付与され、打撃音は響かず、その勢いのまま着地する際にタイミングよく踏みつければ、蹴り抜いた鉄枠が地面にぶつかる音も消し去る。
背後で物音がしない状況で、視線を逸らしていた見張りに素早く近寄り、肩を掴み振り返らせながら腹に一撃を加える。
「カハ!?」
殴られているその声は、歓声で会場の中に注意を向けている隣の相方には聞こえず、そしてそのまま隣の男も腹に打撃を加え悶絶させる。
そして悶絶している隙に、2人の首を掴み握力で頸動脈を正確に押して、血流を止める。
腹の痛み、そして首からの血流停止、それによって5秒ほどで警備員の意識は落ちた。
その後は、警備兵が倒れているところを見られないように、引きずって物陰に隠し、上着を破って簡易的なロープにして口と腕と足を手早く拘束しておく。
隠したら次はさっき見つけた牢屋に向かって走り、同じことを繰り返すだけだ。気配探知で相手の位置はわかるから、警備員を不意打ちで殴って悶絶させて締めあげて気絶させる。
探知できる範囲にいる警備員は片っ端から気絶させて、牢屋の扉を開ける。
「どうも捕らわれの皆さま、ニンジャです」
そして両手で倒してきた警備員を引きずりながら入室して、登場する。 いきなりの登場にどよめきの声が上がるが、俺が引きずってきた人物がこの施設の警備員なのに気づき、どよめきが、助けが来たのかという希望の声に変わる。
助けに来たとは明言していないが、それと似たようなことをする予定ではある。
ひとまずこの牢屋の前に待機していた警備員から拝借した鍵の束を取り出し、ジュデスの牢屋まで行く。
「お、おい、予定と違うが大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくなったでござるなぁ。作戦変更、痛い思いをしないのならそちらの方がいいでござろう?」
「痛いのは嫌だけど、それでもっと大変な目にあったら家族が」
「大丈夫、そこら辺も考えているでござるよ。こいつらが目覚めたら大変だから、ひとまず牢屋の中に入れるでござる」
「わかった、手伝う」
他の牢屋に入っている人はひとまず放置し、手早く警備員たちをジュデスが入っていた牢屋に放り込んでいく。
「それで、この後どうするんだ?」
その後に今後の話を聞くジュデスは、俺に向けられた助けを求める視線の主たちのことを気遣って質問してくる。
ここまでして彼らを見捨ててジュデスだけ助けたら、後味悪いしジュデスの家族を危険にさらす。
「偽装工作をするでござるよ。ひとまず、ジュデス」
「な、なんだよ」
となれば、危険にさらす必要がないような大混乱を引き起こす必要性、それこそここにいる彼らのことなどに気が回らないようなことをする必要がある。
「地図は読めるでござるか?」
とにもかくにもここでは行動するにも限度がある。俺は天井を指さし通風孔に入れという指示をだし、口元を引きつらせるジュデスに地図と鍵束を渡す。
「大丈夫だと思う」
「そうか、なら説明するでござる」
そしてさらに紙と書くための黒炭を取り出して、地図を描いていく。
脱出ルートはいくつか想定してある。これは、通風孔の進む道を示すだけの簡単な地図だ。
「このルート通りに行けば地下水路に出るでござる。水路に落ちると大惨事になるから注意するでござるよ。あとは通風孔から出て右の道を壁に沿って行けば外に出ることはできるが、外に出る手前で夜になるのを待つ。そこに迎えに行くでござる」
まずは彼らに逃げてもらう。
「わかった。だけどお前はどうするんだ?」
「なに、心配いらないでござるよ。拙者心配されるほど弱くはないでござる」
流石に彼らを守りながらこれからのことはできない。目元で笑顔を見せて、ジュデスに牢屋の鍵を開けてもらい、牢屋の入り口を見ている彼らを尻目に俺は跳躍し、通風孔の縁を掴むと思いっきり引っ張って引っこ抜く。
その跳躍力とパワーに、一同の顔が引きつる。
「ぜ、全員出したけどあんな高いところにどうやって行くんだ?」
「こうやってでござる」
そして高いところにある通風孔にどうやって行けばいいのだと顔を見合わせている。
そんな彼らの中で、先頭を進むべきジュデスの腰を抱くように掴む。
「へ?」
人一人を抱えて跳躍し、通風孔の縁を掴んでそのまま押し込む。
「さて、予定も詰まっているし、サクサクと行くでござるよ」
そして顔を引きつらせる面々を次から次へと通風孔に押し込むのであった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




