26 擬態
死んでもらうと言われて、ジュデスは話が違うと最初は泣き叫び、まともな会話ができなかったが、どうにか静めて説明することはできた。
いやぁ、手ごろな石を持ってきてよかった。
握力で石を粉々に砕く日が来るとは思わなかったが、物理的に黙らせるにはちょうどいいパフォーマンスだ。
時間がない時に話を聞かない相手にはこういうのが一番効果的だと、どこかの漫画で見た気がして実行してみたら本当に効果的だった。
そのあとは顔を青ざめつつも俺の説明を聞く気になったジュデスは、生き残るための方法を必死になって聞いてくれた。
人を騙すにはまず味方からと、ジュデスには今回のプランを両親に説明させなかった。翌朝家族に涙で見送られて公爵家の迎えの使者に連れられジャカランとの決闘の場に旅立つ彼の背を、俺は影から追って夜よりは人が増えた道を進み、とある場所まで来た。
迎えに来た馬車に公爵家の家紋はついていなかったが、それでもその馬車がどこの誰から送られてきていたかは明白だった。
憐れむような目線で通り過ぎる馬車を見送る住民たちの表情を見れば、今までどういうことをし続けてきたかが察せる。
「・・・・・」
そしてその馬車は途中、いくつか別の場所を経由していた。それは追尾を振り切るための偽装工作などではなく、途中で乗車する人が何人もいたからというだけのこと。
それが全員生贄だと察すると、つい顔をしかめてしまう。
助けられるのなら助けたい。
だが、全員を助けることはできない。
いや、正面から馬車を襲ってあの人たちを助けることはできる。だが、そのあとは?
助けて家に帰してもまた連れていかれるだけだ。最悪、犯人の俺を引き摺り出すための人質になって、死ぬよりも苦しい目に合うかもしれない。
いっそのことジャカランを暗殺し、そこからボルトリンデ公爵も暗殺すればこの出来事をなかったことにできるかもしれない。しかし、それができれば苦労はしない。
一つの厄介な魔道具を持っているからだ。
暗殺することができない魔道具。
写し身の魔導人形。
これは、ゲーム内でもボルトリンデ公爵のみが持つ古代の魔道具だ。
効果はいたって単純。毛髪を1本、写し見の魔導人形に与えてやれば、その姿形は毛髪を与えた当人になる。
加えて、感覚を共有できて遠隔操作ができる。
この魔道具の見た目はただの壺で本体は中に入っている水銀のような粘体。材料はスライムだと推定されているが、プレイヤーたちによっても再現することができないオンリーワンのアイテムだ。
このアイテムはボルトリンデ公爵を倒した際に、壊れた状態で発見される。
ゆえに、俺も性能の細かいところまでは把握しきれていない。
考察班の情報からわかるのは、その人形は使用者の完全コピーを作れるということ。スキル、ステータスを完全にコピーして、元となった人間が操ることができるということ。
そして遠隔操作は、本体が入っていた壺が必要だということ。その遠隔操作の効果範囲はこの世界全土である。
唯一の例外は、ダンジョンなどの異空間だ。
すなわち、この世界に本体を置き、遠隔でダンジョンを攻略することはできないということ。代わりにこの世界中ならどこにでも隠れられるということだ。
この情報は、ボルトリンデ公爵の好感度を上げて聞きだした情報を基にしている。
そしてボルトリンデ公爵はこれを使っているはず。
寸分違わず本人の姿をしているから、俺にも確証はない。そもそも原作ではこの魔道具を持っていたが、今の時期は持っていない可能性もある。
もし仮に、これを使っている状態のボルトリンデ公爵を暗殺しても、結果、奴は闇の中にさらに身を潜めるだけだ。
ゲームでのボルトリンデ公爵との最終決戦は、その闇に潜む公爵の膨大な資産から生み出された隠れ家という名の、砦だ。
城蛇公爵の異名はそこから来ていると推察されている。
地下に作られた堅牢な砦。その中に配置されているのは罠を熟知した暗部たち。
真っ当な戦闘など期待できるはずがない。
そしてその砦はゲーム上でも固定の位置はなく、ニューゲームをする度にランダムで発生したと言わんばかりのとんでもないところにある。
北の領内ならまだマシ。他の大陸にあることなんて日常茶飯事。
運の無いプレイヤーは王城の地下のさらにその下に設置された砦に『わかるか!?』と叫び、もっと運の無いプレイヤーは何故かマップ上に突然出現した無人島に拠点を構えられて、別のクエスト進行中に偶然発見するという不運に見舞われる。
要は、ボルトリンデ公爵は常に安全な場所に身を置いて、暗躍しているという状況なのだ。
今ここでジュデスのように生贄として連れ去られている彼らを助けることだけなら可能だ。
助けて街の外に連れ出すこともできる。
だけどその後はどうか。
生活は?残された家族は?助けたことによって生じる事後処理までするとなると到底俺一人の手には余る。
馬車に乗るのはジュデスのような力のない貴族家子息が追加で2人、冒険者のような風貌の男が1人。
合計で4人集められている。
最低でもこの4人と、追加で何人かわからないような人を助けないといけない。
とてもじゃないがそんな余裕はない。
今回それ以上は集める様子はないが、憂さ晴らしで集められている4人の運命がどうなるかは明白だ。
馬車を追いかけて屋根を伝っていくと、到着した場所はホクシの西端。そこで馬車は止まり、4人全員が下ろされ建物の中に入っていく。
「地下、か」
意図的に作られたと思われるスラム街。その中にある、少し頑丈そうな建物。
その建物自体は俺も知っている。ボルトリンデ公爵関連のクエストを進めていると、違法の賭け闘技場の話が出てくる。
そこは貴族たちも御用達の、闇遊技場と言える。ようは権力に守られた非合法の場所というわけだ。
そこでは金だけではなく、場合によってはそれぞれの領地となる村すら賭けの対象となり、そしてそのため賭け試合は命がけで戦うことも多い。
「・・・・・」
そこに入るためには専用の会員証が必要となるわけだが、生憎と俺は持っていない。だが、侵入する方法は知っている。
ゲームでおなじみの方法を使って中に入り込むしかない。
目的地はジュデスも知らなかったから追尾したが、候補地は俺もいくつか知っていた。ここもその一つだ。
なんでこの建物の通風孔は人一人が通れるような広さになっているんだと、ゲームではプレイヤーからツッコミが入っていたが、この闘技場の場合、大勢の観客を収容するにあたって、換気機能がしっかりと機能するようにと大きめに作られているのが理由だ。
後はシンプルに建築技術の問題でもある。
スキルといった特殊技能で地下に闘技場を作ることは難しくはないが、だからこそ、緻密に計算して、必要最低限のスペースで充分な機能を持たせるという発想がなかなか生まれない。
それが数世代にもわたり使われ続けている『伝統ある』地下闘技場であるのなら、忘れ去られた古い通気口の一つや二つ出てくる。
現在進行形で俺が四つん這いで前進しているのはその一つ。
汚れてもいい格好で来てよかったと思いつつ、できれば体を擦りたくないと気をつけながら進む。
人間が通ることを考えていない構造故に、ここでもクラス8のステータスが大活躍。
垂直に伸びる通風孔を下り、そして音もなく着地。
サイレントウォークは足から発する音を全部消してくれるから本当に便利。
そしてさらに進んでいると、古びた部屋に出る。
それはこの闘技場の「備品」が収まる倉庫。いや、牢屋と言い換えた方がいいか。
通風孔の隙間から中を覗き込めば、今回のように連れてこられたであろう人間が多数いる。
そのどれもが男であり、これから何と戦わせられるのかわかっている人は、絶望しているか、あるいはやる気に満ちている。
前者はジャカランやモンスターといった勝ち目のない相手と戦わされる側、後者は人間同士で戦わされる側だ。その部屋の中にジュデスがいた。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
膝を抱え、必死に自分に言い聞かせている。俺が授けた策が無ければ、大丈夫と言えない状況だったかもしれないことを考えるとまだマシと言えるのだが、それでもこのままだと失敗しそうな雰囲気がある。
なので1つ小石を通風孔の隙間から投げ入れ、ジュデスの肩に当てる。
「?」
ビクッと体が反応し、恐る恐る上を見上げるジュデスに、隙間から手を振る。
「!?」
咄嗟に口を覆ったのはさすがだ。そんな彼に向けて人差し指で静かにするようにと、口元に添え、1つ物を投げ入れる。
「?」
投げる動作が見えたからか、慌てず受け止めたジュデスはそれを首をかしげてみるが、ここで会話をするわけにもいかない。
包みを開けるようなジェスチャーをすれば。
「アメ?」
そこにはお菓子が一個入っている。そしてそれを口に放るような仕草を見せると、彼は訝しげな表情をしつつも。
「甘い」
その甘さに表情が和らいだ。コロコロと口の中で転がし、その甘さが多少なりともリラックス効果をもたらしているのはわかった。
でもなぜこのタイミングに甘い物なのかという疑問を浮かべ、そして見上げるジュデスに向かって俺はサムズアップをする。
大丈夫、任せろと示したつもりなのだが、果たして伝わっただろうか?
頷いたので多少なりとも伝わったと思うことにして、手を振り、そのまま通風孔の中を奥に進む。
倉庫の出入り口には見張りがいるから、ここから出ることは出来ない。
通風孔を通り過ぎるときに見えるのは、ここを守っている兵士、そしてこの地下闘技場に案内されている客人たち。
その客人の顔を見れば、仮面を着けている。それで一見すれば誰が入ったかわからないようになっているが、その身なりからある程度は察しが付くのだろう。
客の中に紛れ込むことも一瞬考えたが、通風孔の地図が頭の中に入っているので、そのまま通風孔で自由に移動して、いざという時に備えた方がいいかと判断してさらに奥に進む。
通風孔の方を警備する存在はいないのかと思うが、通風孔の出入り口は警戒しているがさすがに中までは警戒していない。
それは、メイン会場の上にある通風孔も例外ではなく、音もなく進む俺の存在を誰1人察知できずに、室内の警備にあたっている。
こういう時には暗部が役に立つかもしれないが、暗部はもっと重要な場所を警戒しているし、ここは公爵直営ではなくつながりのある裏社会の組織が元締めをしている。
自然と、そういう手合いは用心棒的な存在は用意して防諜にも人手を割くが、ガチの暗部には敵わない。
さてさて、無警戒の道をズルズルと進んでいると、騒がしい声が聞こえてくる。男女問わず叫び、ヤジを飛ばすそこは、獣の本能を逆撫でするような狂宴が興じられている。
大柄の男同士が、全力で殴り合い、互いに顔は血だらけ。
だけど目は血走り、闘気は衰えないと来た。
負けた後の結末がわかっている俺からすれば必死に戦う理由もわかるし、心の底から同情もする。
正直、内心ではこんな場所ぶち壊してやりたいとすら思った。
趣味が悪い、その一言に尽きる。
ここからジュデスが出てくるまで待機かと思っている最中、片方の男の渾身の右ストレートが顎に決まり、対戦相手の男が倒れた。
それによって会場の空気は二極化、喜び歓声を上げる客と、怒り罵声を浴びせる客。どっちがどういう風に賭けているかわかるというものだ。
勝者は勝ったといっても手厚く遇されるわけでもなく、足をふらつかせながら檻の中にあるリングから降りて、倒れた敗者は兵士によって連れ去られる。
生きてはいる、ただそれだけだと心苦しい気持ちを抱え込みつつじっとその光景を見続けると司会がリングの上に上がる。
「さぁさぁ!!本日の主役の登場だ!!我がボルトリンデ領が英雄!ジャカラン様の登場だ!!」
そして堂々とした紹介で悪童をリングの上に誘導し、そして拍手と歓声で招かれた奴は満足そうに笑みを浮かべる。
そんな悪童の対戦相手になるのは誰だと思い、反対側の入り口を見ると。
「!」
俺は思わず目を見開いた。そして内心で叫ぶ。
何故ここにお前がいるのだと。
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