25 実情
北の領都、ホクシ。
ここに俺は何度も来たことがある。
と言ってもそれはゲームの中での話だ。
しかしその知識があるおかげで、だいたいの地図は頭の中に入っているから、どこの屋根を伝えば目的の場所に行けるかもわかる。
「・・・・・」
下を覗き込み、誰もいないことを確認してから空歩で反対側の建物に飛び移り、道ではないが、俺にとっての道を突き進む。
常に周囲は警戒する。
この街にはいたるところに、暗部が潜んでいる。
だけど、その暗部が潜んでいるスポットもゲーム時代の経験である程度わかるので、今のところ順調に街の状況を探りながらリゼル男爵の屋敷に近づいている。
夜闇に乗じて動き回る。
後ろめたいことがありますよと触れ回っているような行動パターンだが、今回ばかりはこういう動きをせざるを得ない。
この街に入ってからいくつか異常と言えるような状況を見つけている。
「外出を制限しているようには見えないが、外出をしている人が少ない」
まず一つ目が通行人の少なさだ。
ゲームの知識ではこの時間帯でも、ある程度の人通りはあるはず。
しかしホクシの現状をゲームと比較すると、違和感というしかないほど人通りが少ない。
夜だから少ないのだと言えばそれまでだが、それにしても夜に人がいそうな場所にまで一人としていないのは異常だ。
誰もかれもが家に引きこもっているというのなら、なにかしらの理由がある筈だ。もしや何か病が流行っているのだろうか?
灯りが灯っていた酒場も当然覗いてみたが、そこは閑古鳥が鳴き店じまいをしている店員しかいなかった。
こういう店なら酔っ払いの一人や二人、いてもおかしくないだろう。
それすらいないことに眉間に皺が寄る。
「・・・・・」
FBOでホクシを訪れるようになるのは割と早い。
それこそ、冒険者ムーブをすれば序盤でもホクシを訪れることはできる。
物語の進行上、ここを訪れないと立たないフラグというのはまずないが、FBOのオープンワールドのマップを全制覇するためにこの街の隅々まで回ったので、その時の街の光景は思い出せる。
活気はあったはず、そしてそれなりに発展もしていたはずだ。
しかし、街中に人のいない今の光景は、夜という時間帯であることを差し引いても合点がいかない。
何か嫌な予感がする。
だいたいこういう時の予感は当たるんだよね。
出来ればあたってほしくないけどと思いつつ、目的の人物を探すために急いで記憶のある屋敷に向かう。
「あった」
そこには記憶通りにリゼル男爵の屋敷がある。
屋敷と言っても、他の住民の家と比べて少し大きい程度の家だ。
レンガ造りで、しっかりとした風格はあるのだが、どことなく古ぼけた見た目の建物。
貴族の屋敷と言っても、他の貴族家と比べると少し見劣りする。
記憶通りの場所にあって一安心しつつ、その建物を観察する。
「灯りがついてる?」
他の家と違い、そこは灯りがついていて中の住人がまだ起きていることを教えてくれる。
接触する機会があるかもと思い、忍び足で敷地内に侵入し、そしてそっと窓に顔を寄せると。
『ダメだぁ!!!!!俺はもうおしまいだぁ!!!』
いきなり絶望の叫び声が聞こえた。
何事かと目を見開いて、聞き覚えのある声の主を確認するためにそっと窓から中を覗き込む。
そこにはテーブルに豪華な食事が用意され、そして家族が一人の少年を囲い、慰めている光景が見える。
リゼル家の当主であろう父親が少年の肩に手を置き、慰めているのだが一向に泣き止もうとしない。
母親もハンカチを口元に当てて泣いている。
そして使用人たちも一様に悲しげな顔をしている。
『ジュデス、そんなに悲観しないでくれ。死ぬと決まったわけではないのだ』
『死ぬよ!!死んじゃうよ!!明日には僕は死ぬんだよ!!ジャカランに挑まれた人はみんな死んじゃったじゃん!!』
そして俺の記憶の中では、ジュデスという人物は初めもっと温和で大人しい人物だという第一印象を抱かせる。
しかし、交友を重ねるとだんだんとその内面を見せるようになっていき、やがて俺の目の前でいま家族に見せているような、ツッコミに似た心の叫びを発するようになる面白い人物だ。
その面白い人物が、心の底から本気で怯え、そして嘆いている。
あの人物が目的の人物であるのは間違いないのだが、なぜ彼は最後の晩餐と言わんばかりの豪華な食事を前にして絶望した顔を見せているのだろうか。
もっと情報が必要だと、聞き耳をたてて中からの声、主にジュデスの叫びを聞いているうちに情報が集まる。
情報から察するに明日ジュデスはジャカランと戦うことになる。
その戦う理由は、ジャカランのストレス発散だということだ。
街に人がいないのも、少しでもジャカランの目に触れて興味を持たれないように、不要不急の外出を控えているからだという。
パンデミックでも外に出たいと思うような輩がいるというのに、ジャカランが暴れると街から人が消えるのか。
なんというか、原作通り迷惑をまき散らしているジャカランだが、こんなことをしていたら英雄としての名声は地に墜ちて、それを囲っているボルドリンデ公爵も被害をこうむるのでは?
『第一なんだよ!!こっちは平和に過ごしたいから相手の顔色伺って下手に出て無難に過ごしていたって言うのに、公爵家からの遣いが来たと思ったら、いきなり明日決闘だって!!理不尽!!理不尽過ぎる!!俺が何してたって言うんだよ!!毒にも薬にもならないように目立たないようにしてたのに!!ちなみに今日は困ってたお年寄りを助けましたよ!?』
聞けば聞くほど、何故そんなことをしているかわからない。
何か理由があるはずだと、その場で腕を組み悩んでいると、ジュデスの切実な叫びが聞こえてくる。
うん、本当に理不尽な理由で決闘を申し込まれているなジュデス。
俺にも理不尽な不幸が度々襲い掛かかってくるが、そんな俺でもこんな不幸は見たこともない。
たぶんだけど、その無難に過ごそうとしていた姿を公爵家に見られたからこそ、こいつなら切り捨ててもいいなって思われてターゲットにされたんだと思うぞ。
本当に理不尽としか言いようがないな。
どうする?
ここまで来て帰るのもなんだが、ここでジュデスを助けてしまうと助けた奴は誰だと調査が入ることになる。
神経質なボルドリンデ公爵が助けに入った不審者を調べないわけがない。
では逆に見殺しにするかと言えば、知っているネームドがこんな理不尽な理由で殺されるのは見過ごせない。
推しではないにしろ、ジュデス・リゼルという人物は個人的には好きな部類のキャラだし、ティア1には入らないけど、ティア2.5くらいに入る程度には使い勝手がいい人物でもある。
今後のことを考えるとここで助けておいて損はないということになる。
それに、こうやって慰め、そしてどうすればいいか一緒に悩んでくれる家族がいるあたり憎めない人物なのだろうと言うのもわかる。
『うわーん!婚約者もできないまま死にたくないよぉ!!!』
なんというか、男として同情したくなってきたよ。
この叫びを聞いて、助けるという方向に元々向いていたゲージが振り切るくらいに心境が傾き、頭の中で救助方法を考える。
このまま部屋に入り込み、身分を明かして助ける?
一応身分証として公爵閣下から書類は貰っているが、それを見せてボルドリンデ公爵に報告されたら目も当てられない。
となれば、他の方法を検討しないといけないのだが、パッと思いつく方法がこれしかないのは致命的のような気がする。
しかし、それ以外にいい方法もまた思いつかない。
仕方ない助けるためだと思いつつ、一芝居うつことにする。
そうして、泣き叫ぶジュデスが部屋に戻り寝静まるのを待つ。
その間ずっと屋根の上で待機しているのは暇だったが、仕方ないと割り切り。
『うぅぅぅぅ』
屋敷の他の住人が寝静まり、起きているのがずっと布団にくるまり泣き続けるジュデスだけになった時に窓をノックする。
この雰囲気で、最悪家族全員で一緒に寝るかもしれないという不安があったが、一人で寝室に戻ってきてくれて助かった。
なので、ここはあらかじめ考えていた方法で接触を図る。
『!?だ、だれ?』
優しく、されど気づかれるように窓をノックした音は、風が吹き込むときにでるような音ではなく、はっきりと分かる人工的に発せられる音だ。
ノックに驚き、一瞬だけジュデスは泣き止む。
そしてそのタイミングでもう一度窓をノックをすると。
中から恐る恐る窓に近づいてくるのが気配でわかる。
なので俺はスッと窓から顔を出し。
「ドーモ、ジュデス=サン。通りすがりのニンジャです」
『ふ、不審者だぁ!?』
お約束の挨拶をしてみたのだが、ネタがわからないとやっぱり不審者扱いされるか。
顔面を忍者風の布で覆いつくしているのも問題か。
今の俺は目元しか見えないし、何よりこんな時間帯にこんな格好で現れてはこのジュデスの反応は仕方ない。
「拙者、悪いニンジャではないでござるよ?」
しかし、キャラづくりのためとはいえ、こんなコッテコテのニンジャ(仮)みたいな話しかたをする日が来るとは・・・・・いや、昔仲間内でニンジャ祭りしたとき似たようなことやったなぁ。
「拙者、本日は、悪童ジャカランに喧嘩を売られて困っているジュデス=サンを助けようと思い参上仕った次第」
ジュデスの叫び声に誰かが来たらどうしようかと思ったけど、幸い誰にも聞こえていないようだ。
貧乏貴族の家に護衛の兵士が詰めているはずもなく、使用人も待機していない様子。
尻もちをつき、後退るジュデスに挨拶をすると彼は首をかしげる。
『助ける?』
「ニンニン、その通りでござる」
人間追い詰められているときに救いの手を差し伸べられると、あからさまに怪しい人物であってもすがりたくなる。
だからこそ、窓越しに現れた怪しい相手であっても、俺の話を一瞬でも聞く気になる。
「拙者はジュデス=サンが助かる方法を知っているでござる」
悪魔に魂を売る人って、きっとこんななりふり構っていられない人たちなんだろうな。
俺でも、明日死ぬかもしれないってなって、誰からも諦めろと言われている状態で助かる方法があると言われたら、いかに怪しかろうとそのわずかな可能性に賭けたいと思う。
恐る恐る、窓に近づき、中の鍵を開けて窓を開く。
「ほ、本当だろうな?」
原作よりも幼く、そして未来を切望している彼の目には怯えもあったが生きようとする生気を感じる。
「拙者嘘はつくでござるが、今回は本当に本当でござるよ」
「そ、そこは、嘘ではないって言うところじゃないのか?」
諦めていない。
その様子にホッとして、俺が冗談を言えばジュデスは呆れた目で俺を見る。
「イッツ、ニンジャジョーク」
「わけわからないよ!?」
なので、ここでもう一ボケかましてみると、ふざけるなと怒られてしまった。
「まぁ冗談はここまでとして、ジャカランとの決闘で生き残る方法でござったな。普通に考えて神前決闘であれば死ぬことはないと思うのでござるが、そうではないのでござるね?」
「神前決闘は、互いに了承しないとできない決闘だ。みんな無理やり連れて行かれるからそもそも成立しないんだよ」
「となると、私闘でござるな。であれば、これが役に立つでござる」
悲観している表情から少しだけ血の気が戻り、元気になったのを確認して、さっき聞き耳を立てて聞きだした情報から察した状況を踏まえて。
それに対応する方法としてこのアイテムが役に立つのではと、俺はマジックバッグから次々にアイテムを取り出す。
「これは?」
「小道具でござるな。これが身代わり人形、こっちが血のりで、こっちが・・・」
潜入工作をすると聞いて、色々とそれに合わせた道具を用意しておいてよかった。
藁人形みたいなものに、瓶に入った血にしか見えないような液体、さらには変装用の化粧道具とか奇妙な品を用意している俺を見て、不思議な物を見るように首をかしげるジュデスに向け。
「これを使ってジュデス=サンには」
「俺には?」
「死んでもらうでござるよ」
俺はそう告げるのであった。
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