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23 いたずら小僧

 

 さて、イリス嬢ととても楽しいお茶会をし、その場で彼女を俺のやり方で勇者として育成するプランが仮決定した。FBO廃プレイヤーとしての俺のゲーム知識を遺憾なく最推しのイリス嬢に披露でき、まさに布教活動という名のオタ活ができたので、貴族連中の横槍でアジダハーカ対策に行き詰まっていた俺は心身ともにリフレッシュし、気力も充実した。

 ならば早速行動開始といきたいところだが、その前に少し小細工を仕込む。


  日付は変わって、翌日。


  朝食後、公爵閣下とロータスさんと執務室で密談をしている。


「それじゃあ、これを暗部の人に使ってください。お代の方はアジダハーカを倒した後で結構ですので」


 執務室のテーブルの上に山積みで置いたのは、精霊たちが集めてくれたスクロールだ。

 ダブりにダブり、売ると市場崩壊を招きかねないほどの量を確保していたので、今回はそれを使ってエーデルガルド公爵家の暗部組織を強化してボルドリンデ公爵陣営への妨害工作を図る。

 今回のアジダハーカに挑む戦いにおいて、一番警戒しないといけないのはアジダハーカの復活を早めるような動きをされることだ。


 俺の計算上、アジダハーカ復活までには時間がある。

 ゲーム時代は、ストーリーのイベントを進行することによってアジダハーカの封印が徐々に解かれ、最終的に復活するという流れが基本だった。

 だが何事にも例外は存在する。 隠しフラグが立つと、封印地周辺で盗賊の鎮圧という名の虐殺や、盗賊が一つの村を襲って全滅させるなど、アジダハーカの復活を早めるような突発的な事態が発生する。


 この隠しフラグは、意図して回避できるものもあれば、完全にファンブルと言わんばかりに理不尽なランダム要素を押し付けてくるものもある。


「値段を聞くのも怖いくらいに勢ぞろいした物だな。ロータス、試算でいい。これを買い取るといくらになる」

「少なく見積もっても当家の資産が尽きますな。リベルタ様、本当にこれを提供してくださるのですか?」

「無償とは言いませんが、公爵閣下だからこそ後払いのツケにしておきますよ」

「助かります」


 そんなフラグが立ち続けると、『え?』と思うようなタイミングでアジダハーカが復活し、準備不足の状態で戦闘に入る羽目になる。

 そんな悪意のあるフラグでアジダハーカの復活が早くなるのを放っておくと思うか? 答えは否、断じて否である。


「あと、言われた倉庫の方に暗部の人たちが使えそうな装備を入れておいたんで、そっちも使ってください」

「それも後で徴収か?」

「ええ、まあ。分割払いも受け付けますよ?」


 フラグの立つ大半の理由は、北で暗躍するボルドリンデ公爵が原因だ。

 そのフラグをへし折るためには妨害部隊が必要なわけだが、精霊たちにそれをやってもらうわけにはいかない。

 いや、まあ、スニーキングミッションと称して、忍者の知恵と技を教え込めば遊び感覚でボルドリンデ公爵領のフラグをへし折り続けてくれるとは思うけど、精霊の仕業だとバレると色々と面倒な案件になるので、それは切り札に取っておく。


 そもそもが、アジダハーカと精霊の相性が悪すぎる。

 下手したら上位精霊がアジダハーカの生贄になるなんてこともあり得る。

 上位精霊1人で、村一つ分くらいの生贄に相当するのだ。 リスクとリターンを考えると、精霊はできるだけ動かしたくない。


 だけど、そうなると妨害工作をしてくれる人材がいないということになる。

 そこで俺が目を付けたのが、公爵閣下が抱える暗部組織というわけだ。


  暗部という目立たない組織なら強化しても問題ないのでは?と思い至り、相談した結果が、こうやって公爵閣下と膝を突き合わせての料金相談となったわけだ。


「うーむ、孫世代あたりで支払いが終わりそうな額面になるな」


 この話の切り口は、『妨害工作をしたいので暗部を強化していいですか』とズバッと切り込んで、ここまでのやり取りに発展した。


 最初は頭痛を堪えるような仕草をする二人であったが、俺が理由を説明したら納得して協力的になった。

 さすがに、暗部の構成員の姿を見るわけにもいかないので一緒にレベリングをすることはできないが、暗部で使えそうなスキルスクロールと装備を提供している。


「こちらの方を対応していただければ、お値引きしますよ?」


  防諜対策に、北側に向けてのスパイ戦略というやつだ。

 そっと差し出した紙を公爵閣下は受け取り、ロータスさんがそっと覗き込むように見る。


「北側の暗部の撲滅、裏組織の撲滅、村々の見回り、盗賊の撲滅、悪徳商人の撲滅」

「撲滅の文言が多いのですが、リベルタ様、北側に何かあるのですか?」


 俺が書いた依頼書は『撲滅』の文字が多く、公爵閣下が読むたびに眉間に皺が寄る。

 ロータスさんも言葉を濁しているが、本来であれば恨みでもあるのかと問いかけたかったのだろう。


「いえ、これをしておけば時間稼ぎと嫌がらせができるので。あと、ボルドリンデ公爵が身動きできないような状況を作り出したいというのもありますね」

「時間稼ぎはわかるが、嫌がらせとはどういうことだ?」

「北のボルドリンデ公爵の主戦力は一見すれば領軍ですけど、本命は暗部組織と、その下部組織である盗賊団や裏社会の組織です。表側の戦力はある程度整えて維持し、裏の方に大量の資金を投入して強化しています」


 恨みがあるかないかと言えば『ない』と答える。

 そして、なぜこんなことをしているかと言えば、ボルドリンデ公爵の主戦力を削るためだ。

 謀略と暗躍こそがボルドリンデ公爵の庭。

 そこに対してメスを入れ切除できれば、相手の動きをズタボロにできる。


「裏には裏のやり方があるでしょう。なので、一番身近にある伝手を使って、向こう側が好き勝手出来ないように嫌がらせをして圧力をかけようかなと」

「そのために私のところの暗部を使いたいとはな」

「行動方針としては悪くないお話だと思います。閣下、リベルタ様からの支援は我々としても損はないかと」

「うむ、もとより断る気はなかった。あやつとの裏でのやり取りにも辟易していたところだ。そういう話であるのなら、こちらとしても動かすのは問題ないぞ」


  ニヤリと笑い、俺の知恵とアセットを使って痛快に反撃できると知った公爵閣下は膝を叩きやる気を出す。 元々暗部同士の戦闘というのは表に出にくい。

 正規軍の戦闘と違って、『お前たちがやっただろう』という証拠が出にくいのだ。

 ゆえに、ボルドリンデ公爵はその裏の力を重用しているが、それはこっちも同じだ。 精霊界で現在進行形で大量生産している武具を真っ先に暗部に投資している理由はそういうわけだ。

 表向き、公爵家同士で争う理由はない。

 右手で握手して、左手は後ろに隠してというやつだ。


「なんなら、もっと嫌がらせをする方法はないか?」

「それなら、こんなのはいかがですか?」


 女性陣には聞かせられないなと思いつつも、身を乗り出して悪い笑顔を浮かべる公爵閣下に向けて、俺もニヤリと笑って嫌がらせを企てていく。


「地図のここら辺なんですけど、じつは……」

「ほう、となれば治水に詳しい部下を向かわせるべきか」

「もし、動植物に詳しい人がいれば、ここら辺に隠し拠点をつくれれば活動範囲が広がりますよ」

「うむ、暗部は知恵者が多い。拠点設営に関しても問題は無かろう」


 今頃向こうもこっちに暗部とかを向かわせているんだろうけど、あっちはボルドリンデ公爵という頭しかいない。

 しかし、こっちは俺と公爵閣下というコンビでの対応だ。


「リベルタ、そうなってくるとここら辺も押さえておくべきだな?」

「さすがわかってらっしゃいますね」

「うむ、街中にセーフハウスを用意すべきか。後は小さくてもいいから商会をいくつか押さえておくべきだな」

「行商人は止めてくださいね。あそこ、商人への監視が厳しいんで」

「知っておる」


  用意した地図に、着々と計画図を書き込み、そしてどうやって向こう側の暗部をズタズタにしてやるかを計画していく。

 ファンタジー風のチェスのような駒を用いて、その計画を練る。


「この際だ。民の不満を煽って、こちら側の協力者を増やしておくか」

「それなら義賊みたいな存在を用意しておくのもいいかもしれませんね。本来は貴族の天敵みたいな存在になりますけど、敵の敵は味方って言うことで後援するのもいいかと」

「義賊か」


 その中で俺は一つ、ネタではあるがボルドリンデ公爵にはかなり有効な手段を提示する。

  俺が手に取った駒は盗賊をモチーフにした駒だ。

 それをそのままボルドリンデ公爵の領内にトンと置く。


「今の北の領地はジャカランが好き勝手やって不満がたまっているはずです。それを下手に爆発させて内乱に持っていくのは、ボルドリンデ公爵相手には悪手です。内乱を引き起こし人の血が流れることは、アジダハーカの復活を早めることになりますし」


 義賊。物語などでは悪をもって悪を制し弱きを助け強きを挫くというダークヒーロー的な存在だ。


「でしたら、適度に市民の不満のガス抜きになりつつ、相手の妨害工作をできる存在を用立てる。それがある意味で、こっちのニーズに一番合致します」


 今回の裏工作では、人死には最小限に抑えるのがマスト。 それを理解している公爵閣下は腕を組み、義賊の使い道を考え始める。


「我が暗部を義賊の支援にあてるというわけか。ボルドリンデ公爵の資金源や裏の動きをかき乱す役割としては、かなり有効だと言える」

「問題は、誰がそれをやるかという話なんですが」


 悪徳商人から金銭を奪えるだけで、何か変化がもたらせるわけではない。

 甘い汁を吸っている貴族から、宝物を奪うだけで何か変化するわけではない。

  一番重要なのは、義賊の迷惑をこうむっている悪徳商人や貴族がボルトリンデ公爵に助けを求め、手を煩わせることだ。


「暗部の一人を義賊に仕立て上げるのは可能だ。だが私たちの存在を秘匿するという意味では、出来れば関係ない人物を支援する方が都合は良い」


 仕事を増やし、足を引っ張る。 血を流さず、相手の動きを遅延させ、アジダハーカの復活を遅らせる。 そのためのキーパーソンに心当たりはある。 考えられるのは二人。

 だけど、今回の場合は、片方の人材の方が都合がいいだろう。


「誰かいるか」

「それなら一人心当たりがいます。それもこの計画にはかなり適している人材だと断言できます」


 公爵閣下から問われる視線に頷き、その人物に接触する必要があると告げる。


「ほう、誰だ?」


 その伝手を作るには、とあるクエストをする必要がある。


「北のボルドリンデ公爵の配下にいるリゼル男爵家の次男、ジュデス・リゼル。彼は非常に温厚で、その場の空気に流されやすく、無難に過ごすことを是としている人間だと思われ、脅威と見なされていません」


 そのクエストの名称は『いたずら小僧』という、FBOの中に存在する義賊系のクエストだ。


「リゼル家……確か、ボルドリンデ公爵の先々代の頃に没落した家だな。当時はかなりの発言力を持っていた家であったが、今では見る影もないほど落ちぶれているはず」


 このジュデス・リゼルというキャラは、一見するとモブと間違いかねないほど影の薄い存在だ。


「その者が役に立つのか?」

「はい。今の彼はまだ自分に存在価値を見いだせていません」


 貴族社会でも覚えている方が少数、そして誰も期待していない、消えるのも時間の問題と言われている貴族の次男。

 そんな人物がこの重要な作戦に役立つのかと言えば、俺は役に立てると断言する。


「そんな彼の中に潜む変身願望、自分じゃない自分になるという憧れに火をつけてやれば、思わぬ才能に巡り合えますよ」


 彼を一言で表すのなら、演者だろう。

 自分じゃない誰かになりたいという願望から、憧れた存在への執着心が誰よりも強い。

 もし、自分がそんな存在になれるというのならと、一つ手助けをするだけで彼は激変する。

 ゲームの中で付いたあだ名はカメレオン。


「よし、リベルタよ。手形や旅の足を用意する。そ奴に接触し、こちらに引きいれよ」

「そうなりますよねぇ」


 そして、そんな提案をするのだから、事情を知る俺が動くことになるのであった。


「飛び切り早い馬をお願いしますね」

「ああ、特別な奴を用意しよう」


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
前話のEXでデュプロが「そいつが何をしたかは定かではありませんが、その者がエーデルガルド公爵に接触してから部下の数名と連絡が取れなくなりました」と言っていたので、リベルタが敵の暗部を狩ったりするのを手…
「次代公爵がこいつなら安泰じゃね?」って思い始めている感w
リベルタを娘と結婚させて公爵を継がせれば継がせた段階で分割払い分は踏み倒せる! 多分公爵これ考えてるだろw
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