20 イリス・エーデルガルド
昨日は失礼しました。
お詫びに昨日も読んだ方のために少しだけ加筆して、ストーリーを増やしました。
アジダハーカと戦うための態勢作りには障害がいくつもあると判明。
まったく、レイニーデビルを討伐するときは精霊界の全面協力でサクサクと準備が進んだというのに、人間界にもどって、人が関わった途端にこの有り様か。
ゲーム時代なら、キャラを集めて部隊を編成する際に、いかに最強で膨大な力をもったメンバーを集めても文句を言われることはなかった。
その際に起きるトラブルと言えば、キャラごとに設定されたストーリー上の展開を盛り上げるようなスパイスのようなものばかり。
少なくともこんな感じに『人を集める』ことに対して不許可が出るということはなかった。
というか、ゲームの進行上キャラを集められないとか、FBOのプレイヤーにとっては致命傷過ぎる。
こんな人間社会のトラブルの代表のようなドロドロの足の引っ張り合いが、イベント攻略のキャラ編成の段階で起きるとか、本当にこの世界の貴族社会は面倒だ!!
「ねぇ、リベルタ君もしかして緊張してる?」
「リベルタも緊張するのね」
と思っていた俺であるが、そんな面倒な出来事があるからこそこんなご褒美の出来事が起きるとも思っている。
いや、俺だからこそご褒美だと思っているのかもしれないが、少なくともこんなことがあっていいのかと絶賛緊張している事実は変わらない。
その緊張の理由はこれから推しキャラとお茶会をするからだ!!!
イリス・エーデルガルド。
俺のFBOの推しキャラの中でもトップを争う人物だ。
ぶっちゃけ他にも色々と魅力的なキャラが存在している中でも、指5本どころか3本指には絶対入ると断言できる存在。
場合によってはもっと本数が減ることもある。
そんなキャラと今まで会えそうで会わなかった理由は、なんだかんだ忙しかったのと、推しキャラに会うのが恐れ多いと思ってしまって無意識に避けてしまっていたからだと自己分析している。
そんな折に。
『ちょうどいい機会だ。娘も君に会いたがっている。明日、茶会の席を用意するから夜会の前に顔合わせをしておくといい』
公爵閣下からのご指示というか、好意で顔合わせの機会を設けていただけた。
これの意図は多分俺も夜会に参加してイリス嬢とエスメラルダ嬢をジャカランの馬鹿から護れって意味だろうなぁ。
今のエスメラルダ嬢に護衛が必要かどうかは置いておくが。
「と、当然だろ!!なにせ貴族のお嬢様とのお茶会に参加するんだから」
一番の問題は、今からFBOでも屈指の推しキャラに会えるという状況で、俺らしくもなく緊張してしまっているということだ。 気分的にはきっと推しのアイドルと食事に行くモブの心境だ。
「エスメラルダさんも貴族令嬢ですよ?」
もし仮に、今のレベルで単騎でレイニーデビルに挑めと言われ、イリス嬢との茶会とどっちが緊張するかと問われれば、まあ、レイニーデビルと戦う方がまだ気楽だと答えるかもしれない。
そんな心境を素直に言うわけにもいかず、つい貴族であることを言い訳に使ったが、クローディアにエスメラルダ嬢とどこに差があるのかと指摘されてしまった。
「私と這竜討伐の後に初めてお話しした時も、借りてきた猫のようにオドオドしておられましたわ」
しかし、一応エスメラルダ嬢と会った時もイリス嬢の姉ということで挙動不審になった経歴があるので嘘ではない。
「そうなのですね。リベルタにも一応緊張という感情があるのですね」
「公爵閣下といい、クローディアさんといい、人をなんだと思っているんですか」
「そうですね。最近は人ではなく、リベルタという生き物だと思うようにしています」
「新種のモンスターか何かですか」
緊張している俺をリラックスさせるために冗談を言ってくれるのは感謝するが、その冗談が本心のような気がするのは気の所為ではないだろう。
苦笑を一つ溢して、大丈夫かとエスメラルダ嬢に問われて一応服装をチェックし直す。 向こうのたっての願いで、ここにいる全員はサンライトシリーズの装備に身を包んでいる。
伝説級の防具。 俺たちからしたら普段の仕事着という感じなのだが、それを見たいとはなんだかゲーム時代のイリス嬢のことを思い出す。
『私は、お姉さまの分も名を轟かせないといけないのですわ』
貴族令嬢としての立場を守りつつ、強さを求め続けた。 彼女の好感度を上げるのは、綺麗な宝石でも、楽しき観劇でも、可愛らしい小動物でもない。
原作の彼女が喜ぶのは伝説の宝剣、竜の鱗、滅多に出ないスクロール。
デートする際には町での買い物を選択すると好感度が下がり、強くなるか珍しい素材が手に入るダンジョンに連れていくと合格と、地位に見合った上から目線で評価しながら好感度が上がる。
姉を失い、家庭が崩壊し始めている公爵家を立て直すために彼女自身が伝説になることを、自分の命を救うために果てた自身の姉に誓った一人の少女。
いつも張り詰めた空気を纏い、余裕はあるが、人に気を許さない。
尖った針のように鋭くも脆い少女。
しかし、本当は誰よりも、寂しがり屋な女の子だった。
姉を失い、母も失い、父も変わってしまったゆえに、強く在らざるを得なかった少女。
そんな強がる少女が好感度を上げることにより、弱さを見せて頼ってくれる。
そのギャップにやられたプレイヤーは数知れず。俺もその一人だ。
ゲーム上のNPCの彼女では規定の行動パターンしかできなかったが、これから会うのは生身の彼女。 ゲームと混同はしないように気を付けるが、それでも前知識があるだけに先入観は持ってしまう。
「貴方はそんな甘い存在ではありませんよ」
「なんだろう、褒められているようなそうじゃないような」
「お二人とも、そこら辺にしてくださいまし。これ以上話しているとお茶会の約束に遅れてしまいますわ」
緊張がちょうど解けたタイミングでエスメラルダ嬢に話しかけられ、茶会へ出発することになる。
約束の時間に余裕があったとしても、こんな雑談を延々と続けていれば遅刻してしまうと手をたたいて移動するように促すエスメラルダ嬢に従い、公爵閣下の広い館を歩く。
ネルたちは何度も通った道だから迷いはないが、普段は公爵閣下の執務室と宿舎にしている家を往復するだけのパターンが多かった俺はこの道は見慣れない。
そして一室の前にメイドさんが控えており、エスメラルダ嬢が立ち止まり頷くとメイドさんが扉をノックする。
「イリスお嬢様、エスメラルダ様たちがいらっしゃいました」
『どうぞ』
中から返事があり、その声はあの時、人面樹と戦う前に初めて会った時の声と同じ。
その声に従い、メイドさんが扉を開けるとそこには青いドレスを身にまとった美しい少女が立っていた。
そして優雅にカーテシーを披露し。
「ようこそおいでくださいました」
そして優しく微笑む彼女の笑顔。
それに一瞬、思考が止まる。
ああ、推しが俺に笑顔を向けている!!と興奮しそうになったが。
「お招きいただきありがとうございます。改めてご挨拶を、リベルタと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。エーデルガルド家が次女、イリス・エーデルガルドと申します」
かろうじて理性が働き、挨拶をすると彼女からも自己紹介が返ってくる。
「さぁ、皆さまどうぞ席へ」
そしてそこから流れるように席に案内されるのだが。
「あの」
「はい、何でしょう?」
「自分の席はここで間違いないでしょうか?」
「ええ!!リベルタには前々から会ってお話がしたいと思っておりましたので、お姉さまにお願いして近くの席をご用意させていただきましたわ!!」
俺が案内された席は、まさかのイリス嬢の隣の席。
普通だったら未婚の貴族の女性が男とこんな距離に座るわけがない。
対面、それもある程度の距離があるはずなのにそれがない。
円卓の席には俺から時計回りに、イリス嬢、クローディア、ネル、アミナ、そしてエスメラルダ嬢と左右をエーデルガルド姉妹に挟まれるという席。
イングリットはメイドということで背後に控えている。
「それは光栄ですね」
まあ、主催者だしこういう席順を決める権限くらいはあるかと思いつつも、ニコニコと笑うイリス嬢はやっぱりゲームのNPCとは別人だと実感する。
彼女が笑っているところはゲームでは滅多に見れない。 好感度を上げて親しくなったとしても、少し儚げに笑う程度。
心の底から笑顔になるのは彼女を手伝い、エーデルガルド家を盛り立て、父親と和解させてイベントをクリアした瞬間だけだ。
その一枚絵にすべき笑顔を見たからこそ、惚れたと言っても過言ではない推しキャラにまで俺の中で昇華したのだ。
だからと言って今の彼女を解釈違いとか言って否定するわけではない。
むしろ俺がエスメラルダ嬢を助けたことによってストーリーが変わり、幸せを享受できて良かったと思うくらいだ。
イングリットを含めたメイドさんたちによってお茶が用意され、お茶会はスタート。
さて、どんな話題になるかと妙に近い距離にどぎまぎしつつ、受け身の姿勢で待機。
「リベルタ、私、ぜひとも貴方に伺いたいことがありまして。よろしいですか?」
そして主催者であるイリス嬢が話題を提供しようと俺に視線を向けてくる。
さっき、「俺に聞きたいことがある」と言っていた。
席につき、全員が一口お茶を飲んだタイミングで、待ちきれないと言わんばかりにまず話題を振ってきたイリス嬢を見る。
部屋の中にはマナーに厳しそうなメイド長のような人もいてその人もぴくりと瞼を反応させたが、それ以上のことはなかった。
「はい、何でしょう?」
聞きたいことと言われ、真っ先に思いつくのはイリス嬢とエスメラルダ嬢の姉妹の母親であるキャサリアさんが欲しがる化粧品関連のアイテムのことだ。
イリス嬢の年齢からしたら早いかとも思ったが、ネルやアミナも興味津々であったことから、彼女が欲しがっても無理はないなと思い。
現状であれば、前は作れないと言っていた精霊の祝福も大量生産ができる。
さっき公爵閣下と相談していたボルトリンデ公爵を包囲するための貴族関連の協力も、精霊の祝福を利用して奥様方を味方につける形で根回しするのも悪くはないかと邪悪な思惑を抱きつつ、イリス嬢の質問を待つ。
「お姉さまや、ここにいる皆さまからお聞きしていたのですが、もし私がなりたいものがあると言えば、リベルタ様はなり方を教えてくださいますか?」
「なりたいもの、それはレベルや育成の話ということですか?」
「はい」
そして切り出されたのは、俺の予想から若干外れたものであった。 候補のうちにはあったが、本命からは外れたという感じか。
「それは、大丈夫なんですか?貴族となれば、ならねばならない将来があるかと思うんですが」
「確かにありますが、リベルタに育てていただけるというのであれば、お父様も納得してくださると思います。それに前までは体が弱くてできないって諦めていたんですけど、お姉さまとリベルタのおかげで体の調子も良くなって、そうしたら色々とやりたいと思って」
「そもそもの話、リベルタ以上にうまく育成できる人はいませんし。お父様もイリスの力になるのでしたら問題ないと仰いますわ」
しかし、イリス嬢がなりたい自分か。
ゲーム時代のNPCは武功を上げたりするために、力を求める傾向が強かったが、この現実の世界ではどんなビルドを好むのであろうか。
エスメラルダ嬢は元から魔法をぶっ放すのが大好きだから魔法系統を選んでいたが、イリス嬢もその系統になるのだろうか? 正直、原作ブレイク後にどういう未来を望んでいるか気になる。 体調の方も原作通り回復しているみたいだし。
エスメラルダ嬢も問題ないと言っていたので、後で公爵閣下にも育成方法は教えるとして話を聞くことにした。
「そういうことでしたら、どういう感じになりたいですか?具体的なものが無ければなんとなくというものでもいいんですけど」
「そうですね、ネルやアミナの話を聞いていて色々と考えたんですよ!」
「はい」
はてさて、どんなものが出てくるか。
「私、勇者様になりたいです!!」
「勇者ですか」
「はい!」
てっきり体が弱くてじっとしているのがつらかったから、そんな辛い思いをしている人を助けるためヒーラーになりたいという言葉を予想していた。 だけど、蓋を開けてみればとんだお転婆な発想が出てきた。
「それって、物語とかに出てくる世界を救う系の英雄的な立場の勇者ですかね?」
「そうなんです!!このお話に出てくるような悪い邪竜を倒せるようなすごい勇者様になりたいです!!」
あなたのお姉さん魔王ですよとツッコミを入れそうになったけど、ぐっと堪え。
ベッドの上でできることは読書くらいしかなかったから、色々な物語を読破したのだろう。
その中でお気に入りの一冊を持ってきてキラキラとした目で俺を見る。
「悪い邪竜ですか」
「はい!悪い邪竜です!」
「光の剣を振るったり?」
「はい!あ!あと剣から光線も出したいです!!」
しかし、勇者かぁ。
原作の彼女から考えるとずいぶんとギャップのある選択だなと思うのであった
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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