17 祝勝会
『ワールドモンスター、ジェリークラウドレイニー討伐を祝して乾杯!!!』
『『『『『『乾杯!!!』』』』』』
ジェリークラウドレイニー、通称レイニーデビル。その討伐はゲームでは多くのNPCを引き連れて攻略することを前提としたレイドモンスターだ。
通常のボスとは格段に違うステータスを持っているがゆえにソロで倒すことなど非現実的。並大抵の努力で実現出来るものじゃない。
そんなモンスターを見事に倒したのだから、お祝いの一つもしたくなるのは人間も精霊も変わらない。
もうすでに酔っているが、また何度目かの乾杯をしている集団はレイニーデビルとの戦いで活躍しているマッチョメンたちだ。
精霊たちは基本的にどんちゃん騒ぎが大好きな連中だ。
こんな偉業を成し遂げて、お疲れさまでしたとゲーマーたちのように軽く挨拶して解散、なんてありえない。
数百人規模の大宴会。
レイニーデビル討伐に参加した精霊たちは全員ここにいる。
もちろんサポートしてくれた精霊たちもいて、そこを忙しなく給仕してくれている精霊たちの姿も見える。
『いやぁ!!見事だ!!あの雨の悪魔をこうもあっさりと倒して見せるとは!!さすがリベルタであるな!!』
大盛り上がりしている精霊たちの中で、俺は上座というか、お誕生日席と言えばいいのだろうか。
精霊王が隣に座っている段階でどこら辺にいるかはお察しくださいと言わんばかりの位置で、給仕の精霊たちが運んで来てくれている料理を食べつつ、精霊王に背中をバンバンと叩くほどの喜びを見せられている。
ズシンズシンと体の芯に響く平手打ち。
ほんのり赤くなっている顔から酔っていることは明白。
「いや、まぁ、半分以上は精霊たちの協力があったから勝てただけですけどね。正直俺たちのパーティーだけでは勝ち筋を見つけることはできなかったでしょうし」
『そなたたちならいずれ勝ち筋を見つけそうであったがな。だが、その謙虚さもまた良い!!』
いやぁ、本当にステータス万歳。
もし仮にこの世界に転生したての頃に、こんな威力で叩かれていたら体が消し飛んでいたかもしれない。
精霊王の片手に持っているグラスからはワインの香りが漂っていて、座っている脇にはワインのボトルがすでに3本ほど転がっている。
精霊王が酒を飲み酔うことは知っていたが、ここまで陽気になるのを見るのはゲームも含めて初めてかもしれない。
アミナのライブでは、別の意味で陽気になっている姿を見ているが、今のこれはどちらかというと親戚のおじさん的な距離感ではないだろうか。
「謙虚ですかね?俺からしたら今回の戦いは精霊たちの頑張りがあったからこそ順調に戦闘を進められたっていう結論ですよ。バリスタでの射撃管理が完璧で、空から迷いなく降下してレイニーデビルを地面に叩きつけてくれて、すべての爆弾を標的を外すことなく的確に投下してくれた」
そんな精霊王が俺を謙虚だと言ってくれたが、俺は自分を強欲な人間だと思っている。
やるからには完璧に被害ゼロで勝ち切る。
それは戦場という現場を知る者からしたら、傲慢かつ強欲と言われても仕方ない夢物語ではないだろうか。
実際にレイニーデビルに挑む際に、その危険性は全員理解していた。
失敗すれば冗談抜きで死ぬ。
そんな戦場で一緒で戦った精霊たちは、今、一人も欠けることなくこの祝勝会に参加して、今はアミナがステージに立って歌っている前で歓声を上げている。
流石に無傷というわけではなかったが、回復魔法で治る程度の怪我しかしていない。
おかげで全員元気にサイリュームを振って楽しんでいる。
「本当に精霊たちが協力してくれて助かりましたよ」
『そうかもしれん、我が同胞が優秀であるのは事実である。しかし、その優秀さを引き出したのは間違いなくリベルタ、そなただ』
もし、誰か一人でも欠けていたらここまで無邪気にはしゃぐことはできなかっただろう。
頑張って戦ってきた精霊たちに御馳走を作ってくれている精霊たちにも笑顔が浮かばなかっただろう。
ゲーム時代もレイド戦を終えた後は、こうやって仲間たちと一緒にはしゃいだものだ。
その懐かしい空気に浸りながら、俺は片手に持っている果実水を飲む。
『あんな退屈で厳しい訓練をまさか飽きさせず、むしろ積極的に成果を身に着けさせるとは思いもせんかった』
「単純に楽しいことを組み込んだだけですよ。やるときは真剣に、やり終わった時は楽しく反省会、これを意識しました」
ネルだけが、この場の雰囲気にそぐわずイングリットの膝枕に顔をうずめている。
よしよしとイングリットがネルを慰めている原因は、ネルがバンクの預金残高を見たからだろうな。
俺はラストアタックは300万ゼニで良いと言ったのだが、土壇場でレイニーデビルを殺し損ねることを懸念してネル自身の判断で200万ゼニ上乗せした。
その事に関して俺は責める気はない。
あの命を賭けている戦いで、もっと節約しろというのは死に直結しかねない言いぐさだ。
だからこそそこには触れなかったが、自分でバンクのスキルを発動させて預金残高が目減りしているのを見て愕然として、そのままショックを受けて今は精神的回復中というわけだ。
『ふむ、その指南方法を是非とも書物にまとめて欲しい。今後精霊界を守る際に使えるやもしれん』
「喜んで。精霊たちにはレイニーデビル戦後にも手伝ってもらいましたので」
『ああ、ミミックアーマーを集めたことか』
「ええ。おかげさまでいいスクロールが手に入りましたよ」
そんな彼女から視線を逸らし、精霊王が今回の精霊たちに施した訓練方法を知りたいと言ってきたので俺は快諾した。
あの方法は精霊たちじゃないと使えない方法だし、何かと精霊王には世話になったからここで少しでも恩返しになるのなら喜んで差し出そう。
レイニーデビルを倒した戦いの後、招福招来の効果が残っている間に精霊たちに頼んで、隣の古代遺跡マダルダに飛び込んだ。
レイニーデビルがいなくなった今、モンスターの沸きスポットでは順調にモンスターがリポップするはず。
精霊たちには古代遺跡全体に散ってミミックアーマーを捜索してもらう。
そして精霊回廊の通信で居場所を教えてもらい、メモリーストーンを確保してミミックアーマーの元までダッシュ。
他のモンスターにやられないように精霊の護衛がついたミミックアーマーにメモリーストーンを使ってから倒すことを繰り返す。
そして出てきた古代の武具たちは精霊たちに回収してもらって俺たちは身軽のまま次の狩りに取り掛かるという流れができたわけだ。
クラス8の身体能力を駆使すれば招福招来の残り時間をフル活用して古代武具集めもできる。
疲れもあるにはあったが、それはレイニーデビルを倒した直後に目の前へリポップしたミミックアーマーが悪い。
おかげで精霊界に帰るのが少しだけ遅れてしまった。
『して、明日にはレンデルに戻るのであったな』
「はい。ここで入手した情報を持ち帰って報告する必要もありますから」
『ふむ、そうか』
先に精霊王には討伐完了の報告はしてあったから心配はされなかったが、招福招来の効果時間がもったいないと命懸けの戦いの後にミミックアーマーを狩る俺に呆れられはしたな。
そして最後の日が、こんな俺たちが精霊界から出る日がついに来る。
『寂しくなるな』
なんだかんだ言って、この2年間は精霊たちにとっても刺激的な日常であったのだろう。
さっきまで陽気であった精霊王の顔に寂しさが映る。
「といっても、レイニーデビル素材の装備の制作を依頼してますし、対アジダハーカ決戦用の兵器の準備も進めてもらっていますし。ちょくちょく顔は出しますよ?」
『ハハハハ!そうであったな!』
「そうですよ。それにここは余計な人間関係がないんで、俺たちにとって避難所として最高の場所なんですよ。出禁にされるまでは出入りしますよ」
『クククク、いっそのこと精霊界に永住するというのもアリではないか?』
「老後ならいいかもしれません。ただまぁ、今はやりたいことが多いんで」
『なら、あの家はあのままにしておこう。お前たちが来たときにいつでも使えるようにな』
それは楽しい時間が終わった子供のような寂しげな笑み。
でも永遠の別れというわけではないのだ。
また来ると約束すればさっきまでの陽気な笑みに戻る。
「ありがとうございます。それに定期的にライブしに来ないと暴動も起きそうですし、クランの状況を確認しないといけませんしね」
『で、あるな!』
そもそも、アミナファンクラブという、初手でとんでもない在籍数を誇るクランを設立してしまった手前、そこを管理する責任もあるのだ。
明日で精霊界の時間調整は元の世界とリンクすることになる。
なので、ちょくちょく顔を出して、精霊たちの不満を解消しないといけないのだ。
第一こっちは本当にトラブルが少なくて良い。人間関係的に気楽に過ごせるからぶっちゃけ精霊界を本拠地にすることも検討したいくらいだ。
ただそれだと向こうの情報を仕入れるのに一苦労してしまうので、今はまだ検討課題だ。それに明日は公爵閣下との面会がある。
「帰ったらまずは公爵閣下に報告と事情説明をしないといけないんですけどね。はぁ、気が重い」
「リベルタ、どうかしました?」
「おそらくですが、レイニーデビルに使った爆弾の音の説明をどうするか悩んでいるのでしょうね」
そんな会話をしていると、すぐ近くで談笑していたエスメラルダ嬢とクローディアが会話に入ってきた。
「そういうことです。さすがにあの戦闘でそこら辺をカバーする余裕はありませんでしたんで、とんでもない爆音を響かせた自覚はありますよ。どこまで聞こえているかはわかりませんけど、近隣の村や町には間違いなく聞こえてますね」
俺が気にしているのは、今回の戦闘で使った爆弾の数々による騒音。
特に最後のクラス8の魔石をふんだんにつかった爆弾の同時使用はヤバイ。
どこまで聞こえていたかがわからないくらいに、騒音を出した自覚がある。
一発で異常事態、下手をすれば世界の終わりだとか言われていないか心配になるレベル。
王都までは聞こえてはいないとは思うけど、それでも情報が公爵閣下の耳に入っているのは間違いない。
緊急事態ということでスタンピードの時に見た水晶の魔道具を使っている可能性も十分にあるので、公爵閣下に会ったら説明を求められるだろうな。
「お父様との会合の時はお任せくださいませ。リベルタが悪いことをなさっていないのはこの私が責任をもって説明しますわ」
「頼みますね」
「ええ!お任せを!!」
こういう時に身内が仲間にいると本当に助かる。
ただ、今回はその身内であるエスメラルダ嬢も公爵閣下に説明を求められる内容を増やす要因であるのだが。
「どうかしましたか?」
「いえ、綺麗になられたなと思っただけです」
「あら、嬉しいですわ」
レベルが上がって美貌も上がった。
そんなエスメラルダ嬢の変化を見てあの公爵閣下が何も言わないわけがない。
そんな彼女の顔をじっと見て、何かあると思われたので素直に顔を見ている理由を言ったら、優雅に優しく笑顔を見せてくれた。
貴族同士の付き合いでこんな言葉は聞きなれているだろうけど、嬉しそうに笑って応えてくれるよなぁ。
なんというか表情を作ってくれるのが自然なのだ。
『甘いな』
「甘いですね」
『こっちに少し辛めの酒があるがいるか?』
「いただきましょう。すみません、そちらの少し塩味の利いた料理を頂いてもよろしいでしょうか?」
『我の分も頼む』
何やら精霊王とクローディアが酒を煽っているが、今はお祝いの席だ。とやかく言う必要もないし、そもそも精霊界を統べる王とクラス8のステータスを持った人間が祝いの酒程度で体を悪くするとも思えない。
『会長!!こっちに来て筋肉を語り合わないか!!』
『いいや会長はこっちに来て新しい戦術理論について語るのだ!!』
なので今日はとことんまで楽しもう。
ひとまずは、ここにいる皆に断りを入れて、精霊たちの誘いの言葉に乗るのであった。
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楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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