16 雨上がり
上空から戦場を包み込むように聞こえてくるアミナの歌声。
それに合わせて響き渡る精霊たちの奏でる魔導楽器の音色。
そんなBGMでテンションマックスになる戦友たち。
「モンスターの上を走るのは初めてですわね」
「これだけ巨大なモンスターは、ダンジョンでもそうそうお目にかかることはありませんからね」
ここまでの積み重ねで掴み取ったチャンスを活かすために、レイニーデビルの体の上を疾走する俺たちは前から視線をそらさずに会話をする。
遠くでレイニーデビルを浮かさないように、そしてさらに命を削ろうと精霊たちが奮戦してくれている。
クラス7のステータスを持つ上位精霊であっても、レイニーデビルと直接交戦するのは困難を極めると言っていい。
それにも関わらず俺たちを支えて、ここまで懸命に戦ってくれている。
勝たねばならない。
精霊たちに勝つと啖呵を切った手前というのもあるが、それ以上に皆でここまでやったという事実が俺の気持ちに火を灯した。命をかけるほどではないと言ったが、ここまで来ればなんとしても勝ちたいと願っている。
「このままいけばレイニーデビルのコアに取り付けます」
「敵の迎撃はどのタイミングで?」
眼前に迫るレイニーデビルのコア。
ここまでくればあとはひたすら攻撃するだけだと思えそうだが、そこはワールドモンスター、ただ攻撃にさらされ続けるという存在ではない。
「コアにダメージが通った瞬間に来ます」
コアを晒せばイージーゲームと思われるかもしれないが、しっかりと傘が破られた際の保険は備えている。
コア周辺に敵が接近し、尚且つダメージが発生すると出現する。
「それじゃぁ、攻撃しますか!!」
その迎撃はコアを攻撃することが発生条件になっているから回避は不可能。
そう聞くとまだまだ苦労がありますよと言われているようだが、ここまで苦労してコアを露出させたご褒美に先制攻撃を許してあげると言われているようにも聞こえる。
であれば最初の攻撃で派手なのをぶちかますのに限る。
「エスメラルダさん!派手なの一発頼みます!!」
「おまかせを!!」
全体を覆う傘は高い耐性値を持っているが、それを剥がれて露出させられたコアは、耐性値が九割以上無くなる。
エスメラルダ嬢の魔法もほぼほぼ通るということだ。
となれば、ハッピートリガーコンボが初手で使えるということだ。
しかも今回は氷属性限定とかそういうのはない。
「新しい魔法の威力、とくとご覧あれ!!」
クラス8まで上げて、クラス7で5つ、クラス8で3つスキルスロットを開放している。
さらに彼女の魔力もクラス6の時とは比べ物にならないほどに上がっている。
となれば、撃たないわけないよなぁ!!
「リボルバースペル!続けてダブルスペル発動ですわ!!」
走りながらのスキル起動。俺を含め前衛の攻撃範囲までまだまだ距離はあるが、エスメラルダ嬢ならもうすでに攻撃射程距離。
これから放つのは、現状の彼女が使用できる最大最強の雷魔法。
エスメラルダ嬢の体から膨大な魔力が放出される。
その放出された魔力は青白く、そしてほんのわずかに黄金の色が混じっている。
そしてその魔力によって天空に出現する巨大な魔法陣が12個。
「ジャッジメント・ライトニングですわ!!」
裁きの稲妻の名称を冠しておきながら、その閃光は超極太のレーザー光線。
光の柱の外側に迸る雷から、その魔法が雷属性であることがわかるくらいだ。
裁きの稲妻という名称に恥じぬ、殺意の高さ。
それが俺たちの身体よりもやや大きなコアを覆うほどの範囲で降り注ぐ。
しかも一発じゃない、十二連射だ。
「あ、あれが迎撃用のモンスターね」
「ですが、エスメラルダ様の魔法で全滅ですね」
そして連射と言うことは、初撃のジャッジメント・ライトニングでレイニーデビルの迎撃システムは反応するということ。
レイニーデビルの傘の中に潜む、いわば寄生虫。
傘の中に生息する代わりに、いざという時の保険でこのような形で出現するモンスターだ。
コアに夢中になっているときに背後から襲い掛かるというトラップモンスター。
鋭い牙と鋭く尖った外殻を持つドラゴンドレイク。
コアが攻撃されたと知り、コアを護るためにレイニーデビルの傘の下から出てきたところを連射で降ってきたジャッジメント・ライトニングの餌食になってしまった。
その数十匹。
黒い塵があちらこちらに舞い上がり、これで後顧の憂いなく攻撃ができるようになる。
ドラゴンの名を冠する通り、あれは種族的には竜種に該当する。
ただ、蟲要素も含まれているというちょっと特殊なクラス6のモンスター。
それを集団で屠れるようになったエスメラルダ嬢はと言えば。
「ふぅ、これで仕留められないとはさすがと言ったところでしょうか」
大魔法を連続で使い、わずかに疲れを見せるがガス欠にはなっていない。
「まだいけますね?」
「ええ!マジックタンクのおかげでまだまだ戦えますわ!!」
新スキルが活躍しているようでこの後に続く戦いに備えられている。
エスメラルダ嬢が継戦できるのなら、俺たちは。
「イングリットをエスメラルダさんの護衛に残し、前衛は前進!コアを叩く!!」
レイニーデビルはエスメラルダ嬢が放った魔法によって、動きを止めた。
そりゃ心臓部に高火力の雷魔法を連続で撃ち込まれたら動くこともままならんわ。
レイニーデビルの体が痙攣し、足下が揺れる感触を感じつつ俺、ネル、クローディアの前衛三人は脈動するレイニーデビルのコアに取りつく。
窪地になり、レイニーデビルの体組織が蠢く生々しい地面に嫌悪感がでるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「まずは防御力を限界まで下げてくれ!!」
「わかったわ!!」
「承知しました」
弾力のあるレイニーデビルの体組織を蹴りぬき、一気に攻撃距離に入る。
「断裂戦斧!!」
「ハァアアアアアア!」
ネルとクローディアの敵の防御力を下げる攻撃。
急所と言ってもレイニーデビルの体の一部であるコアは、一定の防御力はしっかりと持っている。
その防御力を削り切り、そこから俺が攻撃するかと思いきや。
「一本作るのに闇さん三日分の労働力!!」
マジックバッグから取り出す、禍々しい赤黒い槍。
これは武器の形はしているが、れっきとした消耗品。
さらに言えば呪いの品とも言える逸品。
「セイヤァ!!!!!」
それを何のためらいもなしにレイニーデビルのコアに叩き込む。
引き抜けないように、コアの奥に深く刺し込みそして魔力を流し込んでその柄から手を離す。
闇の精霊は闇属性の扱いに長けている。
それゆえに、闇属性に多いデバフ系のアイテムを作ることもできる。
クラス8のボスモンスターの素材で作った呪槍。
それを消耗品に仕立て上げることで、コア全体に呪いのデバフを付与することができる。
「もっと深くに刺されぇ!!!」
さらにもう一工夫と、マジックバッグから鉄槌を取り出して、深々と刺さった呪槍の石突きに渾身の力で叩き込む
これはFBOでもあったデバッファーのバトルスタイルの一つ。
通称『五寸釘ストライカー』
呪いのアイテムを体内から回収させないという殺意高めのデバッファースタイル。
本当だったら呪術とか、闇魔術のパッシブスキルで効果を増量させて、付与術でそれなりの槍にデバフを付与して使えばもう少しコスパが良くなるんだけど、俺の本業ではないから今回は闇さんに頼んで全力で呪えるような消耗品の呪槍を作ってもらった。
この呪槍の呪いは回復阻害効果である、回復効果低下だ。
こっちがダメージを与えている間に回復されてしまえば元も子もないのなら、そもそも回復させなければいいだけのこと。
ドラゴンドレイクはまだまだ出てくるが、イングリットとエスメラルダ嬢が俺たちに近寄らせないように迎撃してくれている。
その間に持ってきた呪槍を一本突き刺しては鉄槌で深々と刺し、また一本と、次々にレイニーデビルのコアに突き刺していく。
一本一本突き刺すたびに、ビクンとレイニーデビルが痙攣する。
だけど、まだ黒い灰へとは変貌しない。
「これで、ラストぉ!!!」
そして合計で十本心臓部であるコアに叩き込んで、俺は鉄槌を放り投げる。
「ネル!クローディアさん!!」
「準備できたわよ!!」
「こちらも万全です!!」
そして背負っていた闇さん特製の槍の柄を握り、攻撃の体勢になる。
「フルアタック!!」
「ええ!」
「天拳!」
下準備は完了。あとは命を削り切るだけ。
俺はミラージュフェノメノンを起動、四人に分身し使うのはこの心臓部に特化ダメージを与えることができるスキル。
『『『『心臓打ち!!』』』』
そして四方向から、スキルを発動。
心臓部に打ち込んだ槍は突き刺した瞬間に心臓打ちのスキルダメージを発生させ、そして槍先がコアに埋まった瞬間に俺は槍を突き刺したままでバックステップを踏む。
槍先がコアの中で発光しそして爆発した。
爆裂槍。
槍先をクラス8の魔石で作った使い捨ての槍。
スキルダメージに加え、爆発による二重ダメージ。
そしてその爆発の効果範囲の少し離れた隣から高速で殴打を繰り返す強烈な打撃音が響き続ける。
マジックバッグから新しい爆裂槍を取り出して、爆破でえぐれた箇所に槍を連続でつきたてつつ隣をちらりと見ると、スキルコンボを組み込んだ天拳を発動させたクローディアが汗を流しながら、連続で防御力の下がった個所を殴り続けている。
再生を封じて、一気に俺たちの持つ最高火力で決めに掛かる。
俺とクローディアの最大火力、それで削り続けるが、そんな俺たちの攻撃が可愛くなるほどの攻撃の振動が心臓部のコアを揺らす。
「十万ゼニ!!ゴールドスマッシュ!!!」
ネルだ。
自分で防御力を下げた箇所に、自身の最高火力を叩き込む。
そこに、お金のことを考えているような迷いはなかった。
この二年で溜め込んだ、使わない素材を全て商売の神ゴルドスに捧げ稼いだ金を全て放出する。
お金の使いどころは今だとわかっているネルは、一度放ち、そしてゴールドスマッシュのリキャストタイムの間はほかのスキルで繋ぎ。
「二十万ゼニ!!ゴールドスマッシュ!!」
リキャストタイムが終わった瞬間に、倍賭けで火力を跳ね上げていく。
「四十万ゼニ!!」
その度に、コアに傷跡が刻まれ、レイニーデビルの命の火が消えていく。
「八十万ゼニ!!」
すでにネルが一撃、また一撃と攻撃を繰り出すごとにレイニーデビルの巨体が震え。
「百、六十万ゼニ!!」
そしてだんだんと跳ね上がる金額に、ネルが歯を食いしばってその一撃を絶対に外さないという意志でハルバードを確実にレイニーデビルのコアに叩き込んでいる。
『■■■■■■■!?』
声にならないレイニーデビルの悲鳴が響いた。
それは断末魔に近い叫び。
「決めろネル!!」
「任せて!!招福招来!!!」
もうすぐ倒せるという空気を察して、ネルはバックステップで距離を取り助走距離を確保。
招福招来を使い忘れない辺り、ネルもしっかりとしたものだ。
そして離れた距離を利用して一気に加速、全体重を乗せた踏み込みを見せた。レイニーデビルの体組織に踏み込みだけで波紋が広がる。
「五百万ゼニ!!ゴールド!!」
そしてその踏み込みから高く飛び上がり、黄金色に眩く輝くハルバードの上段からの振り下ろし。
正確に防御力を下げた箇所に叩き込む綺麗な兜割り。
「スマアアアアアアシュッ!!!!」
黄金の戦斧はその一撃をもって、雨の悪魔のコアを一刀両断して見せた。
『!?!?!?!?!?!?!』
声にならない、レイニーデビルの断末魔。
体をのけぞらせ、一回、二回と痙攣をした後に、レイニーデビルの巨体はゆっくりと黒い灰へと変貌をし始める。
「崩れる!!離脱するぞ!!」
あまりにも巨体過ぎて、黒い灰へと変わるのにも時間がかかる。
その崩壊で体の中に落とされてはたまらないと走り出す俺にネルが続き。
「私が運びます」
まだ天拳の効果が残っているクローディアが俺とネルを抱え、そしてさらにイングリットとエスメラルダ嬢を回収してレイニーデビルの体から脱出するのであった。
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