13 雨の日後晴れの日 1
さて、今さらだが俺はゲームを攻略するときは速さよりも確実性を重視するタイプだ。
攻略サイトとかで、推奨レベルが50と表示されるエリアなら60で挑んだりとレベリングには手を抜かず、初見のエリアに挑む際にはできるだけいい装備を用意するし金策もしっかりとやる。
人によっては確実性よりも攻略スピード重視で、推奨レベルを下回っていたり装備も必要最低限で挑んだりとプレイスタイルは人それぞれだ。
「ついにここまで来たのね」
そしてゲームでアンタッチャブルなレイニーデビルにあえて挑むという時には、レベリングも装備も金策も推奨レベルからさらに二段階上げるのが俺のやり方だ。
しみじみと呟きネルが見ているのは目の前の光景。
「私としてはこちらの軍備がここまで揃っているという方が恐ろしいと思いますわ」
その隣には今回の戦闘のために動員された戦力を目の前にして、感嘆と畏怖が入り混じった目で同じ光景を見るエスメラルダ嬢がいる。
『同胞よ!!今ここに我ら精霊の力が集い歴史に名を残す一戦が始まろうとしている!!』
準備期間は実に二年弱。レベリングや素材集め、さらには戦闘シミュレーションとやるべきことをやり尽くした結果がこの時間だ。
多少の犠牲を許容するのならもっと時間を短縮できたが、犠牲無しの完全勝利を目指している故に、ここは一切妥協できなかった。
精霊王の演説を聞いているのは、今回レイニーデビルに挑む精鋭の精霊部隊。
『これから挑むのはかつてないほどの強敵、雨の悪魔と名高いモンスターだ!!本来であれば、身を潜めてただ過ぎ去ることを待つほか助かる手段がないと言われていた、自然災害のような存在!!』
本来自由奔放こそが彼ら精霊の性質であるが、今は一同静かに整列し、そして精霊王の話を聞いている。
まるで統率された軍隊。
いや、今彼らは精霊界を守る一つの軍隊になっている。
『それに挑まんとする勇敢な貴君らこそ、我ら精霊たちの誇る勇者である!!』
この軍隊を設立したきっかけは、先日送り出した精霊たちの密偵部隊がアジダハーカの復活が事実であるとの情報を持ち帰ったからだ。
アジダハーカの封印されていた場所は、俺が地図で印をつけた場所の一ヵ所。
そこには盗賊が屯し、そして多くの人が攫われているという。
盗賊の数はすでに千を超え、その遺跡周辺だけで一つの集落になっているとのこと。
遺跡の最奥部の一角に隠し扉があり、そこにアジダハーカの卵があったと、遺跡に忍び込んだ闇の精霊の一人が報告してくれた。
『その勇者がここに揃い、この世界の未曽有の危機を払い去る準備が今整った!!』
実物を魔力で感知し、そして実際に発見して、その触手に襲い掛かられたところをどうにか逃げきり帰って来てくれた。
しかし、その際に盗賊団の中にいた強い人間にも気づかれ侵入してしまったことがばれてしまったとも聞いている。
捜索してくれていた精霊たちは全員撤収し、全員の無事が確認されている。
こっちの被害はゼロ、その代わり相手側に誰かに探られているという情報を与えてしまった。
であれば、向こうは警戒態勢を敷いてくる。
千人規模の盗賊団。
ただ殲滅するだけなら、ここにいる上位精霊を3人くらい向かわせればそれで十分おつりがくる。
そのおつりが出る理由は、彼らの強さもそうだが装備もだ。
本来であればその重量や反動の問題といった観点から城壁などに備え付けられているバリスタであるが、常人を遥かに超えるステータスを持つ上位精霊という存在がその問題を解消する。
携行できるように魔改造されたバリスタが精霊一人につき一台。
そのバリスタの素材が俺たちが散々狩り続けてきた風竜の素材なのだから、たかが盗賊の集団程度殲滅するには過剰な火力だと言っていい。
『皆の者、武器を取れ!!自然の秩序を守る存在として、今立ち上がるのだ!!』
『『『『『『オオオオオー!!!!!!!』』』』』』
そんな装備を持った集団が、精霊王の演説で気合が高まった。
「始まるのね」
「ああ」
そしてネルの言葉に頷き、精霊王の目くばせで俺も一歩前に出る。
そのまま精霊王の隣に立つと、熱気のこもった目で精霊たちは俺を見る。
「作戦は説明した通り。行動は訓練で示した通り」
そんな彼らに向けるのは、静かだが全体に響き渡るように意識した俺の声。
思い返すのは楽しいことに飢えている彼らを楽しませられるように考えた訓練メニューたち。
ただただ淡々と強くなることを考えたメニューは精霊たちとの相性が最悪だと言っていい。
だからこそ、必要なのは娯楽要素。
強くなることを実感し、そして楽しめ、その上に結果を出す。
そんな理想を詰め込んだ訓練方法を考えるのは、なかなか大変で、面白かった。
「それを実行できれば、負けはない。いや」
ノリ的に言えば、甲子園に向かう野球部といった感じだろうか。
優勝という一つのことを成し遂げることを目標として、そして連帯感で全員切磋琢磨して鍛え上げた。
軍隊の作戦行動を精霊たちに楽しいものと思わせるために、俺も何度も魅せるプレイを精霊たちに実演し、カッコいいと思わせるようにした。
泥臭いのではなく、スマートにそして効率的に。見る人が見れば機械的と言われるかもしれないが、それでもスムーズに動く姿を見て精霊たちはそんな程度のことはできると最初は言った。
「勝つ!」
しかし、実際にやろうとすると誰もかれもが、躓き、そしてできないと憤慨する。
障害物を避けようとすれば、相手に気づかれ、気づかれないように慎重に動けば時間がかかり、無理やり進もうとすれば反撃に合い。
出来ないことに挑戦するという環境を用意すると、自然と精霊たちは俺の見せる新鮮な戦い方にはまっていく。
FPS系統のゲームのベテランプレイヤーたちの完璧な動きを参考にした、今回の作戦行動。
それを教えていくと、精霊たちはその知識と動きをスポンジが水を吸い取るがごとく自分の物にしていく。
できるようになり、カッコいい自分が再現できるようになっていくと、もっともっとやりたいと望むようになる。
そこに答えるように、どうやればいいかアドバイスと実演を繰り返していくと、燃料を得た火のごとく、どんどんと熱意が膨れ上がる。
精霊の本質は自由奔放。
軍隊のように集団で動くことは窮屈だと思う傾向があるが、そこを逆手にとって集団でこんな事が出来たら俺たちカッコイイ!!という新しい発想を教えた。
結果的に言えば、それが面白いと思えた精霊たちはこうやって精鋭の軍隊のような動きを身に着けることができた。
俺が仮想敵として用意した対象の攻略を、ミッションと称して宿題にしたら彼らはそれに熱心に挑んだ。
時々、ライブとかBBQでリフレッシュをしていたけど、どっちかというとミッション形式で提示した宿題の方に彼らはドはまりして、次はどんなミッションを、そして次はどんな武器をと矢継ぎ早に新しい物を求めてきた。
楽しいことに飢えている。
その飢えは俺の想像していたよりも根深かった。
その飢えを満たせば満たすほど、精霊たちの中で一つの気持ちが芽生える。
このミッションの成果を試したいと。
「さぁ、皆の努力の結果を見せようじゃないか!!」
試す機会が来た。
何度も何度も何度も、打ち合わせを繰り返し、動きのシミュレーションをして、集団戦で呼吸を合わせることは息をするのと同じだと言わんばかりに刷り込んだ。
『『『『『レッツパーリータイム!!!!』』』』』
しっかりと集団戦の常識を教え込んだけど、ついでにゲームのノリを教えたのがいけなかったのか。
さっきまで精霊王の演説の時は凛々しい軍人としてふるまっていたはずなのに、俺の言葉で一気にFPSプレイヤーみたいなノリになった。
隣から何やっているんだお前はと精霊王からジト目を向けられるが、仕方ないじゃないかと心の中で言い訳をしておく。
精霊たちのモチベーションを維持するためには楽しむという感情が一番重要なんだから。
苦笑一つ残し仕方ないかと割り切ってくれる精霊王に感謝しつつ。
「それじゃぁ」
最後にこんな軽いノリで始めていいかはわからないが、気負って檄を飛ばすよりは俺たちのノリにあっている。
「作戦開始!!」
そう宣言すれば、素早く精霊たちは行動を開始する。
各々の精霊回廊に飛び込み、そして事前に把握している場所に移動をし始める。
その動きは無駄がなく、どうすればいいかわかっているからこそ正確無比に同時にこの場から精霊回廊を使って別の場所に移動し始めた。
『吾輩たちも行くか?』
そして全員を見送った後に、闇さんが現れた。
その隣には闇さんの精霊回廊が展開されている。
アミナと契約している精霊たちと比べてかなり大きい精霊回廊。
闇属性だけあってその回廊は暗そうに見えるが。
「はい、闇さんお願いしますね」
『任せろ。吾輩も自分で作ったゴーレムの強さを確認したいからな』
俺は迷わず頷き、パーティーメンバーを引き連れて回廊に入り込む。
『予定地点にはすでにつなげてある』
「通信用のマジックアイテムの準備は?」
『万全である。と言っても、戦えない精霊たちに協力してもらい横穴を繋げてどうにかできた代物であるがな。それでも、今この場にいる精霊たちが作戦を遂行するには十分な代物だ』
精霊回廊の中を移動し、そしてかつて命からがら逃げたレイニーデビルの元まで進む。
闇の精霊の精霊回廊だからと言って、真っ暗で何も見えないというわけではない。
薄暗く精霊回廊を照らす、紫色の光がありとあらゆるところから発せられる。
闇さんの精霊回廊にある精霊石の光だ。
その光によって順調に進むこともできる。
そして闇さんによって案内された場所は。
「おー、よく見えるよく見える」
レイニーデビルを上空から見下ろせるほど高い空中に繋がった精霊回廊の出口。
俺は出口からそっと身を乗り出して覗き込むと、眼下では今もモンスターたちを貪るレイニーデビルが見える。
本当に時間経過していないのだと証明するかのような光景。
『会長、全員配置についたぞ』
精霊回廊だから、どういう場所にも出せるとは思っていたが、戦場を俯瞰して見れる場所を用意できるのは最早チートじゃないかと思ってしまう。
ゲーム時代はできなかったなぁと思いつつ、闇さんに呼ばれ振り返ってみれば、エスメラルダ嬢が公爵閣下との通話に使っていた水晶球のような魔道具がいくつも設置してあり、その先には何人もの精霊たちが映っている。
一個のマジックアイテムで複数の人物と通話できないゆえの力技。
その画面の向こうは戦闘に参加する精霊に伝達するサポート精霊たちの顔が映っている。
配置についたと聞き、俺はもう一度精霊回廊の出口からレイニーデビルを見る。
そしてまだ出現していない精霊回廊の位置を思い浮かべ。
「第一波、撃ち方始め」
振り返って闇さんに伝える。
『第一波、撃ち方始め!!!!』
それによって闇さんも通信の先にいる精霊たちに指示を出す。
その指示が伝達された直後、ほぼズレなく一斉にこの世界に繋がる精霊回廊。
レイニーデビルを包囲するように出現した精霊回廊から出てくるのはバリスタの先端。
その先端に装填されているのは風竜の素材によって作られた矢。
何度も何度も何度もと、数えるのも億劫になるほど練習した動作。
それゆえにきっと引き金を引いたのも一緒のタイミング。
それが開戦の合図。
出現した精霊回廊に瞬時に反応できないレイニーデビルめがけて、一斉に射出されるバリスタの矢。
いかに驚異の耐性と防御力を持っているレイニーデビルであっても、大量の矢、それも風竜の素材でできた矢をその体に浴びてはビクリと一瞬体の動きを止めた。
「貫通確認!!第二波、第三波続けて撃ち方始め!」
その矢が確実にレイニーデビルの体を貫いたのを確認した俺は連続攻撃の指示を出すのであった。
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