6 こちら側とあちら側
課金アイテムは、その名の通りオンラインゲームでキャラの育成やゲームの攻略を簡単にしたり、キャラメイクの自由度を上げるために必要だが、課金をしないと手に入らないアイテムだ。
ゲームの仮想空間の中で手に入るような、所詮はデータでしかないアイテムに、わざわざ現実の生活を支える現金を支払うのかと問われれば、本音は支払いたくはないんだけどね。
そんなゲームに登場する課金アイテムにはいろいろな種類がある。
価格が低いもので言えば百円でワンセット買えるようなちょっとした便利アイテムから、五百円くらいで冒険で役立つようなアイテムが単品売りされていたり、ロマンのランダムボックスで究極のレアアイテムを狙おうなんて終いには沼に嵌まる物もあった。
「なんで、宝箱にこれが入ってた?」
そんなゲームの運営企業が俺たちみたいなやり込みゲーマーたちに買わせようと、商売根性逞しく販売していた課金アイテムのことを考えていたタイミングで、こんな代物が現実のこの世界に出現するとは。
邪推すれば、神が入れたかと考えることもできるが、そうなってくると俺の思考を神は常に読み続けているということになる。
そんなのは背筋が寒くなるどころの話じゃないし、どんだけ神は暇なんだということになる。
仮に俺の思考を読み続け課金アイテムをダンジョンの宝箱に入れたとしても、手に入れたのは装備の色を変えることができるアイテム、職人キャラがいなければ使いどころのない代物。
いま欲しい物からはかけ離れているアイテムだ。
となると、考えられる可能性の中で最も高いのは元々入っていたということになる。
使用用途が限られているとしても、これは確かに課金アイテムだ。
十色セットで百円という低価格で販売されていて、俺も買ったことのない使いどころに悩むアイテムだが、ドロップ品としてゲームの中で出てきた記憶はない。
雷竜を倒して出てきた他の宝箱を開けたらそっちの宝箱は普通のアイテムが出たから、宝箱の仕様が変更されたわけではない。
愕然とした俺は深呼吸で落ち着きを取り戻し、ひとまずその日は帰還することにしたが、それくらいに衝撃を受けてしまったのはゲーマーたちならわかるだろう。
お金を払わないと手に入らない筈のアイテムが、いきなりドロップ品として出てくるなんて考えるわけがないだろ。
お金を払って手に入れたアイテムが、努力次第では無料で手に入るとか何の冗談だよ。
課金したお金を返せと叫ばなかっただけ冷静だったと信じたい。
ネルたちには何でもないと、なんとか取り繕ってごまかしたけど、たぶん何かあったとは思われている。
それでも深く聞かない彼女たちに感謝しつつ精霊たちと約束した予定日にダンジョンから戻り、風呂に入ったり、食事をしたりとダンジョン内ではできなかったことを一通り済ませた。そして自室に戻ってきた俺は椅子に座り、今日手に入ったアイテムを机の上に置いて腕を組み凝視している。
「そもそもセット販売のはずのアイテムがバラで出てくるっていうのも何か違うよな」
考察すれば考察するほど、色々とゲームと現実で違うところが出てくる。
現段階で分かっているのは、課金アイテムが出てくるのは虹の宝箱だけが有力。
今まで出てこなかったのはクラスが低かったからか?
一定のクラスになるとドロップ品として出てくる仕様と考えれば、なくはないと思う。
だがそれでも、クローディアみたいな猛者たちならフィールドでその系統の敵を倒し、虹の宝箱を出してドロップ品として発見していた筈だ。それなら課金アイテムの情報が出回っていてもおかしくはない。
しかし、クローディアの反応を見る限りこのアイテムは初見だったようだ。
「・・・・・ダンジョンだけにしか出ない仕様?」
そうなってくると余計に訳が分からなくなってくる。
情報が極端に少ないからなんとも言えないが、クラス7のモンスターからドロップしてくると仮定したら、他にも出現情報があってもおかしくはないはず。
装備の色を変えられるアイテムだというのなら、それ相応の価値はある。
クラス7のボスから出るドロップ品にしては課金アイテムの値段が低すぎる気もするが、課金アイテムの価値を考えると、レベリングの壁にぶつかるここら辺から出るようになってもおかしくない金額帯なのかもしれない。
それならクラス7のボスモンスターの通常ドロップで出てもおかしくないはず、なのにそれもない。
となれば出現条件が限定されていることになる。
「いや、そもそもクラス7のモンスターを狩れるレベル帯の人材がこの世界では育ち切っていないのか?火竜の素材だけでオークションであの盛り上がり様、その上の素材がほぼ出回っていないってことか?」
ブツブツと呟きながら思考をまとめようとするが、それでも真実にたどり着けるまで程遠い気がする。
「ほかに、何か見落としているところが・・・・・」
少なくともクラス6までは出ていないことを仮置き条件として設定してみる。そうなると他に情報が出回っていない条件があるはず。
仮に現在のこの世界では課金アイテムのドロップ情報がないだけで、もしかしたら過去にはあったかもしれない。
西の大陸とかなら長寿な種族故にその情報があるかもしれないし、戦闘民族の北の大陸なら果敢にクラス7以上のモンスターに挑んだ実績があるかもしれない。
俺の常識はこの世界では非常識なのは自覚しているが、もしかしてこの世界では課金アイテムもドロップするのが普通なのか?
「・・・・・竜種?」
とにかく自分の常識を疑えという点から考え込んでいると、EXBPの条件の中に一つだけ異質なものに見え始めた条件があった。
なぜ種族限定でこんなところで条件に加えたのだと、改めて抱く疑問。
ゲーム時代は、竜は得られる経験値が多くその素材が強いからそれを狩って強くなれと言う意図だと認識していたし、検証班もそういう判断をしていた。
だが、もし仮にあのゲームの世界がこの世界と連動していて、EXBPの条件も制作陣ではなくこの世界の何かが決めたものだとしたら?
今まで何も気にしてこなかったが、普通に考えてこの世界でのEXBPの獲得条件がゲームと同じ仕様になっているなんて、まともに考えたらどんな天文学的な確率だって話だ。
同じ世界、同じ雰囲気、同じ国。今まではゲームの世界に入り込んだとかこっちの世界が原型だと思い込んでいたが、そうなってくるとFBOというゲームを作る過程でこっちの世界の情報が入り込まないと成り立たないということにならないか?
偶然だと言えばそれまで。この世界の情報を何かの怪しい電波で受け止めインスピレーションを得たと言えば、まぁ、納得はできないがギリギリそういうこともあるかと理解することもできなくはない。
だが、裏を返せばそこまでの奇跡的な条件を揃えないとここまで似通った世界を作り出すことなんてできないし、さすがの日本の技術でも異世界を観察するなんてことはできないはず。
出来ていたら話題になっていただろうし。
さすがにそれはないと思いたい。
憶測に憶測を重ねて、推測とも呼ぶのも烏滸がましい妄想。
だけど、そう考えた方が辻褄があっているような気がするのも事実。
しっくりくる。
胸にすとんと落ちてくるという感覚。
色々な異世界に行く小説とかでは、ここはゲームの世界だと認識してそのまま冒険の旅に出るケースが多い。
俺もその口だったから、そこら辺は気にしないが、現段階でこの世界がFBOに影響を与えたという可能性に気づいたことは無視することはできない。
鶏が先か卵が先かという問題で、卵の方が先で鶏が後とわかったような感覚。
「もしかして課金アイテムが出るのは竜種だけ?」
状況証拠しかないけど、それでも可能性としては十分にあり得るように思える。
もし仮に今後も課金アイテムを手に入れられるとしたら、それはすさまじいアドバンテージになる。
具体的に言えば、FBOの最難関であるクラス6以降の育成時間がかなり短縮できるということ。
「思い出せ、課金アイテムの種類と値段帯、あと竜種の数。それを照らし合わせればもしかして合致するのか?」
その可能性を確信に持っていくために、慌てて戸棚にあった羊皮紙に手を伸ばし、インクと羽ペンも手に取る。
こういう時にネット環境があればもっと簡単に調べられるのだが、現環境にそんなものはない。
となれば、この世界に来てからやたら記憶力のいい俺の頭にかかってくる。
カリカリカリと最初に羊皮紙に書き出したのは竜型モンスターの種類とクラス。
「経験値ブーストの課金アイテムがあればかなり今後の育成がはかどる。クラス8とか9になってくるとマジで無課金はきついからなぁ。できなくはないけど・・・・・」
欲しいのは経験値ブーストアイテムだ。
これは元々初心者救済アイテムとして販売されたものだが、当然古参プレイヤーも活用していたアイテムだ。
それぞれランクがあり値段が上がれば上がるほど一度で得られる経験値の量が増えるという優れ物。
最安値で五百円で十本入りセットのやつ。
ポーションのような見た目で、一本当たりの効果時間は1時間で獲得経験値が50パーセント上昇というアイテムだ。
単体での重複使用はできないが、格上のブーストアイテムの効果には上書きされる。
こいつはたまに運営が配布してくれていた品物だ。
最上位になると千円で三本セット、効果時間は3時間の獲得経験値300パーセント上昇というチートアイテムもあった。
このアイテムは単品売りもされていたけど、一本で五百円だったからみんなお得なセットの方を買ってた。
「・・・・・やっぱり、そうだ」
そんな欲しいアイテムを想像しながら羊皮紙に羽ペンを走らせ、書き上げた二枚の資料。
記憶が正しければという前提条件が付くが、俺の記憶にある限りの常設竜種モンスターのクラスと数、それと常設課金アイテムの値段帯と数が一致した。
これは偶然か?と一瞬考えたが、さらに思い出して期間限定の課金アイテムや、イベント出現で出てきた竜種もそこに書き加えるとさらにその情報が一致する。
イベントモンスターには他の種族のモンスターもいるが、その時には期間限定の課金アイテムが発売されるのではなく、既存の課金アイテムがお得に買える数量限定のセットを販売していた。
運営は何か竜種に思い入れでもあるのだろうかと、プレイヤー間では常々思われてきたが、ここでその理由の真実を知ったような気がした。
「となると、仮定になるが課金アイテムは竜種のクラス7以上から手に入る仕様ってことになる」
最低金額帯の課金アイテムが、クラス7に設定されている。
最低金額帯は、セット販売も含め、一個の単価が百円以下の物。
俺の区切り方では、百円以下がクラス7、百一円以上二百円以下がクラス8、二百一円以上三百円以下がクラス9、そして三百一円以上がクラス10という組み合わせだ。
ご都合主義の考えすぎか。
そうであってほしいと願う俺の欲望が、偶然一致した情報と噛み合ってそうだと確信しているだけなのか。
そんなことを考えつつ、この情報をどうするかと悩む。
思いついてしまったゆえに、この情報を確認したいと思ってしまう。
「検証する時間があるか?」
問題は、この検証をしている時間があるかどうかという話。
レイニーデビル、そしてアジダハーカとの戦いを控えている現状でこのあるかないか、いや、個人的にはあってほしいけど、現実的に考えるならない確率の方が高い情報。その検証だ。
時間はない。しかし、妙な確信があって諦めきれない。
そしてもし仮にこの課金アイテムの出現法則性が見つかれば、今だけではなく今後の育成環境と戦闘環境でこれ以上はないと言えるほどの利益を得られる。
「・・・・・こういう時は相談するのが一番か」
悩んでいても仕方ない。
この問題は俺一人で悩んで解決するよりも、パーティーで共有して解決した方がいいよな。
そう思って、俺はランプの方に手を伸ばし明かりを消す。
今日はもしかしたら眠れないかもしれないけど、それでも寝ておいた方がいいとベッドにもぐりこむのであった。
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