5 課金アイテム
さて、変なひらめきをしてからさらに月日が流れた。
え?フラグでひょんなことから神様に出会って課金アイテムを貰う展開じゃないかって?
嫌だよ。
神様にこっちからアプローチしようなんて、万一成功したらどうするんだ?こちらのお願いを聞いてもらうどころじゃない!冷静に考えたら、逆にとんでもない厄介ごとを押し付けられる可能性があるじゃないか!!
ただでさえ、知恵の神ケフェリ様の訳の分からん神託がきっかけで、アジダハーカなんて厄介ごとを抱え込まされているんだ。
これ以上、神様絡みで面倒なことを押し付けられるのは絶対に御免だね。
ただでさえ、レベルアップがしづらくてパーティーメンバーは精神的に疲れている。
そんな精神状態であっても、なんだかんだ言ってしっかりとやるべきことはやってくれるネルやほかの面々のおかげで順調にレベリングはできているのだ。そんなところにこれ以上余計な負担を与えたくはない。
となれば課金アイテムなんていうのは幻想、いや、この世界には存在しない物だと認識しておくのが精神的にいいのだ。
一週間で30レベル。この上昇率を高いか低いかで判断するのなら高い方だと俺は思う。
このまま順当にいけば十週間、二ヶ月半程度で終わるんだと思えるような速度。
しかしそれはあくまでこのままの経験値テーブルであった場合の話だ。
弱者の証で軽減できるレベルは合計200。
すなわち、レベル200を超えたあたりから経験値テーブルが変動し、そこからが難関と言うことになる。
経験値テーブルを最低に固定して一週間でレベル30。
七週間ほどは、そのペースをキープできるかもしれない。しかしそこから徐々にであるが弱者の証の効果が薄れてくる。そのままレベルを上げ続けたらどうなるか、当然経験値テーブルが上がって1レベル上げるのにもさらに苦労し始めるというわけだ。
「このボスで、経験値を貰えないのがしんどいねぇ」
そんな現実と向き合っている所為か、勝てる相手且つ、格上に加え、さらに経験値が美味しい相手から経験値を貰えないことに残念だと思ってしまう。
今日でちょうど一か月。闇さん含め精霊たちには今日で帰ると伝えてあるので、目の前で放電し続けている竜を倒さないといけない。
雷竜。
本来であればクラス7の格上で、そんな相手を前にすればクラス6の俺たちは戦々恐々として緊張しないといけないはずなのだが、今の俺はこいつを強敵ではなく経験値として見ている。
レベリングのやりすぎで脳が経験値収集に特化してしまった結果かと苦笑しつつ、槍を構える。
相手は風竜のダンジョンのボス、雷竜。
風竜が西洋竜のような格好だとすれば、雷竜は中国の龍の方に近い姿をしている。
大蛇のように長く伸びる胴体、四肢はその胴体から生えた短い二本の腕のみ。
雷のような模様がある黄色の鱗に、逆立つ青白いたてがみ。
雷をイメージした角と、唸り声をあげる口に生える鋭い牙。
空には黒雲、そして轟く雷音。
環境を味方につけた、竜が立ちはだかる。
「それじゃ、こいつには素材になってもらいますか。アミナ!」
「まっかせてぇ!!」
風竜のダンジョンの最奥。
拠点にしていた洞窟を出て、ここまで来るのに三日ほど掛かった。そしてようやくたどり着いたその最奥にある障害物が一切ない広場で、対雷竜の戦闘の火蓋が切って落とされた。
「僕がセンターだぁ!!」
初手はやっぱり、このスキルからスタートだ。
最後のこの広場までつながる道は、幅が広くゴーレムを召喚する余裕もあった。
亀型のゴーレムに乗り、前に二体のアングラーを護衛に置いたアミナのライブが開演すれば、このボスとの間にいる敵は全て彼女に惹きつけられる。
歌と踊り、その両方により俺たちにはバフが付与され、力が湧く感覚と同時に、前衛三人は俺を含め行動を開始した。
事前準備をしてボス戦に挑めるのなら、万全の状態で挑むのは当然のことだ。
雷竜相手にいきなり、注目を取るのは危険かと思うかもしれない。
おまけに取り巻きの風竜も来れば集中砲火でアミナが危険な目に合うかもしれない。
しかし、そこはしっかりと対策を取って行動するリベルタさんなのよ。
「ブリザードウェーブ!!」
先制攻撃ができるのなら、真っ先にこの吹雪を発生させてほしいとエスメラルダ嬢に頼んでおいた甲斐があった。
雷竜相手に彼女の得意な雷属性の魔法は効果がイマイチだ。
回復してしまうような逆効果になることはないが、同じ雷属性で強い耐性があるために与えられるダメージは激減する。
となれば、エスメラルダ嬢の攻撃手段は対属性となる氷属性の魔法と言うことになる。
そしてボス戦開幕にこの攻撃を選択した理由はと言えば、向こうの開幕雷魔法を封じるためだ。
一瞬怯ませる程度の効果しかないが、それでも氷結状態からの再行動で動きに遅れが生まれる。
「さぁさぁ!次行きますわよ!!アイスブーメラン!全弾発射ですわ!!」
その隙に、ボスの間に入る前にチャージしておいたアイスブーメランを一気に開放しその全てを雷竜に向けて放った。
雷竜は弧線を描き左右から殺到する氷のブーメランを避けようと体を捻らすが、ブリザードウェーブの影響は残っている。
動きが遅れれば、当然だが攻撃は当てやすくなる。
雷竜の鱗を切り裂き、何発かのアイスブーメランは体に突き立つ。
『■■■■■■!?』
痛みに雄たけびを上げ、体に雷を纏いだした。
一見すれば防御行動に映る。
帯電することによって、近接戦闘者が近づけないようにし身を守っているように見える行動。だがその実は反撃用の攻撃手段を着々とため込む反撃行動なのだ。
その行動を見て遠目からの攻撃に切り替え、積極的に攻めないことを選択すると雷竜を中心とした範囲雷攻撃が降り注ぐ。
しかしだからと言って何も対策なしで、帯電している雷竜に近づくことも困難。
リキャストタイム的にエスメラルダ嬢の魔法も間に合わない。そうなればその雷を防ぐ術がないかと思いきや。
「パワースイング!!」
そういうわけではない。
接近すればその纏わりついている雷によってダメージを負い、放っておけばチャージした雷によってスキルを使われダメージを負う。
一見すれば攻防一体のスタイルで遠距離からどうにかしないといけないように見えるかもしれないが、雷竜の倒し方を知れば弱点は意外なところにあったりする。
ネルが叫び、打撃音が響き竜のうめき声が漏れ、そして。
『!?』
放電しようとした雷竜の体に風竜の体がぶつかった。
それによって風竜は感電し、チャージしていた雷が無くなるという現象が起きる。
ギミックとしては単純なんだ。
取り巻きの風竜を使って雷竜のスキルを防げばいい。ただ、雷竜に風竜をぶつけるなんて発想が思いつきにくいだけであって、思いついてしまえば意外と単純だったなと思ってしまう。
ネルのパワースイングによって吹き飛ばされた風竜は、まだ生きてはいるが雷の威力が相当高く虫の息。
放っておいても問題なさそうだが、イングリットが近づきその体を切りつけて倒している。
取り巻きを利用した、雷封じ。
これを覚えればあなたも明日からドラゴンスレイヤーってわけだ。
風竜がぶつかり、よろける雷竜に接近するために走るが、そんな俺を追い越すのはヒーラーのはずなのに前線で戦い続けるクローディアだ。
ふわりと跳び上がり、一息で雷竜の顔付近まで達すると連続で蹴りを放ち、飛燕から隼狩り、鷹落としと得意の鳥シリーズスキルのコンボ技で雷竜の顔を上へ横へ下へと振り回す。
それを嫌がり、角に雷を貯め始める。
この竜の弱点は、スキルを使用するためにチャージが必要なこと。
即時発射できればまだいいのかもしれないが、一番弱い攻撃でさえ、コンマ数秒のチャージが必要になる。
その一瞬の隙があれば、こっちはいかようにでも対応できる。
敵の行動パターンの情報と攻略法は事前にパーティーメンバー全員で共有している故に、その角の帯電に反応してクローディアが思いっきり顎下から蹴りを放って、雷竜の顎下をさらす。
ムーンサルトキックの要領で、後方に下がるクローディアと入れ替わるように俺が前に出る。
鎌の刃をマジックエッジで作り出し、そのまま一枚だけ逆さに向いている鱗めがけてそれを振るう。
毎度おなじみのパターンだ。
「首狩り」
即死してくれれば一番簡単なんだけど、このクラスのボスとなるとさすがに早々と即死はしてくれない。
万に一つの可能性ではないが、千分の一くらいの可能性だ。
しかし、防御無視のクリティカルダメージが刺さり、再び行動がキャンセルされる。
逆鱗に触れられ、怒り、俺とクローディアを振り払おうと腕を振り回すが、アミナの歌と踊りでイマイチこっちに集中しきれていない。
「ヘイトダウン」
そのタイミングで、俺へのヘイトを下げ、俺は背後に回り込む。
いきなり一人の対象へのヘイトが下げられ、クローディアに攻撃をしようにも彼女はさっきの攻撃によって距離を取っている。
二人の対象が居なくなり、一番の注目対象であるアミナに攻撃しようと行動を起こすが。
「ええい!!」
雷竜と比べれば、小さいと言わざるを得ない体でネルがタックルを敢行。
普通なら、その程度の質量で吹き飛ばされるはずがないのだが、彼女のタックルはカンストしたスキル攻撃。そのステータスがたたき出す速度と威力は並みではない。
大型車同士が勢いよく衝突したような音が響き渡り、雷竜の巨体がずれた。
幾度も攻撃が止められ、そして誰を攻撃したらいいかわからない。
混乱状態になった雷竜は、空を見上げた。
そこには雷が轟く黒い雲が存在する。
そこには雷竜のエネルギー元である雷が大量に含まれている雲だ。
ボス専用のギミックとして用意されている物で、攻撃にも使えば雷を浴びることで回復をすることもある。
今回の行動パターンからしたら回復の方に使おうとしているんだけど。
その超近接距離にネルを置いて、回復行動ができると思っているのだろうか。
「せーの!!」
タックルの吹き飛ばしからの、パワースイングによる二度目の吹き飛ばしによっての行動キャンセル。
そこから空歩で跳躍して上段からの断裂戦斧で防御力を下げて、再び空歩で切り返して踏み込み、その下げた部位にめがけて繰り出されるハルバードの返しの刃の断空戦斧。
相手が人間サイズだと、相手が吹き飛ばされて連続攻撃がつながらないが、なまじ雷竜の巨体だからネルのパワーを正面から受け止める羽目になる。
うん、しっかりと教えたとおりのコンボを繋げている。
四撃放って、ヘイトがネルに傾き始めたところに雷竜の体に突き刺さる氷のブーメラン。
加えて、雷竜の側面から空歩で跳躍し、抜刀の姿勢に入っているイングリットの姿。
事前に伝えておいた連携による畳みかけ。
いかにHPが高かろうが、攻撃力が高かろうが、相手に何もさせなければどうと言うことはない。
一定のダメージを常に与え続け、常に相手の行動を阻害し続ける。
普通ならこんな嵌め技みたいなことはできないはずだが、竜殺しの装備に加えて徹底して相手の行動をメタ読みしているので悉く行動を封殺できる。
そして手の空いたメンバーで取り巻きの風竜の相手をしていれば。
「ジャスト30分で討伐だな」
完封勝利できてしまう。
もうね、狂楽の道化師みたいなイレギュラーがない限り、勝つべくして勝つのが一番だわ。
一方的に攻撃し続けて、途中で行動パターンが変わったけどそれも知っているからそれにも合わせて完封。
黒い灰と化した雷竜と一緒に風竜も倒し切ってしまえばこの戦闘は終了だ。
「虹一つに、金が三つ!」
「いや、銀も見てやれよ」
そして戦いが終われば報酬タイム。
ネルの招福招来によって雷竜のドロップ品がえげつないことになっているのは、この喜びに満ちたネルの声で察せる。
そっちの方に視線を向ければきらびやかに並ぶ宝箱が見えた。
ドロップが最大数に固定されているから、中央に虹、左右にいくつもの金と銀の宝箱とずらりと並んでいるのを見ると、明日事故るのではと縁起でもない不安にかられそうになるくらいの圧巻の光景。
これを全て開けて、その中身を売り払えばこの世界なら一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。
それ以前に、最早笑うしかないような量の風竜の鱗や牙と言った素材を集めているから金を気にすることはない。
アミナと一緒に虹の宝箱に走り寄る二人の背中を見守りつつ、これでひとまずひと段落だなと思っているといつもなら宝箱を開けて歓声を上げる二人の声が聞こえない。
はて?雷竜の虹の宝箱から出てくるものであれば二人が喜んでもおかしくないはずだ。
それなのに、後ろ姿から見えるのは疑問符を浮かべるように首をかしげる様子。
「リベルタ!ちょっと来て!!」
「なんだ?」
何か異変が起きたか。そう思いネルの呼びかけに答えて少し小走りで駆け寄ってみると、ネルが宝箱から取り出したであろうアイテムを俺に差し出した。
「これなに?」
「どれどれ」
ネルの掌に乗るようなアイテム、本来であれば牙や鱗、あるいはレア素材だと逆鱗とかが手に入るはずなのだが。
「なんで、これが入っている?」
そのどれでもないアイテムに目を見開いた。
そしてそのアイテムは本来であれば絶対に入っているはずのないアイテム。
「リベルタ知ってるの?」
「ああ、こいつはカラーチェンジャー」
試験管のような容器に、筆がセットでついているというシンプルな組み合わせであるそれは、装備の色をスキル無しで変えられるという消耗品。
「課金アイテムだ」
ただそれは課金しないと手に入らないアイテムだったのだ。
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