4 苦行
さてさて、ぬるりと始まった風竜ダンジョンでのクラス6のレベリングであるが。
ステータスをじっと見つめるネルは渋い顔で俺に質問してきた。
「ねぇリベルタ」
「なんだ?」
「こんなにたくさん竜を倒してるのに、なんでこんなにレベルが上がらないの?」
「うーん、経験値効率は悪くはないんだけど、経験値テーブルがクソみたいに上がってるからなぁ」
一週間で上がったレベルはなんとたったの30。
経験値の渋さが如実に表れている。
クラス5のレベリングのスピードから察して、クラス6でもすぐに上がるだろうと思っていたネルが、訳が分からないと顔をしかめる気持ちはよくわかる。
俺も、FBOで最初に育成していたキャラでクラス6に突入した途端にレベルアップがしづらくなって愕然とした記憶がある。
境界線と言えばいいだろうか、クラス5までとは一転して後半戦に突入するクラス6からはレベルアップに本当にとてつもない経験値を要求してくる。
「リベルタ、どんどんレベル上げ出来るダンジョンに移動しないの?」
一週間文句も言わず、ひたすら風竜を屠り続けたネルの背後には、その戦果である風竜の素材が大量に積み上がっている。
初日とは比べ物にならないほどの量。
これを国に献上したら、公爵家にでもなれるかねと前のエスメラルダ嬢の勘定を当てはめてみたが、そんなことあるわけないかと苦笑しつつネルの質問に答える。
「安全性と、ドロップ品、そしてEXBPの獲得条件を考えると条件を満たしているのは風竜のダンジョンだけなんだよな」
クラス6のEXBP獲得条件がこういう時に足を引っ張る。
経験値効率だけを求めるのであれば、もっといいダンジョンはいくらでもある。
だけどEXBPをすべて獲得して強くなるということを前提条件に置くと、途端にその選択肢は急激に狭まる。
「クラス6のEXBPの獲得条件を覚えているか?」
この世界はステータス至上主義と言っても過言ではない。
そのステータスを保障してくれるEXBPは、最強を目指す俺たちにとって是が非でも獲得しないといけない要素なのだ。
憤っていたネルも、俺の質問には冷静に対応してくれて、覚えていると頷いて記憶から掘り返し答えてくれる。
「一つ目は、パッシブスキルで神クラスを一つ持ってクラス10まで育成しているスキルを五つ以上持っていることよね」
「その通り。これはまぁ、これ迄の流れで達成できていてもおかしくはないわなってやつだ」
「二つ目は、私たちよりもレベルが20以上離れているモンスターでレベルを上げることね」
「ああ、ここまでの二つはクラス5の時と同じだ」
最初に出てくるのは覚えやすく、尚且つ比較的条件を満たしやすい物だ。
この二つの条件だけを満たすのなら、レベルアップするダンジョンなどより取り見取りだと言っても過言ではない。
一つ目は完全にここまでは育てろよと言っているような感じの指標で、二つ目の条件も前から言ってあるやつだ。
風竜のレベルは、クラス6の250前後と言われている。
なので弱者の証でレベルを調整すればこの条件を達成することができる。
問題はこの後からだ。
「じゃぁ、三つ目は?」
意地悪をしているつもりはないが、三つ目の条件を聞くとネルは少しだけ悩むそぶりをして。
「三つ目は同格のモンスターでレベル上げをしないといけない」
「その通り」
三つ目の条件は今までのレベリングで効率を重視してきた方法を使わせないという条件だった。
今までなら格上のモンスターを倒して多量の経験値を得ていたのだが、このクラス6ではそれができない。
同格、すなわちクラス6のモンスターでしかレベル上げをしてはならないということだ。
このダンジョンのボスである雷竜はクラス7だから、挑むときはうっかりレベルを上げてしまわないように、しっかりと修練の腕輪を装備して挑まないといけないのだ。
まぁ、レベルが上がりたてとかだったら倒してもレベルが上がる心配はないだろうけど、失敗したら目も当てられない。
さて、勘のいい人であればこのあたりからだいぶきな臭い物を感じ始めるだろう。
俺からは、その勘は割と大事にした方がいいと言っておこう。
「四つ目、レベル上げをする対象が竜種であること」
「うん、正解だ」
そしてその嫌な予感の通り、ここに来て種族の指定が入る。
しかも指定されている対象が、FBOという作品の中でも種族的に優遇されているモンスター筆頭だ。
竜種はFBOに登場するモンスターたちの中で、格段にステータスが高く強いモンスターだ。
種類も豊富で、その上に性能も優秀ときた。
同格であれば、できれば戦闘は避けたいモンスターだと言うプレイヤーもいるくらいにはスペックが高い。
ただまぁ、討伐の数をこなして慣れ始めると美味しいぜヒャッハー!!と今の俺たちみたいに武器片手に襲い掛かるまでがワンセットのモンスターでもある。
クラス6までになると、地水火風の四元素竜以外にも竜種が現れ始める。
厄介な相手として有名なので言えば妖精竜、フェアリードラゴンと呼ばれる存在だろうか。
見た目は蝶の羽が生えたタツノオトシゴのような姿で、そのサイズも人の顔程度しかない羽ばたきながら飛び回る小さな竜だ。
こいつらが恐ろしいのは、一見クラス2か3くらいの雑魚モンスターに見えるところ。
弱そうだと思って迂闊に攻撃をしようものなら容赦なく、敵であるこちらに這竜を上回る威力のデバフをふりかけ、味方にはバフを振りまき、リンクモンスターであるがゆえに集団で襲い掛かってくる。
こういった感じで、竜というのはどこかしらに厄介なモンスターだと認識させる要素を持っているうえに、どの竜種も各クラスで後半のレベルの強さを持っている。
そんな四つ目の条件の段階で、EXBPを獲得するには竜を倒すしかないという縛りを入れて、プレイヤーに強敵に挑めやと強制しようとしている制作陣の思惑が見えてきている。
「五つ目、ボス属性を持っていないといけない」
そして条件はまだ二つもある。
ここまでの条件だけで言えば、ある程度育成して同格の竜種を倒せば済むんだけど、厳しくはなっても優しくはならないのがFBOクオリティ。
さらに厄介ごとを押し付けてくる。
ネルが言ったボス属性とは何ぞや。
これは、ダンジョンのボスになったモンスターのみが付与される属性で、そのモンスターがボスではなく今俺たちがいるダンジョンみたいに普通に徘徊している状態でも、フィールドにいる通常の個体のモンスターよりも1.1倍のステータスを得られるという効果を持っている。
なのでさっき例に挙げたフェアリードラゴンはボスになることがないため、ボス属性はつかないということになる。
風竜の場合飛竜のダンジョンのボスモンスターとして扱われているがゆえに、このダンジョン内の風竜すべてにボス属性が与えられている。
そしてこれはダンジョン内でしか適用されない属性で、中央大陸にいる風竜には関係ないから注意だ。
それを知らないプレイヤーが風竜でいいの?なら中央大陸でレベリングだぁ!!と勇んで行ってこのEXBPを取り逃すとかたまにある。
同じ風竜でもボス属性を持っているか否かしっかりと見極めないといけないとか、だから制作陣の性格がねじ曲がっていると言われるんだよ。
それにしてもボス属性ってなんだよ、ボス属性って普通ボスにつく属性だぞ。
それなのにダンジョンのあちこちにいるとか、通常モンスターなのにボスという矛盾した立ち位置になってることに対してツッコミしかない。
ではそんなボス属性を持っているモンスターの中で何故飛行能力を持っている厄介な風竜を選択したかと言えば、消去法、これに尽きる。
一応他にもボス属性を持っているモンスター、竜種はいる。
沼竜のダンジョンボスである水竜と地竜という存在に、飛竜のダンジョンのボスでたまに出る火竜も該当する。
風竜をここに含めて地水火風の竜は全てボス属性を持っている。
他にも這竜のダンジョンのボスで出てくるヒュドラとかも該当する。
他にいるかと言えば、ちょっと特殊なモンスターでいくつかいる。
一応両手で数えらえるくらいの種類の中から何故風竜を選んだかと言えば、一番倒しやすい、これに尽きる。
水竜はそもそもフィールドが水場で主戦場が水中になるから真っ先に除外。
同じ理由で、火竜のフィールドも火山だから却下。
一応、イングリットのスキルを駆使すれば行動はできるが、わざわざ危険を冒してまで挑む理由にはならない。
次に却下するのは這竜のダンジョンのボスであるヒュドラであるが、あれは状態異常を振りまきすぎて倒すのに手間とコツがいる上に、フィールドも毒霧とか毒沼だから避け一択。
それで次に却下した地竜だが、あれはタフすぎて倒すのに効率が悪すぎる上に地中に逃げられたらそのまま回復するまで出てこないし、そいつを倒さないと次がポップしないという地雷を抱えている。
なので効率面で却下した。
他の竜種に限っても似たような理由で却下している。
そんな感じで、空は飛ぶけど防御面はそこまで厄介ではないという理由で、対策をして風竜に挑んだわけだ。
ぶっちゃけ他の竜種と経験値的に差があるわけでもないので、わざわざ面倒なことをする理由もないというわけだ。
なのでネルの願うような画期的にレベルを上げる方法は今回ばかりはない。
「六つ目は、クラス6になってから一年以内のレベルアップにしか適用されない」
そして最後の条件が罠過ぎる。
これがある意味一番検証班の特定が難しかった条件だ。
どんなに時間をかけても条件をクリアすれば絶対に加算されるEXBP。
果たしてFBOの運営がそんな優しいことをするだろうか。
この条件は、とあるプレイヤーが諸事情でとあるキャラをクラス6の途中で育成を止めて放置し再度育成し始めた時に判明した。
今まで条件をクリアすれば、どんな場合でもしっかりと追加されていたはずのEXBPが一つ欠けてレベルアップするようになった。
まさかの時間制限条件ということで、これは一度逃すと絶対に手に入らない条件として地味にきついと評判になり、プレイヤー間ではクラス6だけは駆け抜けてレベリングしろというのが常識と化した。
この一年という条件、そして同格という部分に加えクラスアップによる経験値テーブルの変更。
この条件はあからさまにプレイヤーの高速レベリングに対してメタを張っているような要素と言える。
「以上六つの条件を満たし、尚且つ比較的安全に倒せて、そこに加えてアイテム収集をできるという欲張り三点セットを備えたのは風竜しかいないというわけだ。なので、次の休みまで根気よく頑張るしかないんだよね」
「そんなぁ、どうにかならないの?」
モチダンジョンで昇段オーブを求めて周回し続けて飽きたと言ったあの日のように耳をへたらせる彼女に苦笑するが、こればっかりはどうしようもない。
「せめて課金アイテムがあればなぁ。何とか出来るんだけど」
俺の知識で解決できるのは、効率よく倒してレベリングする方法だけ。
経験値アップアイテムは、ないことはないのだが、それを入手することはできない。
「課金アイテム?」
「なんでもない。ただの企業の営業努力の産物だよ」
それを緩和するアイテムは有料アイテム、所謂課金アイテムと言われる存在。
俺も給料の何割かがこれに消費されて、お世話になりました。
その有料アイテムのほとんどがプレイヤーメイドできないアイテムなので、今の俺たちには入手ができない。
フレーバーテキストの中にも、神が与えし奇跡のアイテムなんて文言が描かれているくらいだ。
神と書いて運営と読む、その時はそんな冗談を言いつつ、人では手に入らない物なのだと割り切っていた。
「ん?人では手に入らない?」
そんなフレーバーテキストの内容を思い出して、俺はふと思いつく。
「クローディアさん」
「なんでしょうか?」
「神様から、アイテムというか、何か物を貰えるって言うケースってあったりします?」
この世界はゲームではない。しかし運営の代わりに神という現実の日本では具現化しなかった存在が実在している。
もしかして運営が用意しているアイテムは神様なら作れるのでは?
「そうですね、極まれにそういう話がありますね。多くは伝説の物語にしか出てこないような品々ですが」
その着眼点で、もしかしなくてもとんでもないアイテムを手に入れられるのでは?と捕らぬ狸の皮算用的な発想を得るのであった。
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