3 こんなこともあろうかとと言いたかったが・・・・・
クラス6のレベリングに使う風竜ダンジョンで俺たちが拠点にしているこの洞窟は、意外と内部が広く、さらには風通しもいいので、寝起きするモチダンジョンの出入口の前で焚火をしても煙や酸欠の心配はない。
ちょっとした冒険者気分を味わいつつ、皆で今日の成果を確認している。
「これ、売ったらどれくらいの価値になるかしら」
イングリットはバーベキューで使うようなグリルで料理をしているが、まだ出来上がるまで時間がかかる。
そんな美味しそうなにおいを漂わせている空間の隣に、簡易的なテントの倉庫が建てられ、そこに今回の風竜ダンジョンの戦利品を入れている。
入り口の布をめくり、そして中を覗き込んでいるネルの尻尾がゆらゆらと揺れているのはご機嫌ゆえか。
時折休憩を挟んでいるが、それでも早朝から夕方まで倒しに倒しまくっていれば自然と風竜のドロップ品は相応の数が集まる。
そんなわけで、貴族の参加するオークションでもそれが出品されれば目玉商品になるような品が山積みになればネルもその価値を知りたくなる。
マジックバッグに入りきらないドロップ品の数々、そうなってくるとダンジョンに放置かと言われればそうでもなくしっかりと回収した結果、倉庫には鱗と魔石の山が出来上がっているわけだが。
「そうですわね、全部王家に献上すれば村を二百、町を二十、それを管理する街を五つほどつけた領地付きで候爵の地位くらいはくださるのではなくて?」
その山をエスメラルダ嬢がネルの背後からジッと見つめた後に、貴族としての価値観を基に算出した答えが返ってきた。
「ネルが聞きたいのはそういう話じゃないと思いますけど?」
貴族らしい回答だなと俺は苦笑しつつ、隣からツッコミを入れる。
「ですが、実際に買い取るとなると我が公爵家であっても資産が底を突いてしまいますわ。仮に後で売ると仮定しても、沼竜の時とは話が違いますし。価値は断然こちらの方が上で、財力のある買い手を探すのも大変ですの。そんな物を大量に買い取ることなど、たとえ王家であろうとも現実的な話ではないということになりますわね」
「なるほど、一つ二つならともかく、全部をまとめて買うなんてことは王家でもできないから、代わりの物で代用ってことになるのね」
「その通りですわ」
その算出理由を聞いたネルも納得した。
貴族的な算出の仕方かと思ったが、現実的にこれだけの風竜の鱗と魔石を全て買い取るとなれば家が傾くって言うレベルの話じゃないってことか。
ゲーム時代だと数億とか数十億の品物がプレイヤー間で売買されていたから、爵位や土地で交換するって言う発想がまず思い浮かばなかった。
「まぁ、これ全部レイニーデビル戦用の消耗品に変えるから売らないけどね」
そんな納得をしているネルには悪いが、この鱗と魔石を売ることはできない。もちろん効率的なレベリングがメインの理由だが、実は副産物狙いも兼ねてこのダンジョンを選定している。
竜種の素材は便利なマジックアイテムに化けることが多い。
中でも風竜のそれは、竜種のドロップ品の中では比較的大量に入手しやすいので消耗品の材料にうってつけなのだ。
「バリスタ用の矢にするのですよね?」
「風竜の鱗を鏃にして、魔石を装着して飛翔の付与をすれば、重力を無視したような感じでどこまでも飛んでいく貫通能力高めのバリスタの矢に早変わりですからね。空にいるレイニーデビルにはうってつけの武器ってわけです」
いかに耐性お化けのレイニーデビルであっても攻撃を受けてノーダメージというわけではない。
無尽蔵のような回復能力を持っていると言っても、数でごり押しして回復量を上回る集中攻撃をすればダメージを与えることはできる。
「精霊たちにも使える簡単なダメージソースってわけですね」
ただまぁ、俺一人どころかパーティー全員でバリスタで攻撃しても焼け石に水どころの話じゃない。
数を揃えて一斉射と言ってもたった六人じゃ意味ない。
なら人手を借りればいいとなるわけだが、そこら辺は我らがアミナファンクラブ会員たちが活躍してくれるというわけだ。
神の神託というのは、さすがの影響力と言わざるを得ない。
精霊王すら動かし、協力体制を敷いてくれる。
そのため、協力的な精霊の中で戦える中位以上の精霊たちが集結してくれた。
それだけでも大戦力。そしてその精霊たちに任せるのは風竜の鱗で強化したバリスタによる一斉射。
数は暴力と言ったが、本当にそれ。
クラスで格下の風竜の素材であっても、やり方次第で大ダメージリソースに早変わりなんだから。
「そういうことです。まぁ、これはあくまで下からの攻撃で空中からの攻撃からレイニーデビルの注意を逸らすための囮攻撃ですけど」
「気を逸らすだけにしてはいささか殺意が高すぎませんか?」
「そりゃ、彼らも本気で倒す気で攻撃しますし、上手くいけばそれができるだけの準備もしますから」
そもそもの話、竜種の素材は基本的にどの竜であってもスペックが高いのだ。
格上相手であっても防御能力的に対応可能なのだから、逆に攻撃性能的にも対応して見せる。
風竜の鱗を一つ手に取って見ればかなり軽い。
手のひらほどの大きさのその鱗。
軽いと言っても柔らかさはみじんも感じない。スッと先端を地面に這わせればその地面に綺麗な線が描かれる。
それも乱雑に描かれたような線ではなく、鋭く切り裂いた線だ。
何も加工していない状態でも下手な鉄製のナイフよりも鋭い。
「他にも色々と準備をしているんですよね」
「そりゃぁ、まぁ。触手対策もしないといけませんし、相手のスキルを封じるようなこともしないと」
その鱗を山の上に戻しながら、頭の中で計画しているレイニーデビル攻略の全貌を話す。精霊王にも説明し、さらにはここにいるパーティー全員にはその道具を作るための素材集めにも協力してもらってる。
そこに一切の隠し事はなく、切り札までしっかりと説明している。
「一番心残りなのは、一度でいいから、こんなこともあろうかとって言いたかったなぁってことくらいですね」
よくアニメとか漫画とかで決戦時に、隠した切り札という物を用意しておくのが定石で、物語のクライマックスで仲間がピンチの時とかに、この時のために用意しておいた!!みたいな感じで取り出すことがあるけど。
普通に考えて、とっておきを共有しておかないでいざという時に個人的判断で使うって集団戦だとかなり危ないよな。
集団で戦っている途中に、いきなり見覚えのないアイテムを取り出してモンスターを攻撃、その衝撃で驚いて怪我とかシャレにならない。
そういう理由からしっかりと、今回はどういう風に使ってどういう風に倒すかって言う流れは完全に共有している。
そこに隠した切り札とかとっておきなんて言葉は欠片も存在しない。
ただ、やっぱり、こんなこともあろうかとと切り札を出す瞬間にはロマンはあると俺は思う。
現実的に考えてありえないとは思うけど、その瞬間は完全に自分が主役だと思えるからこそカッコいいとも思ってしまうんだよね。
「でしたら説明しなければよかったのではありませんの?お父様も軍事機密で話せないということはよくあるとおっしゃっておりましたし」
「戦争とモンスター討伐を一緒にされても困ります。人同士の戦いだと隠し事をしないといけないことも多いですけど、俺たちの相手はモンスターですし、隠して連携が乱れる方が致命的ですよ」
残念そうにする俺の姿を見て、エスメラルダ嬢が不思議そうに首をかしげるがそれとこれとは話が別なのだ。
今はロマンを取るよりもリアルを取るべきだというのはさすがの俺でもわかる。
ここでむやみやたらに不安要素を組み込むとか、間違っている。
「第一段階で、精霊たちによる地上からのバリスタの一斉射、それによってある程度のダメージを与えて地上に注意を惹きつける」
「精霊回廊からいきなり現れての奇襲って、リベルタもすごいことを考えるわよね」
素材テントから出てきたネルが、髪を整えながら振り返り言ってくるが、その方法は精霊たちができると教えてくれたんだ。
精霊回廊は精霊たちが使うための独自の技法。
プレイヤーが使えないのだから俺も知らなかったし、俺も安全に奇襲をかける方法を考えていたんだ。
そうして精霊たちとの話し合いの結果生み出されたのが、精霊回廊からバリスタを突き出し射撃するという、ゲーム時代にあったらバグかチート扱いされるような戦法だ。
「第二段階、超高高度からの自由落下で加速してくる重量級の精霊たちによるメテオストライク」
「僕、これ大丈夫?って精霊さんたちに聞いたんだけど、すっごい笑顔で自分たちの筋肉に不可能はないって言われちゃったよ」
そんなチート戦術の後に出てくるのは、アミナが苦笑しながら心配する精霊マッスル集団による重量爆撃。
これも俺が思いつきでこれをできればかなり楽に戦闘を進められると言った結果、それが可能な精霊たちが集められたのだ。
俺が防具は要るかと聞いたら、不要と断言され見事なポージングを見せつけられてしまったのは今でも明瞭に思い出せる。
戦う前から結果を決める。
モンスターとの戦闘なんて、そんなものだ。
既知の敵を相手に、油断も慢心もしない。
「第三段階で、地面に叩き落としたレイニーデビルに向けて集中爆撃」
「闇の精霊様にご依頼した魔石の爆弾でございますね。すべてがクラス5以上の魔石をふんだんに使っているとお聞きしております」
資材テントから戻ってきたタイミングでイングリットが調理を終えたのか、料理を皿に盛り付けテーブルの上に並べ始めた。
それを見て焚火の前に行くのではなくてそれぞれの席につき始める。
「第三段階の攻撃で、レイニーデビルの傘を壊し切って核を露出させる。第四段階で俺たちが出て核めがけて一気にフルアタック」
「ここで天拳を使っての全力スキル攻撃ですか。腕が鳴りますね」
勝つべくして勝つ。
これは戦いではない、狩りだ。
俺がよく、モンスターを倒す際に狩るという言葉を多用するが、一方的に相手に何もさせず倒し切ることこそゲームで効率的に戦闘することになると思っているからこそそういう言葉を使ってしまう。
「まぁ、使ってる素材の量と人員のことを考えると人間の戦争だったらヤバい金額が動いているけどなぁ」
今日のメニューは肉料理、それもスタミナをつけないといけないと気を遣ってくれたのか、かなりボリュームのあるステーキが目の前にあった。
食べる準備を進めつつも説明は佳境に入り。
「国家予算、いえ、十年分くらいの予算はつぎ込むかもしれませんわね」
「風竜の素材だけじゃなくて、他にもふんだんに使っていますからねぇ」
その勝利のためには必要不可欠な素材の総合計金額を計算もしたくないと、エスメラルダ嬢が遠い目で洞窟の天井を見上げている。
レベル不足や、装備不足は量でカバーと言わんばかりに、割と高級な消耗品を大量投入しているからな。
この山積みの風竜の鱗も数的にはまだまだ足りないんだよね。
協力してくれる精霊の数は、戦闘員で約300。
サポート込みなら1000を超える。
自由落下部隊を除けば、250ほどの精霊がバリスタの操作と爆弾の投下を手伝ってくれる。
たった一回の斉射ではなく、計算上は最低でも10回、俺の予想では30回は斉射しないといけないと踏んでいる。
この山積みの風竜の鱗であっても200いかないくらい。
目標である数までは果てしない道のりを辿る必要がある。
それに加えて爆弾の素材も集めているのだ。
あっちはレイニーデビルの体の中でも一番耐久値のある傘を破壊する必要があるからその必要数も自然と増える。
バリスタで発射する風竜の鱗なんて目じゃないくらいの数を現在進行形で大量生産中。
闇さんが涙目で俺の発注書を見たのは記憶に新しいな。
流石に納期は半年以上先になっている。
素材集めもそうだし、作るのにも時間がかかるからなぁ。
「切り札のアイテムも作っていかないといけないんで、まだまだ忙しいですよ」
結局のところ、まだまだ準備不足なのだろうと苦笑するしかないのであった。
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