2 穴場
穴場と聞けばいろいろな場所を思い浮かべるかもしれないが、FBOにだけ限定するのならば、美味しい狩場のことを指す。
沼竜のスポットがいい例だろう。
あそこはいい釣りスポットだと言える。
邪魔なモンスターも周囲にいなければ、対峙すべきモンスターは沼竜一体だけ、それさえ倒せばいいという好条件の揃った場所だ。
「ここだけくり抜けているので、日差しが入ってくるのですね」
風竜のダンジョンにもそういった場所が存在する。
少し風が強いのは空から風が吹き込んでいるから。
日差しがしっかりと入ってきているのはここが渓谷のように左右に壁があるのではなく、底面が平らな半球状にくぼんでいて日差しが入りやすいようになっているから。
広さ的に言えば東京ドームを一回りほど大きくした程度か。深さは五十メートルといったところ。
アミナが空を見上げていると、その隣にエスメラルダ嬢が立ち、同じように空を見る。
「そして風に乗って風竜も来ているというわけですか。四体、この広さにしては少ないですわね」
「このエリアはダンジョンでも端の方にある場所ですからね。流れてくる風竜の数も抑えられるってわけです」
「ですが、それだとレベリングの効率が悪いのでありませんか?安全とは言え、獲物が来るのを待つようでしたら、表に出て倒しに行った方が数をこなせるのではないですか?」
そこには風に乗り、この窪地に降りる風竜の姿が見える。
窪地の端に開いた洞窟の中から見ているからか、こっちに気づく様子もない。
「試してみます?」
「試すとは?」
半球状の窪地には草木は一本も生えていない。岩がゴロゴロと転がっていているような荒涼とした場所であるが、ダンジョン内で周囲からの視線が届かないここは風竜が羽休めをするにはうってつけだ。
相応に油断しているのを見て、俺はさっそく狩りに出ようとクローディアに声をかける。
「論より証拠ってやつですよ。戦ってみればわかります」
首をかしげる彼女と、戦うとわかって戦闘準備を整える面々を引き連れて洞窟から出て、窪地へと足を踏み入れる。
ジャリッと足音を鳴らせば遠くにいても風竜たちは気づく。
威嚇の咆哮をあげ、翼を広げ空に舞い上がろうとするが。
「ハウンドライトニング!」
それを妨害するようにエスメラルダ嬢の魔法杖から雷が迸り、飛び上がろうとした風竜たちを地面に叩き落とした。
それと同時に走り出す俺、ネル、クローディアの三人。
「ゴーレム召喚!!みんな来て!!!」
そして広い足場が確保されたのなら、アミナの歌の出番だ。
亀ゴーレムを召喚して、アミナはそこに飛び乗る。その両脇に大盾を持ったアングラーが出現する。
「僕が、センターだ!!」
そして練習を重ね、踊りながら歌うという技術を完全に身に着けたアミナがスポットライトを浴びて踊りながら歌い出すと、風竜の注目がダメージを与えたエスメラルダ嬢でも武器を構えて接近する俺たちでもなく、彼女の方に向く。
となれば風竜の攻撃の対象もアミナの方に移るのだが。
「パワースイング!」
アミナに近い風竜の横っ面を思いっきりネルが叩き吹き飛ばすと、その吹き飛ばした先にクローディアが回り込んでいる。
少し高めの位置にある風竜の顔。それに合わせてふわりと舞い上がるようにクローディアが地面を蹴ったかと思うと。
「飛燕!」
その足はしなやかに宙を舞い、的確に風竜の顎を撃ち上げて見せた。
滑らかな動き出しからは考えられないほどの強烈な打撃音を響かせ、そしてそれで終わらず。
「隼狩り!」
空中で体がさらに舞い上がり、鋭い横蹴りを風竜の側頭部に叩き込んだ。
ここまでの空中コンボに空歩は使っていない。
鳥の名を冠するこの蹴り技スキルたちはすべてに空歩と同じ空中移動能力があり、格闘スキルの中でもエリアルコンボを決めることができるスキル群なのだ。
飛燕で舞い上がり、隼狩りで追撃し。
「鷹落とし!!」
ふわりと上を取るような軌道を描き、クローディアが足を振り上げると斧のように重い踵落としが風竜の脳天に突き刺さった。
そしてそのまま地面に叩きつけ。
「はい、首狩り」
回り込んだ俺はあっさりと無防備になった逆鱗から鎌の刃を差し込んでざっくりと風竜の首を刎ね飛ばす。
ああ、あの時もこの火力が欲しかったと思いつつ、一頭目を仕留めて、アイコンタクトで二人に知らせ次の個体に取り掛かっていると空から羽ばたく音が聞こえる。
「!?もう次が」
「ここって、四体で固定の場所なんですよねぇ。一体欠けたら一体補充され、三体欠けたら三体補充って感じで」
「では、戦いを止めるときはどうすれば?」
「洞窟に逃げ込むか、同時に四体倒すしかないですね」
その音を聞いて空を見上げたクローディアの目が見開かれる。
倒したタイミングで新しい風竜が現れたらそれは驚くだろうな。
「ここからは、空中に飛ばさないようにそれぞれが一体ずつ担当で、パーティーメンバーの位置を常に把握してエリアを最大限に利用して戦ってください。アミナのところはイングリットとエスメラルダさんが対応しますんでお気になさらず」
そしてここからはソロでの風竜の対応になる。
「なるほど、なるほど。これは戦い甲斐がありそうですね!!」
さらに、気兼ねなくお代わりができる環境に戦闘狂スイッチの入ったクローディアがさっそく、下りてきた風竜に向かって駆け出していった。
「ネル、無理そうだったら助けを呼んでくれ。すぐに行くから」
「わかったわ!でも、一体くらいだったら任せてもらって問題ないわよ!」
そしてそれに続く形でネルも自分の担当する風竜に向かって駆け出した。
「招福招来はいつでも使っていいからな!!」
「わかったわ!!」
その背中に向かってスキルの使用を指示しておくと、ネルは元気に返事をした。
ネルのことだから、これで風竜のドロップ品はコンプリートしそうな気がするなぁ。
それにしても二人とも勇ましく挑んでいくし、エスメラルダ嬢やイングリットも気負うことなく戦っている。
スタンピードがあったころは風竜と聞いて公爵閣下が真っ青になっていた。それくらいにヤバい敵だというこの世界での常識は何処に消えた、と言いたくなるほどの余裕を持った戦いぶりだ。
「さて、と。俺ものんびりしてないで風竜を倒すか」
アミナに惹かれ、まっすぐに向かう風竜たちに駆け寄る俺たち前衛三人。
横っ面を殴り飛ばすネルや、飛び蹴りで風竜の牙をへし折るクローディア。
そんな二人と比べて俺は派手さなどない。
静かに風竜の背後に空歩で近寄り。
「心臓打ち」
マジックエッジで強化した鎌槍の刃を心臓めがけて打ち込む。
心臓を打ちぬかれてビクンと痙攣を引き起こしたかのように硬直したが、さすが竜種。
心臓を貫かれた程度では直ぐには死なないか。
即死判定は中々通らないが、急所への一撃は致命的なダメージに繋がっている。
ヘイトが一瞬俺の方に向こうとしたが、それでもアミナへの注目が減らず、視線が右往左往してこっちに攻撃が来ない。
これでも四元素属性竜の中では一番HPが少ないんだけど、まだまだ戦える雰囲気を醸し出している。
「だけど、これならどうかな?」
首狩りと心臓打ちのリキャストタイム終了までまだまだあるが、俺も攻撃スキルを増やしているのでね。
「ベノムアタック」
紫色の魔力が、鎌槍の刃にまとわりつき、そしてその刃を風竜の鱗に突き立てると。
『■■■■■!?』
風竜が悶えるように首を振り叫ぶ。
毒。本来であれば敵側が使うようなスキルだけど、冷静に考えて継続ダメージってかなり強いんだよね。
耐性の強い敵にはあまり効果のない攻撃だけど、基本的にどんな相手にでも効く上に回復手段を持っているモンスターの方が少ないと来た。
苦しみ、悶え、そのまま放置しても倒せそうな雰囲気だけど。
「重ねて、ベノムアタック」
FBOは毒の重ね掛けができる。
スキルレベルが高ければ高いほど、毒ダメージが累積されて、重ね続けると常時ダメージが入るような地獄の苦しみを与える攻撃と化す。
毒って一括りにしているけど、このスキル攻撃によって発生する毒は壊死毒に近いって検証班の知り合いが言ってた。
刺された箇所が紫色に変色し、そこから激痛が走り、じわりじわりと体を蝕むとか。
俺は神託の英雄と呼ばれているみたいだから、本当だったら俺もネルやクローディアみたいにかっこよく倒した方がいいのかもしれないんだけど、暗殺者って言ったら似合うのは即死とか毒系統だよな。
このベノムアタックの恐ろしさは、継続ダメージを与えられる毒の効果もそうだけど、リキャストタイムが僅か十五秒と短く、毒の効果時間が五分間と長いことだ。
連続で使い続ければ、20回は重ねて叩き込むことができるというわけだ。
ただ、いかに風竜と言えど、毎度ベノムアタックを叩き込むたびにダメージも入っているし、リキャストタイムを待っている間も通常攻撃はしている。
「うーん、8回か9回ってところか」
結果で言えば、三分かからないくらいで風竜を一体仕留めることができた。
あれだけ苦労した敵をこうもあっさりと倒せるようになったと言うことに感慨深いものを感じるが、それにふけっているわけにもいかない。
さっきクローディアに説明した通り、ここは一体消滅すると新しい風竜が早々に補充される。
「それじゃ、このペースで行きますかね」
首狩りと心臓打ち、このどちらかで即死させれば一番だけど、ベノムアタックによる継続ダメージでもそれなりの速さで倒せるのがわかったのは大きい。
空から飛来する風竜がこの窪地に降り立つと同時に、アミナに気づきそのままそっちに向けてブレスを吐き出そうとする。
アミナの側にはイングリットとエスメラルダ嬢がいて、その三人で一体の風竜を受け持ちつつ、エスメラルダ嬢が全体を見渡し。
そのブレスを吐こうとする風竜を見つけると、腕を振るった。
そうすると、クリスタルのように輝くくの字型の氷の刃が回転しながら弧線を描いて飛んでゆき、風竜の翼を切り裂いた。
「やっぱ、便利だよなアイスブーメラン」
氷魔法でオーソドックスに思い浮かぶのは、アイスニードルとか、アイスランスとか、アイスアローとか、とにかく尖った物を飛ばすというイメージだが、俺の中で一番利便性がある氷系の魔法はアイスブーメランだ。
ブーメランって戻ってくるあれ?と思うかもしれないが、本来は投擲した回転力を利用して切りかかるという遠距離切断武器だ。
この魔法の一番いいところは、ボディが氷特有の透明なことで視認しづらいという奇襲性能が高いことだ。
さらに直線状に飛ぶのではなく弧線を描いて飛んでいくので、死角から飛来してくるから躱しにくい。
しかもこの魔法、面白いことにスキルレベルが上がれば上がるほど、複数の刃を形成した状態で術者の周囲に待機させることができるようになるのだ。
一度発動した魔法スキルは、マジックストックみたいに溜め込むようなスキルでもない限り、その場に維持することはできない。
だけど、アイスブーメランは発動した直後にそのまま射出されるのではなく、術者の周囲を任意の半径で回り続けそこに滞空していてくれるのだ。
そしてリキャストタイムは僅か10秒、スキルカンストすれば十分は滞空し続けてくれる。
お分かりいただけるだろうか。今エスメラルダ嬢の周囲にキラリと光の反射で輝いている物体は全てエスメラルダ嬢が作り生み出したアイスブーメランの集団だ。
滞空するアイスブーメランを待機させているだけで、氷の刃の防御結界が出来上がり、そしてその結界はこうやって咄嗟の判断で射出して攻撃にも使える攻防一体の術なのだ。
風竜の翼を切り裂けるという点で火力も申し分ない。
さらに、追撃で体に突き刺さる氷のブーメランを見つつ、俺は背後から風竜に接近しその首を刎ねる。
ちらりとエスメラルダ嬢の方を見れば、ウインクしてくれる。
俺は手を振り、感謝し、次の風竜の元に駆け出すのであった。
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