26 クレルモン伯爵の嘆き2
クレルモン伯爵の嘆き。
これをクエストの分野で分けるのなら討伐系と言える。
クレルモン伯爵の生前は優秀な魔法使いとされ、武闘派だった。
それゆえに様々な武功をあげて、財産も築くことができて裕福な家だったと言える。
しかし、とある宝にであってからは急転直下の勢いで散財して没落した。
「そんな伯爵のお屋敷があれだ」
「「臭い」」
「だろうな」
栄枯盛衰という言葉で伯爵を語るとしても、ここまで衰退するとは思っていなかっただろう。
クエストを受けてから道中、デントさんにこの世界に伝わるクレルモン伯爵の過去を説明してもらって、俺の知識との齟齬を補填した。
おおむね俺の知っている情報と齟齬がなく、デントさんが建築士から聞いた間取りの情報も間違っていない。
ネルとアミナが想像していたよりも、汚く、腐ったような汚物の臭いが充満していることを除いて予定通りだ。
「鼻が曲がっちゃう」
「僕も」
マスクを必死に手で覆っても臭いが鼻孔を刺す。
「なんでこんなにゴミだらけなの?」
「あそこ、生ごみがいっぱいあるよ」
悪い方向で想像以上、ここに入るの?と二人して俺に問いかけるが、残酷にも俺は頷いてしまう。
ここら一帯の貴族連中もこの臭いの所為で逃げ出している。
大枚叩いて、討伐を実施しようとしても失敗。
ギルドに仕事を押し付けてもすぐに解決するわけじゃなく、アウトローのやつらですらここに住むのは御免被ると言わんばかりにこのゴミ屋敷を中心にしてゴーストタウンと化している。
不気味を通り越して生理的に気持ち悪い。
「ああー、この屋敷の近所のやつらが生ゴミ捨てがめんどくさいっていってここに捨てるようになったんだよ。それが積もりに積もって集まってこのざまだ」
加えて悪循環も重なって環境が最悪になっている。
「疫病の心配とかしないんですか」
「定期的に神官の連中がここら辺を浄化してるからその心配はない。まぁ、根本的に屋敷の方をどうにかしないとやっていけないから金がかかって、神殿の方は大儲け、国は頭を抱えてるって話だ」
「もったいないわね」
「でも、これならだれも近づきたくないっていうのもわかるけど」
そんな場所にこれから入る。
「それじゃ、行くぞ!」
「……」
「……」
「はぁ、嬢ちゃんたち、気持ちはわかるがこれも仕事だ」
気合を入れてみるが、二人からは最後の抵抗と言わんばかりに視線で訴えかけられ、マスク越しに溜息を吐いたデントさんは仕方ないと二人の背を叩いた。
しぶしぶといった感じで、二人も頷き、開けっ放しの門から入る。
「それで?どこから入る?入り口どころか一階のすべてゴミで埋まってるぞ?」
「本当にどこからこんなにゴミを集めたのかしら」
「ねぇ」
元伯爵家だけあって、敷地は広い。
荷車を引きながら雑草が生い茂っていない、石畳の道を進むことくらいはできる。
そんな道を進んだ先に見えた荒廃した屋敷。
物理的にどうやって集めたんだと言いたくなるほどのゴミの山。
家具とかはまだわかる、桶とか日用品とかもまだわかる、衣類とかもまだわかる。
ちょっとした武器とかもまぁ理解できる。
問題はその量。
物理的にどうやって集めたのだと、質量的な問題でどうやって集めたのだとネルが疑問を呈するがそれを答えられる奴はこの場にいない。
「もちろん、正面突破ですよ。まずはあそこまで行きましょうか」
玄関の扉も開け放たれて、そこからゴミがあふれ出ている。
目的地は正面玄関の真正面。
荷車を引いて、玄関前まで行く。
「ねぇ、そういえば伯爵様の幽霊ってでないの?」
「そういえば普通に入ったけど、ゴーストってすぐに襲ってくるものじゃないの?」
「ここのゴーストは一定の条件を満たさないと襲ってこないよ」
「一定の条件?」
そこまで一切の襲撃がないことにネルは周りを見回しながら不思議だと首をかしげる。
アミナもそういえばとあたりを見回すが、幽霊のゆの字もないくらいに静かだ。
「出現条件はお宝を奪うこと、まぁ、攻撃されるのはわかってるから先に迎撃の準備をしないとね」
「なぁ、坊主そろそろお前の言う秘策を説明してくれてもいいんじゃねぇか?ここには俺たちしかいないしな」
「それもそうですね」
荷車をおいて、布を取り払う。
「これが秘策です」
「秘策って言っても、バカでかい桶と小さい桶があるのとこれは……塩か。あとこっちは漁で使う網か?それでこいつはでかい桶の蓋と閂の棒か?こっちはテント?それとかぎ爪がついたロープが四本……」
どう見ても戦うための道具には見えない品々に、何やってんだこいつと最終的には疑惑的な目で見られてしまった。
ツボに入っていた塩をペロリと舐めて大きくため息を吐いた。
「おいおい、魔石や護符もないのかよ。本当に大丈夫か?」
「降ります?」
「……その自信が崩れないうちは付き合ってやるよ」
しかしそれでも余裕を崩さない俺を見て、ここまで来たらとことんまで付き合うと諦めに似た覚悟を決めたようだ。
「それじゃ、まずはテントを張ろうか。入り口は玄関の方に向けて」
「わかったわ」
「はーい」
「はぁ、本当に大丈夫か?」
荷車からテントを用意して組み立てる。
冒険者用の簡易的なテントだけど、三人がまとめて寝れる用だから入り口も中身もそこそこ広い。
そして四人で組み立てればあっという間に終わる。
「組み立て終わったぞ」
「それじゃ、荷車の道具はひとまず全部おろして、荷車をテントの中に入れます」
次にやるのは、荷車の荷下ろし。
全部おろして、空の荷車はテントの中に押し込む。
「それで?テントの中に荷車を入れてそれを盾にするのがまさか秘策とは言わんよな?」
「ゴーストだから布一枚なんて普通に抜けられるじゃないですか。違いますよ。それよりももっと安全にできます」
珍妙な光景が出来上がって、呆れた顔により一層磨きがかかったデントさんに俺はニヤッと笑って皮袋からモチダンジョンの鍵を取り出す。
「おまえ、それ、まだ使ってなかったのか?」
一緒に取りに行ったからそれが何かはわかる。
「それは後で説明しますので。これを使ってここにダンジョンを一つ作ります」
ダンジョンの鍵を使って、テントの入り口にちょうど重なるようにダンジョンの出入り口を作る。
「それじゃ、降ろした荷物を全部中に運び込んで」
「おお」
「はーい」
「これから行くわよ」
テントを組み立てたのはこのダンジョンを隠すため、後々ばれるかもしれないけど、それでもやらないよりはましだ。
大きな桶から始まり、最後はかぎ爪のロープを運び込んで終了。
「臭くない!」
「生き返るぅ」
「ああ、ダンジョンはすげぇな。外の臭いもしっかりとシャットアウトしてくれる」
モチダンジョンの中も臭かったらどうしようかと思ったが、それがなくて本当に良かった。
深呼吸ができるって素晴らしい!
皆が皆、マスクを取り外してダンジョンの新鮮な空気を堪能している。
「はーい、そのままでいいから注目!二人には先に説明しておいたけど、デントさんにこれからの作戦を説明しますね」
「おう、いい加減そろそろ知りたかったところだ」
そう、新鮮な空気だ。
そこら辺を踏まえて、俺が知っているクレルモン伯爵の嘆きの簡単攻略方法を説明する。
そのための用意はしてきた。
「理屈はわかる。だが本気でうまくいくのか?」
「うまくいきます」
そして一応、納得したデントさんは頷いてくれた。
「重要なのはタイミングと、逃げ足、そして速攻です。桶が一個しかないので失敗したら撤退です」
「わかった。ならまずは」
作戦の内容に問題がないと判断してくれて、ちらっと最初の広場に鎮座する桶を見て。
「こいつに満杯の水を貯めないとな」
「そこが大変なんですよね」
人一人が大の字になっても余裕で寝転がれるほどの大きな桶。
それを人数分用意しているが、小さな桶で貯めるのはなかなか酷な話。
ある意味で一番つらいのはここだ。
「水場はボス部屋の手前にありますんで、そこから持ってきましょうか」
にっこりと笑いながら桶をデントさんに手渡す。
「はぁ、これがわかってたらあいつを呼んできたのによ」
ため息と一緒にあいつと呼ばれた存在。
「あいつって?」
「ああ、嬢ちゃんたちも会っただろ?あのクマ野郎だよ。あいつならこれくらいの桶に水汲んでそのまま持ち運ぶくらいはできるからな」
「へー、そんなにすごいんだ」
「うちのギルドの中でも上から数えた方が早いくらいのパワーだぜ?」
俺たちが冒険者ギルドで会った、あのクマの人か。
確かに、あの体格と筋肉量なら持ち上げてもおかしくはないか。
「デントさんはできないの?」
「あのな、嬢ちゃん。俺は斥候とか弓とか繊細なことが得意なの。けっしてあんな馬鹿力どもと同じようなスキル構成してると思うなよ?こんな物もったら俺の腰が逝っちまうよ」
この世界はレベルがすべて、細腕でもあっさりと巨大な鉄球を持ちあげたりすることもできる。
だけど、レベル的にデントさんではこの桶を水でいっぱいにしたらそもそも持てないと。
スキルも関係しているのか。
まぁ、当然か。
そうやって和やかに水を貯めることが始まったわけだが。
「めちゃくちゃ時間かかったな、おい」
「思ったよりも時間がかかりましたね」
バケツリレーの感覚でやったはいいが、水が湧き出る場所から入り口まではそこそこ距離がある。
一番歩幅があってレベルが高いデントさんに桶に入れながら入り口を警戒してもらって、一番奥を俺が担当、中継でネルとアミナに任せたがお腹がすく程度の時間は経過した。
「まぁ、臭くない場所で飯にありつけるのはありがてぇが」
「私のお母さんのお弁当よ!美味しいんだから」
「うん、ネルのお母さんの料理っておいしいよね」
「いつも助かってます」
たっぷりと水がたまった桶を見つつ、サンドイッチを頬張る。
パンは相変わらず硬いけど、最近じゃこの硬さが癖になって、日本で食べていた柔らかいパンを食べたらもしかしたら物足りなく感じるかも。
桶には持ってきた塩もいれてあって、さらには網やかぎ爪も浸してある。
「この後はいよいよ幽霊と戦うが、大丈夫かお嬢ちゃんたち?」
そうやって準備をジッと見ていると先輩として後輩を心配するデントが声をかけてきた。
「俺の心配は?」
「坊主は心配しなくても大丈夫だろ。何せ坊主だしな」
「そうね、リベルタならこれくらい平気よね」
「そうだねぇ、リベルタ君なら大丈夫そうだよね」
「なんだろう、信頼されているようでちょっと雑に扱われている感」
心配するのはネルとアミナだけ。
一応俺も子供だと主張してみれば、俺は子ども扱いされず、終いにはネルとアミナにも同意されてドッと笑いがあふれた。
幽霊退治の現場にしてはずいぶんと明るい。
「良いじゃねぇか。坊主がいるから嬢ちゃんたちもこうやってリラックスしてるんだ。女から信頼されているってのは男冥利に尽きるってな」
「信用されて悪い気はしませんけど」
最近ようやくハゲから脱却して、ふさふさになり始めた髪を頭巾越しでワシワシと乱暴に撫でるのやめてくれません?
今はいいかもしれないけど将来的に禿げたらどう責任取ってくれるんですか。
弁当の最後の一口を放り込んで、ゴクンと飲み干す。
狐の獣人のネルは俺よりも早く食べ終えて、今は水筒の中の水を飲んでいる。
対して鳥人のアミナはまだ食べ終えていない。
もう少し時間がかかるかなと、ちらっとダンジョンの外を見てみると、ぎょっと目を見開いた。
「デントさんデントさん」
「あ、坊主も気づいたか?」
「あれが?」
外の光景はゴミのあふれた玄関だけだったはずだが、そこからうっすらと顔色の悪く半透明な人の顔がニョキっと生えていた。
目は血の気がないはずなのに血走っていて、こっちを凝視している。
まだ日が高いはずなのに見える幽霊。
「そうだ。アレが伯爵様よ。ま、安心しな。〝宝〟を奪わない限り無害だし、なんなら外のテントを放置して帰れば大人しく帰してくれるぜ」
侵入者に気づいて見に来たところだろうとデントさんは言うが、こうも凝視されると落ち着かない。
「あ」
「え」
俺とデントさんの視線に気づいて、ネルたちもその視線をたどって幽霊に気づく。
怖がることがないのはすごい。
俺だけが正直一瞬悲鳴を上げそうになったのは内緒。
「ねぇ、あれって」
「そうだよね」
「え、なんでこっち見てるの?」
「お腹空いてるのかな?」
「幽霊ってご飯食べるの?」
「お嬢ちゃんたち、きっと大物になるぜ?」
それに対して二人はずいぶんと肝が据わっている。
慌てず、取り乱さず、冷静にこっちを見ている伯爵の幽霊を観察している。
アミナに至っては食べ残しのサンドイッチを見て、匂いにつられたと思っているようだ。
それはないと手を振るデントさんの言葉に俺は静かに頷くのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




