24 アジダハーカ
アジダハーカは、FBOのグランドクエストの後期に出てくるモンスターだ。
クラス9の、準レイドボス。
準と頭につくのは、このモンスターイベントがプレイヤー同士で協力できないタイプだからだ。
自分で育てたキャラとNPCで協力して倒さないといけないというオフラインイベント。
このイベントは、各大陸で一つずつ用意されている。
南のアジダハーカ、西のオーベロン、北のフェンリル、東の百鬼夜行。
そのどれもがグランドイベントを進めることで発動するクエストだ。
要は、物語を進めないと発生しないイベントのはずなんだ。
「・・・・・」
おそらく今、俺はこの世界に来て一番険しい顔をしていると思う。
常に何とかなると豪語して、そしてその言葉通りにしてきた俺だが、今回ばかりは致命的にだめかもしれないと思っている。
俺をこの世界に転生させてくれた女神からの警告。いや、わかりにく過ぎて警告と最初は思わなかったが。癖の強い解読をしてそうじゃないかと、推測にも満たない想像で補っている妄想とも言える解釈だが。
そんなことに不安を覚えるのは馬鹿かと思われるかもしれないが。
この世界において神は絶対の存在。その神が神託として下された御言葉を無視できるほど俺は楽観的ではいられない。
最低でもアジダハーカのイベント地点に行き、自分の目でアジダハーカの封印を確認しないと笑うことなどできない。
「危ないのですね?」
「……」
「言葉を選ぶ必要はありません、リベルタ。率直なあなたの考えを聞かせてください」
闇さんはアジダハーカを知っていた。
しかし、それを知らない人も多い。
必死に頭の中で思考を巡らせていても、解決策は思いつくが、所々に不確定要素があって不安が残る物ばかり。
その状態で説明するのは、ただただ不安を与えるだけだとわかっていても、俺を信じ支えてくれる仲間に話さない方が問題だ。
「危ない、なんて言葉じゃ足りません。国家存亡どころの話でもありません。下手したら、世界が滅びます」
「「「「!?」」」」
ゲームオーバーなんてワードをこの世界に来て思い出すとは思いもよらなかった。
このグランドクエストが段階を隔てているのは、ある意味運営の優しさとも言える。
過去にグランドクエストを一定まで進め、タイムリミットが設定された状態で放置したらどうなるかという検証をしたプレイヤーがいた。
その結果何が起きたか。
普通のゲームならそのタイムリミットを超過することによってゲームオーバーと表示される。
しかし、FBOは一味違う。
強制的に別ルートを発生させ、完全復活を成し遂げたアジダハーカを迎撃するという流れになる。
この段階で倒せればそれでいい。復興イベントが発生するが、一応国としての体裁を保てる程度には文明が残る。
だが、ここでさらにプレイヤーが放置するとどうなるか。
アジダハーカに縄張りを侵されないよう、他の三大陸の同格のモンスターが緊急復活する。
本来のストーリーであればグランドクエストの手順を踏まないと復活しないはずなのだが、オーベロンは西の世界樹のエネルギーを全て吸収し、北のフェンリルは大陸全土の熱を全て吸収し、百鬼夜行はその地に眠る死者の魂を全て吸収するというそれぞれのクエストを全てすっ飛ばして、その時点のストーリー進行のことを一切合切考えず、フルパワーで復活する。
そうなったらどうなるか。めでたく怪獣大決戦が勃発だ。
そして同時に暴れ始める同格の準レイドモンスターにプレイヤーが対応しないといけなくなる。
その時プレイヤー側では、味方にしたはずのNPCが全て勝手に動き出す。故郷を守るために。危険から逃げ出すために。中にはプレイヤーの元に残ってくれるキャラもいるが、そこにはもはや好感度など関係ない。
タイムリミットが刻一刻と迫り、その間に長い時間をかけて鍛え上げた愛着のあるNPCたちがどんどんやられていく。
仮にこの段階で勝てたとしても、とんでもない傷跡が残るし、負けた段階で世界は崩壊したというテロップが流れ遂にゲームオーバーだ。
本来のストーリー展開であれば、よほどのことが無ければアジダハーカやほかの大陸の準レイドモンスターたちの情報を伝承や碑文などでプレイヤーが知ることができる。復活の段階ではレベリングも進み装備も人員も育っていて、準備万端なら勝てる見込みは十二分にある。
しかし、現状でアジダハーカに挑むとして、今の俺の戦力はと言えば、ネル、アミナ、イングリット、クローディア、エスメラルダ嬢が主力。
そこに公爵閣下の勢力と精霊王と交渉して精霊たちが協力してくれるか否かと言ったところ。
時間的猶予次第だが、もし仮にまだ初期段階で猶予があったとしても勝率は五割を切る。
それもアジダハーカが完全体になる前の状態でそれだ。
完全体になられたら、勝率は一割もない。
その一割も多大な犠牲を強いてという結論になる。
「そんな」
それを説明したら、場の空気が沈むのも当然だ。
息をのむ、アミナ。
他の人も精霊たちも皆な揃って暗い顔になっている。
「で、でも精霊界に避難すればまだ助かる可能性が」
『それは無理だネル殿。精霊界は精霊王のお力で存在している世界であるが、その力の供給源はネル殿たちが生活する世界の自然が生み出すマナ。我々精霊は世界の自然を管理する代わりにその力を得て生きている。もし、そちらの世界の自然が滅べば』
「精霊界もなくなる?」
『そうなる』
まだ避難すれば助かるかもと、切実に願うネルの言葉も闇さんによって否定される。
もともとこの精霊界に来るイベントも、西の大陸の怪物、オーベロンを倒し精霊界の危機を救ったお礼として精霊王が精霊界に招くという筋書きだ。
片方だけが助かるという道筋はない。
『このことが事実だとすれば、陛下も協力を惜しまないはず。リベルタ殿、今すぐ陛下の元に行くべきだ!』
「……そうですね。せめて確証が欲しい。危険だが、精霊王にお願いして斥候を出していただくしかない」
しかし、あくまでこれは俺が頭の中で想像した憶測にすぎない。
真実かどうか確認するためには、どのみちこの情報の裏を取る必要がある。
何もなければ、杞憂であれば、それが一番だ。
『斥候を出すとして、アジダハーカの出現地点がどこかわかるのか?』
「目星はいくつか」
善は急げ、この世界は表の世界と時間経過が違うとしても今は即座に行動した方がいい。
レベリングもユニークスキル獲得もすべて予定をキャンセルして裏取りに走るほかない。
『吾輩が一緒に行こうか?』
「頼みます。それと地研さんも一緒に来てください。神託を受けたあなたが一緒にいれば精霊王に信じていただきやすいはず」
時間帯的に、今から精霊王に謁見するのは常識的にはNGなのだろう。
だけど、会わねばならない。
裏が取れたら公爵閣下と迅速に連携を取って、南の国王陛下を動かす必要性が出てくる。
「すまん、こんな話を聞いた後に休めるかわからんが皆は体を休めていてくれ。イングリット、食べやすい食事を用意して皆に食べさせてくれないか?」
「かしこまりました」
もはやなりふり構っている場合ではなくなった。
精霊王に謁見し、そのまま対策に動こうと思ったが皆の顔を見て立ち止まる。
「なぁに!リベルタさんに任せなさい!何とかするさ!というか、何とかしないと俺の生活もやばいから何が何でも何とかする!」
暗い表情、暗雲立ち込めるような話を俺がしたから当然だ。
なら、その暗雲を晴らすのも俺の役目だ。
なぁに、勝ち筋はある。
だったら残り時間でどれくらい戦力を補強できるかの勝負でしかない。
胸を大きく叩き、いままでもどうにかしてきただろうという実績を担保に虚勢を張る。
今の環境下で俺がどうにかできる自信は欠片もない。
だけど、俺がその弱さを見せるわけには行かない。
大丈夫だと言って、自分を追い込んでいるのはわかっているが、それでもやるしかないのだ。
そう言って彼女たちの表情を少しでも明るくしてから、精霊王のもとに向かって。
「どう、しましょう」
マジでやばいと弱音を吐露する。
『なぜ、最後まで虚勢を張っておられんのだ。こんな話を聞いて我が不安になり、動揺するとは思わんのか?』
「動揺されるんですか?」
『しておる。おくびにも出していないだけだ。女の前で虚勢を張っているのなら最後まで貫き通せ。まぁ、動揺する気持ちもわからんではないが』
精霊王との謁見は、緊急事態ということで思いのほかすんなりと実現した。
恰好はいつも通りで、風格もいつも通り。
そうやって自信満々にしてくれている姿を見ると、俺も不安で動揺している場合ではないなと思い、大きく深呼吸して弱気な心を入れ替える。
『事態はおおよそ把握した。しかし、アジダハーカか。あれはかつて神々と共に全て滅ぼしたはずなのだが・・・・・』
「生きていたのが全て討伐されたと言った感じでしょう。邪神が念のために残していた保険が今作動し始めたと考えるのが妥当です」
精霊王も今回のアジダハーカの存在に関しては知らない様子。
そしてこの口ぶりだと過去に戦った経験があるのかもしれない。
となれば、この話の危険性も把握しているはず。
「現状の精霊たちで勝てますか?」
『うむ、無理だ』
「無理ですか」
『あれと我ら精霊は完全に相性が悪い。我含め総出であれに挑んだとしても、現状で勝てるのは万に一つの可能性しかないだろうな』
「自然破壊の権化と、自然の保護者じゃ相性は最悪ですか」
『うむ、奴は大地を汚す災厄。風を汚され、土を汚され、火を汚され、水を汚されて、汚染をまき散らすあやつ相手では我らの力はドンドン弱体化していく。中位以下の精霊では本体にたどり着く前に消滅するであろうな。上位どころか、我であれ、あれと相対したら長くはもたん。いや、この精霊界の維持を放棄し、我のすべての力を行使し戦うのであれば勝ち目はある。だが、その代わりに』
「精霊界は崩壊しますか」
『ああ、そうなれば精霊たちの安住の地は失われる。それは禁断の最終手段だと思ってくれ』
「承知しました」
なので、精霊王はできることとできないことを率直に教えてくれる。
世界が滅ぶくらいなら、全力で戦ってくれると約束してくれただけでも儲けものか。
「どっちにしても、このケフェリ様の神託の真相を確認する必要があります」
『うむ。神からの神託、その真実を確認するのは必要不可欠だ。我もその点に関しては協力を惜しまんし、もし真実だとすれば災厄を打倒することにも協力しよう』
「ありがとうございます」
『なに、世界の危機に立ち向かう神から遣わされた英雄の要請だ。受けない方が精霊の王としてどうかしている。だが、お前の英雄の知恵、存分に振るってもらうぞ』
「俺も、俺のすべてを駆使してこの困難に立ち向かい、災厄を破ることをお約束します」
『よし!では、まずは情報収集からだな!』
そしてそうならないために情報を集めることも、一緒に戦って協力してくれることも約束してくれた。
であれば。
「地図を用意しました。調べていただきたいのは、南の大陸の北部の合計十八か所」
あらかじめ用意しておいた地図を広げる。それはおおざっぱではあるが、南の大陸のおおよその地形は書き込んであり、そこに赤い丸印がいくつも書いてある。
『多いな』
「たぶん、このどれかに当たりがあるはず」
『なければ大丈夫ということか?』
「理想を言えば、封印されている状態の物を見つけられるのがいいですね。何も見つからないというのが一番最悪です。あるかないかわからない。その状態こそが安心できない要素になっていますから」
神託の解釈を信じるならば、今はまだアジダハーカは封印が解けていない状態だろう。それを知らなければレベリングに勤しんでいたが、動き出したという情報を得た以上、状況を早急に把握して対策したい。
杞憂で終わって後に禍根を残す的な展開は、俺的には一番避けたい。
『確かにその通りだな。斥候に必要なのは闇の精霊、風の精霊。あとは』
「地と水の精霊にもご協力をお願いします。相手は地下に潜っている可能性もありますし、封印を解除した人がいるなら間違いなく水を使っているはずなので」
『わかった。隠密行動に優れた精霊を集め、指示を出しておこう』
「危険な仕事をお願いして申し訳ありません」
『なに、この世界を守るために必要なことだ』
まったく、安心してレベリングできる日はいったいいつになったら来るのやら。
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