23 ネットスラング
「「「「「・・・・・!?」」」」」
「さて、神の御言葉が下されたと言うことで。その神託を承りましょうか」
『は、はい』
神託、その言葉自体は俺の前世でもたまに耳にしたことがある。
過去なら歴史上の偉人が神託により大業を成したと伝えられたり、現代においてならカルト的な宗教で使われたりして見聞きする言葉だ。
『あ、あの』
「なんでしょう?」
そして複数の神の実在するこの世界において、神託というのは重要どころではなく、絶対の言葉としてこの世界の住人には認知されている現象。
おどおどとした研究者という印象を受ける地の精霊。
闇さん曰く、中位に上がったばかりの若い精霊らしく、研究という分野に興味を持った珍しい精霊らしい。
おどおどとしていて、はっきりとしない性格という印象の彼は俺と目線を合わせてはそらしてというのを繰り返している。
その態度で、闇さんも最初はアミナに会うために神の名を騙るのかと思って警戒していたが、余りにも真剣な雰囲気であったがゆえに俺の元に案内したとのこと。
『こ、今回の神託は知恵の女神様であるケフェリ様のお言葉です。まだまだ若輩の自分が神の真意を推し量るのも烏滸がましいお言葉で、きっと、なにか深い意味があると思うのです。だから、えっと』
そんな彼が大事な話だというのに、いざ本題を言おうとした途端にこんな態度で言葉を濁している。
一体どんな言葉を俺に言おうとしているのだろうか。
少なくとも言いづらい言葉なのだろうというのはわかった。
言いにくそうな彼の気持ちを察してクローディアの方を見ると、彼女も首を横に振った。
どういう言葉が下されるかはクローディアでもわからない。
神殿関係者だからと言って、神の言葉がわかるわけでもないか。
当然の反応だよなと、俺は苦笑して、地の精霊と向き合い。
「ええ、どんな御言葉でもしっかりと受け止めることをお約束します。ですので、遠慮せず神様から伝えられた言葉を俺に伝えてください」
『は、はい』
しっかりと聞き、そして受け止める覚悟があると伝えると安心した顔をして、そして大きく二度深呼吸をした地の精霊は覚悟を決めて口を開いた。
『……カバヤキが食べたいと』
「?蒲焼が食べたい?」
『はい、カバヤキが食べたいです』
そして出てきた言葉に、一瞬理解するのが遅れた。
蒲焼って、食べ物の蒲焼だよな?
ひょっとしてお腹空いているの?
『地の。お主、まさかふざけているのか?それになんだそのカバヤキというのは?本当に知恵の女神さまがおっしゃったのか?』
『ふ、ふざけてないです!本当に、そう伝えるように女神さまから啓示をいただいたんです!!』
緊張感から一転、気が抜けるような発言に闇さんの頬がひくついて、怒っているという雰囲気を醸し出し始めた。
真剣な態度で信用させ、俺の元に案内させて、さらには神の言葉をふざけているように放ったとしたら怒っても仕方ないし、むしろこの反応はリアクション的に普通だと言える。
しかし、さっきの言いにくそうにしていた態度、そしてさらに言えば今も必死に手を振って信じてくれという彼の態度は嘘ではないと俺は思った。
だったら、蒲焼が食べたいという食欲に素直な神の啓示に何か意味があるのではと考えるしかない。
「闇さん、すみませんが彼を責めるのは待ってください。いくつか確認したいことがあるので」
『リベルタ殿、しかし、いや、君が何か思いついているのであれば吾輩が口を出すことではないか』
「すみません。それで、えっと地の精霊ですから・・・・・ひとまず地研さんでいいですか?」
『あ、はい、大丈夫です』
ストレートに考えるのなら、知恵の女神様に蒲焼を献上せよという神託と言うことになる。
商売の神像に色々と供物を捧げてお金を貰えることを考えれば、知恵の女神像にお供えで蒲焼を捧げれば解決する可能性はある。
「まず一つ目ですが、神託の言葉はその蒲焼が食べたいという言葉だけでしたか?指示の言葉とか他に色々とあったら教えてほしいんです」
『え、えっと、はい。忘れないようにしっかりとメモを取ったので』
しかし、それはあくまでその言葉を素直にそのまま受け止めた場合だ。
シンプルイズベストの解釈にはどうにも違和感を覚える。
となれば前後の言葉があるはず。
地研さんは大事に抱えていた本を開き、そこから一枚の羊皮紙を取り出した。
『知を尊ぶ精霊よ、リベルタという少年に伝えよ。美味しいカバヤキが食べたい、そして用意が出来たら揃えて祭壇に捧げよと』
『……本当にこれが知恵の女神様の御言葉なのか?』
「……腹ペコキャラにしか見えませんよねこれ」
『本当に僕、ケフェリ様から御言葉を賜ったんですよ!!』
それを覗き込むように俺と闇さんで見ると、本当に必要な場所だけでいいような感じのたった一行の言葉がそこには書かれていた。
確かにこれだとああいう伝え方になるよな。
いや、神様なんだから蒲焼くらい自力で用意してくれよ。
流石の俺でも蒲焼は作ったことないぞ・・・・・いまから料理を学んでやれと?
どっかのグルメ番組で観たことあるけど、たしか蒲焼って串打ち三年焼き一生とか言われるような料理の技術じゃなかったっけ?
「……」
思わず腕を組んで、どういう意図だと必死に考える。
可能性として考えられるのは、いくつかある。
一つは、最初に聞いたままの食欲旺盛で食べたいから用意しろというデリバリーサービス的な意味合いでの神託。
二つ目は、誤送信的な何かでつい呟いた言葉が地研さんに神託として託された可能性。
そして三つ目は。
「うーん、ううん?」
この言葉の中に何か裏が隠されているという可能性。
羊皮紙に穴が開くのではというくらいに凝視しても新しい文言は出てこない。
「地研さん、クローディアさん」
となればもっと情報が欲しい。
『な、なんでしょうか?』
「何か気になることでも?」
「知恵の女神様に関して、伝承とかあったら教えてほしいんです。俺の知る知恵の女神様って、とにかく知識を収集することにこだわりのある方ってイメージなんですよ。この蒲焼も俺の知恵を欲しくて、作って献上しろという意味合いの解釈くらいしか今のところ思いつかないんですよ。そこまで食欲に素直な女神様なんですかね?」
俺の知識はあくまでFBOのゲーム知識に準じている。
ガチの神関連の宗教的な知識は本職ではない。
『い、いえ。僕の知る知恵の女神さまも会長の仰るようなお方です。知識を大事にされ、常に知識を集めることに身を捧げられたお方です。だから、会長の解釈は間違っているとは思いません』
「そうですね。私も知る限りそのようなお方だと思います。知識の中には食に関する物も多い、いえ、人の営みを支えるという点で食の知識が豊富になると言っても過言ではありませんので、このような知識をお求めになるのもおかしくはありませんね」
「……」
しかし、そんな俺でも神様がわざわざこんな感じでちょっと食事を用意してという感じに神託を与えるとは思えないのだ。
「ちなみに、蒲焼って食べ物をこの中で知っている人っています?」
「……私は知らないわ」
「僕も」
「私も知りませんわ」
「申し訳ございません。私も存じません」
まずはその可能性を消した方がいいか?
ネル、アミナ、エスメラルダ嬢、そしてイングリットは知らない。
『吾輩も知らぬ』
『ぼ、僕も知りません』
精霊組である闇さん、地研さんも知らない。
「クローディアさんは?」
となると最後の頼みの綱は世界中を旅していたクローディアと言うことになる。
「たしか、東の大陸の食べ物にそのような物があったはずです・・・・・ただ、辺境のとある地域の伝統食だったはずです」
「食べたことは?」
「有りません。その地域に寄ったのは一度きりで、そこまで魅力的なモンスターがいたわけではありませんでしたのですぐに移動しました」
「そうですか」
『何かわかったのか?』
「……可能性の段階ですけど」
そしてこの世界にも一応蒲焼という物があるというのは判明した。
そうなると、ますますこの神託に違和感を覚える。
最初は、この世界になくて地球にある食べ物を所望しているのかと思ったが、どうやらそういうわけでもない。
となるとだ。
「何か別の意図がある?」
このタイミング、そしてはっきりと言えないという雰囲気の言葉。
一見無駄だというような言葉に、別の意味を持たせるとしたら暗号を考えて、アナグラムの線を考えたが、文字数的にも言葉的にもはっきりと意味のある言葉は思いつかない。
全員の頭の上に疑問符が浮かびながら、俺は羊皮紙をジッと見つめる。
「蒲焼が食べたい、かばやき、がたべたい・・・・・きやばか」
言葉を区切ったり、さかさまにしてみたりするがそれらしい言葉は一切出てこない。
「そんなに美味しい食べ物なの?そのカバヤキっていうのは」
「ああ、人によってはかなり好きな人もいるぞ。じっさい、疲れた時はこれだって言って、たべる人も・・・・・」
必死に悩む俺の姿から、ネルが蒲焼は美味しい物だと思って聞いてきて、俺も何度も食べたことがあるから味の保証はすると言ったときに、ワードがつながった感覚がした。
「美味しい、蒲焼・・・・・もしかして!?」
そしてパズルのピースがはまった感覚と、そのピースが事実だとしたらと冷や汗が流れ、慌てて地研さんが寄越した羊皮紙をもう一度読む。
『何か気づいたのか?』
「……確信はないです。ですけど、もし、本当にこれがあってるとしたら、ヤバいかもしれません」
知恵の女神様、一体どうしてこんな回りくどい言葉を残したのかは知りませんが、どうせならもっとはっきりと言って警告してくださいよ。
美味しい蒲焼、これはとあるモンスターを意味するネットスラングだ。
一度しか戦えないのに、ドロップはくそ美味しい。そしてその見た目から鰻竜の異名をもつグランドクエストモンスター。
「アジダハーカが復活するかもしれない」
『なんだと!?』
「あじだはーか?」
クラス9の災害モンスター。今の俺じゃ、いや、精霊界でレベリングして成長しきっても勝ち目の薄いモンスター。
本来であれば、ストーリーを終盤まで進めないと出現しないはずのレアモンスターが、なんで原作前に起動しているんだ。
闇さんは驚き、アミナはどんなモンスターかわからないと首をかしげる。
「俺の知っている、異名というか、別称と言えばいいんですかね。もし仮にこの言葉が俺たちプレイヤーの共通認識の隠語を指しているのだったら、美味しい蒲焼は、俺の知っている界隈のスラングでアジダハーカを指して、食べたいというのは倒したい、揃えて祭壇に捧げよというのはまだ復活していないが、復活の準備に入ったって言うことだと思います」
無理矢理感漂うような暗号解読であったり、ネットスラングを活用して解釈したりと、どうせ間違っていると笑われそうな発想だが、なぜかこれが正解だという確信がある。
『間違いないのか?』
「間違いないと断言したいですけど、わかりません。女神さまからの訳の分からない神託、そこから俺の解釈でこうだと考えただけですから」
しかし証拠はない。
「地研さん、他に神託を受けた精霊とか人はいませんか?」
『し、神託は一人にしか授けられないはず。だから僕以外は知らないと思う』
「……」
信憑性と確信が持てないような状況で、あのアジダハーカを迎撃しろと?
いや、迎撃しないと間違いなくこの大陸は滅びる。
ガリガリと頭を掻き、打開策を考える。
せめてもの救いはまだ復活していないという女神さまからの保証だ。
もし、この状況に対応するとするのなら。
レイニーデビルを倒せる程度には成長しないとアジダハーカに勝ち目はないと言うことだけは頭の中に残るのであった。
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