25 クレルモン伯爵の嘆き1
「点呼!」
「一!」
「二!!」
「よし!」
デントさんを味方につけて、今日は待ちに待った攻略当日の日。
「装備確認!」
「マスクよし!!」
「エプロンよし!!」
「皮手袋よし!!」
「汚れて良い服よし!!」
「頭巾よし!」
俺たちは馬小屋の中で最後の装備の確認をしていた。
普段の動きやすい装備に加えて、今から掃除に行きますという格好。
それぞれ指さし確認で大丈夫かチェックして漏れがないように確認した。
「ねぇリベルタ。本当にこんな恰好する必要があるの?」
「そうだよね。お屋敷で幽霊退治してお宝を探すんだよね」
ネルとアミナには幽霊屋敷で幽霊退治をすると伝えてあるし、そこはかなり汚くてお宝を探すには掃除をする必要もあると伝えてある。
だが、ネルとアミナはゴミ屋敷というのをいまいち想像しきれていない様子。
モチダンジョン攻略デスマーチから解放された二人は、お宝さがしと聞いてルンルンと喜んでいるが、普通の冒険とはかけ離れた格好に疑問を浮かべて首をかしげている。
「行けばわかる。正直、この格好でも足りないくらいだよ。だけど予算の都合上これ以上は用意できないんだよなぁ」
しかし、俺的にはこれでも足りないくらいだ。
可能ならもっと装備を充実させたいくらいだと言いたい。
「さて、最後だ。二人とも、オーブは持ったな?」
だけど、ない物ねだりをしても仕方ない。
なので最後のやることとして、スキル昇段のオーブを手に取る。
「え、ええ」
「持ったよ」
この世界では伝説級のアイテムと呼ばれるそれを緊張する手でそれぞれ持つ。
「使い方は説明した通りだ」
「うん、ステータスオープン」
「ステータスオープン」
『ネル クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
槍術 クラス10/レベル100 』
『アミナ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
杖術 クラス10/レベル100 』
『リベルタ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
槍術 クラス10/レベル100 』
俺たちの目の前にそれぞれのステータスメニューが表示される。
「えっと、スキル部分をたっち?すればいいのよね」
「うん。それでいいんだよね?」
初めて使うアイテム、しかも失敗したらと不安になる二人に気持ちはわかると頷き。
「そうだ、こうやって上げたいスキルをタッチすると」
俺は手本を見せるように、先に槍術の部分を人差し指でタッチする。
『槍術にスキル昇段オーブを使いますか?yes/no』
そうすると最終確認画面が出てくる。
「こういう画面が出てくるから、こっちのyesをタッチする」
持っているスキルは一つ。
間違える心配もない。
『スキル、槍術が槍豪術に進化しました』
アナウンスが脳に響くような感じで聞こえ、そしてステータスメニューでも表示される。
そして。
『リベルタ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
槍豪術 クラス1/レベル1 』
と無事、ステータスの方にも進化が反映された。
「本当に進化した」
「本物なんだ」
オーブと俺のステータスメニューを行ったり来たりと見比べて驚いている。
「それじゃぁ、やってみるか」
「わかったわ」
「やってみる」
成功例を見て、二人とも互いに見合わせた後に頷いて俺と同じ動きをした。
「やった!!進化した!!」
「私も!!」
そして結果は喜んでいる通りだ。
「リベルタ見て!!」
「リベルタ君!すごいよこれ!!」
『ネル クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
槍豪術 クラス1/レベル1 』
『アミナ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
杖豪術 クラス1/レベル1 』
二人一緒に見せてきて、無事進化したのを確認できた。
「よし、三人揃って無事に進化できた。当然だけど、これに関しては秘密だ」
「わかってるわ!」
「そうだね。もともとステータスは人に見せるような物じゃないしね」
ネルに言われて、ゲームの時の常識はこの世界では非常識だというのを知った。
だからこそ、こっちの常識に合わせて多少秘密主義に走るのは仕方ない。
このステータスは三人だけの秘密。
そう言いあって、頷き。
「それじゃ!クエストに向かって出発!!」
「「おおー!!」」
清掃員の格好をした三人という何とも微笑ましい格好をしている俺たちは手を挙げて馬小屋から出る。
「それじゃ俺が引くから、二人は押してくれ」
「はーい!」
「まかせて!」
馬小屋の前に用意している荷車を引いて出発。
時間は日の出くらいか。
子供三人で布を被せた荷車を動かしての荷運び。
目的地は北の冒険者ギルド。
子供の足で、だいたい一時間か、二時間かからないくらいだろうか。
日が昇れば昇るほど人通りが多くなる。
そんな人の流れに沿って進んでいると。
「あ、見えた」
「ついた?」
「こっちにはあまり来ないもんね。歩いてくると本当に遠いね」
ようやく目的地に着く。
ネルとアミナはまだまだ元気だ。
伊達にダンジョン周回をしていたわけじゃない。
普通に足腰が鍛えられて、体力もついている。
俺も体つきが少しがっしりとした気がするしな。
これくらいの距離じゃへこたれないか。
荷車はひとまず、ギルドの前に。
入り口からそっと中を覗き込むと。
「うわ」
「人が多いね」
「冒険者は朝が早いし、この時間帯にクエストが貼り出されるのよ。早起きしないといいクエストが取れないからこうやって人が多く集まるの!」
満員電車、とまでは行かないが東京都内の朝の主要駅くらいには人が集まっていてこの中に入るの?と思わずうめき声をあげてしまった。
アミナは朝の冒険者ギルドを見たのは初めてだが、俺よりもシンプルな感想。
そんな俺たちの姿を見て、なんでこんなに人が多いのかを説明してくれるのがネルだ。
「デントさんどこだろ」
「いないよね?」
「たぶん」
待ち合わせは北区の冒険者ギルド。
だけど肝心のデントさんはいる様子はない。
子供三人で冒険者ギルドの中から覗き込んでいるのは中からも気づかれ、何人かの冒険者から見られている。
絡まれるっていう心配はないと思いたいけど……
「おい、邪魔だ」
そう思ってたら、後ろから声をかけられた。
「あ、すみません」
振り返ったら、でかいクマの獣人がそこに立っていた。
右目に縦に入る切痕。
さらには俺の胴回りよりも太いのではと思われる二の腕。
体格も三倍以上差があるのではと思うくらいに大きい。
それも相まって、思わず謝って道を譲ってしまった。
ネルとアミナに至っては、怯えて俺の後ろに隠れてしまっている。
「おい、ここはあぶねぇ。用がねぇならさっさとどっか行け」
それを見て、少し悲しい顔をした?
一瞬だけ表情が変わった気がするけど、すぐに元に戻ったからよくわからん。
「俺、デントさんと待ち合わせがあってここに来ました」
「デント?人族で、ひげをここら辺に生やして、行き遅れてる独身の男か?」
もしかして顔が怖いだけで、意外と親切な人なのかと思って物は試しと尋ねてみれば、妙にピンポイントな情報で特定してきた。
あごを指してひげが生えているのはまだわかる。
だけどそのあとの情報はいるか?
しかし、間違っていない情報なので。
「その人です」
「わかった、少し待ってろ」
素直に頷けば、ズシンズシンと見た目通りの重々しい足音を響かせてギルドの中に入っていく。
「良い人みたいだな」
「そうみたい」
「ちょっと、悪いことしたわね」
見た目と人の好さはわからないな。
親切に中に探しに行ってくれたクマの人。
それを見てアミナとネルは少し申し訳なさそうな顔をしている。
「出てきたらお礼言おうか」
「そうね」
「うん」
そして待つこと数分。
「おい!襟掴むな!!お前バカ力だから服が破けるだろ!!」
聞き覚えのある男の叫び声が聞こえた。
ネルとアミナも聞こえたようで、入口の方を見ている。
「爪!爪!さっきから服が嫌な音してんだよ!!」
覗き込んでみると、引きずるようにクマの人がデントさんを連れてきているのがわかる。
そこまで無理して連れてきてもらわなくても。
「こいつか?」
「は、はい。ありがとうございます」
「「ありがとうございます!」」
「いや、暇だったからな。デント、子供を外で待たせるな。危ないだろ」
「わかってるよチクショウ!!服破けてねぇよな」
しかし、そのままデントさんは連れてこられ、ずいっと前に突き出されるように見せられてしまえば素直に返事をして感謝するしかない。
俺に続いて、ネルとアミナもお礼を言ったら少しだけ口元が笑った気がする。
けれども今回も気のせいと思うくらいにわずかな時間。
すぐにデントさんに注意してさっさと中に戻ってしまった。
「あ、おはようございます」
「おう、早かったな。まだクエストは受注してねぇぞ」
襟首を引っ張って破れていないか確認しているデントさんは少しだけ穴が開いていることに気づいて、大きくため息を吐いた。
そして、仕方ないと割り切って、クエストボードがある場所を親指で指さしてあの人混みが薄れるまで待てと言ってきた。
「大丈夫なの?取られない?」
「たまに挑む奴がいるが、そこまで実力のある奴は今日はいねぇよ。塩漬け状態で、ギルドのやつらも頭抱えているようなクエストだ。端っこに残るだろうよ」
初めてのクエストだから、ほかの人に受注されて取られないかそわそわしているネルは、その不安をそのままデントさんにぶつけるが、彼は笑ってそれはないと断言する。
「おい、デント!今日はガキどものおもりか!?いい稼ぎなら俺も混ぜてくれよ!!」
「うっせぇよ!黙ってゴブリンでも狩ってろっての!」
「あははは!!あばよ!」
時折クエストを受注したほかの冒険者がデントさんをからかってくるが、それは冒険者流の挨拶のような物だ。
「えっと、僕たちと一緒の所為でごめんなさい」
「なに、嬢ちゃんたちがいなくてもあんな感じのやつらだよ。今日はたらふくうまい酒でも飲んで自慢してやるさ。だから、頼むぞ坊主。クエスト失敗なんて御免被るぞ」
「任せてください、準備万端です!」
それを知らないアミナはからかわれた原因が自分にあると思って謝っている。
申し訳なさそうにいる彼女を見て、気にするなと俺と肩を組んで、今日は豪遊だとカラカラと笑う。
俺の計算上、今日はたぶん豪遊はできないだろうな。
主に、臭い的に。
見た感じデントさんの服装は間違いなく仕事着。
そのままの格好であの場所に行くとなると間違いなくひどいことになる。
現場を知っているデントさんがそれでいいとこの格好で来ているのだ。
問題はないだろうけど、臭いを落とさないと豪遊はできないだろうなぁ。
そこはあえて触れず、堂々と頷き、荷馬車を叩く。
「へぇ、こいつがお前の策ってわけか」
布をめくって中身を見るが、でかい木の桶が見えるだけだ。
「大丈夫なのか?」
「間違いなく」
てっきり何か武器でも入っているのかと思っていたのか、予想外の物が入っていて一瞬で不安そうな顔で俺を見てきた。
しかし、何度も成功してきた俺からすればこれ以外の物はないと言わんばかりに堂々と頷く。
「……まぁ、いいけどよ」
不安ですと顔に書いてある。
しぶしぶといった感じで、クエストボードの前が空き始めたのを見たデントさんは立ち上がってクエスト受注に向かった。
俺たちはその背中をじっと見る。
何人か知り合いの冒険者に声をかけられ、良いのが残ってないぞと、乗り遅れたぞとかいろいろとヤジを飛ばされつつ、デントさんが向かう先にどよめきが起きた。
マジか、とか、正気かと驚く声、心配する声。
まさかと疑問に思う顔に、面白いと笑う顔。
様々な感情が入り乱れるなか、デントさんはじっくりと一枚の依頼書を見た後、それを手に取った。
ギルド内がどよめく。
止めとけと真剣に警告する仲間を大丈夫だと言い、いざとなったら尻尾巻いて逃げると軽口を叩き受付嬢のところにそっと差し出した。
北区の受付嬢さんの顔も遠目で分かるくらいに驚いている。
本当にやるのかと何度もデントさんに確認しているのもわかる。
そしていくつかやり取りをしてデントさんがうなずくと、受付嬢さんが大きなハンコみたいのを取り出し、バスンと小気味良い音を響かせた。
そのハンコの音を聞いて、冒険者たちが再びどよめく。
奇異の視線を浴びながら、クエスト受注書を片手にデントさんはギルド内から出てきた。
「ほれ、坊主。受注してきたぞ」
そして、これで一蓮托生だと言わんばかりに少しだけ疲れた笑みを俺に見せつつそれを見せた。
クエスト受注完了。
さぁ、クレルモン伯爵のゴミ屋敷清掃を始めるか。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




