17 パーフェクトクリーン
ユニークスキルのクエストをクリアしたときにだけ出現する赤い宝箱。
少し明るめの赤色に、銀色の装飾が施されているその宝箱をイングリットが恐る恐る開けて、中から一本のスクロールを取り出す。
「これがパーフェクトクリーン」
「使えそうか?」
「はい、問題ございません」
それを使うように促すと、そのスクロールはわずかに光り、その光がイングリットの中に吸い込まれていく。
「……無事に覚えました」
そしてその光が収まってからステータスを開き確認すれば、イングリットのステータスのスキル一覧にパーフェクトクリーンが追加されている。
その報告を受けてとりあえず一安心。
「よし、次のダンジョンから活躍してもらうからな」
「お任せください」
「まずは使用感を確認しながらだな。味方を巻き込まないように気を付けて使おう」
「はい」
これで雑魚散らしが楽になった。
使い道は今後いくらでもあるスキル。今はダンジョンの攻略は修行目的ごとに泡沫のダンジョンでコントロールしているから戦力に余裕があって、さらにドロップ品も回収できる程度の数しか出てこないからパーフェクトクリーンが必要な場面は少ない。しかし今後クラス5にランクアップすると、成長に適正なレベルのダンジョンではモンスターの数も増えれば、ドロップ品の数も増える。
経験値取得の効率を考えて討伐する対象を取捨選択する際に、モンスターで区別した方が楽ということもある。
「今の時間は・・・・・お昼前くらいか?」
パーフェクトクリーンを使ってモンスターを倒して得られるのは、パーフェクトクリーンの熟練度経験値だけ。
それ以外は一切合切消えて綺麗にしてしまうスキルなので、下手に対応したくない雑魚モンスターの群を一掃したい時はとにかく便利なスキルだ。
覚えたからには使い勝手を確認しておきたい。
クエストをクリアした時間帯をお腹をさすって空き具合で確認する。
昼食にはちょっと早い。だけど、体を動かした分食べられない感じではない。
しかし、今食べたいとは思わないような微妙な空腹感。
「うん、簡単なダンジョンでイングリットのスキルを試してからお昼にしようと思うんだがどうだろう?」
新しく手に入れたスキルをすぐに使いたくなる。それがゲーマーってものだけど、今回はそういう意図ではなく、イングリットの獲得したパーフェクトクリーン、このユニークスキルの使い方を徹底的に教え込む必要がある。
「いいわよ」
「うん、僕もそこまでお腹空いていないし」
「問題ありませんわ」
「わかりました」
ネル、アミナ、エスメラルダ嬢とクローディアにも了承を貰い、俺はイングリットを見る。
「いいかな?」
「はい、ご指導よろしくお願いします」
「うん、それならモンスターの数が多いダンジョンに行こうか」
亀系のボスラッシュダンジョンは俺がほとんどの敵を倒してしまった所為か、美味しいアイテムは手に入らなかった。
ネルの運命関係なくこればっかりは治らないのかね。
そう思いながらダンジョンから脱出すると、俺はすぐに花冠を作り始める。
「どこのダンジョンに挑むの?」
「ゴブリンダンジョン。とにかく数が多いし、適度に戦える。ボスはホブゴブリンだから、イングリットのスキルの試し撃ちにピッタリ」
ネルが手元を覗き込んでどんな花冠を作っているか見てくるが、全体的に茶色と緑で統一しているからそこまで綺麗な花冠ではない。
ゴブリンというのはいろいろなゲームで最初に戦うモンスターであるが、FBOでは初心者向きの雑魚モンスターではない。
襲ってくる数が多く、そして武器の種類の幅も広いから、雑魚だろと思って挑むと近接ゴブリンに集られているうちに、弓とか投石の遠距離攻撃を受けるパターンがある。
最初は素手のゴブリンしかいないから油断していると、奥から武器持ちが出てくる少しいやらしいダンジョンだ。
初心者だと意外と負けたりすることが多い。
だけどさすがにここまで来ると、ゴブリンに負けることの方が難しいくらいにレベル差がある。
安全にスキルを試すのならちょうどいいダンジョンということになる。
「ふーん」
「できたっと。クラスが低いダンジョンの花冠はそこまで複雑じゃないから作るのが楽でいい」
五分ほどで花冠を作り上げ、そして近くに浮いていた茶色っぽい泡を掴みゴブリンをイメージして花冠に添えてダンジョンを作り出す。
「森林型のダンジョンですか」
「ああ。あいつらはもう道とか関係なしにどこからでも湧くから、警戒を怠らないでくれ」
「かしこまりました」
「といっても隠れるなんて知性はないから物音とか気を付けていれば問題ないけど」
今回はイングリットが主役だ。
彼女を連れて先頭でダンジョンに入り、そしてゴブリンと接敵する前にスキルの使い方の説明に入る。
「とりあえず、スキルを使わないで俺の動きをマネしてみてくれ」
「はい」
俺の鎌槍を使って、箒で地面を払い除けるような動きを見せる。
この動きは、槍というよりは剣術の方に近い動きだ。
俺の槍の方が長い分大げさな動きになるが、それでも動きを見せるだけならこれで十分。
イングリットも同じように動き、その動きが十二分に敵に当てるには問題ないスムーズさであることを確認したら、頷き、次はわざと刃先を地面に這わせるように今度はゆっくりと槍を動かす。
「だいたいこの線よりも前がスキル効果範囲だ。発動するとこれよりも前の存在が消えちゃうから気を付けて」
「……わかりました」
その動きで引かれた弧線がパーフェクトクリーンの効果範囲。
俺の使っている槍の方がイングリットの箒よりも長いが、柄を握る位置を調整して、箒の先端、穂先が接地するくらいの場所を示してみればイングリットは自分の仕込み箒と交互に見てなるほどとうなずき。
「弧線の前側が効果範囲なのは理解しました。この弧線の端よりも外側は効果を及ぼさないと考えてよろしいでしょうか?」
「ああ、パーフェクトクリーンの効果は弧線の前の方に伸びるように発動するスキル。振りぬいて止めた横には効果は出ない」
「こうやって背面から前に縦に振りぬくように振るった場合はどうなりますか?」
「半円上の効果範囲になる。叩きつける先である地面よりも下の方には効果が出ないから注意だな」
「あくまで箒が動く弧線上の外側が範囲と言うことですね」
「そういうこと」
共通認識を確認してくる。
それは俺からしても助かる。
このスキル、本当に誤射が怖いスキルだから取り扱いには慎重にならないといけない。
まぁ、裏技としてイングリットに弱者の証を改造して+百にした状態のやつを装備してもらってステータスを下げ、俺たちがレベルをそのままにすれば俺たちは被害を受けずには済むけど弱体化した状態で今後も戦うのは正直大変だ。
だからこそ、使い方をマスターしてもらう必要があるのだが。
「あとは、スキルの発動をイメージしてもらって使うだけだけど、行けそうか?」
「問題ありません」
「わかった、それじゃとりあえず、アミナは歌ってゴブリンを引き寄せてもらっていいか?」
「わかった!!」
そのためには実戦で使い勝手を覚えてもらうのが一番早い。
「皆は下がって見ててくれ。イングリットのスキルを見てその効果範囲を確認できれば俺たちも立ち回りがわかるからな」
そして覚えるのはイングリットだけではない。俺も含めてパーティーメンバーでこの効果範囲を覚えておいた方が後々役に立つというわけだ。
「わかったわ!」
「そうですね。仲間のスキルを把握しておくのは良いことです」
「わかりましたわ!」
アミナは歌いながらオーケーとサムズアップして了承しているようだから、こっちをしっかりと見ていてくれるだろうな。
『ギャギャ!!』
そんな確認をしているうちにアミナの歌声に紛れ込むような濁声が森の奥から聞こえ始めてきた。
澄んだ歌声の中に紛れ込むほどの雑音。
相当騒ぎながらこっちに走り寄っているのが手に取るようにわかる。
そして正面から走り寄ってくるゴブリンが三体、そしてその後ろからさらに二体、素手であることから察するに最弱のゴブリンであるのがわかる。
「リベルタ様」
「早速やってみようか」
「はい」
今のイングリットのステータスなら、刀を抜かず、箒の状態の打撃でも十分にゴブリンを倒すことはできる。
だけど、そこをあえて使わず、スキルで倒すように指示を出すとイングリットが一歩前に出て構える。
ゴブリンが醜悪な表情で口元に涎を垂らして全力で先頭のイングリットに駆け寄ってくる。
じっと構え動かないイングリットに躊躇うどころか、加速してゴブリンたちが殺到している光景を後ろで見守りつつ。
ゴブリンがついにイングリットの間合いに入り込もうとしたその瞬間だった。
「パーフェクトクリーン」
静かにイングリットがスキル名を口にしながら箒を振るうと、普段と違いイングリットの箒が白い光を纏い、振りぬいた瞬間ゴブリンを巻き込む弧線に広がる光が放たれた。
「消えたわ」
「ええ、消えましたわ」
「……イングリットさん、手ごたえの方は?」
「一切ありませんでした。素振りをしているような手応えで振りぬいたらこのような結果に」
そして効果範囲外にいたゴブリンを手早く仕込み刀で斬り倒し、納刀したイングリットはついさっきまで迫り来ていたゴブリンがいた場所を見た。
攻撃した手応えもなく、ただスキルを発動しただけでゴブリンを消し去るスキルを前にネルたちは目を見開いた。
「魔力の消費具合はどうだ?」
「想像していたよりも多くはありませんでした。ですが、少ないとは言い難い消費です」
「リキャストタイムもあって頻繁には使えないが、それでも切り札にはなる。たった一回で使いこなすのは難しいと思うから、これを攻略したらお昼ご飯を食べて午後から訓練しよう」
「かしこまりました」
目の前にあった全てが消え去り綺麗になったと思わせる快感と、問答無用で全てを消し去ることの恐怖を同時に感じさせる、その壮絶な威力に抱く感情には矛盾を孕んでしまう。
清掃を極めるとこうなるんだと制作陣が考えた阿呆みたいなユニークスキルの威力。
素人がこれを使うと味方を巻き込むような災害プレイヤーが爆誕するんだけど、上手い人が使うと本当に便利なスキルなんだ。
イングリットならその達人とでも言うべき領域まで到達できると信じている。
ここら辺の教育に出し惜しみは一切しない。
「とりあえず、このダンジョンを攻略しようか」
「それまでにもう一度使えるでしょうか?」
「んー、少しゆっくり目に攻略してもう一回使えるようにして、お昼ご飯食べている間にリキャストタイムが終わるように調整するか」
今回は熟練度上げではなく、本当にスキルの使い方を学ぶために格下のゴブリンダンジョンに入ったが、このメンバーでゴブリンダンジョンを攻略するとなると一時間でも長い。
だけど、あえてゆっくりと攻略すれば一時間くらいはかかる。
お昼ご飯は少し遅くなるが、問題はないか。
となれば、少し遠回りでゴブリンたちと戦って魔石を回収してまわるか。
塵も積もれば山となる。
魔石の使い道はいくらでもあるから、あればあるほどいいんだよねぇ。
そうして、ゴブリンダンジョンの攻略に乗り出すが。
「弱いですわね」
「まぁ、ゴブリンですし。今の俺たちだとレベル差がありすぎて手ごたえは感じられませんからね」
「これではスキルレベルも上がりませんわ」
鎧袖一触とはこのことか。ネルが軽くハルバードを振ればゴブリンが消し飛び、クローディアが軽く裏拳を放てばゴブリンが消し飛び、エスメラルダ嬢が魔法を放てばゴブリンが消し飛ぶ。
明らかにオーバーキルというやつですね。
その光景にエスメラルダ嬢が苦笑している。
それは最後まで続き、ボスであるはずのホブゴブリンもリキャストタイムが終わったパーフェクトクリーンによって速攻で消し飛ばされた。
「宝箱は出るのね」
「まぁ、ダンジョン攻略のボーナスみたいなものだしな」
そして宝箱が出ることにネルが安堵するのであった。
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