16 ヘイトダウン
公爵閣下たちに変なことを思われてるとは露とも知らず。
今日も元気に修行中。
ボスラッシュダンジョンって、ゲーム時代なら失敗してもいいという感覚で挑めるから一日に何周もできるけど、現実ではちょっとした集中力の欠如が大怪我に繋がる。
「危な!?」
咄嗟にバックステップで躱せたが、目の前には異臭とともに立ち上がる蒸気が見える。
目の前にはその蒸気の原因である強酸の粘液を触手から放つナメクジ系ボスラッシュのラスボス、巨大なカタツムリのフォートスネイルがいる。
軟体の巨体に頑丈な殻、そして触手と、人によっては見た目からして生理的にNGな存在が、その巨体で闘技場の四分の一を埋めている。
この巨体であれば、エスメラルダ嬢の魔法で一気に殲滅できるかと思いきや、このモンスターは体力と魔力ステータス値が均等なタイプ。
殻にこもられたら耐久値の極めて高いモンスターで、アミナが歌で急所の頭を引っ張り出さないと今の俺たちだとダメージが通せない。
今もアミナの歌で殻から頭を引っ張り出したタイミングで攻撃して、その直後に触手の先端から反撃の酸攻撃が飛んで来て、それをギリギリで回避したところだ。
「ええい!!」
アミナの歌で敵の注目を惹き付けて、こっちからの攻撃を通しやすいからこそネルも果敢に攻め込んで触手を切り裂き、そこからフォートスネイルの横っ面を叩く。
こいつの面倒なのは一定のダメージを与えるとヘイトとか全部リセットしてそのまま回復するまで殻の中に引っ込んでしまうところだ。
攻撃パターンは強酸の粘液と巨体による押し潰しの二種類だけと単調で、そして動きが緩慢で回避しやすくさらに攻撃も当てやすいが、とにかくタフでダメージが通らず、時間ばかり掛かるこの単調な行動パターンが効率厨たちを憤らせ、害悪とまで言わせた難敵。
対応するには殻を壊すか。
「僕がセンターだぁ!!」
殻から強引に頭を引っ張り出すほどのヘイトか注目を相手に与えるしかない。
回復する前に注目度を稼ぎ殻から頭を引っ張り出す、その工程をこなすためのセンターライトとアミナの歌。
このダンジョンに入ってからはこういうパターンのモンスターばかり相手にしているからずっと歌いっぱなしだ。
笑顔を絶やさず、楽しそうに歌っているのはわかるがそれでも汗がにじみ、息は上がる。
彼女を守るゴーレムたちも、触手からの強酸の集中砲火を浴びて、それを防ぐために用意している大盾を随時交換しているが、あと予備が一枚にまで追い詰められている。
「そろそろ決めるか」
本体の動きは遅く、そして触手の強酸攻撃の射程も決まっているからこそ対応がしやすいが、このタフさこそが最も厄介。
しかしそれでも詰ませる一歩手前までは追い込めた。
「ネル!頭が出たらパワースイングで頭を上に跳ね上げてくれ!!」
「!わかったわ!」
「エスメラルダさん!頭が出たと同時に触手を排除してください!!魔力は出し惜しみなしでいいです!!」
「わかりました!!魔力を全部使い切りますわ!」「クローディアさん、ネルが頭を跳ね上げたら首を集中攻撃して物理防御を下げられるだけ下げてください」「お任せください」
ゴールドスマッシュを連発したらこっちのお金が底をついてしまう。
だからこそ確実に一撃で屠れるHPまで削らないとダメだ。
俺の首狩りで倒せればコスパ最強なんだけど、こいつ即死耐性がついているから首を狩ってもダメージは通るけど、一撃で死なないんだよなぁ。
生命力の権化。首と称するには胴長な姿だが、一応首判定の部位があるからまだマシだ。
「!皆さまおさがりを!」
そして殻にこもっているときに吹き出る酸の霧。
イングリットが前に出てエアクリーンを発動しないとパーティー全体がダメージを負うのは必至。
この酸の霧は一見すればかなり強力な攻撃のようにも見えるが、実は諸刃の剣だったりする。
酸の霧はプレイヤーを苦しめるだけではなく、フォートスネイルの絶対の防御である殻にも影響を及ぼす。
こいつの攻略マニュアルでの正式な倒し方は、この酸の霧を誘発させて殻を溶かし脆弱になった所を砕いて弱点部位を作り出し、籠っている間にその弱点部位を攻撃して回復量を減少させて削り倒すという方法だ。
それをすれば確実に倒せるという攻撃パターンではあるけど、それをやるにはこっちも耐久戦をしないといけない。
相手のステータス的に俺たちが耐久戦をしかけるのは連戦コンテンツであるボスラッシュだときつい。
ただでさえ耐久戦を強いられるボスたちを攻略してきただけに、こっちのスタミナも削られている。
だったら、他のあっさりと倒せるようなボスを選べばいいかもしれないが、数多くあるボスラッシュの中で簡単に攻略できるのは初日にやった三つくらいだ。
あとはクラス要求値が足りないか、危険性が高いダンジョンかの二択になる。
このダンジョンもしっかりと攻略パターンを知っていて安全に攻略できると判断したから選んだが・・・・・
「頭が出ましたわ!!」
こうも体力を削られるとは思わなかったよ!
こりゃ今日は疲れでぐっすりと眠れそうだよ!!
アミナの歌で殻からフォートスネイルの頭を引っ張り出したら即座に飛ぶ猛吹雪。
そして体が大きいからこそ、そのまま雷の雨を降らせれば単体多重攻撃にはなるが、殻に覆われた部分はダメージが通らない。
通っているのは頭の部分だけ。
しかもこの魔法攻撃によってダメージ規定値まで達して、また引っ込もうとしている。
「せーの!!」
雷が体を痺れさせているからこそ、どうにか頭を出した状態になっているが、この痺れが抜けきった瞬間に頭が引っ込むのは目に見えている。
その引っ込む速度は尋常じゃないくらいに速い。
だからこそ、雷が収まった瞬間にネルがフォートスネイルの頭の下に入り込み、そのまま顎を打ち上げるようにパワースイングを発動させる。
ドゴンと大きな音を響かせて、そのまま巨大な頭を宙に浮きあがらせる。
「崩します!!」
「頼みます!!」
その浮き上がらせた顎の下に入り込もうと俺が駆け出し、それを追い越すようにクローディアが雷歩で先に顎の下に入り込み、蹴りで追撃をかけ始める。
ネルみたいに一撃ではなく、何発も蹴りを叩き込んで、防御デバフを重ねてダメージを稼ぎながら敵の物理防御値を下げる。
限界ギリギリまでダメージを稼ぎ、痺れ効果が切れそうになり動き始めた瞬間に顎の下にたどり着き。
「ミラージュフェノメノン!」
分身を発動させ、踏み込んでいっきに下から上へと限界まで伸ばした鎌を振りぬく。
「「「首狩り!!」」」
三連撃同時の、防御無視の首への特効攻撃。
首をえぐり、切断まで至らないが半分以上を切り裂いたその攻撃でもフォートスネイルは健在。
もう再生し始めてるし、まったくタフだなぁ!
だが、これで終わりだ。
「ネル!!」
「まかせて!!」
連発はできないが、とどめにならこれを使うことはできる。
引きちぎれかけたその首を吹き飛ばすための一撃。
黄金に輝くその一撃をネルは振りぬく。
「一万ゼニ!!ゴールドスマッシュ!!」
下から三連撃の首狩りに切り裂かれ千切れかけていた頭が、横からのネルのゴールドスマッシュの強烈な衝撃でブツリと嫌な引きちぎれる音を響かせて、体から引き剥がされた。
体から引き離された頭が重い音を響かせながら転がり、そして黒い灰になっていくのが見える。
「勝った!!」
「やったぁ!!」
俺が腕をあげて勝利宣言をすると、ネルが喜びの声をあげ、周りもホッと安堵するように体の力を抜く。
そしてアミナの歌もタイミングよく終わる。
「これが、あともう一回あるのですか」
「中々疲れるでしょ?」
「ええ、昨日連続でやらないと言った理由がわかりました。そしてこれが一日一回ずつだということも」
「クラス5のモンスターですけど、ステータスは実質クラス6相当。だけど動きは単調でしたし、攻撃モーションもわかりやすいですし、楽な部類ですよ?」
「楽とは?」
近くにいたクローディアがこのタフさにはさすがに疲れたと息を整えて珍しく弱音を吐いていた。
ボスラッシュの大変なところは、連戦で休む暇がないこと。連続で強制戦闘を強いられるから当然スタミナを要求される。
正直アミナの喝采の歌によるリジェネ効果があるからできる攻略だと言える。
楽に倒せると俺は思っているが、クローディアにとっては異議ありと言わざるを得ないようだ。
スタミナ的にかなりしんどいというのはわかるが、それ以外は楽なのだから俺的には楽な部類だと言っていい。
「まぁまぁ、明日は俺が無双しますんで今日よりは本当に楽ですよ」
「本当でしょうね?」
「ええ、時間もそこまでかかりませんよ」
「そうですか」
次の亀系ボスラッシュは俺の本領が発揮されるダンジョンだ。
代わりに今度は俺が魔力回復ポーションでお腹がタプタプになる可能性があるけど。
「さぁ!今日の最後の締め!!戦利品の確認だ!!」
それを考えつつ、ネルの招福招来によって出た虹箱を見て笑顔でその宝箱に近づき、ネルが開けていい?と尻尾を振り笑顔で聞いてくるのだから頷くしかない。
フォートスネイルの虹ドロップ品はかなり有用なスキルスクロールや素材を落としてくれる。
「スクロールね・・・・・それが二本と魔石ね」
「スクロールキタァアアアアアアアア!!!」
正直、どっちのスクロールが出ても美味しいのだが、両方出るのならさらに美味しい。
練習がてらこのボスラッシュには挑んでいたがスクロールは今回が初出。
ネルが宝箱から取り出したスクロールを受け取って中身を見れば、俺の欲しがっていたスキルの文字が見えてにっこりと笑ってしまう。
「そんなにいいスキルなの?」
「ああ、かなりいいスキルだ」
一個は俺用と言っても過言ではないスキル。
もう一本は有用だけど、誰に使うか正直悩むスキルなので保留する。
「明日を楽しみにしてくれ。大活躍して見せるから」
このスキルがあれば、俺の獲得するユニークスキル、虚無の一撃を相乗効果でさらに活かせる。
そうして今日のダンジョン攻略を終えて、その日は連戦で疲れていることも相まって早めにみんな寝た。
イングリットのユニークスキル獲得の制限時間は残り一日、攻略すべきダンジョンはあと一個。
俺は眠る前に、今日手に入ったスキルスクロールを一つ使う。
しっかりとスキルが取得できていることを確認するためにステータスを開き、それを見てニヤニヤしながら眠りにつくのであった。
興奮気味に眠りについたのにも関わらず、意外と深く眠れているあたり俺も昨日のボスラッシュは疲れていたというわけか。
タフ系のダンジョンボスは本当に手間がかかるなぁと思いつつ。
本日挑むボスは亀系のボスラッシュダンジョン。
このボスもまぁ、すべてタフでおまけに昨日戦ったフォートスネイル並みのタフネスに加えて防御力はこっちの方が上だ。
魔法耐性も高めでエスメラルダ嬢の魔法も中々効きにくいと来ているが、こいつらには決定的な弱点が存在する。
「これで、おしまい」
そう、フォートスネイルと違って即死耐性が一切ない。
「すごい、本当に気づかれず全部倒しちゃった」
首狩りも心臓打ちも全部通用する鈍足のモンスターなんて、俺にとっては長ネギしょってまな板と鍋、カセットコンロに解体用の包丁と調理用の包丁を持参し、さらに調味料とお出汁を用意した鴨同然。
昨日と打って変わってサクサクとボスを狩ることができる理由。
「ヘイトダウン、うん、やっぱ便利なスキルだわ」
昨日フォートスネイルの虹の宝箱から出たスキルスクロール。
その効果はリキャストタイムは五分と少し長めだが、俺自身に向けられるヘイト感情を低下させるスキル。
注目を一切浴びずに、背後から忍び寄り気づいたときには首に刃を走らせ、すべてのボスの首を狩りつくした。
今回皆にやってもらったのは、首狩りのリキャストタイムを確保してもらうための時間稼ぎだけ。
その間俺がやっていたのは魔力回復と、いつでも飛び出せるように体力を温存しておくこと。
「注目を浴びない暗殺者ですか・・・・・貴族としては絶対に相手にしたくありませんわね」
「一応対抗策もあるスキルですけど、モンスターでこの対抗スキルを持っている方が珍しいですよ」
そしてリキャストタイムが終わった途端に、注目を完全に消失させた状態で死角からの強襲。
不意打ちのミラージュフェノメノンからの首狩りコンボは、甲羅から出ている首をすべて両断して見せ、その恐ろしさを間近に見たエスメラルダ嬢に苦笑させつつ。
「そしてイングリット、あれが求めている物だ」
「赤い宝箱ですか」
目的の物が入っているはずの宝箱に近づくのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




