15 EX 獅子公爵 3
これは精霊界で絶賛リベルタたちが修行の最中、エスメラルダがレイニーデビルの出現と自分たちの現状を父親に伝えるために送った手紙の行く末。
精霊からの手紙。
そんな言葉を聞けば絵本の世界のような展開を想像するかもしれない。
この世界で精霊という存在は認知され、そして特別視されている。
「マダルダで災害級のモンスターが出現し、それに巻き込まれたか」
「お嬢様だけであれば慌てて兵の動員をかけるところでしたが、リベルタ様がご一緒だと聞くとなぜか大丈夫だと思えてしまいますな」
その手紙を受け取った時のことを思い出した二人は、互いに顔を見合わせて苦笑する。
時間は少し前。
この手紙を受け取った時のことを思い出しての笑い。
公爵の執務室に突然舞い降りた小さな女の子の姿をした精霊は、公爵家の護衛など意にも介さず辺りを見回して公爵を認めると、執務中であった公爵とその側仕えであるロータスの元に一直線に向かった。
それは本来であれば人の住む社会にはいないはずの存在。そして公爵もロータスも関わるはずのない存在を見てしまっては目を見開いて驚くしかない。
『公爵さん?』
「あ、ああ」
『えっと、お手紙です!!』
「そうか」
『ちゃんと渡したから、ここにサインください!!』
「うむ」
純粋無垢。
邪気の無い、お手伝い感覚で来た精霊を前に、普段貴族たちと腹の探り合いをし続けて気難しくなっている公爵であっても、思わず笑みを浮かべて素直に手紙を受け取ってしまい、そして受領サインをして精霊に渡すと彼女はにっこりと笑って。
『バイバイ!』
と手を振って虚空に消えてしまった。
幻だったのか、仕事のし過ぎで疲れたのかと一瞬思ったが、公爵の手元にはしっかりと封蝋の施された手紙が残っていた。
「ロータスよ、この手紙はエスメラルダからのようだが」
「はい、その封蝋は間違いなくお嬢様の物ですね」
夢幻ではなく、現実。
そうとなればその現実と向き合わなければならないと、公爵はそっと机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、封を切る。
そして冒頭に至るわけだが。
「レイニーデビル・・・・・国が亡ぶと言われる怪物が現れていることにも驚きだが、精霊界で修業を積むとは。あやつと一緒にいると本当に驚くことが多い」
エスメラルダが用意し、精霊に頼んで送ってもらった手紙の内容を驚きつつも受け入れている自分に苦笑する公爵は、普段なら一読すれば内容が入ってくるにも関わらず三回も確認し直してロータスにその手紙を渡す。
「まったくです。おかげで寿命がどれほど減ったかわかりませんな」
「引退するにはまだまだ早いぞ?」
「そうですな。せめてエスメラルダお嬢様とイリスお嬢様にお世継ぎがお生まれになるところまでは健康に現役でいたいですな」
「……エスメラルダはともかく、イリスは、な」
精霊界というのは伝説上で語られる異世界。
本来であれば、そこに行くと宣言するだけで酒の肴になるようなおとぎ話の存在。
だが、現実に精霊が手紙を持ってきて実の娘からそこにいて修行をしていると伝えられてしまえば疑う余地はない。
滅多に驚かないことには自信があったはずなのだが、最近は一人の少年に振り回され驚かされ続けているような気がすると公爵は思いつつ、その雰囲気自体が悪くはないと感じている。
「件の蛇に睨まれている状態では、婚約者も決まりませんな」
「ふん、あの程度の男に怯えるような奴はこっちから願い下げだ」
目下、悩みの種は二人いる娘の妹の方であるイリスの婚約者が決まらないことか。
貴族としてイリスくらいの年齢になると婚約者がいてもおかしくはない。
筆頭公爵の令嬢ともなれば多くの希望者が名乗り出るはずだが、未だに婚約者が決まらないのは元々イリス嬢の体が弱く社交界に出られなかったことで、貴族社会に認知されるのが遅れたのが理由だ。そしてエスメラルダ嬢とリベルタの献身と苦労のおかげでイリス嬢の体が快癒して婚約相手を探そうとした矢先に、ボルドリンデ公爵の元にいる暴君がイリスに粉をかけてきたのが問題だ。
一目見て気に入り、そして欲しがり、横槍を入れる貴族を牽制していると公爵の耳にも入っている。
天変地異が起きようともあの男には娘はやらないと誓っている公爵にとって、それは絶対に断念させねばならない。
「理由がそれだけならよろしいのですが、もし閣下の基準がリベルタ様になっておられていたら私としては不安で仕方ありませんな」
「……」
「竜殺しの英雄、そして腕利きの暗殺者の撃退。神から遣わされた英雄であり知恵と武勇を兼ね備えておいでで、尚且つこちらの事情にも精通されているご様子。マナーに関しましては要勉強と言ったところですが、あの年であそこまで受け答えができるのでしたら十分でしょうな」
そして、リベルタを見て肥え過ぎた目は公爵も自覚があるほど婚約者に求める基準を跳ね上げている。
それに気づいていながら他人事のように言うロータスに、公爵はそっと視線を逸らす。
「いっそのこと、お二人ともリベルタ様の元に嫁ぐというのはいかがでしょう?リベルタ様ご自身は貴族になりたくないとおっしゃっていますが、お二人のご子息が公爵家を継がれること自体には反対なされないのでは?」
「それは・・・・・」
わかっている。
貴族ではないが、リベルタは公爵が知る婚約者候補たちには追随を許さぬほどの傑物。
武勇もあり、智も豊か。
貴族を毛嫌いしているという点で少し難があるが、その理由も理解できる。
「有りか」
そんなリベルタと血のつながりを得るか得ないかの判断を一瞬だけ考えた公爵であったが、現実的に考えても公爵家に有益になると考える。
「・・・・・冗談で申し上げましたが、私としても無しとは言い難いほど魅力的な話でした」
交友に関して言えば、良好な関係を築けていると公爵自身も思っている。
つかず離れずを意識している付き合いは、支配する者とされる者というこの世界の貴族と平民の関係を考えれば、ありえないほどの異例な関係とも言える。
「今度イリスに話を振ってみるか」
「元より、エスメラルダお嬢様の件でご興味をお持ちでした。ただ、度重なる事情でお話する機会に恵まれていなかったようで、リベルタ様から避けられているのではと不安になられているようです」
貴族が平民を身内にする。
これ自体はないことはないが、それは男爵、あるいは子爵の地位にいる貴族がすることだ。
公爵家ともなると平民の血を高貴な血に取り入れるのはとち狂った発想だとみなされてもおかしくはない。
しかしリベルタの実績を知る公爵からしたら、神に選ばれし英雄の血を公爵家に入れるという大義名分すら頭の中にある。
それをやらないのはリベルタに無断でそれをやったら最後、リベルタがその知略を全部投入してでも逃げ出すのがわかっているからだ。
「……帰ってきたら晩餐会でもするか」
「その方がよろしいかと。誤解は早めに解いておくのに越したことはありませんから」
であればどうするか。公的な場で仲良くすることがはばかられるのであれば、プライベートの方向で仲良くするのがいい。
貴族が公的な場ではなく、私的な場に人を招くというのは相手に気を許しているという証拠になる。
それを察せるかどうかはリベルタ次第になるが、わからないわけではなかろうと思いつつ公爵はため息を吐く。
どちらにしろ精霊界から帰ってきてからの話になるから、イリスにはリベルタに会いたいかどうかを確認する程度で抑え、それ以外のことはリベルタと話し合ってからだと判断し執務に戻ろうと公爵は思ったのだが、次の書類を手渡すはずのロータスがジッと手紙を見続け。
「・・・・・閣下、少し話を戻す事をお許しください。このエスメラルダお嬢様からの手紙に気になる点があるのですが」
眉間に皺を寄せて公爵に確認をしてきた。
「なんだ?」
手紙を何度も確認し、疑問に思ったことはすでに確認済み、これ以上何かあったかと頭の中で文面を思い出した公爵に心当たりはない。
もしや、暗号でも潜んでいたかとエスメラルダに教えてある暗号コードを使ってみたが、該当している個所はなく、さらに疑問が深まるばかり。
「この一文、成長した私を楽しみにお待ちくださいとあるのですが・・・・・」
わからないなら聞くしかないと、ロータスに聞いてみれば彼はそっと背後から見やすいように手紙を差し出し、一文を指さす。
「どこかおかしいか?修行し、強くなったことを楽しみにしてくれと言っているのではないか?」
ロータスも普段なら一読で済む筈の手紙の内容を何度も見続けて、その中で一つ気になる点があった。公爵とその疑問の共有を行うつもりで、何ら変哲の無い部分を指さしている自覚はある。
「はい、そういう意図もあるのでしょう。ですが閣下、考えても見てください。リベルタ様と一緒に修行を行うのですよ?」
何か問題があるのか?と首をかしげる公爵に、この方もリベルタが基準になりつつあるなとロータスは思い至り、冷静に考えてくれと忠言を飛ばす。
リベルタ。この名詞に公爵がピクリと眉を揺らし、彼がやって見せた偉業を思い出す。
彼が監督する修行の方法で、娘が普通に成長して帰ってくるかと思考し、すぐに頭を振ってそれを否定した。
「……伝説のスキルでも身に着けて帰ってくるか?」
真っ先に思いついたのは未知のスキルを身に着けて帰ってくること。
「あるいは、私共の知らぬ未知の装備を身に纏って帰って来られるか」
そしてロータスは、過去竜殺しの大弓を作った実績から、知らない武具を作り上げて帰ってくると想像した。
「その両方の可能性もあるな」
「もしくは、とんでもないレベルになられている可能性もございます」
その忠言の意味を理解し、あのリベルタだぞと言われた公爵の顔はさっきまでのんびりとした空気から一転、真剣な顔になった。
パッと思いつく可能性を列挙してみたがそのどれもがあり得そうな気がしてならない。
「沼竜を超えて、風竜の装備か?」
「クラスも5を通り越して6の可能性も」
「あり得るのか?いや、あり得ないと考えること自体が危険か」
「はい。なにしろあのリベルタ様ですから」
間違ってはいないが、リベルタがもしこの場にいたら一体俺はどういう印象を持たれているのかと、小一時間ほど二人を問い詰める光景が見れたかもしれない。
「……エスメラルダがうちの兵士を超える筋肉を得る可能性は?」
この言葉を聞いたら、絶対に詰め寄ること間違いなしだというとんでもない発想に公爵は至った。
脳裏に思い浮かぶのは、お父様と笑顔で近づき、こんなことができるようになりましたと片手でリンゴを握りつぶす自分の娘の姿。
「ない、と思いたいですな」
「……」
「いや、さすがのリベルタ様もそのように変なことはなされないかと」
一体どんな想像をしているのだとロータスも若干呆れたが、リベルタならそれができるのではと一瞬脳裏に逞しく筋肉が成長したエスメラルダを想像してしまった。
沈黙し、もしそんなことになってしまった場合の対応を考える公爵を嗜めるが、それでも可能性を否定しきれないことにロータス自身もリベルタに若干の恐怖を抱いていた。
「もし、もし、エスメラルダがそのような姿で帰ってきたら私はどうすればいい?」
かつてこのようなふざけた理由で真剣に主に相談されたことがあっただろうか。
たった一枚の手紙でここまで動揺する主を見たことがあっただろうか。
運び主が精霊であること、そんな摩訶不思議な手紙から始まる絵本の話がなかっただろうかとロータスは思い出す。
それはファンシーな冒険譚。
少年と少女が、和気あいあいと苦難を乗り越えて最後の最後はめでたしめでたしとハッピーエンドで終える物語。
「その時はまずは無事帰って来られたことを喜びましょう。そのあとに事情を伺えばよろしいかと」
「む、そうだな」
なぜそのようなことを思い出したかは理由はわからないが、それでも今はこれでいいとロータスは仕事の再開を促すように書類を公爵の前に置くのであった。
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