11 招福招来
ネル、というよりも『万能』の二つ名を持つことができた商人だけが神から授かることを許されたユニークスキル、招福招来。
それを知るための情報は、実はゲーム時代でも存在していた。
五大陸の各地に分散して隠棲している研究者NPCは、その多くが仲間にはできないが、ゲームの攻略に必要な情報ばかりでなくFBOの世界の深層を知るので、彼ら彼女らに会うために世界中を旅した。そして彼らとの仲間にならないか系統の会話の中で入手する機会がある。
その研究者NPCはスキル、とりわけユニークスキルを研究しているNPCで、過去の文献から見つかった伝説のユニークスキルとしてこういうものがあると教えてくれる。
その情報を得るのに相応の好感度上げが必要になるが、レアなスキルの情報を知っているということで、プレイヤーたちにかなり重宝された研究者NPCだった。
といっても誤情報もいくつかあったから、取捨選択と検証は必要になるけど。そのおかげで招福招来の存在と入手方法を知ることができ、そのスキルの能力と効果を検証することができた。それはゲーム中盤のキャラ育成とレアアイテム収集のキモになったと言っても過言ではない。
「逃がさないわよ!!」
そしてその情報から俺たちプレイヤーが編み出した招福招来の最高効率獲得パターンが、今絶賛ネルが叩き割っているシーフキャットのダンジョンの連続周回攻略法。
シーフキャットはそこまで強くはない。
クラスで言えば4だから、EXBPで強化している分俺たちの方が強い。
厄介なのはこいつらが使うスキル、スティールだ。
これはプレイヤーが所持しているアイテムを確率で盗むというスキル。
こいつらのステータスは速さとこのスティールを成功させるために極振りしているのではと思うくらいに攻撃力は弱い。
「集団で襲ってくるのも厄介ですわね!!ショックボルト!!」
「そういう特性だとリベルタ様からうかがっておりましたが、盗むために集団で襲い、そして盗んだ個体は早々に離脱する。警戒を解く暇がありません」
だけど味方が倒されるのもお構いなしに盗むという行為を繰り返し、襲い掛かってくる、見た目のかわいらしさに対して行動がかわいくない害悪モンスターだと俺は認識している。
「まぁ一応、重量的にとか、サイズ的に盗めない物みたいな制限はあるんだけどな。盗む物はだいたいポーションなんかの消耗品や、スクロールとかの小物系だし」
「でも盗まれたら面倒な物ばかり盗むのですね!」
こういう、一見見た目がかわいいモンスターを攻撃することに、うちの女性陣はまったく躊躇いがない。
第一に、可愛いからかわいそうという感情は、ことモンスターに関してはこっちの世界の住人にはない。
こっち側にあるのは、モンスターイコール倒さないと危ないという危機意識。
俺が鎌槍の刃先でシーフキャットを串刺しにして消滅させても、クレームが来るどころか彼女たちの方が率先して無感情に倒している。
特にネルは商人として、物を盗むという行為を徹底して赦さず。
まるで悪鬼を倒すかのような顔でシーフキャットにハルバードを叩きつけている。
本来小柄なモンスターに当てるのは難しいはずの大物を綺麗に振り回して、一回の攻撃で、二体、三体と倒していく。
「アミナのおかげで相手がこちらを意識していないから、いい位置で迎撃出来ているからいいけど、中々黄金のスカーフ持ちが出ないな」
「金の宝箱はノルマ二十個に対しあと一つで達成、虹の宝箱はノルマ三個であと二個。本当にネルさんの幸運には驚くしかないですわ。出ないと言っても、黄金の招き猫をもうすでに三個ほど確保しているではありませんか」
「念には念をって感じだな。俺もたった五日でここまでできるとは思ってなかったけど・・・・・」
招福招来を得るための黄金猫御殿に入るための条件は、残りは金の宝箱を一個、虹の宝箱を二つ出すのみ。
俺の経験則で言うなら、招き猫は最低でも十個は欲しい。
理想を言えば、百個ほどあれば確実に取れるというイメージ。
「素朴な疑問なんですが、もし、無事にスクロールを取れたとして、もう一度スクロールを取るために猫御殿に挑んだらスクロールは手に入りますの?」
「結論から言えば、手に入りません。ユニークスキルのスクロールは一人につき一回だけしか手に入らないので。もし、もう一度手に入れるとしたら一回レベルをリセットしてもう一回二つ名付きのジョブについてもう一度挑戦するのなら、ですね」
「でしたら、同じ人がリセットしてひたすらジョブ獲得とこのスクロール獲得に邁進すれば手に入れられると?」
「エスメラルダさんはこの根気がいる作業を人生を賭けて延々とやりたいですか?」
「やりたくはありませんわね」
「そう言うことです」
万能の商人の二つ名を取ること自体も、しっかりと稼いだうえでようやく確率勝負で取れるか取れないかという苦行。
そこから苦労して育成してさらに確率を突破しないといけないというのは最早苦行を通り越した何かだ。
僅かにそこに可能性を感じたエスメラルダ嬢だったが、それはいばらの道ではなく地獄の道だと止めておく。
確かにユニークスキルのスクロールは貴重だ。
だけど、そもそも覚えるために二つ名が必要だし、その二つ名さえ取ってしまえば自力で挑戦できる。
需要と供給がニッチすぎる代物に可能性を感じるかといえば、コレクターや、こういう力を欲する貴族に売ればお金になるだろうなぁとは思っている。
だけど、こうやって温かい精霊たちと触れ合っているからこそ、人間の欲の色合いを暗く感じてしまう。
精霊たちならなんとなく大丈夫かもと思えるけど、これを人間相手の商売でやるとなると危険と思ってしまう。
「出たわ!!金のスカーフよ!!」
「ひとまず、俺たちはこっちの方に集中しましょう。何よりもネルのスキル習得が優先ですし」
「そうですわね」
ネルの叫びに、俺たちは頷き合い、シーフキャットの討伐に全力を費やす。
そんな会話をしていたのは今から三日前のことだ。
「二カ月って言った手前、順調に来るのは良かったんだけど。まさか本当に一週間でここまで挑めるとは思わなかったなぁ」
え?戦闘描写が無さすぎる?もっと宝箱が出るか出ないかで一喜一憂すべき?
仕方ないだろ。シーフキャットのダンジョンボス、バンデッドキャットはぶっちゃけシーフキャットを統率するだけのモンスターでそこまで強くないんだから。
クラスアップしてステータスも高くはなっているけど、行動パターンは指揮統率が増えただけでそれ以外はとくにない。
だからこそボス部屋に入ったら、アミナに歌ってもらって他の女性陣に対応してもらっている間に背後に回って足首切断。
金の宝箱以上を狙うならネルにラストアタックを任せた方がいい。
なので、機動力が無くなったこいつなど案山子同然。動けなくしてあとはネルがフルボッコしている間に俺たちが取り巻きのシーフキャットに対応すれば完封できる。
そして肝心の宝箱判定だが、ネルが全力で戦うんだぞ?
本来であれば低確率に低確率を重ねるような所業は、無理難題と言われるようなことだけど、なぜか俺たちに絶望感はなく、むしろ安心感しかなかった。
ボスまでのルートを最短距離で走破して、さらにダンジョンモンスターを最高効率で倒して、ダンジョン周回速度は中々の物。
それとネルの豪運が重なれば、規定の数の金の宝箱と虹の宝箱を出すのが早くなるのも自明の理。
俺の予想二週間の半分の一週間という期間で達成しましたが何か?
宝箱の中身?このダンジョンで手に入るのは魔石と、マタタビにスティールのスクロール。
そして虹になるとそこに加えてバンデット装備というスティールの確率が上がる装備が手に入るのだが・・・・・俺たち全員スティールを覚える予定はないので、大量のマタタビと魔石に混ざってスクロールと装備もインベントリの倉庫に放り込んでいる。
スティールのスキルはアイテム収集に便利なんだけど、こいつを組み込めるのは戦闘系じゃなくて収集系のスキル構成なんだよな。
いずれ、それ専用の仲間が入ったら使おうと思いつつ、治安の観点からこれは市場に出せないとパーティー全会一致で議決されている。
「猶予は三週間、今回用意できた金の招き猫は十二個だ」
「ネルなら大丈夫だね」
「むしろ余るのではありませんの?」
「私もここまで集める必要があるのか疑問なのですが」
「失礼ながら、ネル様でしたら一個でも十分なのでは?」
そんな感じでシーフキャットのドロップ品の大半がインベントリに放り込まれている現状で、俺たちは準備万端と翌日には黄金猫御殿に挑戦することとなった。
いつもなら俺が花冠をせっせと作るのだが、生憎とこのダンジョンは万能の商人のジョブを持っている人物でないと解放できない。
なので、今回は俺がレシピを教えネルが作っている。
しゃがんで俺が指定した花を摘んで編み込んでいくネルの背中に、アミナたちが不安はないと安心しきった声で声をかけているが、俺はそう簡単にうまくいくものかとどこか不安が残っている。
経験則からくる不安だというのはわかっている。
杞憂ならいい。だけど、一筋縄ではいかないというのもわかっている。
そんなせめぎあいの心の最中。
「できたわ!!」
黄金の招き猫を括り付けた花冠が完成した。
「あとは泡を掴んでイメージすればいいのね?」
「ああ、シーフキャットをかぎ尻尾の三毛猫にした奴を想像しながら泡を掴んでくれ」
「わかったわ」
黄金猫御殿は非戦闘型のダンジョン。
武器は一応持っているが、それでも必要ないとは思っている。
「黄金の泡?」
「もしかして黄金モチのダンジョンも作れたりするの?」
「黄金系は黄金の招き猫みたいなアイテムがないと作れないな。黄金モチは屋敷の方に置いてきちゃったから、やるとしたらここで手に入れてからになるな」
今は用事がないが、いずれ昇段のオーブが必要になるからそれもやらないとなと思っていると、他のダンジョンとは違う雰囲気のゲートが出来上がる。
黄金色に輝くゲート、そこに入れば黄金猫御殿につく。
「出迎えがいるけど、攻撃はしないでくれ。モンスターだけど敵意はないから」
そしてそこに入ればネルは招福招来を得るための試練が始まる。
ゲートの先にはシーフキャットのような二足歩行の猫型のモンスターが出迎えるはず。
攻撃するなという俺の指示に全員がうなずいたのを確認してから俺たちは中に入る。
そして俺の知っている黄金の御殿が出迎え、そこには一匹の三毛猫がいた。
巫女服を着こんだモンスター、ラッキーキャットだ。
「ようこそ、おいでくださいま、しぃ!?」
モンスターがしゃべる、それ自体に俺は驚かないのだが他の面々はモンスターが話したことに驚き、そして同時になぜか毛を逆立てて驚いたと言わんばかりの仰天ポーズを取ったことにさらに驚いている。
おかしい。出迎えの三毛猫は『ようこそおいでくださいました』と言ってそこからこのダンジョンの詳細を説明に入るはず。
決してそんな怪物を見るような眼で驚くようなことはないはずなのだが・・・・・ん?
見ているのはネル?
「?」
ラッキーキャットの目線はネルの方、もっと言えばネルの背後付近を見ているような感じだ。
目線を向けられているネルは首をかしげて、一体何がと疑問符を浮かべている。
俺もこの展開は何が起きているかがわからない。
「大神さまが!!大神さまが戻ってきたにゃああああああ!!!」
おおかみさま?
ネルが?
「ネルって狼族だったっけ?」
「私は狐族よ」
「そうだよな」
びゅーんとそんな叫びをあげて走り去ってしまうラッキーキャット。
おおかみさま・・・・・おおかみさま。
「もしかして神様の方の大神さま?」
「え、ネルって神様なの!?」
「なわけないでしょ!!」
「ですが、もし神の化身というのならその幸運にも納得が」
「クローディア様まで!?」
一体全体何が起きているのかわからず、こんなイベントが起きるとは思っていなかった俺は、ドタドタドタと走り寄ってくるラッキーキャットの集団を黙ってみているしかなかった。
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