8 精霊界の初ライブ
衣装ができ、そして新しい楽器にも慣れた。
ここまでくれば、もうライブをしないのは怠慢と言うものだろう。
「リベルタの格好だけ、黒いわね」
「暗殺者が目立つ色合いを着るのはどうかと思うが」
ライブの開催。
それもここまで協力してくれた精霊たちに感謝して、二日間の連続開催だと精霊王に伝えると、精霊界に瞬く間に広がってしまった。
内容は同じなので、二日間参加する必要がないことを伝えてもらって初日の今日この日に臨む。
全員が先日作ったサンライトシルクの新装備に身を包み、俺もその装備を着ている。
各々もっているのは武器ではなく楽器だが、それでも違和感はない。
「黒いジャケットマントにフード、中身も黒のスーツ、白いのはシャツだけだね」
「一応サンライトシルクも染めることはできるからな、俺の戦闘スタイルからしたらこういう闇に溶け込むような色合いの方がいいんだよ。砂漠とかだと砂漠迷彩とか、森の中なら迷彩柄とかそっちの方が俺のスキル構成の効果を生かしきれる。理想をいえば最低あと三種類は欲しいな」
「砂漠に適した柄、森に適した柄、あと一つは何ですの?」
「雪上迷彩、雪の中に潜む用の装備ですね」
マイク型の魔導具を持つアミナはもうワクワクが止まらない。ベースを構えるネルは赤い髪がベースの赤に映えている。ドラムセットの椅子に座り息を整えるエスメラルダ嬢。キーボードの前に立つイングリットの無表情からも静かな興奮が伝わってくる。サックスを構えるクローディアさんは強敵に挑むときのような期待感に満ちた雰囲気だ。そして俺のギター。
舞台の緞帳に覆われた先では、精霊たちが今か今かと、ライブの開催を待っている。
この会場、精霊たちが俺たちのためだけに作ったとんでもない会場だ。
大きくくぼんだ土地を利用して、俺たちのいるこの舞台がくぼみの底、扇の要の位置にあり、そこから扇状の階段席が斜面に造られどの席からも舞台がしっかりと見えるように設計されている。
収容人数の限界まで、現在も拡大工事中。
本当にどこまで広げるつもりなのかと思うくらいに精霊たちはこの会場を改造しまくっている。
たかが一組の歌い手のためにここまでやるのかとツッコミを入れたいが、これでも足りないかもしれないと言われたら俺も苦笑するしかない。
「物理と魔法防御上昇に速度上昇、物理攻撃スキルダメージ上昇に隠形系スキル効果上昇に、クリティカルダメージ上昇、ヘイト上昇抑制とこの組み合わせだとこういう真っ黒黒助になるんだ」
中二病全開と言いたきゃ言えばいい。雷三姉妹のデザインはどこかの悪役かアサ◯ンクリードみたいな格好に仕上げているが俺個人としてはかなり気に入っている。
卒業したと言ってもかっこいいとは思うんだよ!
他にも迷彩柄とか普通にかっこいいと思うし?
そんな男の子の心を忘れずにいる間に。
『アミナちゃん!そろそろ始まります!!』
「はーい!!」
今回は裏方スタッフとして活躍してくれている精霊がライブの開始を伝えてくる。
アミナが返事をして、そして俺の方に振り返る。
「それじゃぁリベルタ君!掛け声!」
「え?」
このまま配置について、というのではなんか味気ないのでという流れでパスを回されても正直困る。
どうしようかと一瞬悩んだ結果。
「それじゃぁ、手を重ねますか」
「手を?」
おなじみの円陣からのオーで始めようと思ったがこっちの世界にはそれがないようでそれを説明し。
「へー、面白そうね」
「やろうやろう!」
ネルとアミナが中央に差し出した俺の手に重ねるように手を置き。
「なんだかドキドキしますわね」
「普通に掛け声を合わせるだけですよ」
「そうですね」
集まって来たエスメラルダ嬢、クローディア、そしてイングリットと順番に手を重ねて視線が俺の方に集まる。
タイプの違う美女美少女に見つめられると照れそうになるがそこら辺は表に出さず。
「ここまで協力して来てくれた精霊たちに感謝し、そして楽しませつつ、俺たちも楽しもう!」
「「「「「おー!!」」」」」
短く掛け声をかけて〆る。
長ったらしいことはいらない。あとは全力で楽しむだけ。
アミナがセンターに立ち、そして俺が右に立ち左にネルが立つ。
アミナの後方の一段上がった舞台にドラムのエスメラルダ嬢。
エスメラルダ嬢の左前にイングリットが立ち、右前にクローディアが立つ。
これで配置が決まり、アミナが精霊のスタッフに手を振って合図をするとゆっくりと緞帳が上がっていく。
そして足元が見え始めたころに、エスメラルダ嬢のドラムの音が響き、それに合わせ俺たちの演奏が始まる。
この楽器を披露するのはこれが初めて。ミニライブではリュートやカホンといった元々使っていたタイプの楽器を闇さんに作ってもらって使っていた。
サプライズというやつだ。
聞いたことのない音になれば今まで聞いたことのある曲でも新しい音楽へと変貌する。
精霊たちのどよめきが聞こえる。
だけどそのどよめきも。
「僕がセンターだーーーーーー!!!」
アミナを照らすスポットライトで一瞬で消え去る。
そのスポットライトによって、関係者しか見れていなかったアミナの新衣装が公開される。
『『『『『『『『ワーーーーーーーーーーーー!!!!』』』』』』』』
知らない音、そしてサンライトシルクによって作り出された新しい衣装は精霊たちを興奮の渦に巻き込む。
前振りはいらない、まずはこの一曲で精霊たちの心を掴め!
そんな気持ちを込めて俺のギターの演奏にも力がこもる。
闇さん、あんた最高だよ。
俺の理想とする音を鳴り響かせる魔導ギター。
リュートだとアミナの歌に力負けしていると思ったが、このギターならアミナの声にも負けていない。
そう実感できるほど力強い音色を響かせてくれる。
ただ、魔力のバランスに気を配らないといけないのがネック。
強すぎると皆の音をかき乱すし、弱すぎると皆の音に沈んでしまう。
ミキサーが心底欲しいところだけど、そんな便利な器具は生憎とまだ作れていない。
素材が足りないというのが一点、そして闇さんを含めた職人軍団が忙しすぎたというのがもう一点だ。
素材のない物を作るために人手を割くのはさすがにはばかられたので、そこら辺は後回しにしていた。
まだまだライブは進化するという建前を残しつつ、この音合わせの方法はもうすでに感覚頼りになっている。
「~!!♪」
一番やってはいけないのはアミナの歌を邪魔すること、一番やりたいのはアミナの歌を盛り立てること。
その二つに気を配っているうちに一曲目が終わる。
「みんなぁ!!どうだった!?新しい楽器で演奏して歌ってみたよ!!」
『『『『サイコーーーーーーーー!!!!!』』』』
未知の音、そしてそれが楽しいことだと知った精霊たちはまだ一曲目だというのに笑顔でサイリュームを振っている。
うん、最前列でめちゃくちゃ興奮している精霊王のことはひとまずスルーしておこう。
どうやってその席を確保したかはおいておく。
隣で一緒に興奮している女性のこともひとまず置いておこう。
「今日と明日は僕がいっぱい!いーっぱい!歌うからみんなで楽しもう!!」
『『『『『イエエエエエエイー!!!』』』』』
今はこのライブを全力で楽しむ。
音ゲーは俺も好きだからな!!
「じゃぁ!次の曲いっくよーーーーーー!!」
『『『『『フォオオオオオオオオオオ!!!!!』』』』』
アミナの合図に合わせて再び始まる曲、アップテンポの曲に合わせ、ギターの音色を混ぜ込む。
イントロから始まり、AメロBメロサビと流れる。
その度に精霊たちのボルテージは上がっていく。
そんな精霊たちにプレゼントだ。
ちらりとクローディアとアイコンタクトを取る。
それで察した彼女は頷き、そして俺の動きに周囲も察する。
ここからは間奏、楽器がメインになる。
アミナの歌が止まり、そして少し演奏した瞬間だ。
サックスの力強い音が会場全体に響き、精霊たちの度肝を抜く。
力強い息吹によって奏でられるクローディアのサックス。動きも相成ってその迫力はまし、それはまるでアミナが歌っていた時のセンターが一時的にクローディアに変わったかのようだった。
粋な演出、といえばいいだろうか。
サプライズにサプライズを重ね、そしてクローディアが注目を集める最中、間奏が終わり、負けていられるかとアミナが歌い出す。
急なライバルの登場と思われたが、やはりアミナが主役。俺たちの演奏は再び場を盛り上げることに集中する。
だけど、何曲か毎に間奏でギターメインにしたりサックスメインにしたり、キーボードメインにしたりと場を盛り上げていく工夫をする。
「僕、すっごく楽しい!みんなは!?」
『『『『『楽しい!!』』』』』
最初から最後まで全力全開、というわけにはいかない。
さすがに全力で演奏していると多少なりとも疲れがでる。
ステータス的にまだまだ余裕ではあるが、一番体を動かしているエスメラルダ嬢はこのMCの間に汗を拭いていたりもする。
「ええっと、次の曲に入る前にリベルタ君からみんなに伝えたいことがあります」
そんな休憩も兼ねて、会場を盛り上げているときに申し訳ないがアミナにマイクを借りて一歩前にでる。
「どうも、アミナファンクラブ会員番号2番なのに会長と呼ばれているリベルタです」
ひとまず、ちょっとしたジャブで場を賑やかにし、軽い笑いを取ってから俺は真剣な顔になる。
「今回、ここでマイクを握らせてもらったのは一つ、ここにいる皆さんに感謝の言葉を贈りたいからです」
このライブがお礼になっているかもしれないが、それでも感謝の言葉を口にしておきたかった。
感謝と言われ、隣の精霊同士で見合うがひとまずは俺の話を聞いてくれるようだ。
「この精霊界に来れたのは偶然でした。アミナが芸能の神トプファ様の神殿でライブをして、それで三人の精霊と出会って契約し、レイニーデビルから逃げるために精霊回廊を使わせてもらって、その際に精霊王にご招待いただいて来ることができました。そんな偶然が重なってここに来た俺たちを皆さんは温かく出迎えてくれました」
ざっくりと経緯を説明しながら、この後の言葉を考える。
こんな大人数の前で感謝の言葉を伝えることなんて前世でも経験したことがない。
突き刺さる視線は、悪い物ではないがそれでも緊張はする。
「そして精霊王に謁見を賜り、ライブをすることを約束しました。そこまでの道のりで大勢の精霊の手助けがありました。今自分たちが着ている衣装もそうです、強くなるために協力を願ったら大勢の精霊が協力してくれました」
それでも伝えないといけない。
この言葉だけは絶対に伝えないといけない。
「ここにいる皆さんだけではなく、精霊界の大勢の精霊に」
堂々と胸を張って、まっすぐ彼らを見届ける。
「ありがとうございます。ここに立てて本当に感謝してます」
そして言い放った。
会場は一瞬静まる。
ちょっと滑ったかな?ライブの熱気に水を差してしまったかと思ったが。
その一瞬の後大歓声が響いた。
『俺たちもありがとう!!!』
『私たちに楽しみをくれてありがとう!!』
『最高の時間をくれてありがとう!!』
『会長!!あんたは最高だ!!』
そして返ってくる感謝の言葉。
巻き起こる会長コール。
『『『『『会長!会長!会長!』』』』』
「ちょっと皆さん、このライブ主役はアミナですよ。そのコールはアミナに言ってください」
『照れてるな会長!!』
『可愛いところがあるじゃねぇか!!』
『いっそここで一曲歌うか!!』
「歌いません!」
それを鎮めるのに少しだけ苦労して、マイクをアミナに返す。
「ねぇみんな!!リベルタの歌聞きたい!?」
「ちょ!?」
『『『『聞きたい!!!』』』』
そして返した途端にアミナに裏切られる。
「じゃぁ!コールいってみよう!!」
「アミナさん!?」
鎮めたのに再び蘇る熱気、そしてやってくる会長コール。
にっこりとマイクを手渡してくるアミナに俺は半眼になりつつ、ここまでやって歌わないというのは最早場の空気を読めていないこと。
仕方ないと諦めた俺は。
「俺の歌を聞けええええええええ!!!」
やけっぱちになるのであった。
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