5 進化素材
さて、いきなりで悪いが、ゲームでアイテムを強化する際に失敗して消滅させた経験はないだろうか。
結論を言えば、俺はある。
というか、FBOをプレイしていると素材アイテムを進化させる際に失敗はつきもの、そして失敗イコールアイテム消失だというのは常識だと言っていい。
「さて、ここからが本番だと言っていい。覚悟はいいか闇さん」
『当然だ会長。我が全身全霊をもってこの素材を完璧に仕上げてみせる!!』
目の前に並べられているのはこの一週間で精霊たちが用意してくれた彼らの努力の結晶。
それらを分類整理し、そして必要な物を綺麗に並べてある。
その圧巻の素材の数々、俺たちの居た南の大陸じゃ絶対に手に入らないようなものまで用意されている。俺と闇の上位精霊は腕を組み気合をいれていると。
ガシッと、闇の上位精霊こと最近では毎回そう呼び呼ばれるのが面倒と互いに思うようになり闇さんと呼ぶようになったが、その腕が三つの手で掴まれる。
『わかってるわよね闇』
『失敗したらどうなるかわかってるよね闇』
『私たちが丹精込めてアミナちゃんのために織り上げた布を一枚でも消失させたら処すわよ闇』
並べられた素材の中央に鎮座するスターリーシルクを完璧に仕上げた雷三姉妹は、目の下にクマを作って闇さんを威圧している。
血走った眼が余計に異様な迫力を醸し出して、直接プレッシャーを与えられていないはずなのに俺ですら少し寒気がする。
『わ、わかっている!某だってアミナちゃんに素晴らしい衣装を着てライブに臨んでもらいたいのだ!!某たちは同志!!決して手を抜くことはあり得ない!!』
『『『なら良し!!!』』』
異口同音のプレッシャーをかけられ、俺たち二人の緊張が高まるが。
背筋を限界まで伸ばした闇さんはちらりと俺の方を見て、頼むぞと視線で言われ俺は頷く。
俺だってこの一週間頑張ってライズコクーンを倒しまくった。
その苦労を水の泡にする気はさらさらない。
それにこの世界に来てから素材集めの大変さがゲームの時の比ではないというのも理解している。
「スターリーシルクからルナライトシルクに進化させる手順を説明します。まずはベース液を用意します。そして素材は」
どこぞの料理番組みたいに、まずは素材の説明から入るが、この素材のどれもが精霊たちの努力の結晶。
どれがどのような役割を担うのかはもうすでに説明している。
だけど、不足がないか再確認するために指さし呼称で素材を見る。
「まずは聖光水、闇の精霊たちが挑んだダンジョン、シャイニングスライムのドロップ品ですね」
『我らがサングラスを装備して倒したモンスターであるな』
「いっつも光ってますから見つけるのは簡単ですけど、直視して倒すのは難しいですからねぇ」
アンデッドとかゴーストに効果のある魔法の液体聖水、それを上回る効果をもつ聖光水。
これはクラス5のモンスター、シャイニングスライムという光属性のモンスターが落とすドロップ品だ。
スライムはこの世界ではかなり強力な部類のモンスターだ。
その粘性から物理攻撃は九割カット、属性ごとに耐性を持ち相性を気にして戦わないと危ないモンスターだ。
シャイニングスライムは上位の光属性でスライムの中でも最上位の強さを持つモンスターだが、これは闇の精霊という相性的に一番効果のあるメンバーを選定。メタを張って一気に倒しボスまで行ってもらった。
物理耐性が高く魔法耐性もそこそこあるが、対属性となる闇属性の二倍ダメージ攻撃のゴリ押しで一気に殲滅して数を確保してもらった。
「これをさらに精製して不純物を取り除き、光の精霊たちに浄化してもらった巨大な寸胴鍋に入れます。あとでスターリーシルクを入れるので分量はしっかりと測りましょう」
『うむ、入れたぞ』
「錬金台のコンロに魔力を込めて、魔力を常に流し込めるようにしておきます」
『強さは?』
「弱より少し強め、中よりも弱めで」
『微妙な調整が必要だな』
錬金作業で素材を入れる際には、その器具の清潔度合いにも注意をしないといけない。
ただ洗うだけでは、洗った際に使った水や洗剤が鍋に付着して残り、それが不純物として合成のジャミング要素になる。
それを避けるために、しっかりと洗ってさらに魔法で浄化するという手順を踏む。
俺たちの格好もクリーンルーム用の防塵服のようなものを着て、塵一つたりとも付着しないようにしている。
ここにいる雷三姉妹も同じような格好をして、さらにこの部屋は滅菌室みたいにあらかじめ光の上位精霊に洗浄を頼んでいるからその点はしっかりと準備した。
「次にこの闇の精霊石をすり鉢でゴリゴリと砕いて」
『うむ』
他の器具も当然同じように用意している。
すり鉢の中に闇さんの精霊回廊から持ってきた闇の魔石を放り込む。
錬金台を使えばこんな手間を省いて一気に混ぜ込むことはできる。
だけど、それではおおざっぱになってしまう。
普通に錬金物を作るのであれば、時間短縮でそれでもいいんだけど、スターリーシルクの進化作業には精密さが要求されるからすべて手作業で行う。
闇の上位精霊だけあって、かなり上質な精霊石を手に入れることができたが、ここで投入するのはクラス5の精霊石。
中には最高でクラス7の精霊石も見つけたが過ぎたるは及ばざるが如し。
この段階で必要なのはクラス5の闇の精霊石だ。
『すり潰したぞ』
あらかじめすり潰した物を用意しておいてもいいかもしれないけど、それだと時間経過で魔力が霧散して品質が低下してしまい、最終的にはただの砂粒になってしまう。
重要なのはすり潰したての素材を鍋の中に入れることだ。
「こっちもできました」
闇さんが闇の精霊石を砕いてすり潰している間に俺が何をしていたかといえば、光の精霊石を砕いていた。
クラスは4だ。
闇の精霊石よりもクラスが低く、そして量も少ない。
「闇の精霊石と光の精霊石を6.5対1の割合で混ぜてそれを鍋の中に入れます。そっちに量りと匙があるんで正確に量って入れてください。聖光水一リットルあたり混合粉百四十グラムで」
この精霊石の強さと配合比率が重要だ。
一段階だけの上昇が目的だったらもうちょっと雑でもいいが、クラス4の素材を最大限強化するとなれば誤差は一パーセントでも許されない。
『うむ、了解した』
慎重にされど砕いた精霊石は魔力が刻一刻と抜けていくので迅速に計量し、そしてそれを混ぜ合わせる。
それでできるのは黒味が強い灰色の精霊石の粉。
「それを鍋の中に入れます」
『うむ』
手順を指示し、そしてそれを闇さんが実行する。
「魔力が偏らないようにゆっくりと混ぜながら入れてます。この作業は長女さんお願います」
『任せて。寸分たがわず一定で混ぜてみせる』
このメタモルアイテムを進化させる作業を一人でやると、最高品質の状態に持っていくのはマジで難しい。
錬金台のオートメーション化をして漸くできるというレベルで、今の設備だと人手が絶対に必要だ。
『次は?』
「こっちの月ヒトデの化石を粉状にして、そっちの・・・・・」
クラス8で出る、ドッペルゲンガーの擬態液が手に入ればこの工程もかなり短縮されるんだけど、泡沫のダンジョンで手に入るのはクラス7までの素材。
一応ボスを含めればクラス8の素材も狙えると言えば狙えるが、クラス8まで行くといかに上位精霊でメタを張ったとしても攻略には危険が伴う。
安全マージンを考慮するとそれはできない。
クラス7の素材であっても精霊たちに頼むのはかなりの危険が伴うんだ。
であれば、それ以下の安全に確保できる必要最低限の素材でバランスと組み合わせを正確にやって上を目指すという方法を取るしかない。
手間暇を惜しまなければ狙えるというのならそっちを狙うのがこの世界では重要なんだ。
「ふぅ、これでひとまず下準備はできましたね。あとは魔力を一定に流し続けてしっかりと安定したらスターリーシルクを浸して合成すればルナライトシルクになるはずです」
『ここまでで、三時間か・・・・・ずいぶんと魔力を使ってしまったな』
色々と下処理をして、合計で十八種類ほどの素材を混ぜ合わせ、錬金を繰り返すこと三時間。
ようやく目的の物が完成した。
『だけど、かなり手ごたえがある。さすが会長』
『こんなアイテム見たことない。さすが会長』
『きれいな淡い光です。まるで月のような光です。さすが会長』
〝ルナファクター〟
ルナシリーズの錬金素材として活用される原液だ。
無駄なく、そして迅速にやってもこれだけの時間と疲労を伴う作業を終えて完成することからお察しの通り、これ自体がクラス6の素材。
俺も久しぶりに作ったからか、かなりの神経を使って疲れを感じて一息つく。
時間短縮するには相応の素材と設備が必要。闇さんの錬金台が無かったら錬金台を探してそれの魔改造から始めないといけなかったからこれでも掛かった時間は少ない方だ。
「安定するともっと綺麗に光りますよ。今の状態で四割くらいの光なので」
『安定するまでどれくらいの時間がかかるのだ?それによっては次の作業をしておいた方がいいと思うのだが』
「だいたい、二十分から三十分くらいですかね」
ここまでノーミス。
このままいけば、俺たちのパーティーで二着分ずつ配れる量のルナライトシルクが出来上あがる。
そうすればその上のサンライトシルクも一人一着分出来上がることも夢じゃない。
「次のサンライトシルクは明日に回しますよ。今日よりも更に集中力が必要な作業になりますので。今はルナライトシルクにすることに専念しましょう」
『そうだ闇の。油断するな』
『そうだぞ闇の。慢心するな』
『そうだそうだ闇の。これで失敗したら処す』
『だからお前らはなんでそんなに某に厳しいのだ!?』
順調な時こそ油断することなかれ、今は慢心こそ天敵だ。
このままいけば九割方成功するかもしれないが、裏を返せば一割の可能性で失敗する。
一割という可能性を舐めてはいけない。
闇さんにプレッシャーをかける雷三姉妹を擁護するわけではないが、俺はもう大丈夫だろうと油断した際に失敗して貴重な素材をロストした経験がある。
「油断しているからです」
『会長もか!?』
「また素材を取りにいけば良いなんて、そんなことは許されません。むしろこれを失敗したら命が無い、それくらいの覚悟をもって挑まないといけないんです。素材ロストはギルティです。会長権限で向こう十年アミナのライブを出禁にするくらいの大罪です」
その時のアイテムは、本当にドロップする確率が低くて、必要数を集めるのに一カ月近くかかったんだ。
それでやっとの思いで最強装備に手がかかった時にくだらない油断をして、装備諸共台無しにしたときはショックで立ち直れないほどだった。
きっと、油断するなと忠告している俺の目は、あの日のことを思い出して淀んでいるだろう。
本当にあの日のことがトラウマ過ぎて、アレを経験してから錬金術でのアイテム作製の成功率が跳ね上がったと言っても過言ではない。
『さぁ!諸君!ここからが本番だ!気合を入れてやるぞ!!』
『失敗は許されない』
『ライブ出禁十年は致命傷』
『もし、足を引っ張ったら向こう千年恨む自信があるし、自分が失敗したら引きこもる自信がある』
俺の目が本気だと悟った闇さんと三姉妹の目つきが変わる。
脅したつもりはなくはないが、それくらい気合を入れてほしいと発破をかけたと思ってほしい。
そしてじっくりとルナファクターを観察し続けること三十分。
『もう、いいのでは?』
『綺麗』
『うん』
『すごい』
それは雲一つなく晴れ渡る涼やかな満月の夜に見えるような綺麗な月の光を放つ液体。
「はい、十分ですね。慎重にスターリーシルクを浸していきましょう」
『うむ!』
『闇の。任せた!』
『闇の。託した!』
『闇の。お願い!』
雷三姉妹がスターリーシルクを運び、闇さんが慎重に寸胴鍋の中に入れていく。
全て入れ終わって、闇さんが蓋をして大きく深呼吸をする。
『やるぞ!』
『『『『・・・・・』』』』
緊張の瞬間。
俺たちが見守る中闇さんが錬金台に手を触れ。
『錬金!!』
そう叫ぶと、寸胴鍋が光る。
そしてその光が収まり、闇さんが恐る恐る蓋の取っ手に手を伸ばし中を見れば。
『おお!』
そこには優しい月の光を纏った布があった。
クラス4の素材がクラス6の素材に進化した瞬間。
ルナライトシルクが誕生した瞬間だった。
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