4 スターリーシルク
FBOの森林系ダンジョンでRTAをする際には、俺たちは森の中を突っ切るという方法を愛用していた。
マップを把握していて方角と距離感を間違えなければ、その方が最短距離を移動出来るからだ。
「次!右の広場にライズコクーンが四体!エスメラルダさん!」
「わかりましたわ!!」
「左に分岐する方向にライズコクーンが一体!ネル、クローディアさん!」
「任せて!」
「続きますね」
「イングリットはエスメラルダさんのアイテム回収後にネルたちの方に!」
「かしこまりました」
しかし一般には、それに対応できる装備を備えている場合にのみ使える手法だ。
視界を遮る森の中で、ショートカットの方向にわずかな角度のミスをしただけで、予定していた道筋を間違える危険があるのは森林系ダンジョンではよくあること。
きちんと装備を整えるか、スキルを備えた斥候キャラがいない限りそれはお勧めしない。
だが、FBOではこういうRTA要素を要求されるダンジョンの場合、ショートカットできるように設置されている場所がいくつもある。
「ピーちゃん!あっちの方向の木を伐採してくれ!!」
『はーい!』
エスメラルダ嬢の吹雪が一つの広場を覆い、そして凍り付いたライズコクーンに雷の雨が降り注ぎ、その雷音に負けないくらいに声を張り上げながら次から次へと指示を出す。
ピーちゃんのゴーレムがまた木を切り倒し、新しい道を作り出し始めている間に俺は少しだけ道を逸れて森の中を突き進む。
「見つけた!!」
ライズコクーンの個体は大きいし、繭の色的に森の中でも発見はしやすい。
だけど、だからといってすべての個体が道沿いや広場に集中しているわけではない。
ライズコクーンのダンジョンでいやらしいのはこうやって数体、森の奥に隠れ潜んでいる個体が居ることだ。
「心臓打ち!!」
こういったライズコクーンのおかげで何度も心臓打ちを使えるから、さっきからグングンとスキル経験値がたまっていく。
ネックなのは格上ではないから、そこまで美味しいというわけではないことだが、クラスが同じなので減衰値は最低限で済んでいる。
数をこなせばコツコツとだがレベルは上がる。
こいつは確かに強力なスキルだが、正確にスキルを発動させないと経験値がたまらないのが欠点なんだよなぁ。
止まった的を俺が外すわけがなく、そのまま隠れていたライズコクーンを仕留めてドロップ品がないのを確認して早々に戻ると集結地点に全員集合している。
「イングリット一体仕留めた。これで総数は?」
「はい、二十二体となります」
「となると最後の広場で終わりかな」
ショートカットを駆使して、時間的にはまだ余裕はあるが、それでもここでのんびりとして最後に失敗は避けたい。
「余裕はあるけど、しっかりと確認したいから急ごうか」
集合したのを確認して、最後のショートカットを走り抜ける。
「リベルタ、もしかしてここのボスって強いの?」
「強いというよりは面倒って感じだな。ここのボスは大きな蛾なんだけど、こいつがデバフモリモリでしかも取り巻きにスターリーバタフライを引き連れている。倒すのが面倒な割に苦労に見合った対価を得られないんだよ」
走っているとネルが並走してきて、質問してきた。
広場に入ったら数を数えて、それからエスメラルダ嬢の魔法で一掃して、残った敵を倒すだけだ。
この最後のショートカットは走り抜けて数分程度。
ネルの質問に答える時間はある。
「ここで手に入るのは鱗粉系っていう毒薬とか薬に使う素材と、魔石、あとはボスの素材とスクロールなんだ。だけど、鱗粉系はほかのところでも採取できるし、魔石も同様。ボスの素材で作った装備は沼竜と比べて強いとは言え、そこまで性能差があるわけじゃない。スクロールは今の俺たちには取り込む余地がないようなスキルばかりなんだ」
ここのダンジョンはダンジョン内のライズコクーンは星屑の糸を落とすから美味しいが、ボスモンスターの素材は美味しくないという面倒構成。
途中で切り上げられるのなら途中で切り上げた方がいいよという、このダンジョンの設計者の意図が透けて見える。
「ふーん」
正直星屑の糸以外の素材に関しては精霊たちが他のダンジョンで回収してくれている筈だから、今の俺たちにはそこまで有用じゃないって言うのもあるし、何度も周回するなら途中で終わらせた方が星屑の糸も集めやすい。
俺がいらない物でも他の人なら価値を見出す。
最近ではそう思うようになったが、星屑の糸だけを狙う今回の場合は誰かのためよりも自分のために行動した方がいいと思い短縮ルートを選んだわけだ。
そういう意味で説明するとネルは納得してボスへの興味を無くし、前を向いて走り出した。
この調子なら、順調にクリアできると最後の広場に飛び込むと。
「うわ」
ネルが真っ先に声をあげた。
「これが群生地」
続いてクローディアもその光景を目にして、目を見開いた。
「繭がこんなにも」
「……リベルタ様、この場にある数でちょうど三十三体です」
「よし、エスメラルダさん頼みます」
「任せてくださいまし、マジックストックで貯めている分も含め、魔法の在庫一掃しますわ!!」
前を見て、左を見て右を見てと、辺り一帯に集結するライズコクーン。
それを見て胸を張ってエスメラルダ嬢は魔法を展開する。
ふと、ここで魔法を放った瞬間にやったか!とか言うと、ゲームならなにかフラグが立つ展開かなと悪いことを思いついたが、すぐにそれを頭から消し去る。
これまでもトラブル続きなのに、なにが悲しくてそんな面倒なことをしないといけないのだろうか。
安全第一それが一番だ。
「いきますわ!!」
そんな雑念を抱いている間にもエスメラルダ嬢の魔法が展開され、吹雪が広場を襲い一帯を白く凍り付かせ、そしてつながるようにライトニングレインも発動され轟音を上げて雷の雨が降り注ぐ。
うーん、エスメラルダ嬢の育成は正直悩む。
火力を優先すべきか、燃費を優先すべきか。
最終的にはどっちもできるようにはするんだけど、育成ルート的にどっちも一長一短があるんだよね。
この光景を見る限りだと燃費の方がいいかもと思う。
だが、燃費を良くするスキルを取るよりは、単体攻撃に対応できるような強力で魔力消費の少ない攻撃スキルを取った方がいいような気もする。
「ふぅ、一掃完了しましたわ!」
「お疲れ様です」
ライズコクーンの群れを一掃できるほど広範囲魔法の火力があるのなら、次は単体戦の連続に耐える持久力を確保すべきか。
装備にエンチャントを付与するのも考えないといけないから、そこら辺の組み合わせも考えないとな。
「あ、魔法陣が出た」
「ライズコクーンを倒して出たのなら脱出用の転移陣だな。もしスターリーバタフライが出現していたらこのタイミングでは出てないし、何より」
歌を止めて、脱出用のゲートをゴーレムの上からアミナは指さしている。
指さした方向には確かに光り輝く脱出用の魔法陣がある。
「宝箱が出てるだろ?」
「木ね」
「途中でクリアになるとこのダンジョンは最大でも銀の箱しか出ない。仕方ないさ」
その隣におまけのように置かれている木の宝箱。
ネルは不満そうにそれを見ているが、銀や、金が出るのが当たり前じゃないからな?
本来であればこっちの方が正解なんだよ。
苦笑しつつ、これ以上このダンジョンには用がないから、宝箱に向かって歩き出す。
「わ、糸玉がいっぱい」
「その代わり、木箱の中には星屑の糸がたっぷり入っているわけだ。これだけで十個から二十個は入っている。今回は十四個か」
「今回のダンジョンで手に入れた星屑の糸の玉を合計しますと三十個になります」
「うーん、一人分にはあと二から三周くらいは必要か。エンチャントを掛けるとなるともっと必要になるな」
中身は魔石などは一切入っておらず、糸玉が大量に入っていて、それを取り出してイングリットの持っているマジックバッグに放り込む。
「さてと、脱出して少し休憩しようか」
『お菓子ある?』
「あるぞー、イングリット特製のバタークッキーだ」
『クッキー!!』
『甘いお菓子だ!』
『たくさん食べていい?』
「はい、多めに作りましたので、休憩時間の間でしたらいくらでもどうぞ」
そして一周目が終わり、脱出して休憩を挟み。
今回協力してくれているアミナの契約精霊たちにもお菓子をふるまいながら、夕方までダンジョンを攻略すると合計で四周することができた。
「今日はお疲れさまでした!!素材を倉庫の方に運んだら本日の作業はおしまいです!家の庭先でバーベキューをするので良ければ食べていってくださいね。お礼にアミナのプチライブもありますので」
『『『よっしゃーーーーー!!』』』
俺たち以外の精霊も続々とダンジョンを攻略して帰ってきて、成果は上々。
山のように積みあがった素材を精霊たちが嬉々として運んでくれる。
食材系の素材もあるから今日の飯はだいぶ豪勢になる。
このペースなら一週間もあれば予備を含めて全員分のスターリーシルクに必要な星屑の糸を用意できるし、他の装備にも着手できそう。
スクロールの確保は今日はできなかったが、こればっかりは運に左右されるから、時間をかけて手に入れるしかない。
スターリーシルクの製織作業は精霊たちがやってくれる。
スキルレベルを確認したが想像以上に高レベルの精霊がいて、その精霊たちはファンクラブ衣装部門に配属している。
こうやってダンジョンを攻略している間は、俺があらかじめ渡していたデザイン画と型紙を見せて試作品を作り、本番のアミナのアイドル衣装を作る準備をしている。
『『『さぁ!さぁ!さぁ!!素材を渡すのです!!今すぐ!一秒でも早く!!』』』
「お、おう。これだけど、頼むよ」
『『『かしこまりました!!!今夜は徹夜だぁ!!!』』』
「いや、体とか気を付けてね?無理せず」
『『『会長のお心遣い感謝します!ですがお構いなく!!あなた様が用意してくれた衣装デザインを見て、もうこのパッションが抑えられないのです!!』』』
そしてダンジョンから帰ってきて、バーベキューとプチライブの準備をイングリットたちに任せ、俺は糸玉をもって借りている家の近くに構えている工房に足を運ぶ。
そして中に入ると異口同音で俺に話しかけてくる精霊たちがこの衣装部門の担当精霊だ。
世にも珍しい、三つ子の女性型の精霊だ。
いまにもヒャッハー!!と奇声をあげそうなテンションになっているが、これでも落ち着いている方だ。
雷の上位精霊だけあってテンションがいつもスパーキングしているのか、面接のときはアミナのファンクラブに入りたいという理由をかなり熱心に・・・・・うん、熱心に語っていたよ。
黄色の髪を作業用にまとめ、動きやすい服に着替え、さっそく糸玉を糸に変え始めている姿は職人のそれ。
『ヒヒヒヒ、こんな珍しい素材でアミナちゃんの衣装を私たちが作れるなんて』
『一寸のミスも許されませんよ』
『ええ、ええ、わかってますとも。アミナちゃんの精霊界で初めてのライブ!渾身の作品を披露しなければ、この何百年の努力は無駄だと言っても過言ではない!!』
何百年と培ったその技術は俺から見ても大したもので、これならかなり質のいいスターリーシルクが出来上がる予感がある。
「そのスターリーシルクは進化させるから服にしないでくださいよ」
『『『わかってます。この程度の素材でアミナちゃんの衣装が完成するはずがない!!!布はしっかりと仕上げますのでしっかりと素材を取ってきてください!!』』』
「あ、はい」
その熱をそのままに服を完成させそうな気がして一応釘を刺したが、視線を一切そらさず、そして手を止めず逆に俺に指示を出してきた。
大丈夫かと一瞬不安になるが、ここは彼女たちを信用しよう。
今日だけじゃない、明日もダンジョンに挑まないといけないので俺もバーベキューとプチライブに参加したら風呂に入って寝ることにした。
夜遅くまでどんちゃん騒ぎをするわけにも行かないので、ほどほどになったらまだ盛り上がっている精霊たちを残して俺たちは切り上げ、バーベキューで腹の満たされた状態で風呂に入ってから寝床についた。そして翌朝になってダンジョンに行く前に一応工房の方に顔を出すと。
「おはようございます。調子は・・・・・」
そこには机に突っ伏して寝ている三つ子精霊の姿があり、机の上には淡い光を放つ布が置いてあるのであった。
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