23 第二スロット
さてさて、あの虹色の宝箱を開けてからさらに一月の時が流れ、世間はだんだんと暑くなり、夏だなと実感し始める季節になった。
え?いきなり時間が過ぎすぎている?
仕方ないだろ。
あの後起きたことなんて、本当に単調的なことばかりなんだよ。
「リベルタぁ、飽きたぁ」
「リベルタ君、さすがに僕も」
こうやって少女二人からクレームが入るくらいには延々と同じことを繰り返していたんだよ。
黄金ループは驚異の確変モードに突入して、その日だけじゃなくて一週間ぶっ通しで黄金ダンジョンを走り抜けられるほどのネルの強運を見せつけられる日になった。
「うーん、ネルのおかげでスキルもだいぶ育ったし、そろそろ次の段階に行くか」
「本当!?」
「やったー!!もう、モチなんてしばらく見たくないよ!!見てよこれ、馬小屋なのにそこら中クッションだらけだよ!!」
その日々のおかげで思いのほか、というかかなり予定を前倒しにすることができた。
「一応、やっていいか確認するためにステータス見せてくれ」
「うん!」
「いいよ」
今はモチダンジョン周回中の休憩時。
いつぞやと同じ、クッションに横たわってだらけていた二人に廃人やりこみ勢と同じことをしていることを申し訳なく思いつつ、死に戻りができるかどうか確約がない限りこの方法しかないんだと心の中で言い訳する。
『ネル クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット1
槍術 クラス10/レベル98 』
『アミナ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット1
杖術 クラス10/レベル97 』
ネルとアミナはもう少しか。
これなら今週中にはどうにか次の段階に行けるな。
となれば、俺は次の準備に取り掛かるか。
あそこまで時間かけて、ここまで成長させた。
『リベルタ クラス0/レベル0
基礎ステータス
体力0 魔力0
BP0
スキル1/スキルスロット2
槍術 クラス10/レベル100 』
かくいう俺は、すでに槍術に関して言えば、もう経験値がオーバーフローしてしまっている。
闘うだけ、経験値が無駄になるという段階なのだ。
「ネルとアミナはもう少しだな。二人ともスキルをカンストすれば、次の段階に行っていいと思うよ」
「ええー!」
「もう、モチは、モチはもうヤダよ」
幸いにして、ネルのリアルラックが効いてゴールドループ中に虹の宝箱が追加で二つ出て来てくれて昇段のオーブが合計で三つになっている。
一人ずつスキルを次の段階に持っていける。
「でも、マスターボーナスをもらわないで次のスキルに行くわけにもいかないだろ?」
「そうだけど」
「でも、モチはやだぁ!」
アミナが正月に余った餅をいやがる子供のような駄々をこねるけど、それは却下だ。
スキルはそれぞれマスターボーナスというのがあって、槍術といったパッシブスキルのマスターボーナスは二つ。
一つは次のスキルに昇段した際にマスターしたスキル効果が追加される。
俺なら槍術がマスターした状態で昇段のオーブを使って槍豪術に進化させる。
そうすると。
『槍術 クラス10/レベル100
槍装備時に効果発動
・槍による攻撃力10パーセント上昇
・槍によるスキル攻撃力10パーセント上昇
・槍による攻撃命中補正10パーセント上昇』
この状態が引き継がれて。
『槍豪術 クラス1/レベル1
槍装備時に効果発動
・槍による攻撃力10.03パーセント上昇
・槍によるスキル攻撃力10.03パーセント上昇
・槍による攻撃命中補正10.03パーセント上昇』
のようになる。
うん、FBOってやっぱり鬼畜だわ。
パッシブスキルって、実は槍豪術や槍聖術、さらには限定ボスモンスターだけから槍極術とか槍神術も単体で取得する方法がある。
一見すればより上のスキルを習得すれば強くなれると思える。
しかし、下から順番にあげないとこのボーナス補正が出ないんだよね。
武器系統なら
術で十パーセント。
豪で三十パーセント。
聖で五十パーセント。
極で九十パーセント。
そして頂点の神になると百二十パーセント。
合計すると、三百パーセントの補正がそれぞれの武器に補正がかかるんだよね。
やりこみガチ勢からしたらこれをスルーすることはまず無理。
単純に武器の基礎攻撃が四倍になるんだからなぁ。
これがスキル攻撃になってくるとさらに増える。
そりゃ無視できない。
俺からしたら、豪術単体で取得したやつが自慢気に見せてきたら十パーセントも無駄にしたと鼻で笑うレベルだ。
「はいはい、もうちょっと頑張れば次のスキルスロットが解放されるからそれまでがんばろ」
「「はーい」」
そしてもう一つのボーナスはスキルスロットの解放。
パッシブスキルだけができるマスターボーナス。
パッシブスキルを一つマスターすると各クラス一回だけスキルスロットが解放される。
それでクラスゼロとはお別れだ。
ここまでやりこんできたネルやアミナも少しは楽しんでもらえる……いや、レベル上げもレベル上げでめんどくさいからもしかして不満が出るか?
「ちなみに、頑張ったら何かご褒美をあげようと思うけど何が欲しい?」
この二か月でモチのダンジョンとはいえだいぶ魔石といったドロップ品の換金はしてきた。
三等分してさらに気晴らしでいろいろと買い物もしてはいるが、それでもここに来た時とは比べ物にならないほどに懐は温かい。
それこそ、この馬小屋を出て行って宿暮らしをするくらいの貯金はできている。
それをやらないのはなんだかんだ言ってここでの暮らしが快適になりつつあるからなんだよなぁ。
モチからドロップしたクッションでベッドはふかふか。
毛布も新しく買ったから暖かい。
棚も買って新しい服も買った。
風呂はさすがにないけど、お湯を沸かせるかまどを馬小屋の脇に作らせてもらってそれで体を洗えるようになった。
うん、家賃も納めているから出る必要がない。
それでいて貯金もできるのなら多少彼女たちのために使うのに何ら躊躇いもない。
「んー、はい!」
「はい、アミナ」
なので希望を募ってみたら、まさかのアミナが先に手を挙げた。
「外に行ってみたいです!!」
「いいわね、前はお父さんに止められたけど今だったら護衛を雇えるお金も貯まっているわ!」
女の子ってお菓子を食べたいとかきれいな洋服を買いたいとかそっち方面でおねだりが来るかなと思ってたんだけどまさかまさかの別方向からのご希望か。
「うーん、いいよ」
こっちとしても一度外に出る必要があったから前みたいに護衛をつけて安全に狩りを行えるのはかなり助かる。
「やった!!」
「それじゃ、早くレベル上げないといけないわね!!行くわよアミナ!」
「うん!」
願ったり叶ったりの彼女たちの願いを快諾すると、彼女たちのモチベーションが回復して元気よく二人でモチのダンジョンに突撃していった。
「いってらっしゃい」
それを見送って少し静かになった空間を寂しくなりつつも、俺は俺で出かける準備をする。
「あそこがあればいいんだけど」
目的地は今まで近寄らなかった北地区。
というか、普段活動している地区とはお城を挟んで反対方向にあるからぐるりと一周するような道を通らないといけないので行くだけ大変なんだよね。
身長が伸びて歩幅が増えればもう少し移動が楽なんだけど。
「そんな今日は乗合馬車で移動っと」
お金に余裕があるなら、子供でも乗合馬車に乗ることができる。
稼げるって素晴らしい。
バスと違うのは、停留所で乗って降りるときは割と自由にここでと言えば降ろしてくれるってところ。
料金は乗るときに一律十ゼニ払ってる。
山手線みたいに決まった道をぐるぐると馬車で移動している。
ゲーム時代でも移動が面倒だった時よく乗ったな。
自前の騎獣を手に入れてからは全く使わなかったけど、それでも世話にはなった。
「大きいなぁ」
道が開けたところから見える城は、記憶にある城よりも少し古く見えるがあっちはグラフィックこっちは生。
綺麗さで言えば向こうに軍配が上がるよな。
しかし、その古さが歴史的な雰囲気を出して個人的にはこっちの方が好きだ。
「あ、降ります!!」
そんな感じで街並みを眺めていると、考えていた時よりもあっという間に目的地に着くことができた。
北地区。
ここにあるのは冒険者エリアというイメージがゲーム時代はあった。
南大陸スタートの場合、北上することがFBOにとってゲーム進行のような形だから自然とプレイヤーに必要な物がここら辺に集まる。
東西南北に冒険者ギルドが存在するけど、北側の冒険者ギルドが一番難易度の高いクエストを発注していた。
「こっちの方が武器屋とか、道具屋がいっぱいあるなぁ」
だからだろう、北区はやたらと物騒な物が並ぶ街並みになっている。
俺たちがいる地区は市民街といった感じでここまで武装している輩は多くないし兵士もそこまでいない。
しかし、ここは警邏していたり駐屯している兵士が多い。
治安で言えばこっちの方が悪そう。
武骨だったり、粗野だったりと、風貌的にお近づきにはなりたくないような輩が多いからか争いごとが絶えないのだろうな。
そんな道を進みながら、時折立ち止まって道を確認していく。
探している場所は市民街と貴族街を仕切る城壁の境目。
この街、レンデルは円形状に広がる街で、城を中央にして囲む第一城壁、第一城壁から周囲を囲むように貴族が住む貴族街があって、その貴族街と市民街を遮るように第二城壁がある。
そして外と街の境の外壁、第三城壁となっている。
貴族街より先に進むには特定のアイテム、許可証が必要になる。
勝手に入ると罰が下ったりするんだけど、北区の城壁のとある場所には貴族街に入れる場所がゲームではあった。
しかも、そのエリアはとある理由があって貴族連中や兵士も近寄ろうとしない。
クエストの情報をそのまま鵜吞みにすれば、この時期にもそれは存在するはず。
だから、わざわざネルとアミナをおいて、下見に来ている。
「だけど、この先に進むのは……まずいよなぁ」
記憶を頼りに進んできたが、ここから先に進むのは明らかにまずいというエリアの前に着いてしまった。
少しアングラな雰囲気、ベッドと酒のマークの看板。
その店の前には、煽情的な服装のお姉さんたち。
歓楽街と呼ばれる、大人社交の場だ。
「ゲームの時はこんな場所なかったぞ」
十八禁ゲームじゃなかったFBOにこんな場所を作るのはだめなのはわかっているが、ここでこんな形で原作乖離されるとは思っていなかった。
「おう、坊主。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「あ、デントさん」
どうしようと立ち往生していると、天からの助けと言わんばかりに知り合いがそこに現れた。
片手に酒。
そしてニヤニヤ顔。
ひげ面も相まって、できればこんな場所では会いたくはなかった。
今日は仕事オフで、ここにナニしに来たかなんて聞くまでもない。
そしてこんな場所で立ち往生している俺の姿を見て勘違いしているのも明白。
「なんだ、嬢ちゃんたちじゃ物足りなくなって女を買いに来たのか?マセてるなぁ」
案の定ここに来た理由を勘違いされてしまった。
「こんな武器を背負って、買いに来たように見えます?」
「ここら辺は治安が悪いからな。ほれ、俺だって最低限の武器は持ってるぜ?」
違うという証明をするために、背中に背負った竹槍を示してみるが、それは逆効果で子供が自衛するために武器を持って歓楽街にきたと思われた。
ちらっと腰につけている短剣をデントさんは見せてくる。
「どうせ、どの店がいいかわからなくて困ってたんだろ??わかってる、ここは一つ先達としていい店を紹介してやるよ」
「いやだから」
「俺もお前くらいの年で女を知ったんだ。別に悪いことじゃねぇよ」
そして、照れるな照れるなと、知ったかぶりをするデントさんの息は若干酒臭い。
こいつ、酔ってるな。
酔っ払いに絡まれて、厄介なことになった。
このままだと女性と楽しいことをするお店に連れていかれてしまう。
獣人二人、特にネルと会えばそれは一発でばれる。
自分たちが一生懸命レベリングしていたのに俺がそんな店で遊んでいたと知られれば白い目で見られるのは確定。
何としてもそれだけは避けねば。
「そうと決まれば」
「あの!ここらへんで抜け道って知りませんか!?俺、〝幽霊屋敷〟に行きたいんです!!」
「あん?」
なのでここはなりふり構わず、遮るような形で用件を言う。
ここであーだこーだ言い訳をしていたら本当に連れ去られてしまう。
もはや形振り構わずだ。
そして目的地を告げたとたん、酔っ払いの雰囲気が一気に引っ込んだ。
「おい、坊主。悪いことは言わねぇあそこには近づくな。遊び半分で近づくような場所じゃねぇんだぞ」
そこには先輩冒険者として警告する一人の大人がそこにいた。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




