30 EX 次代の神 7
「ねぇ、南の」
「なんだ?」
「これはさすがに反則なんじゃない?」
最早この物語ではおなじみになりつつある空中庭園の盤上の間。
そこに集う神々は、五柱。
そのうちの四柱がジト目で、余裕綽々で地球の漫画を読み続ける知恵の女神ケフェリを睨む。
「ルールには反していない」
「反してないけどさ!?あそこに入れるのはもっと段階を踏んでからのはずだよね!?なんで今行けるのさ!?」
「さてな」
戦闘の神アカムのクレームにも冷静に対応している知恵の神だが、その内心当人ならぬ当神もなぜ自身の使徒が仲間と一緒に精霊界に入り込めているのかが把握できていない。
さてなと誤魔化しているが、ケフェリ自身も本当になぜこのタイミングで行けているかがわからない。
「とぼけないでください。その手の知識も使徒に与えたのですか?」
不正があるのなら調停の女神として黙っていないとメーテルも介入して来て、煩わしいと思ったケフェリは、幽霊のような存在を従え特殊な立ち姿を見せる登場人物たちがバトルする漫画をしぶしぶと言った感じで閉じ、自身の使徒がやらかしたことと向き合うことにした。
「与えたか否かで言うのであれば、与えてはいないな。しかし箱庭のシステムの中に確かにルートは存在し、調べれば手に入れるようにはしたから与えたとも言えるか?だから私の使徒は精霊界に入る方法は知っている。だが、その方法は我々の知る本来での道筋で行動した場合だ。西の、お前の使徒がいる大陸の封印されている奴を倒すという方法でだ」
弁明するわけではないが、ケフェリからしても本当に今回の行動は想定外だ。
ではそんな行動を期待していなかったかと言えば、実は内心では密かに期待していたのだが。
「ああー、あれですかぁ。西の大陸の翁さんが、後生大事に抱え込んでいる奴ですよね」
実際に今回は使徒にとって不可抗力のやらかしであり、結果としてケフェリ的には有利な展開になっている。
これが何かルールに違反するような方法でやらかしていたのなら頭を抱えたかもしれないが、精霊王自ら招き入れているのだから、他の神々が言うような違反は見当たらない。
しかし、今回は神々の想定から逸れた方法で裏口から入り込んだようなもの。
愛の女神パッフルが想像している存在を討伐して精霊王に謁見し入れるようになるのが正式ルートだ。
「あれって、邪神さんが用意したギミックですよね。でも、あれを人間が倒すのってかなり大変だから、倒せるような強さになる辺りになると精霊界に行くのってあんまり意味がなくなるんですよねぇ」
精霊界に行くこと自体は何ら違反ではない。
しかし、行くタイミングと方法がケフェリの使徒に都合がよすぎると、他の神々が不満に思っている。
「だが、今の時期に行けるようになると使徒のパワーバランスが大きく崩れる要因になりえる。これは我々の競争としては由々しき事態と言えるのである」
東に使徒を送り出したゴルドスが代表して今回の問題点を指摘し、その言葉にケフェリを除いた他の三柱が同意する。
「だが、ルール違反ではない」
「そうなんですよねぇ。ケフェリ先輩は何も問題を起こしていないんですよぉ。ルールの穴すらついていない。これは完全なルール側の問題なんですよぉ」
しかし、同意したからと言って何も悪くないケフェリにとやかく言うこともできない。
部族間闘争を続けている北の使徒、商売に明け暮れる東の使徒、大陸統治を目指す西の使徒。
そして遅れて参戦した愛の使徒。
「お前たちの使徒が余計なことに時間をかけすぎているだけだ。私の使徒は強くなり邪神を討伐することをスケジュールに組み込んで動いている」
自分の選出した使徒が回り道をしていることによって、競争の進捗に差が出始めた。
その事に関して焦っても仕方ないのはわかっているが、今回の出来事はケフェリと競い合う神々にとって致命的過ぎる。
「……南よ、一つ聞きたい」
「なんだ?東」
そしてその差を生み出した使徒についてゴルドスが抱いた疑問を投げかけた。
「お前の使徒は本当に人か?」
「ゴルドス先輩どういうことですかぁ?この戦いに参戦するには使徒はどういう形であれ〝魂〟は人でないといけないはずですよねぇ?」
その質問はこの戦いに於いて重要なことだと言わんばかりにゴルドスは指摘した。
嘘偽りは神々同士では通用しない。
この答えによっては、この場の神々の対応も変わる。
「人だ。それに関して嘘偽りはない」
その事がわかっているケフェリもふざけることなくゴルドスをまっすぐと見返し、自分の使徒は人であると答えた。
「……そうか、失礼した。お前の使徒があまりにも多才過ぎるのでな」
「あ、それ僕も思った。僕の使徒にも色々と才能を与えたけど、それでも戦いに関してだけだよ。君の使徒は戦いだけじゃない、才能の幅って言えばいいのかな。対応できる範囲が広すぎるよ」
疑われている部分に関しては、ケフェリも疑われてしまっても仕方ないと思う。
実際に、ケフェリももし仮にリベルタが別の神の使徒であったのなら疑ったと確信できる。
「人の才はその魂に依存する。東の、お前が疑ったのは魂のキメラを私が用意したのではないかと言うことだろう?」
「……過去の戦にその事例があった。それだけのことである」
そして疑われた原因が魂のキメラ。
複数の才能を寄せ集めて融合させた魂。
魂を操作できるのは神だけ。そしてそれによって人非ざる才能の塊である英雄を作り出すことができる。
過去、主神の座を競っていた神々の中でそれを作り勝とうした神がいた。
最初は順調であった。だが、異なる魂を融合するというのは神であっても完全に成すことは不可能だった。
複数の魂の融合から生まれた過ぎたる力は互いに反発し合い、その英雄は暴走、結果は自滅という結末を迎えている。
その結末の際に出した被害を知っている神々は、今回の大事な舞台でそれをされてはたまらないといった顔だ。
しかし、疑った結果は白。
少し気まずそうに顔を逸らすゴルドスにケフェリは何も言わずにいる。
「ですけど、このままだとケフェリ先輩の使徒さんが一人勝ちってことですか?」
「そうなる可能性が高くなったのは間違いないですね」
微妙な空気になってもパッフルは気にせず、今後の憂いを口にするとメーテルもそれに同調する。
「西の。巻き返す算段があるのか?」
「逆に聞きますが、東の。あなたのはこの程度で諦める程度の使徒なのですか?そうであれば楽ができるのですが」
「問題はある。だが、この程度で諦めるほど軟な使徒を用意したわけではない」
ここで諦めてくれる神がいればケフェリとしても楽であっただろうが、生憎とここにいる神々はみな総じて諦めが悪い。
「そうだね。僕のところの使徒もそろそろ部族統一が出来そうだしね。そうなったら中央大陸の方に行けるようになるだろうし、そうすれば南の使徒に一気に追いつくよ」
「吾輩の使徒のところも資金が着々とたまりつつあるのである。そうなれば一気にことを起こすのである」
「先輩方と違って私の使徒は動き始めたばかりですからぁ、早々に動きは……あらぁ?」
精霊界というアドバンテージを得られたケフェリの使徒に対抗して、他の神々が神託を下すことも視野に入れて行動を起こそうとした際に、パッフルが盤上を指さした。
「先輩方。これって」
「……」
そして周りの先輩神を手招きして、見てほしいと指さした先はとある遺跡。
そこは邪神教会が根城にしていた古い遺跡がある場所。
もっと具体的に言えば、南の大陸で現在とある盗賊団が根城にしていて、雇い主であるとある公爵に報告した物体が出てきた遺跡。
ここは神々にとっても重要な場所。
それは主に危険地帯という意味でだ。
「動き始めてません?」
「動き始めているな」
そこにあるのは赤い卵のようなもの。
これも邪神側のギミックであり、ネタバレのために神々の間では使徒に神託を下すことを禁じた、使徒への試練として用意された妨害ギミック。
しかしこの試練は難易度が高く、もっと競争の後半に起動するように設定されているはずなのだが、何故かこの序盤に動き出そうとしている。
脈動を始めている赤い卵。
すぐにどうこうというわけではないが、まず間違いなく封印状態が解除されてしまっている。
FBOで言うのであれば、気づかぬ間にグランドクエストの進行度が進んだみたいな出来事だ。それを見た神々の額につーっと汗が流れる。
「まずいですよねぇ?」
「まずいな」
「いや、冷静に言っている場合じゃありませんよね!?これ、かなりまずいですよ!!」
「どういうこと!?なんでアジダハーカが起動しちゃってるの!?」
「知らないのである!!南の、お前が何かしたであるか?」
事態は深刻。
神々としても想定外のことが起きた。
「心外だ。さすがの私もそんなことはしない。第一これを起動して私に何の得がある。うちの使徒の活動圏内だぞ。一番の被害者にだれがなりたがる」
「そ、そうであるな。すまなかったのである」
アジダハーカは使徒たちがある程度成長した際に、対邪神の訓練用に用意された災害モンスター。
その強さは人間側の対応が間に合わない状態で下手に起動すれば、大陸一つの文明を滅ぼすことができるほどだ。
「幸いリミッターはまだ効いているみたいですね。順次鍵を開けて成長するフェーズは踏んでいるみたいなので猶予はあります」
「封印システムはどうなっておる?」
「……こっちで確認したけどさぁ。正式な方法で解除されているって表示されているんだけど」
そんな存在の活動が発見され、神々は慌てて確認している。
いずれは起動することは決まっているが、今ではない。
アカムが確認している封印はもともと東西南北の四柱で確認しているから施してあったのは間違いない。
しかし、その神々の封印が正式な手順で解除されているという。
「……どういうことであるか?アレを正式に解除する方法といえば聖女の生贄しかないのであるが」
「いたんだよねぇ、その生贄の中に聖女が・・・・・」
聖女という存在はそうそういるわけではない。
だが、とある事件で南の大陸に居られなくなった聖女が一人存在していた。
その存在に心当たりのある神々は、なぜこうなったと世界の歴史というログをあさり始めた。
「見つけました。南の大陸から西の大陸に行くという一行で喧嘩していた男女ですね」
「うわ、ずいぶんと派手に喧嘩しているねぇ。でもどうして北の領地に?」
「どうやら聖女はその喧嘩をきっかけに男と一緒に西の大陸に行くのは止めて、東の大陸に行こうと考えたようです。その際に一度王都に寄って今回の争いの相手に謝罪し、あわよくば許してもらおうという魂胆だったみたいですねぇ」
「その時に路地で運悪くこの男に見つかって屋敷に拉致され、そのまま北の領地に連れ去られ軟禁か。運が悪いな」
「うむ、しかも神罰の影響を受けて体調は悪化、その所為で男にも飽きられそのまま生贄か・・・・・」
なぜアジダハーカが起動したか、その原因はわかった。
神々はここまでひどい急転直下の運命をたどる人間は見たことがないと、その少女の冥福を祈った。
あとは冥府の神々の範疇なので彼らはそれ以上のことはしない。
問題は、アジダハーカが起動しそれを止める術がないということ。
それは不運な運命が折り重なってできた災害だと言っていい。
もし、北の大陸にいたはずのジャカランが南の大陸にいなければ。
もし、西の大陸で暗躍していたはずの狂楽の道化師が南の大陸に来なければ。
もし、東の大陸の王族である青年が浮気をしなければ。
もし、南の使徒が一人の貴族の令嬢と出会わなければ。
四つの不運が重なった結果、災害が封印から解き放たれつつある。
まだ猶予がある。
だが、その猶予はどれほどあるかはわからない。
神々はその災害を目にして、どうするか思案するのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
今章はこの話にて終了です。
次話から新章突入します!!といつもなら行くのですが新章に入る前に前にご希望のあった第七章現在のステータスをまとめた資料を明日のお昼に投稿します。
新章は明日の23時の投稿からになります!
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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