29 EX リベルタの居ない時に 1
時々息抜きをする形でこういう話の切り出し方をすることはないだろうか。
男のいない場所でしか話せない、女同士のぶっちゃけトークみたいな流れ。
リベルタが精霊王とともにファンクラブの入会希望者の面接を行っている最中、女性陣はなにをしているかと言えば。
「ふぅ、これでクラス3のレベリングは完了ですわね」
ダンジョンの鍵で開いたマタンゴのダンジョンを攻略していた。
リベルタは精霊王に謁見してクランを作る許可をもぎ取ってきたが、その代償として精霊界に住まう精霊の大多数になるであろう入会希望者の面接に忙殺されると言っていた。
最初はパーティー総出で手伝うと言ったが、アミナが居ると暴走する精霊がいるだろうし、とはいえ彼女を一人で家に待機させるわけにも行かず、かといってクローディアとエスメラルダのレベリングを放置するわけにもいかない。
そのレベリングでマタンゴのダンジョンを攻略するにはイングリットが必要不可欠。
幸い精霊王の助力を得られたため、時間は掛かるが面接はリベルタ一人で何とかなると言うことで、リベルタを抜いた面々でパーティーのレベルの均等化を図るために行動を起こした。
女性陣だけでダンジョンを攻略すること自体は、レベリングのルーティンとして何度もやっているから問題はない。
「エスメラルダ様、タオルです」
「ありがとうイングリットさん」
元々、クラス4のレベリングの済んでいるネル、アミナ、イングリットの三人がいる段階でクラス3のマタンゴでは役者不足。
ボスでさえ軽々と倒し、クラス3のレベリングを終了させるまで三日とかからなかった。
三日経ってもリベルタが合流出来てないことに女性陣は一抹の不安を抱えつつも、ダンジョンでのレベリングは休まなかった。
「リベルタ君、大丈夫かなぁ。帰ってくるたびにどんどん顔がやせているような気がするんだけど」
「そうね。休んだらって言ったけど、まだ行列が残ってるから行かないとって言って聞かなかったし」
だが、ふとした拍子に出るのはやはりリベルタの話だ。
彼と出会ってから人生が変わったと実感しているアミナとネル。
その人生を変えてくれた恩人が苦労しているというのに、こうやってのんびりとレベリングをやっていてもいいのだろうかと二人は表情を曇らせる。
それでももし仮にリベルタがここにいたなら、アイドルのアミナが直接面接とかやったら会場が大惨事になるから来なくていいと、やんわりと断わっていただろう。
ではネルなら大丈夫かと言えば、このデスマーチにいたいけな少女を巻き込むほど俺は落ちぶれていないと見栄を張って、手伝いをやんわりと断られている。
「そうですね。私から見ても彼の顔色は芳しくありませんでした。クラス3のレベリングが終わったことですし、これでイングリットさんはリベルタの手伝いに行けますね」
「はい、リベルタ様はこの状態異常の空間の攻略には私が必要だとおっしゃられていました。ですが、その役目も終わりましたので明日からはリベルタ様の補佐をしようと思います」
しかし、いくら見栄を張っていてもリベルタが無理をしているのは明白だった。
早朝からお城に出掛けて、夜遅くに帰ってくる。
彼の小さな体にどれほどの苦労がのしかかっているのか、それを感じ取っているイングリットはこのダンジョンでのレベリングを誰よりも率先して行っていた。
手を抜くことなどありえない。最高効率で最善を目指し、パーティーを支える彼女の動きはクローディアですら感嘆の息を吐くほど。
「私とクローディア様はこのままクラス4のレベリングに入りまして、それが終わり次第合流しますわ」
「いいなぁ、僕もリベルタ君のお手伝いしたいよ」
「残念ですが、あなたが行くと逆に騒がしくなってしまいますわ」
やるべきことをやる。それぞれの役目を把握しているからこそ、リベルタの意志を尊重して彼女たちはレベリングに集中して強くなることを目指す。
彼が必要としていることを理解しているからこそ、面接の手伝いではなく強くなることを優先している。
「ぶぅ、そうだけどさぁ」
「アミナさんはリベルタのことが好きですからね」
「うん!リベルタ君はネル以外で初めて僕の歌のこと〝認めてくれた〟人だからね。それにこんなに歌える場所を用意してくれるし!!」
そんな行動を共にする彼女たちがそれぞれリベルタに向ける感情を、仲間同士で把握してないわけがない。
一番中立、そして歳の差的に大人の対応ができているクローディアが、リベルタと一緒にいたいという純粋な気持ちを持つアミナの気持ちを代弁すると、アミナは笑顔で恥ずかしがることなく頷いた。
モンスターの跋扈する弱肉強食なこの世界において、生きるためには戦うことを求められる社会で芸で食っていくことは非常に困難なことだ。
歌うだけで金がもらえる。
そんなことができるのは一握りの人物だけ。誰もかれもが歌はちょっとした余興で楽しむ程度の物、それを仕事だとは思っていない。
歌に誰よりもこだわりがあるアミナだったが、周囲の人のみならず親兄弟にも歌で生計を立て、まして大成するのは無理だと言われ続けてきた。
生きるためには働かないといけない。
歌は、アミナの周囲にとって働くこととは見なされなかった。
リベルタに出会う前、その夢を語り笑わず聞いてくれたのは親友となったネルだけ。
他の人たちは、歌をバカにするか、アミナの夢をバカにする面々ばかり。
もっと現実を見ろと何度も言われ続けてきた。
周囲からそんな目を向けられる中でリベルタと出会った。
彼は笑うことなく、アミナの歌はすごいと称賛した。
そしてその言葉は薄っぺらいモノではなく、行動で往くべき道を指し示し、アミナの夢を現実にしてくれた。
胸の前で手を組み、その気持ちを大切なものとして抱いているアミナははにかむように笑い、その好意を隠さなかった。
「なにより、僕の歌を好きって言ってくれるし」
女性同士だから言える話だが、この話題ははっきりと言えば何度もしている話だ。
「その気持ちわかるわ。私もそうだし」
定期的に出てくる話題と言えばおかしいかもしれない。
ただ、リベルタがいない時にふとした拍子で出てくる話題だ。
そしてその話題が出る理由は、彼女たちがそういう話題を出したくなるほどリベルタに好意の感情を抱いているということ。
「女性の商人というのはあまり聞きませんよね。私も旅をしていましたが行商をしている方は全て男性でしたし」
「そうですわね。屋敷の方に出入りする商人の方もみな男性ですわ」
この世界は男女どちらでも強くなれる世界ではあるが、男が前面に立ちそして女性はそれを支える、社会ではそんな風潮が強い。
特に危険な街の外で活動する冒険者や行商人はその傾向が強い。
クローディアという例外はいるも、女性にその数は少ない。
エスメラルダの言うことも、行商人として経験を積み王都で店を構えられるほどの商人は男性が大半を占めるがゆえ。
「ネルの商人になる夢も大変だったよね。よくダッセとかに無理だって言われてたし」
「正直、その通りだったわ。お父さんは応援してくれていたけど、お母さんはあまり賛成してくれてなかったし。商人になるとしてもお父さんのお店を継いでくれって言われてたわ」
女性が商人になることはできる。
実際に女性の店主もいる。
だが、その大半は親の店を引き継いだものだ。
「でも私は、私のお店を持ちたかった。お父さんみたいに行商人になって世界中を旅して、自分の力で自分の目で選んだ場所で商売がしたかった」
戦う力が無ければ、街の外に出て仕入れることもできない。
「それができないってなんとなくわかってたの。前までの私じゃ、夢は夢で終わっちゃってた」
何もない者には挑戦する権利すら与えられないのが商人という世界。
「きっと、リベルタに出会わなかったら私はそのまま後悔しながらお父さんのお店を継いでいるか、もしかしたら後悔をしたくないから無理でもいいから挑戦していたかもしれないわね」
一攫千金を願って挑戦する者は後を絶たないが、それでも成功するのはごくわずか。
リベルタはネルの店を知っていた。
だが、リベルタはネルという存在を知らなかった。
ゲームの都合上余分な容量を削減するために描かれなかったのかもしれない。それでもリベルタはその場に現れた。そしてネルと出会い、彼女の夢を膨らませて実現への道を拓いてくれた。リベルタに出会わなかったとしたら、今、言えるのはネルがどちらの選択を取ったかは考えたらわかることだった。
「だから、リベルタには感謝しているの。ううん、感謝なんて言葉じゃ足りないわ。まだ南の大陸だけだけど、これからもっといろいろなところに行けるって教えてくれた。私の夢をいい夢だって褒めてくれた。あの時の言葉に私は救われたの」
そんな不条理とも言えるような世界に壁を感じていたネルはあっさりとその壁を取り払ってくれたリベルタに感謝し、そしてアミナに負けず劣らずの優しい顔で笑みを見せるほどの好意を抱いている。
まだ小さくとも彼女も女性。
夢の道筋を与えてくれる一人の少年に恋心を抱くのに時間はかからない。
「いいですわね」
「あなたにはないのですか?」
そんな少女二人の話を聞いて笑顔を見せるエスメラルダであったが、あなたも負けていないでしょと挑戦的な笑みでクローディアに話を振られれば、誇らしげに胸を張った。
「貴族の家に生まれた時に私の生き方は定められましたわ。血を残す、それこそが私に課せられた使命ですわ。ですが、私はそれに関して思うところはありません」
貴族としての務め、それを理解し納得している。
「その血を残す相手も幸い心当たりがありますし、父も応援してくれていますので」
最初の婚約者は最悪であった。そんな彼女の人生で運命的に出会った少年に二度も命を救われれば、少なくない好意を抱くには十分だ。
そして救われたのは彼女だけではない。
一度目では最愛の妹を、二度目では大切な父を。
彼女の命だけではなく大切な家族の命を二度も救われたことは、エスメラルダにとっては非常に重い。
そしてその二度とも、リベルタは無理を承知で命を張って救ってくれた。
少し挑戦的に笑みを浮かべる彼女であったが、先に好意を見せた二人に対して敵意はない。
「問題は、私の気持ちにリベルタが気付いているかわからないという点ですわ」
「「「ああー」」」
むしろ仲間として、リベルタのことをどうするかとお互いに相談することがこの会話の流れになってしまっている。
「女性に興味がないというわけではないのですよね」
「それはないです。前に冒険者ギルドの受付嬢に見惚れてたもの」
「エルフが好みというわけではないのですわよね?」
「そのような話は聞いたことはありません。また、特定の女性とお付き合いしているという話も聞いておりません」
「うーん、たまに一人で行動しているときはあるけど、そういう雰囲気じゃないし」
これだけ美女美少女に囲まれているというのに、浮いた話の一つも出てきていない。
リベルタがこの話を聞いたらどんなリアクションが出てくるか。
好感度を稼げるだけ稼いで放置している朴念仁。
クローディアは少年の行動に呆れつつも、だからこそ彼女たちが仲良くできているのではとも考えた。
誰か一人と交際していたら、どことなくこのパーティーに不和が生まれている可能性があった。
だが、それをせずただただ目的のために邁進しているから、このままじゃまずいと思い全員で囲い込もうと結託している。
このお互いの恋心の暴露もその一環だ。
今回は言っていないが、寡黙なイングリットも、日ごろの仕事に感謝してくれるリベルタに好意を抱いている。
やって当たり前、できて当然だと思われるような仕事でも、リベルタは良く見ていてそしてしっかりと言葉にして感謝してくれる。
彼女の知る他の男にはない彼女を喜ばせる行動。
そしてこの世界の未知を見せてくれる。
だからこそ、リベルタへの興味が尽きないのだ。
ダンジョンでの女同士のちょっとした井戸端会議。
当人がいないからこそ、話せる話もある一時であった。
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