24 星屑の芋虫
クラス4のダンジョンだと、ボスであるサイクロプスはクラス5の存在で沼竜と同格の敵となる。
トロールをエスメラルダ嬢の雷魔法で次から次へとバッタバッタとなぎ倒し、渓谷型のダンジョンを奥へと進み、昼休憩を挟んだころにはサイクロプスの居る周囲を岩壁に囲まれた崖の奥地にたどり着くことができた。
そこで腕を枕にして眠っているサイクロプスを見つけた俺たちは先制攻撃をすることにする。
「ブリザードウェーブ!!」
相手は物理特化のサイクロプス。そしてボスはエスメラルダ嬢が倒さないといけないことから俺の首狩りや心臓打ちではなく、まずは相手の体を凍らせる魔法からスタート。
一気に周囲の岩壁も含めサイクロプスの体が白く凍り付き、その寒さでサイクロプスが目覚めそして体を動かそうとしたが、霜がついて凍えた体ではそれもうまくいかない。
「ライトニングレイン!」
起き上がるのにもたついている間に、追撃で雷の雨が轟音とともにサイクロプスの体に降り注ぐ。
『■■■■■■■■!?』
痛みに悶えるサイクロプスの叫びに呼ばれ、周囲の崖の上にトロールの群れが現れ、崖から飛び降りて取り巻きとしてサイクロプスを護るように俺たちの前に立ちはだかるが。
「それは知っておりましてよ!!マジックストック開放ですわ!!さぁ!!まとめて凍らせて差し上げますわ!!!」
あらかじめサイクロプス戦の行動パターンを伝えておいたので、エスメラルダ嬢は迷わずあらかじめストックに詰め込んでおいた魔法を開放する。
猛吹雪が、着地しこっちに向かってくるトロールたちに襲い掛かる。
「からの第二波ですわ!!」
ボスエリアの入り口付近で待機している俺たちの方向に迫ってくるから一方向で対応は済む。
俺たちの正面方向で再び凍り付いたトロールの群れとサイクロプスに轟音を上げながら振り注ぐ雷の雨。
「一網打尽とはこのことですわ!!」
その流れるようなコンボでトロール軍団は全滅、サイクロプスにも大ダメージが通った。
『■■■■■■!!』
「僕たちに任せて!!みんな行くよ!!!」
体に焦げ跡を残し、痺れた体に鞭を打ち起き上がったサイクロプスは雄たけびを上げた。
そして青色の肌が徐々に赤色に変化していくのを見ると、削れたHPは三割と言ったところ。
このまま連続で魔法を叩きつければサイクロプスは倒せるけど、マジックストックに詰め込んだ魔法はもう使い切って、次に使うための魔法詠唱には時間がかかる。
発動短縮化はやはり課題だな。
このまま放っておけば、怒り状態になって攻撃力の上がったサイクロプスが俺たちに接敵し、真っ先にエスメラルダ嬢に襲い掛かる。
それを防ぐのがタンクの役割だ。
前に躍り出るアングラー三体に乗り込んだ精霊たち。
ただ立ちふさがる程度じゃサイクロプスは止まらない。トロールとは違い、筋肉が盛り上がってしっかりと引き締まった肉体をもつ存在は巨体に似合わぬ加速をして猛スピードでこっちに迫る。
「僕が、センターだ!!!」
そこに敵の注意を惹きつけるアミナのスキルが発動し、エスメラルダ嬢が稼いでいたヘイトがぶれる。
光の柱に包み込まれたアミナにサイクロプスの注意が一瞬逸れるが、それでも稼いできたヘイトは相殺しきれず、エスメラルダ嬢への突進は止まらない。
だが、一瞬で充分だ。
光の柱に包まれたアミナの歌う追い風の歌によって加速した二つの影がサイクロプスの足元に駆け出す。
「硬いわね!!」
「刃が通りにくいです」
ハルバードを振り上げたネルはサイクロプスの脛をパワースイングで吹き飛ばし転ばせた。
その隙にイングリットも切りかかったが、二人の手ごたえは微妙だった。
物理特化のステータスは、物理アタッカーのネルとイングリットの攻撃を正面から受け止めてもなお攻撃に移れる。
転ばされたが、起き上がる前に片手に持った金棒で薙ぎ払い、ネルとイングリットを後ろに下がらせる。
痛覚がないのかと思うくらいに、物理攻撃を受けても相打ち狙いで反撃してくる一つ目の巨人を相手にネルとイングリットがどう攻めるか悩んでいるが。
「ショックボルト!!」
『■■■■■■■!?』
ネルとイングリットの攻撃に追撃する形で詠唱を終えたエスメラルダ嬢の魔法が突き刺さるとさっきまでの余裕がなくなり、一気に怯む。
「首狩り」
その攻撃によってひるんだ隙に、起き上がろうとするサイクロプスを支える左手の手首に鎌槍に生やしたマジックエッジの大鎌の刃を走らせる。
生憎と俺の攻撃は首が対象なら自慢の防御力も意味をなさない。
スッと豆腐を切るかのように刃が差し込まれ、支えていたはずの左手は手首から分断され、支えが無くなったサイクロプスは再び転がることになる。
「ネル!顎を叩きまくれ!!そこならダメージが通る!」
「任せて!!」
「イングリット!起き上がらせるな!!足を払い動作を邪魔しろ!」
「承知しました」
人型の敵は確かに色々と厄介な攻撃をしてくるが、対人戦用の技がかなり通用するから一度こちらの戦術にはめれば封殺できる分、ドラゴンとかを相手にするよりも楽に立ち回れる。
俺たちの総攻撃にアミナの喝采の歌の支援が入り、攻撃力が上がったことによりDPSが跳ね上がり、さらにアミナが歌えば歌うほどサイクロプスの注意はアミナに向き始める。
『こうげきする』
『アミナのうたはじゃまさせない』
『びーむはっしゃ!』
歌姫の歌は邪魔させないと、アングラーの目から精霊たちの魔力による光線がサイクロプスの巨体に浴びせられる。
威力はそこまで高いモノではないが、それでも物理特化のサイクロプスには効く。
再び怯み、その場から身動きが取れなくなるサイクロプス。
こうなってしまえば、もはや相手はどうしようもない。
顎をネルのハルバードに殴り飛ばされまともに顔を動かせず、起き上がろうと足に力を入れてもイングリットの箒に払われて起き上がることもままならない。
唯一の反撃は突っ伏した状態でも手放さなかった金棒を振り払う攻撃くらいだが、振り払おうとした瞬間に精霊たちが乗るアングラーからビームが発射される。
攻撃を受けて動きが止まってしまうサイクロプス。
本来であれば、トロールというタフな取り巻きがいることで、ボスへの対応がしにくくなり相手のタフネスにゴリ押しされて窮地に陥るのがプレイヤーたちがサイクロプスに負けるパターンだ。
確かに物理に強いし多少の魔法攻撃なら物ともしないサイクロプスだ。
だが、広範囲殲滅魔法で取り巻きのトロールを一掃され、攻撃を一身に浴びるしかないような状況で四肢を封じられる攻撃をされてしまえばこいつになす術はない。
「皆様準備ができましたわ!!」
「総員退避!」
そして攻撃が無くなったと思って起き上がろうとした瞬間に再び襲い掛かる猛吹雪とそれに繋がる雷。
視界を凍らされ、そして動きが鈍くなって一時的に氷属性にされた体を一気に貫く対属性の落雷。
一気に削りきられる命にサイクロプスが咆哮するが、もう勝負は決した。
マジックストックを駆使した二段構えの広範囲魔法の連続使用は敵からしたら悪夢のような攻撃。
その身に浴びた雷は、確実にサイクロプスの体を捉え、全身に放電の走るその巨体をなすすべなく地面に打ち据え。
嵐が過ぎ去った後にもなおそのタフネスで残った命で反撃しようにも、隙を見せずに襲い掛かるのはサイクロプスの巨体を吹き飛ばすことができるネルの攻撃と、起き上がらせないように立ち回るイングリットの攻撃。
そこにリキャストタイムが終わり、金棒を持つ右手首に襲い掛かる俺の首狩り。
まだサイクロプスのライフは残っているが、その命も風前の灯火となった。
ここからはラストアタックをエスメラルダ嬢に回すという、ダメージバランスを計算しつつ立ち回る作業となる。
ダンジョンを行軍する時間が長く、そしてジョブの二つ名獲得のためにここまでの敵の殲滅を一身に引き受けてきたエスメラルダ嬢は、お嬢様らしくない腰に手を当てて顎を上げた豪快なスタイルで何本目かの魔力を回復するポーションを煽り、空き瓶は丁寧にマジックバッグの中に仕舞って三度目の魔法の準備に入る。
これをあと一回済ませれば、サイクロプスの命も尽きる。
油断も慢心もせず、淡々と行動を進めていけば。
「か、勝ちましたわ!もうしばらくポーションは飲みたくありませんわ!!」
最後の雷でサイクロプスが黒い灰と化していくのが見え、エスメラルダ嬢がガッツポーズを取ることでこの戦いは終止符を打った。
俺たちがサポートしたとはいえ、彼女一人でダンジョン丸ごとのモンスターを殲滅したとなれば、彼女が最もつらかったのは敵を倒すことよりも、多数の魔法を使うために魔力を回復する作業であったことは皆が理解している。
なので、彼女のガッツポーズの意味は勝利の雄たけびではなく、もうしばらくはポーションを飲まなくていいという切実な思いだ。
「喜ぶのはジョブをしっかりと獲得してからの話ですよ」
「はっ!?そうでしたわ!?先ほどジョブは獲得できたと神託は得ましたが、求めたものではなかったらダメなのですわ!?」
しかし、その安堵はまだ早い。
こうやって、一つのダンジョンをエスメラルダ嬢を主軸に攻略し、MVPは間違いなく彼女であると確信できる結果でボスも倒した。
それを神はどう判断したか。銀色の宝箱が出たことには誰も触れず、恐る恐るステータスを見るエスメラルダ嬢を全員で見守り。
「取れてますわ!しっかりと二つ名も取れていますわ!!見てくださいリベルタ!!」
今度こそ、問題なくダンジョンの攻略が完了したことを伝えるエスメラルダ嬢の歓喜の声を聞き、俺たちも胸をなでおろした。
駆け寄ってくる彼女が見せるステータスを見れば。
『エスメラルダ・エーデルガルド クラス3/レベル1
ジョブ 元素の魔王
称号 探究者
基礎ステータス
体力80 魔力324
BP 0
EXBP 0
スキル7/スキルスロット9
魔神術 クラス10/レベル100
杖術 クラス10/レベル100
ライトニングレイン クラス10/レベル100
ブリザードウェーブ クラス10/レベル100
ショックボルト クラス10/レベル100
アイスウォール クラス10/レベル100
マジックストック クラス9/レベル54』
そこにはしっかりと求めていたジョブが表示されていた。
涙目になっている彼女は、確認した俺が間違いないとうなずくと。
「よかったですわぁ!!!」
感極まって俺に抱き着いて、俺の顔を胸に抱きよせてきた。
が、そこでラッキースケベは起きない。
俺の顔にあたるのは硬い鱗で出来た鎧の感触。ごつんと当たらないだけまだマシだけど、こういう時ってもっとご褒美があってもいいのではと思う。
「これであとはクローディアさんの方もとれていれば問題ないですね。そうなればもう一回ダンジョンを使える回数が残るので、欲しいアイテムがあるからそっちに明日は挑戦したいですね」
そんな邪なことを考えながら、苦笑してエスメラルダ嬢の顔を見上げると彼女は抱きしめたまま首を傾げた。
「欲しい物ですの?」
「ええ、その前にみんなに聞きたいんだけど芋虫って平気?その見ため的に」
宝箱にも手を着けず、美女に抱きしめられながら次の話をするのはどうかと思うが放してくれないのだから仕方ない。
ネルとアミナのジト目、そしてイングリットがこっちもお願いしますと両手で誘ってきているが、一旦そっちには触れずに話を進める。
「芋虫?別に平気だけど」
「僕も、外にいたらよく見るし」
「私も平気です」
「?何か問題がありまして?」
芋虫と聞けば女性なら嫌悪感の一つは見せるかと思いきや、この世界の女性たちは逞しい。
ネルとアミナはわかるけど、貴族出身のイングリットとエスメラルダ嬢まで平気とは思わなかった。
「いや、次に倒したいモンスターが芋虫だから平気かなぁって」
「食べろと言われれば嫌だけど、倒すくらいは平気よ」
「僕は食べたこともあるけどなぁ」
「美味しいのですか?」
「うーん、あんまり?ほら僕たち兄弟が多いから安い食材って言う感じでお母さんがたまに出してたんだ」
「そうなのですね」
そしてアミナの逞しさを物語る話を聞きつつ、虫を食べることは普通なのかとこの世界の食事事情を知りつつ。
「それで、倒したいモンスターはなんなの?」
「次のアミナのアイドルの衣装に使いたい素材の入手も兼ねて倒したいクラス5のモンスター。スターダストキャタピラーだ」
俺は次に倒すモンスターの名を告げるのであった。
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