20 新装備
「なにこれ?リベルタが使ってたリュートと少し似てるけど、大きいわね」
「これは太鼓ですの?ですがこんなにたくさんあるなんて」
いやぁ、久しぶりにアイテム作成に手を出すと止まらなくなってしまった。
精霊界に来てあっという間に一週間が過ぎた。
その間ネルたちには情報収集をしてもらっていたが、お願いした俺はというとライブのための楽器を闇の精霊とともに作り上げていた。
ネルが手に持っているのはエレキベースを基にした、魔導ベース。
エスメラルダ嬢が興味津々に見ているのはドラムセットだ。
「この板は何のためにあるのでしょうか?」
イングリットが見ているのはキーボード。
音を再現するのに一番苦労した一品だけど、その分完成度には自信がある。
「……」
そして最後にクローディアが手に持っているのはサックスだ。
「リベルタ、なぜこんな形なのでしょうか?」
ついこの間まで横笛を吹いていたクローディアからしたら、サックスという管楽器はどういう構造で音を出すかも見当がつかないようで、彼女にしては珍しく困惑した顔をしている。
「形の理由はわかりませんけど、これも立派な楽器なんですよ」
そんな彼女からサックスを受け取って、構える。
うーん、子供の体だと少し大きいけど、まぁ、何とかなるか。
とりあえず何を演奏するかと考えて、パッと思いついた曲を演奏し始める。
マウスピースに口をつけ、そしてゆっくりと息を吸い込んでから音を鳴らす。
「!結構大きな音がするのね」
「聞いたことのない音色ですわ」
「すごい!かっこいい!!」
「はい、迫力のある音ですね」
「ですが、何故でしょう。何か事件が起こりそうな雰囲気の曲のような気が」
クローディアは鋭いなぁ。
俺が演奏しているのは某頭脳は大人な少年探偵のテーマ曲だ。
この曲が流れると物語が始まるので、イコール事件発生って感じだね。
まぁ、さすがに精霊界で事件は起きてほしくないけど。
「とまぁ、こんな感じの音が出る楽器です。肺活量が結構必要になる楽器ですけど、クローディアさんなら大丈夫ですよね?」
「その点は問題はないですが、音階の方を覚えるのが難しそうですね。後は吹き出す息の量によっても音が変わりそうですね」
マウスピースの部分を一旦外して、予備のパーツと交換しながらいけそうかと確認してみたら無理だとは言わず、組み上がったサックスを受け取って使い方を確認している。
「練習は必要ですが、モノにしてみせましょう」
「わからないことは聞いてください」
「ええ、そうさせてもらいます」
新しい楽器へのコンバートはかなり難しいだろうが、この面々ならできそうな予感はしている。
「リベルタ!次はこの太鼓の集団を教えてくださいまし!」
「太鼓の集団って。間違ってはいませんけど」
サックスの演奏で掴んだ雰囲気によって、新しい楽器に関しても前向きになっている。
エスメラルダ嬢は早く叩きたいと、うずうずとしている。
そんな彼女の期待に応えるべく、ドラムセットの中にセットした椅子に座りスティックを握る。
ワクワクとこっちを見る彼女に向かって俺は少し苦笑する。
「まぁ、最初に覚えてもらうのは8ビートっていうリズムで」
「えいとびーと、ですの?」
「はい、取り敢えず使うのは両手と右足ですね」
「え、一つの太鼓を使うのじゃなくてですの?」
「ええ、右手は基本的にこのライトシンバルか、こっちの左側にあるハイハットっていう金属の円盤を叩くような動きで・・・・・」
ドラムは四肢をフルで使って曲のリズムを作り出す大事な楽器だ。
今まではネルとエスメラルダ嬢がそれぞれでリズムを取ってきたが、今後はエスメラルダ嬢がリズムを作り出す役割になる。
最初はゆっくり、そして徐々にテンポを上げて8ビートのやり方を見せると。
「わ、私にできるでしょうか?」
「クローディアさんにも言いましたけど、教えますんで」
「が、頑張りますわ!!」
シンプルそうで、意外と難しいドラムの動きにエスメラルダ嬢はさっきまでのワクワクとした輝きから緊張の眼差しに変わってしまっていた。
仕方ないと思いつつ、席を譲り、おずおずとスティックを振るう彼女に手取り足取りと教え、リズムを刻めるようになってあとは体に染み込ませるという段階になったら。
「次はイングリットだな。ネルは俺と一緒に演奏しながら教えるから少し待ってくれ」
「わかったわ」
「よろしくお願いします」
イングリットに用意したのは板と呼ばれていた物体、キーボードだ。
電力がないこの世界だと、雷の精霊とかに電気を発してもらえば電化製品は作れるけど、それだと発電のために常に精霊についてきてもらうか、雷魔法を常に発する魔道具が必要になる。
それなら、いっそのこと電気じゃなくて魔力で動かせばいいじゃんという発想が魔導楽器だ。
「まぁ、こんな感じだな」
「なるほど、音色がたくさんありそれに合わせ鍵盤をリズムに合わせ叩くのですね」
「ああ、音階を覚えるのが大変かもしれないが」
「問題ございません。先ほどの演奏である程度の音は覚えました。後は応用を覚えれば即応できるようになるかと」
そしてクローディアやエスメラルダ嬢と比べて、新しい楽器の演奏方法の吸収力がすごいのがイングリットであった。
最初は猫ふんじゃったという、簡単な曲からスタートしているが、どんどん難しい曲に挑戦して行っている。
さりげなく、四苦八苦しながらもリズムを作ろうとしているエスメラルダ嬢のドラムの音に合わせて演奏している。
それに気づいたクローディアも音楽に入ろうとしている。
そしてイングリットとクローディアが自分のリズムで演奏し始めているのに気付き、真剣になるエスメラルダ嬢。
いい循環ができ始めているな。
「さて、待たせたなネル」
「大丈夫よ」
そして、最後に残ったのはネルだ。
彼女にはベースを任せようと思っている。
「これからやるベースは曲の低音部を担当して、楽曲の土台を支える重要な楽器だ。いままでカホンでリズムを刻んできてくれたネルならできると思ったからこれを任せたい」
そして、闇の精霊と一緒に作った赤い魔導ベースを差し出す。
それをおずおずと受け取り、ベースストラップを肩にかけて見よう見まねで構える。
恐る恐る彼女の指が弦に伸び、弾くとボーンと低い音が響く。
「思ったよりも音が小さいのね」
「魔力を込めて弾いてみてくれ」
「こう?」
音の大きさは、魔力の大きさで調整できる。
これは拡声のスクロールの代用品ということで組み込んだゴーレム技術の応用だ。
ここまで用意した楽器全てがいわば小さなゴーレムだ。
楽器のすべてにゴーレムコアを組み込んで、演奏という分野に特化したゴーレムとして成り立たせている。
そしてネルの魔力に反応して、今度はさっきよりも大きな音を響かせる。
その音にびっくりしたネルは狐耳を動かして興味深そうに弦を何度も弾く。
魔力の強弱によって音の大きさが変わる。
その機能を理解した彼女は、ふと左手で押さえているネックの部分が音を変えることに気づく。
「リベルタ、ここを押さえるのとここを押さえるのでは音が違うわよ」
「ああ、リュートもそうだけどベースもネックの弦を押さえる場所を調整して演奏する楽器だからな」
指の動きは今までの楽器の中で一番大変な楽器だろう。
俺も自分のために用意した青いエレキギターならぬ魔導ギターを構えて、軽く演奏する。
「私の楽器と音が違うのね」
「ああ、こっちがいいか?」
ギターの方が派手な音色を響かせることにネルは目を見開かせた。
ギターの方がやりたいというのなら俺はベースでもいいので交代を申し出るが、ネルは首を横に振った。
「こっちがいいわ。なんとなく、この音が好き」
ギターの派手な音よりも、ベースの染み渡るような低音が気に入ったのか何度も弦に触れて音を鳴らす。
「わかった。じゃぁ、さっそく弾き方を教えるな」
「どんと来なさい!」
ここから教えるコードと言われる技術は、ギターもベースも共通の初心者が最初に躓く関門だ。
全てのコードを覚えれば一番いい。とはいえ、まずは基本のコードから教えていくのだが。
「こ、こう?」
「そう、そう。指は大丈夫か?」
「指は大丈夫だけど、難しいわね」
「最初からそこまで指が動くなら問題ないぞ。俺なんて基本のコードをスムーズに押さえられるようになるまでかなりの時間がかかったからな」
「どれくらい?」
「まともに動かせるようになるのに一年、納得できる演奏ができるまで二年ってところだな。まぁ、他にも色々とやりながらって感じだったからそれくらい時間がかかった」
ステータス補正があるからか、みんな呑み込みが早い。
演奏スキルは誰も持っていないが、それぞれの楽器の基本をマスターするのが早く。
すでに8ビートを体に叩き込んだエスメラルダ嬢がクローディアのサックスとイングリットのキーボードとセッションをし始めている。
うん、うちの女性陣の吸収能力が高すぎる。
俺がこれできるようになるまで結構時間がかかったんだけどなぁ。
「リベルタでも覚えるのに時間がかかったのね」
「当り前だろ。俺が今できるようになってるのは昔の努力があったからだからな」
「本当に私たちと同じ歳なのよね?」
「そのはずだな」
ネルもすでにコツを掴み始めて、フィーリングで三人の曲に合わせるならこうかなと手探りだけど、音楽として形にしようとして来ている。
「この曲、好きかも」
そう呟いたアミナが即興で歌を差し込んできた。
まだまだ拙く、リズムもバラバラ、楽器の演奏も不慣れ。
されどそこに新しい何かが生まれそうな息吹を感じる。
この楽器たちを作る際に協力してくれて、皆が初めて新しい楽器に触れるときから見ていた闇の精霊も、ずっとアミナのそばに居る小精霊たちも、一緒にリズムを取り出して小さな演奏会が生み出される。
まずは慣らしのための音出しだというのに、即興で演奏を始めてしまう。
ならばと、俺もその曲に合わせてギターを弾き始める。
今まではこの世界にある楽器を使って演奏していたから、こういった異世界の楽器の音を響かせる音楽は精霊たちにとっても未知の領域だろう。
どこか知っている曲であっても別の曲に聞こえる。
そして今全員で演奏しているのは、この世界で初めて作るオリジナルの曲になるかもしれない。
少なくとも、こんな曲は俺は知らない。
皆が皆、真剣にその音に合わせ今出せる自分の音を重ね合わせ、その音を聞いてアミナが即興で歌う。
もし仮にアンコールを求められても同じ曲は生まれないだろう。
あとで思い出しても、どこかにズレが出て二度と再現できそうにない曲。
「リズムをあげますわ!」
そして物足りないからとアップテンポに変わったエスメラルダ嬢のリズムに合わせて、皆が即興で合わせるとこれまた別の曲に変わる。
たまにはこういうのもいいな。
本業の戦いの前の少しだけの休憩。
「では、このような音はいかがでしょう」
「じゃぁ私はこう!」
「……!」
「楽しい!」
ただ我武者羅に、全員で一つの曲を作り上げようとする優しいひと時。
最近は少しバタバタしすぎて、こうやって楽しむだけの時間って言うのはあまりなかったような気がする。
だからだろうな。
この時間がひときわ楽しい。
指先にこもる熱量と言えばいいのだろうか、ライブのためでもない、精霊たちを喜ばせるためでもない。
ただ純粋に自分のために楽しむ時間。
それを楽しんでいる贅沢。
その贅沢な曲は、ジャムセッションの即興らしい不格好な終わりだった。
「ねぇねぇ!!いまのすっごく楽しかった!!もう一回やろうもう一回!」
だけど、その不格好な終わりから生まれる新しい何かのための始まり。
アミナの興奮した笑顔に、俺たちも笑顔になり自然と次の曲の準備にかかる。
そうして、このひと時は時間を忘れ新しい楽器を楽しむのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
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