10 雨の悪魔
加筆修正しました。
「二体目!!ネル!そっちに追い込むぞ!!」
「わかったわ!!」
雨の降る日の狩りの成果は歓喜の日と嘆きの日の二つに分かれる。
比率としては、前者の方が九割以上を占める。
パーセンテージ的には九十九パーセントが歓喜の日だと言っていい。
「これでおしまいよ!!」
雨の降る中、このマダルダに徘徊するミミックアーマーを狩る作業において既に五体目で。
「でたわ!!」
「確率で六割越え。すげぇドロップ率だな」
三個目の古代の武具を手に入れている。
雨効果は確かにネルに恩恵を与えていると思わせるドロップ率。
「嬉しくないの?」
「ああ、嬉しい、嬉しいんだが」
狩れば狩るほど、アイテムが手に入るのは嬉しいが何故だろう、雨脚が強くなってくるたびに妙な胸騒ぎがする。
当たるはずがない、当たったら不運だと諦めろと言われる災厄が妙に脳裏によぎる。
「リベルタ様、先ほどから空を気にしておられますが何かあるのですか?」
「普通の雨雲ですわよね?」
ドロップした兜を拾い上げて合流してくるイングリットとエスメラルダが、最初は楽しんでいた俺が今では警戒心を空に向けていることを不思議に思っている。
「妙な胸騒ぎがしてるだけだ」
「虫の知らせというモノですか?」
「その類だったら、俺は今すぐこのマダルダから脱出する算段を立てた方がいいと思うがな」
「最悪、馬車を乗り捨ててアミナさんたちと合流してから転移して逃げるということも問題ありませんわ」
レイニーデビル、こいつを相手にするとなれば今の俺たちでは勝ち目がない。
相手は超大型ボス、そしてクラス8の怪物。
この世界に来て数々のジャイアントキリングをしてきたが、今回は勝ち目がない。空を飛ぶ術もない状態で俺たちが戦ったら間違いなく全滅する。
普通に逃げられるかも怪しい敵だ。
「リベルタ、嫌な予感って言うのは無視しない方がいいわ。それって神様からのお知らせってお父さんも言ってたわ」
「神からの知らせか」
そしてこの胸騒ぎがただの違和感だけではなく、何かあるとネルは言う。
日本でも多少はそういう感覚が信じられていたが、この世界だと神という存在がしっかりと認知され、いないというだけで異常だと言われるくらいだ。
となると、この胸騒ぎを無視してはいけないことになる。
「……警戒しながら進むが、少しでも異変が起きたら撤退するぞ。特にモンスターとのエンカウント率には注意する」
だけど、この胸騒ぎという根拠だけでダンジョンの拠点まで戻って撤退するのは怯えすぎだと思って探索は続行する。
ワールドモンスター出現時の特徴として、ワールドモンスターよりも格下のモンスターは隠れるという習性がある。
それは、災害をまき散らす天災級のワールドモンスターにとってその地域に根付くモブモンスターなどはただの餌でしかないからだ。
レイニーデビル相手では沼竜であっても捕食対象でしかない。
「モンスターに出会わなくなればレイニーデビルが近寄っている証拠だ。もし、拠点に撤退できないようだったら近くの建物の中に避難するぞ。そこでダンジョンを展開して中に入る」
「アミナたちは大丈夫なの?」
「ワールドモンスター本体は絶対にボスモンスターの居ないダンジョン内には入らないんだ。それに、レイニーデビルの体の大きさ的にモチダンジョンは狭すぎるし。ダンジョンの外にさえ出なければ安全だ」
ワールドモンスターの出現兆候として知られる特徴に注意しておけば即座に避難はできる。
「イングリットは空の警戒を頼む。あとは移動速度を抑えてゆっくりと進むぞ」
「かしこまりました」
さっきよりも移動速度を抑え、イングリットに空を警戒してもらいながらミミックアーマーを探す。
胸騒ぎは収まるどころか、ずっとざわめき続けつつ一体、また一体と、ミミックアーマーを倒し続けていると。
「いないわね」
「……そうですわね、あと雨の降り方が今までと少し違うような気が」
ピタリとミミックアーマーを見つけられなくなった。
マダルダの中央部にたどり着き、周囲の建物が瓦礫になり、視界が広がったタイミング。
古代の武具が十個目と区切りがいいタイミングで、その異様な雰囲気を明確に感じ取る。
「リベルタ様!東の方の空を!」
「!総員駆け足で撤退!!回収した武具をその場に置いて身軽になれ!!」
その雰囲気の正体をイングリットが見つけ、俺も空を見上げたら黒い雲の中にうっすらと見える赤く光る斑点が見えた。
悪態をつく暇もなく、背中に背負っていた古代の武具を放棄。
他の皆も、俺の指示に即座に従って拠点に向かって全力で駆けだす。
この時ばかりは、商品よりも命が大事とネルも素早く古代の武具を放り出して逃げ始めた。
「なにあれ!?」
「レイニーデビルの触手だ!あれで地表にいるモンスターやら人やら手当たり次第に捕食するぞ!!おまけにあの触手の先は痺れ毒のある針だらけで、対策なしだと刺されてすぐに体が動かなくなって捕食される!!」
拠点は北の方にあるから、このペースで行けばぎりぎり間に合うはず。
全力で黒雲から逃げるように走っていると、空を見たネルが雲の中から伸びる所々に赤い光を纏う白い紐のようなものが見えて指さした。
「ちなみにあれを切っても一分かそこらで再生するし、まだ雲の中に何千何万って収容しているから攻撃してもほぼノーダメージだ!」
「でしたら私が空にめがけて魔法を撃つというのはどうでしょう!?私の魔力をすべて使えば撃ち落すことができるのでは!?」
「レイニーデビルの恐ろしさは遠距離攻撃に対して強いってことなんだよ!!弓矢に投擲、さらにバリスタという物理的な遠距離攻撃は触手で防御される!なら魔法ならって思うかもしれないけど、奴の体の魔法耐性は驚異の全属性耐性八割なんだよ!?」
「なんですのそれ!?」
「代わりに攻撃手段が触手の針と麻痺毒しかないんだけど、空中浮遊に加えて、大量の触手攻撃だけでも厄介なんだよ!!おまけにやたら生命力が高い上に捕食したモンスターや人で回復する!触覚である触手は何度でも再生する!」
レイニーデビルは回復能力と体力が異常に発達したタイプのモンスター。
スキル構成がHP増量と回復、そして耐性系スキルに全振りしたタイプのモンスターだと言えばわかりやすいだろうか。
空中という安全地帯に浮かび。
雨雲という擬態先を手に入れ、触手による捕食という相手を確実に仕留めるための攻撃手段を持っている。
「それ、どうやって倒すんですの!?」
「物理攻撃に対してはそこまで耐性はない!!空に浮いているあいつを叩き落として、地面に落ちたところを物理攻撃で一気に削りきる、それしか倒す方法はない!!」
それゆえに倒す方法が限定され、プレイヤーからは雨の日に来る時間搾取系モンスターとして、レイニーデビルの異名を持っている。
ゲーマーにとって時間を奪う奴ほど、迷惑なキャラはいない。
「俺たちの最大火力は、ネルの全財産を吐き出した一撃のゴールドスマッシュ。そこにアミナのバフと、耐性はあるけど防御力ダウン系のデバフを叩き込んで限界まで防御力を下げたとしても相手の命を削りきれない」
「リベルタ様の即死攻撃はどうなのですか?」
「レベル差とステータス差がありすぎて、即死の確率が低すぎるし、そもそも肉体が分厚すぎて心臓打ちも届かないし、首がないから首狩りも通用しない!」
さすがにクラス9までガチ育成した物理攻撃系ユニットがいればまだパーティーでも勝ち筋があるけど。
「つまり?」
「今の俺たちじゃ勝つためには神様に祈ってどうにかしてもらうほか勝ち目はないってこと!!」
今の俺たちのレベル帯じゃ、どうあがいても勝てない。
挑んだら最後、逃げることもできずに捕食されて全滅する未来が待っている。
というか本当になんで、ここにいるの!?
あいつって一年のほとんどは人が来れないような空で過ごしているモンスターだから、本来であれば空から撃ち落してこっちの有利な地形で戦うのが定石なのに!?
「!ですが、このまま放置しますと近くの町や村に被害が出ますわ!!」
「それなら大丈夫!!レイニーデビルは一度捕食行動を行ったら手の出せないような高高度まで上昇してしばらくは浮遊し続ける。次に出現する場所は風の方向次第になるけど各大陸でどこかにおりるから出現確率は四分の一で、一度上昇したら半月は降りてこない」
そんなレイニーデビルへの今の対処方法はひたすら逃げること。今も触手に掴まれ見覚えのあるモンスターが雲の中に回収される様が見えているが、そこは一旦スルーする。
あれが人であっても俺たちに助ける術はない。
「ですが、半月に一度ならもっと目撃情報があってもいいのでは!?」
不幸中の幸いなのは、ここは人里離れた場所で、近くの村と言ってもかなり離れている。
ここでエネルギー補給をできるのでわざわざ移動してまで村を襲うことはない。
「レイニーデビルは東西南北の大陸を時計回りに回る気流に乗って移動しているんだ!そして奴が求めるのはより栄養価のたかい生き物。すなわち、弱い人よりも強いモンスターのところに降りてくるってわけだ!そしてここは複数のモンスターが居座るエリアだから普通よりも強いモンスターが多い!!」
「……リベルタ様、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだ?」
「それでしたらさきほど説明が合った通り近くにある建物に隠れればよろしいと思うのですが、何故私たちは全力で走って逃げているのでしょうか?」
そしてその理屈に従って考えれば俺たちを襲うよりも、効率的にモンスターを襲った方がいいと判断して、隠れた俺たちの安全は確保されると思われるが。
「全力で走ればまだアミナたちと合流が叶う可能性があるのと!!そして俺たちは間違いなくこのエリアで一番強い!!それはアミナたちも一緒だ!」
「それって、私たちが一番おいしいごはんってこと?」
探知範囲外にいるから安全というだけで、もし仮に探知範囲内に入れば間違いなく俺たちは捕食対象になる。
それはアミナたちも変わらない。
その事実を知ったネルの顔色がさぁっと血の気が引いていくように青くなる。
「その通り、むしろもうちょっとこっちに来たらメインディッシュに選ばれること間違いなしだ」
ゲーム時代でもレイニーデビルの攻撃優先度が高いのはよりステータスの高いユニットだ。
発見当初はレベルが高いユニットを優先的に狙うAIかと思っていたが、EXBPという要素が深堀されることによって奴が狙うのはレベルの高いユニットではなくステータス総合値が高いユニットであるというのが判明した。
「あいつの触手の本数を考えると俺たちに手を伸ばすことなんて簡単にできる!あいつの探知から逃れるにはエリアが切り離されたダンジョン内に飛び込むのがベスト!!そうすれば探知されなくなって追ってくることもなくなる!!だったら安全を確保するためにも合流を急いだほうがいいってこと!」
即ち、俺たちは今レイニーデビルにとって美味しい餌状態というわけだ。
「ですがリベルタ様、前方からモンスターの群れです。おそらくレイニーデビルから逃げてこちらに向かってきたモンスター群かと」
「回り道をしている暇はない!正面から押し通る!!エスメラルダさん!魔力を惜しまないで!!全力殲滅戦闘開始!!ガンガン行こうぜ!!」
「承知しましたわ!!お任せになって!!」
その餌状態を脱却するには転移のペンデュラムで脱出する方法もあるが、クローディアもアミナも今の状況を知らない。
もし仮に何も知らない状況で外に出ようものなら危ない。
伝達手段のアイテムは一応あるが、あれはダンジョンの内外では伝達ができない。
今も懐から取り出した鈴を鳴らし続けているが、返答はない。
それはすなわちアミナたちがダンジョンの外に出ていない証拠のはず。
ならば俺たちだけが脱出して安全を確保するわけにもいかない。
エスメラルダ嬢の殲滅攻撃で中央突破し一刻も早く拠点に戻るために全力で駆けるのであった。
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