9 雨の日
FBOにおいて雨というのは色々と重要な役割がある。
普通に考えれば恵みの雨、要は農業などで生育に必要な水分としての価値。
雨水をそのまま飲むようなことはないが、自然の循環として必要な要素であることは間違ない。
他に何があるかと言えば、モンスターの追跡を振り切ることにも活躍する。
匂いで追跡する狼系などのモンスターだと雨で匂いを消し追跡を振り切れる場合もある。
他にも細かいことを挙げればきりがないが、FBOらしい要素と言えば。
「絶好の狩り日和だな!!」
「すっごい大雨よ?」
「ええ・・・・・こんな雨の中狩りに行くの?」
一部モンスターに対してのドロップ率向上がそれに該当する。
大半のモンスターに対しては何ら影響しない要素であるが、ほんの一部、もっと具体的に言えば、ランダム要素のあるアイテムボックス系のアイテムのドロップテーブルが変動するのだ。
なんでそうなるか、そのことに対して具体的にこれと言った根拠は提示されていないが、その代わり検証班による晴れの日と雨の日でのドロップ率比較検証で、古代の武具がドロップする確率がわずかであるが雨の日に上がると証明されている。
自然界で雨と虹が連動しているように、なぜかFBOでは雨の日に虹が架かれば、わずかだが虹色のドロップ確率が上昇する。
「何を言う!雨だぞ!!ここでミミックアーマーを狩らなくていつ狩るというんだ!!」
「普通に考えたら雨の日に外に出る方がおかしいのですわ」
しかも、追加される要素はドロップ率上昇だけではない。
ドロップ率が変化した雨の日に限り、雨上がりの時間に出現する虹の光に照らされたミミックアーマーを見つけることができれば、そいつは古代の武具のドロップが確定し、尚且つ二分の一の確率で虹演出が出る。
虹が出現している時にだけ、固定で一体だけ出るという確定演出。ミミックアーマーだけが湧くこのマダルダという特殊な空間に於いて一体だけ出現するという超お宝エネミー。
雨の日には外に出ないのが常識とされるこの世界では非常識的な行動で、ネル、アミナ、エスメラルダ嬢に一斉に否定されるも。
「おかしくてもいい!スキルスクロールを大量に手に入れられるなら!!」
俺は断固として引かない。
幸いにして、馬車の中には旅用のローブがあるから雨は防ぐこともできるし、モチダンジョンに設営したこの場所があれば帰って来て体を温めることもできる。
「リベルタ様、おそらくですが事情を説明していただければ皆様も納得してくださると思います」
「……説明していなかったっけ?」
「はい、しておられません」
「……すまん」
興奮のあまり説明をおざなりにしてしまった。
少し恥ずかしくなり、そっと視線を逸らしつつさっきから考えていたことを説明すると。
「ああ、そう言うこと」
「え、ネルが倒せば絶対に出るよね」
「そう言うことでしたら、是非にでも向かいましょう」
そしてイングリットのいう通りに、俺の思惑を説明したら皆は納得してくれた。
「ありがとう」
「今日も僕はここを守っていればいいかな?」
「私も回復しておりますわ」
そうなれば、拠点を守る面々と出かける面々で編成を変える。
アミナは今回の戦いの性質上、モンスターを引き寄せることはできても選んで引き寄せることはできない。
なので。
「うん、アミナは精霊たちと一緒にここを守ってくれ」
「任せて!」
この拠点の防衛の要はアミナだ。
いの一番で防衛を頼む。
精霊たちと一緒に防衛班に回ってくれるのなら馬車も拠点も安心できる。
「ネルは引き続き狩りの手伝いを頼む」
「ええ!」
そしてドロップの愛し子であるネルはモンスターを狩る班に選定する。
残るはイングリット、クローディア、エスメラルダ嬢の三人だが。
「クローディアさんは今回防衛班でお願いします」
「回復役がいた方が良いと思いますが?」
「雨の日はイングリットとエスメラルダさんがいた方が良いんです。それにこのマダルダには雨の日の方が厄介になるモンスターもいますから」
連れていくのはクローディアではなく、イングリットとエスメラルダ嬢だ。
雨の日はスクロールを手に入れることができる古代の武具のドロップする確率が上昇するから俺たちにとっては味方だが、一方でその雨を味方にするモンスターも当然だがいる。
「厄介になるモンスターですか?」
「スポットトンネラーですよ。ここに来てからモンスターと戦ってますけど奴だけは見てないですよね?」
モグラ型なら水を苦手にすると思うかもしれないが、このモンスターは逆だ。
雨で湿り、粘性を増した地面の下を泳ぐように進むゆえに移動速度も上がり、なおかつ。
「相手は、雨音を利用して獲物の足元まで忍び寄ります。今の雨脚だとスポットトンネラーの接近する音を拾うのは難しいですし、元々地面の下にいるモンスターなので匂いを辿ることもできません」
このモンスターの厄介なところは視覚で発見できないことだ。
奇襲を仕掛けてくるトラップ型モンスターの一種だけど、雨の日だけは異常に活発になり、マダルダの地中を駆け巡るのだ。
「俺のサイレントウォークがあれば気づかれず街を移動できますけど、それ以外は基本的に石畳の上しか移動しないように注意を。土が露出した場所や水たまりになっている場所に落とし穴を掘って隠れ潜んでいるので」
環境を味方につけるタイプのモンスターは本当に厄介だ。
だけど、雨を味方にできるのはモンスター側だけではない。
「なるほど、だから私を連れていくのですわね。雷魔法であればそのモンスターを倒す、あるいはあぶり出すことができますわ」
「そういうことです。ただ感電には気を付けないといけないのでイングリットにも来てもらいます。サーモコントロールとエアクリーンを使えばこの雨環境でもこっち側は雷攻撃ができるようになりますし」
雷魔法を使えるエスメラルダ嬢と環境を整備できるイングリットのコンビは悪環境での行動で恩恵を貰えるコンビだ。
「その二つに雷を防ぐような効果はないと思いますが?」
「普通に使えばな」
サーモコントロールは周囲の気温を調整するスキル、エアクリーンは周囲の空気を清浄に保つスキル。
この二つでは飛び火とはいえ雷の感電を防げるようにはならないと思っているかもしれないが、創意工夫で普通とは違うことを起こせるのがFBOだ
「イングリットのサーモコントロールはイングリットの周囲の気温を変化させることだけかと思うかもしれないが、実際は少し違う。空気に限らず局所的な温度調整ができるんだ。つまりイングリットを中心とした地面の温度を変えることもできる。そしてエアクリーンだが、このスキルはスキル使用者を中心にした空間の環境を調整するスキルだ。雨の侵入を防ぐこともできるし、湿度も調整できる」
「つまり、雨を防ぎ地面を乾燥させることができると?」
「そういうこと。これだけで感電のリスクは低くなるし雨の中での活動もしやすくなるということだ」
「危険防止のために使うということですか。かしこまりました」
キノコの胞子を防ぐことができるエアクリーンだ。
雨粒を防げない道理はない。
自分の魔法で自爆する危険性に対してはこういう配慮も必要なんだよね。
「あと、エスメラルダさんは雷魔法じゃなくて氷魔法の方をメインに使ってください」
「なぜですの?」
「今回はスポットトンネラーはスルーの方向で行きます。地面を凍らせればあいつらは何もできないし、凍死するから放っておいて問題ありません。なにより」
「なにより?」
「あいつらのドロップ品はモンスターを地上で倒さない限り地面の中に埋まります。掘るコストを考えたら放置の方が時間効率がいいんです」
ただ、雷魔法を使うのは緊急時だけだ。
雨のおかげで範囲と威力が向上する雷魔法だけど、使い勝手という点では雨の日は下がるんだよね。
一応雷魔法対策のマジックアイテムで避雷針があるんだけど、エスメラルダ嬢の雷魔法を防ぐだけの物を用意するとなると素材がなぁ。
スポットトンネラーのドロップ品は、魔石、毛皮、そして爪と牙。
そのどれもがそれなりの素材で、土属性の防具になりえる品物だが、正直言って性能面で言えば現状装備している沼竜の装備の方が数段上だ。
ダンジョンの鍵も手に入るが、スポットトンネラーのダンジョンの魅力はほぼない。
強いて言えば、ボスモンスターになるファザートンネラーから落ちる素材が土属性防具としてそこそこ優秀なのと、全身装備で穴掘りのスキルを付与してくれることくらいだ。
倒すのも面倒であれば、対策するのにも手間がかかる。
となれば、ここは成り行きで倒すだけにして放置するのが古代武具集めに都合のいい立ち回りだ。
「杖を使って回収するっていうのは?」
「倒した時の敵の正確な位置がわかればいいんだけど、常に移動しまくっているからなぁ。探査のスキルはまだ手に入ってないんだよ」
少しでも売れるものを放置するのは、商人として見過ごせないとネルが聞いてくる。
その意見も理解できるので、もう一つの問題点をあげることで理解してもらう。
「探査スキルは斥候職に人気のスクロールです。ショップに並んでもすぐになくなる品ですね」
「そうですか。はぁ、古代の武具から出るのを祈りつつ、出なかったら蝙蝠狩りも視野に入れないと」
地面のどの位置にモンスターのドロップ品が埋まっているかがわかればいいが、エスメラルダ嬢の攻撃は範囲攻撃。
ピンポイントで攻撃していない分、どこで倒したかがわからないのだ。
探査スキルがあれば、見つけることができるけどそのスキルを手に入れられていない。
「ということで、方針としてはスポットトンネラーを警戒しつつ撃退を主軸にしてメインのミミックアーマーを狩るということで問題ないな?」
「ええ」
「うん!」
「かしこまりました」
「問題ありませんね」
「承りましたわ!」
ここに来た目的はスキルの充実を狙っての古代の武具集めだ。
本来の目的をないがしろにしてまでこだわる理由はない。
それぞれの役割分担ができたのなら、あとは装備を確認して行動に移るのみ。
そして拠点としているダンジョンの外に出た際に一応念のためと空を見上げておく。
「リベルタ?どうしたの?」
「ネル、空に赤い斑点みたいなのは見えないよな?」
「赤い、斑点?」
雨は恩恵を与えるだけじゃない、災害を引き起こすこともある。
それは大雨による洪水とか、土砂崩れのことを指しているわけじゃない。
「いや、見えないならいいんだ。早々に出会うような存在でもないしな」
雨の日、それもこれだけ良く雨が降る日に現れるモンスターがいるのだ。
「なにそれ」
「レイニーデビルの話だよ」
「それはどのようなモンスターですの?」
俺が空を見上げていることを不思議がるネルに続き、エスメラルダ嬢がイングリットが展開してくれたエアクリーンのスキルの範囲内で空を見上げ、普通の雨空であることを確認したのちに首を傾げた。
「空を飛ぶ、でっかいクラゲかなぁ」
正確な名称はジェリークラウドレイニー。
黒い雨雲に擬態し、雨を降らしている隙に触手を伸ばして敵を捕食するというワールドモンスターだ。
「クラゲって?」
「ああ、ネルは見たことないか?」
「海に行かないと見れないモンスターは数多くいますわ。かく言う私もクラゲ型のモンスターは資料でしか見たことがありませんが」
ワールドモンスターとは、世界に数体しか存在することができない、世界中を徘徊する災害型のモンスター。
「リベルタの言うモンスターは五十年ほど前に現れて、軍が対応しましたが甚大な被害を出したモンスターのことですわ」
それと出会うことになるとは、この時は考えていなかった。
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