7 EX 蛇に絡まれた暴君 1
総合評価15万突破!!
確認したときにちょうど15万ポイントで思わず二度見してしまいました。
ここまで皆様のご愛読と評価に背中を押され執筆してまいりました。
本当にありがとうございます!!
引き続き執筆してまいりますのでよろしくお願いいたします!!
地方の遺跡で一人の少年が歓喜の叫びをあげている頃、北の領地を持つジュゼッペ・ボルトリンデ公爵の王都の館で騒ぎが起きていた。
「酒だ!酒を持ってこい!!」
ボルトリンデ公爵家に神託の英雄の候補者として囲われているジャカランが、執事に向かって空になったワインボトルを投げつける。
「ひっ!?ただいま!」
本来であれば高位貴族の居館に相応しい美しい部屋であっただろう空間は、ジャカランが暴れることによって見るも無残な光景になっている。
逃げ出すように部屋を飛び出した執事に舌打ちをして、ジャカランは近くにいた女に手を伸ばす。
「おら、お前はもっとこっちにこい」
「は、はい」
女は笑顔でその手に逆らわず、そっと体を寄せジャカランの好きなように体を触らせている。
表情は好意的に見え、ジャカランのことを好いているように見えるが、その内心は違う。
必死に表情を取り繕い、感情を抑制し、ご機嫌を取り続けるという綱渡りをしている恐怖と戦っていた。
彼女の前にも様々な女がジャカランにあてがわれた。
最初は商売女、次に北のボルトリンデ公爵の領地の村娘、公爵の配下の力のない下級貴族の令嬢、通りすがりにジャカランに目を付けられた女性と謂うこともあった。
その女たちの末路は、どれも凄惨な結末だったと言っておこう。
暴神のスキルは、戦闘状態のときにだけ発動する物ではない。
日常の全てで発動する。
少しでも癇癪を起こせば神の名のスキルで強化された肉体による暴力が発動し、そしてその暴力は全て身近な存在にぶつけられる。
そんな暴力が一般人に受け止められるわけもなく、積み重なる無残な女性の結末。
その英雄にあるまじき悪評は全てボルトリンデ公爵の権力によって封殺され、あるかどうかわからないような噂だけが静かに世間に流れる。
ボルトリンデ公爵家に向かった女性は帰ってこない。
巷間にこんな噂話が流れる程度には、悪童の行いが広まっている。
確証はない、だが、何かがあるのは確かだ。
表向きは世間に恐れられた盗賊団を退治し、そして暴れるモンスターを討伐してくれた英雄だ。
だが、それを褒め称えることは素直にできない。
そんな感情を抱いてはいけないとは思っているが、市民はジャカランに対して、神託の英雄と呼ばれるに相応しい存在なのか不信感を抱き疑惑の目を向けている。
すぐそばでジャカランに侍るこの女性は、今までの女性の中で一番うまく立ち回りそして生き残り続けた。
ゆえにわかる。
この男は人ではない。
獣だ。
それも、魔獣と呼ばれる危険な存在。
元々商売女として生きて来て、様々な男を見続けてきた女にはわかった。
この男の本質は善ではなく悪。
それも限りなく、災厄となりえる悪性。
大金に目がくらみ、この男の情婦になったことを心の底から後悔した。
男の相手をしない日は、まるでお姫様のようにこの屋敷の人たちは女を大事にしてくれる。
それはひとえに、女がジャカランという獣をなだめる生贄だからだ。
女が発狂し、そして自決してしまえばジャカランという獣を慰める存在を新たに用意しなければならない。
男であればサンドバッグ、女であれば・・・・・と想像に難しくない暗い未来を歩みたくない屋敷の住人はプライドをかなぐり捨てて、一人の女の世話を焼いた。
「おい」
「はい、どうぞ」
僅かな獣の機微を察してくれる、貴重なカナリア。
今もジャカランに握りしめられれば、あっさりと折れてしまいそうな細い腰に太い腕を回され恐怖を感じているのに、それをおくびにも出さず、果物をそっと差し出すという献身を見せている。
女の悪夢はいつまで続くのか。明日の朝になれば豪華で寝心地の良い寝台で寝起きするのではなく、安っぽく硬い懐かしく恋しく思う花街の安宿の寝台で目覚めることが出来るのではと願ってしまう。
そんな女の願いは叶わない。
なにせ、ジャカランの裏を知ってしまっている。
それを表で吹聴されることを望まない当主がいる。
女はわかっている。
この悪夢から一生目覚めることはないことを。
だから悪夢を見続けることで懸命に生きるしかないのだ。
日に日に増える、与えられた部屋に貯蓄される金貨や美しい服に宝石の数々。
だけどこのお宝は女が死ねば回収される。
生きている間の幻想でしかない。
この屋敷に踏み込み、獣の情婦となった段階でもう女の未来は閉ざされてしまったのだ。
そんな女の嘆きなど、考えもしない存在が屋敷の中にいる。
「奴の様子はどうだ?」
蛇のような顔つきの男が、机の上の書類から視線を逸らさずジャカランを監視させている執事に問う。
ジュゼッペ・ボルトリンデ公爵その人に問われた執事はビクッと背筋を振るわせつつ自分の役割を果たす。
「部屋の中で暴れはしますが、女と酒を与えておけば今のところは」
「破壊衝動はどうしている?」
「昼間に兵士と戦わせ、それで多少は」
獣の主。
城蛇と呼ばれる、その男は貴族としては優秀だ。
しかし、その優秀さはすべて自身のために向けられている。
民を生かせるギリギリのラインの税。
軍備に投資し、治安を維持しつつ移民を許さない。
世間体を守り、自身の地位を維持しつつ自分の代で一国の王になろうとしている野心を燃やす。
「そうか、引き続き監視をさせろ。奴から目を離したら、わかっているな?」
「は、はい!かしこまりました」
その野心のために駒の裏切りは許さない。
ジュゼッペ・ボルトリンデ公爵からしたらジャカランは英雄ではない。
ただ、目的のために使うだけの駒でしかない。
頭が悪く、欲望に忠実な力があるだけの獣。
それを使う方法を見出し、利用し、都合のいい状況を作り出しているに過ぎない。
「それと、例の男から定期報告以外の連絡が来ているのですが」
「符号は?」
「赤き馬と」
「……見せろ」
「はい、こちらになります」
そしてジュゼッペ・ボルトリンデ公爵という男は、ある意味で平等だ。
全てを自身の下に置きつつも、能力のある者は重宝し、能力のない物は使い潰す。
全てが使えるか使えないかの二択。
ゆえに出自にもこだわらず、かつてジャカランが滅ぼしかけた盗賊団の首領だった男も使えるから手元に置いたという話だ。
「……」
小賢しく、そして意地汚い。
グルンドという男は、汚れ仕事をさせるにはちょうどいい。
価値を見出した存在故に、繋がりを最小限にしつつも支援はしている。
手紙というにはお粗末なそれを執事の男から受け取り、白く細い指が羊皮紙を掴み、蛇のような眼がそっと報告内容を流し読む。
報告の内容はいつも通りの汚れ仕事、女を手に入れる際に邪魔な家族を始末することから始まり、そして今回も女を無事に手に入れることができたが、女を保管している場所で一つの発見をしたという内容だ。
グルンドは頭が回る。
そして損得勘定が上手い。
お宝を見つけて、懐に入れるというネコババとそれがばれた際に受ける罰を天秤をかけられる男だ。
その男が出してきた報告というのは滅んだ邪神教会の根城を見つけたということだ。
過去の歴史で幾度も国と戦い、そして暗躍してきた邪神教会。
その根城が見つかることは、稀にだがあることだ。
この程度のことで報告をすればボルドリンデ公爵の機嫌を損ねることくらいわかっている。
問題なのはそのあとの内容だ。
グルンドたちが見つけた邪神教会の根城は研究施設のようで、その研究施設のなかで今だ生きている設備があった。
細かい物はわからないが、モンスターを研究していた施設だとわかり、見たことのないモンスターの入った容器を見つけた。
下手に触れずに、施設を監視し報告をしたというのがグルンドのいきさつ。
こういうことができるからこそ、長生きすることができ、そして使われる。
ボルドリンデ公爵のなかで、評価できる内容として記憶に残り。
「わかった。他に報告は?」
「ありません」
「なら、下がれ」
「かしこまりました」
それ以上のことを執事に聞かせることなく、下げた。
そして数秒の間を置き。
「デュプロ」
「何でございましょう」
他に誰もいるはずのない空間に、話しかければ小さな闇から声が返ってくる。
「この手紙の内容を至急調べろ」
「かしこまりました」
それはボルドリンデ公爵家の闇を闇として成り立たせる、代々仕えてきた存在。
リベルタが知るのは、ボルドリンデ公爵家のストーリーを進める際に敵対する暗部組織の長という存在としてだ。
その暗部に任せた内容を、もし、リベルタが知ることが出来たら血の気が引いたことだろう。
それはなんの偶然か、それとも神のいたずらか。
ボルドリンデ公爵も、何かあると踏んで調査をさせたがその内容が何かまでは予見できていない。
危険であっても使うことをまずは考え、そのあとにどうするかを決めるボルドリンデ公爵にとって知らないということを何よりも避ける。
そんなボルドリンデ公爵であっても、FBOというゲームの世界のことは知らない。
そのゲームの世界で、南の大陸の北部でかつて三百年ほど前に活動していた邪神教会の研究チームの遺産が描かれたストーリーなど知る由もない。
〝八股の蛇竜アジ・ダハーカ〟
それもFBOのメインストーリーではなく期間限定のイベントストーリーなのだから、より一層知る方法も、予見もできない。
このイベントは、FBO古参プレイヤーであれば思い出に残るイベントだ。
リベルタ自身も、メインストーリーに気を取られイベントストーリーまで気が回っていなかったとはいえ経験したことがあり、そして記憶に残るイベントでもある。
期間限定という運営し続けた期間と比べればごくわずかな時間でしか登場しなかった存在を思い出すのは中々骨が折れる。
だが、このイベントの名前を聞けば、リベルタはなにがなんでも対処に走ることだろう。
血の気が引き、三公爵と混ぜたら危険なイベントだとなりふり構わず知識を全投入して対処にあたっただろう。
「一か月以内には報告をあげろ」
「かしこまりました」
ボルドリンデ公爵は知らない。
リベルタは知っているが、気づけない。
この差がこの後の運命にどう影響するか。
ボルトリンデ公爵は指示を出せば、残るのは静かな空間で領地の運営をするための事務処理をすることだけ。
そんなに気軽に触れていい物ではない。
グルンドの手紙には不気味な、卵のような肉の塊が鼓動していると書かれている。
だが、権力という力を持ち、兵力という物理的な力も持ち、ジャカランという暴力装置を持っているボルトリンデ公爵は負けるということを想像できなかった。
どんな存在でも、それこそ邪神であってもいずれ倒すと思っている彼は手紙だけの報告に危機感を抱くということはない。
でなければ屋敷の中で、いつ何時暴れまわるかわからない獣を飼うことなどありえない。
もし仮に、これがエーデルガルド公爵とリベルタのコンビであれば、相談し情報を共有しリベルタから危険を指摘された。
だが、ボルトリンデ公爵には指摘してくれる忠臣も知識を持つ人物もいない。
いるのは怯え諾々と従う部下たちと、自分が世界の中心だと浮かれている獣が一人いるだけ。
誰もかれも警告することはない。
ボルトリンデ公爵の存在が孤独である証左だ。
そんな存在が近い将来に出会うのは、魅入られそして自分が選ばれたのだと錯覚するほどの強大な暴力。
ゆえにこの運命の歯車は止まらない。
暴力で生き残ろうとするジャカランと城蛇公爵と呼ばれるボルトリンデ公爵の二人が出会わなければこんなことにはならなかった。
運命の出会いは時に、残酷な未来を呼び寄せることもある。
それが証明されるのは、もうしばらく後のことだ。
こうして、暴君に絡みついた蛇の運命の歯車は狂いだすのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




