28 接触
気になるというのは好奇心故か、それとも違和感か、あるいは完全な直感から来るのかわからない。
「はいよ、お嬢ちゃんの方は少し大きめにしといたよ」
「ありがとう!!」
「どうも」
親子はあの場から立ち去り、そして俺たちは予定通りワッフルの屋台まで足を運び出来立ての商品を受け取っている。
甘い匂いが食欲を誘い、ダンジョン攻略をし終えた疲れた体がカロリーを要求する。
「はむ!うーん!甘くておいしい!!!」
さっそくネルは焼きたてのワッフルにかぶりつき、その甘さに尻尾を大きく振っている。
「うん、美味い」
俺もそれに倣って、ワッフルにかぶりつけば、少し生地がモサモサしているけど十分に甘みのある食感が口の中に広がる。
疲れた時には甘いものを食べるのが一番であるが、やっぱり体を動かした後はカロリーがしっかりと補給されているのがわかる。
そしてその糖分はエネルギーとなって全身の細胞に活力を与え、疲れていた脳細胞がにわかに動き始める。
あの体格、そして立ち振る舞い。
戦闘巧者であるのは間違いない。
食べながら考えるのは、手元にあるワッフルの味ではなくさっきの家族のこと。
「気になるの?」
「……ああ、気になる」
「じゃぁ!話しに行けばいいじゃない」
「話しにって」
正確に言えば、家族を守っていた男が気になるのだ。
しかし、知りもしない家族にいきなり話しかけていいものか?
「きっかけとかどうする?普通にこんにちはとでも挨拶するのか?」
「それじゃだめなの?」
ここは大人と子供の思考の差かもしれない。
ネルは聡い。
それこそ子供ではなく大人の思考ができるような子だ。
しかし、それでも時には素直な子供の理屈が出てくる。
「いや、まぁ、ダメではないが」
なので、純粋に挨拶して知り合いになるという俺にはない発想を提案してくれる。
「じゃぁ行こう!!リベルタが悩むって言うことは何かあるってことよ!」
そんなことをしていいのかと、迷う俺の手を握りそして少し強引に引っ張って彼女は駆け出した。
確かにネルの言う通りだ。
何もわからないまま家に帰っていたら、モヤモヤとした悩みを抱え込む羽目になっていたかもしれない。
それならいっそ話しかけてこの違和感を片付けるというのも悪くはない判断かもしれない。
「でも、居場所はわかるのか?立ち去ってから結構時間が経ってるぞ」
「大丈夫!さっきの人の匂いならわかるから」
「おお、さすが獣人」
問題は立ち去ってどこに行ったかわからないということだったが、ネルが自分の鼻をツンツンとつつき、匂いで追跡できるという。
普通の人間にはできない特技。
それに頼って彼女に引かれるがままに駆けていたら、見覚えのある親子を見つけた。
「いたわよ!」
「ああ」
通りがかりの人に紙を見せてなにやら尋ねているようだが、何をしているのだろうと思いつつ、ネルに引っ張られた勢いのままに走り寄ると、向こうも俺たちに気づいた。
「おや、君たちは」
冒険者を吹っ飛ばした時の剣呑さはなく、何故ここにいるのかと首をかしげて振り向いて、最初の印象通りの温和な男の声で訊いてきた。
「どうも」
「こんにちは!」
「ええ、こんにちは。お嬢さん私に何か用かい?」
何か用事があって追って来たのはわかったのか、邪険にはされず普通に会話を始められたことにまずは一安心。
俺の手を引っ張って駆け寄ってきたことから、ネルがこの人に用事があったと思われて尋ねられたが、ネルは首を横に振った。
「用があるのは私じゃなくて、リベルタです!」
「そうなのかい?」
「はい」
用事があるのは俺だと聞いて不思議そうな顔で俺を見る彼と、間近で向き合うことになった。
温和そうな優しい顔、少し薄めの髪色の茶髪の男性。
体格はしっかりとしているが、逞しいとは感じさせない。
立ち居振舞いは優しいという感じを残しつつ、頼りないとは思わせない。
「初めまして、リベルタです」
「ご丁寧に、私はヒュリダ。こちらは妻のミー、この子は娘のクリュシュだ」
「……」
「こ、こんにちは」
自己紹介をして、ヒュリダという名を聞くことができたがこの名前にも聞き覚えはない。
奥さんは無言で頭を下げて、奥さんと手を握っている子供が小さな声であいさつを返してくれる。
「すまない、妻は訳あってしゃべれなくてね」
一瞬声を出そうとする仕草をした。
だけど、すぐに思いとどまり会釈だけで済ませていた。
その行動から、ヒュリダさんのいう訳の部分が俺の知識に引っ掛かった。
「……もしかして、セイレーンの呪いですか?」
「知っているのかい?」
FBOのイベント中には、お使い系クエストが多々ある。
その中には回復アイテムを手に入れる系統のクエストも当然ある。
「ええ、昔、それを治すために薬を求めている人から話を聞いたことがあって」
セイレーンの呪い。
セイレーンというモンスターがいて、アミナみたいな鳥系の獣人と似たような姿をしているがその姿は醜悪と言っていい。
神話や伝説では美女として描かれることが多いセイレーンだが、FBOでは怪物の顔を持ちそして翼も禍々しい紫色だ。
爪は鋭く毒持ちと飛行効果と呪歌というスキルを使ってデバフを付与してくる。
セイレーンの呪いというはそのデバフのうちの一つ。
それ自体はプレイヤーにも起きるデバフ効果だ。
効果はいたって単純、声が出なくなるというサイレンス効果。
スキルが使えなくなるとか、そういう効果は一切なく単純に声を封じるだけの効果だ。
え?それだけ?と思うかもしれないが、この呪いスキルは永続効果で特定の解呪アイテムでしか呪いを解くことができないという厄介なユニークスキルなのだ。
初見プレイでそのデバフを受けて、回復アイテムを使って治そうとしたが治らず、バグではないかとクレームが入ったが、後々クエストで解呪の方法が周知されて解決することができるようになったはた迷惑な呪いだ。
解呪方法を知っている俺からしたらそこまで恐ろしいスキルではない。
治すための素材の入手方法もわかっているし、作り方もわかっている。
だから、何気なくそんなことを言ったのだが。
「それは本当かい!?いつ!?どこで聞いたんだ!?」
すごい勢いで詰め寄られ、そして膝をつき肩を掴まれた。
このパターン、うん。
ネルにまたかと呆れた目を向けられている段階で、どうやら俺の常識は非常識という流れになったようだ。
「ええっと」
「思い出してくれ!!私は妻の声を取り戻すために旅をしているのだ!!頼む!!」
おいおい、この世界どうなってるんだよ。
セイレーンの呪いくらい解呪できるようにしておいてやれよ。
さっき人に尋ねていたのは解呪の方法がないか尋ねていたのか。
「とりあえず、教えますので放してくれません?」
「あ、すまない。私としたことが取り乱して」
この解呪アイテム自体はクエスト攻略で役立つ以外に、使うことはそこまでない。
セイレーン対策と言っても、あのモンスターは局所的と言っていいほど出てくる箇所が限られているし、警戒すべきはその生息地から抜け出した野良くらいだ。
「大丈夫ですよ。奥さんのこと大事にしているんですね」
「ああ、それはもちろんだ」
レベリング後で良かった。
あの冒険者を吹き飛ばすほどのステータスで全力で握られていたら子供の体なんてあっという間に砕けていたかもしれない。
内心でホッとしつつ、背中に冷や汗を感じ、表情を取り繕う。
「私にとって家族は命より大事な存在なんだ。妻が声を失ったときなんて悲しくて悲しくて」
いい人だなぁと思いつつ、男泣きするのは止めてもらいたい。
子供の前で膝をつき泣く成人男性。
絵面的に、子供の俺が泣かしたように見えるのでできれば勘弁していただきたい。
「ひとまず、泣き止んでくれません?その、周囲からの目が」
「ああ、すまない。ミーの声が治るかと思うと思うところがあってね。西の大陸でエリクサーを買おうと出向いたんだけど、向こうの治安が悪くなってて余所者の私たちでは買えなくてね。それで治す手段が思いつかなくて途方に暮れていたんだよ」
「出身はどこなんですか?西の大陸で余所者って言うことは別の大陸ってことになりますけどもしかして南の大陸ですか?」
涙をぬぐい、会話を再開してくれた。
その時に西の大陸の情報が入ってきたけど、そこは今は触れないでおこう。
「いや、私たちは北の出身でね。元から私の住んでいた町はお世辞にも治安が良くないんだけど、最近部族間の抗争が激しくなってて、家族を残して私だけで買い出しに行くのは不安だったんだよ。息子がいれば家を任せて私一人で旅に出ることも考えたんだけど、息子は妻の声を治すんだと言って旅に出てしまってね。ならいっそ、息子を探しながら妻の治療方法を探して、安住の地を求めて旅をしていたんだよ」
それよりもヒュリダさんの話がヘビーすぎる。
北の大陸って獣人たちが支配する戦国大陸だよな。
「幸い、腕っぷしには自信があってね。商人たちの護衛をしつつ旅はできたんだ」
種族ごとでまとまって戦闘能力で上下関係が決まるっていう世紀末ヒャッハーな世界。
そこで生き残っていたのなら腕っぷしは確かに強いよなぁ。
人間っていうだけで一部の獣人からは見下されるし、弱ければ迫害されてもおかしくないんだよ。
「なるほど」
北の大陸からの来訪者か。
最近他の大陸からの来訪者多いよな。
だからなんだという話ではあるが、ひとまずはどういった経緯で王都に来たかがわかった。
「ひとまず、目的のセイレーンの呪いを解くアイテムの作り方教えますね」
「君が知っているのかい?」
「ええ、まぁ」
悪い人ではなさそうだし、困っているようなので教えてもいいだろう。
「もしかして君は小人族だったのか?」
「いえ、普人族ですよ」
彼ら家族が旅をして探しても知ることのできなかったセイレーンの呪いの解呪方法を、子供の俺が知っていることに疑わしそうな眼を向けたが、俺が小人族なら理解できると種族を聞かれる。
なんかもう、これで何度目だよと思いつつ、鞄からメモ用紙を取り出す。
「必要なアイテムは、クラス3の解呪のポーションとソングソングビーの蜂蜜、クラス2以上の風精霊の精霊石、あとは・・・・・」
「何から何まですまない」
「気にしないでください。困ったときはお互い様ですよ」
「この恩は忘れないよ。ミーの声が治ったら絶対にお礼をさせてくれ」
さらさらと、必要なアイテムを書き込むとそのあとに作り方を別のメモ用紙に書き込む。
「これで、セイレーンの呪いを解ける、聖歌の飴が作れますので試してみてください」
「ありがとう、本当にありがとう」
それを差し出すと慎重に受け取り、その内容を見て涙があふれ出てきて泣き始めてしまった。
「お礼は治ってからにしてくださいよ。それに治ったら息子さんを探さないとダメなんですよね?」
「あ、ああ。そうだった」
なんというか、普通に良いことをしたな。
損得勘定とか抜きにして、なんとなく助けようと思ったのだ。
もしかしてさっき感じた違和感というのは、助けられるかもしれないという直感的な善意が働いていたからなのか?
「どこにいるかわかっているんですか?」
まぁ、たまにはこういうのもいいかと思いつつ、ヒュリダさんを立たせる。
このままでいると大人を泣かせた子供のリベルタ君という噂が流れそうな気がする。
「いや、どこにいるかわからなくてね。旅に出た理由の一つは息子からの手紙が途絶えてしまったというのもあるんだ」
「それは、心配ですね」
「ああ、まったく。シャリアはどこにいるんだ」
ん?シャリア?
そして俺はこのタイミングで一人のネームドの名前を聞くのであった
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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