23 ソウルフード
お貴族様の関係は大変だねぇと、最後に見たピンク頭の少女の姿を思い出し、その行く末に頭の中で十字を切りつつ、二度と俺には関わらないでと願う。
「向こうが否定しようとも、刺客と関わっていたのは事実ですので相応の対価を要求しておりますわ」
「お金か、利権あたりですかね?」
正直ここから先の話は、俺が聞いても情報的価値くらいしかない。
今回の決闘で港の権利は貰えたが、不意打ちで刺客に命を取られそうになったから追加で慰謝料を請求している現在。
「いえ、今回はこの慰謝料の権利をリベルタに差し上げますわ」
「……????」
てっきりまた貴族らしい権利を貰ったかと思ったが、まだその権利を使っておらず。
それどころか俺に譲ると言ってきた。
なぜそうなった?と考え。
「もしかして、護衛の報酬ってやつですか?」
狂楽の道化師の凶刃から公爵父娘の命を救った報酬は、実はまだもらっていない。
公爵家の当主と長女の命を救ったことに対しての報酬を金銭で支払うのならとんでもない額になるし、宝物を対価にしようにも俺の方がアイテム関連では高価な素材を手に入れることができる。
報酬と言う形で、中央大陸や他大陸に自由に移動する権利を要求することも一瞬考えたが、その権利を与えられるのは国王のみ。
学園卒業者であることが条件とされ、ここの点に関して言えば公爵閣下でも曲げることができない様子。
ということで現状、俺が欲しいものがないので保留にしてきたのだが。
「そう言うことになりますわね。この国にない物でしたらリベルタも欲しい物があるのではと考えたのですが、もちろん別の物を用意することもできますわ。あくまで一つの選択肢として提案している形ですわ。ただ、交渉ということになりまして期限の方があまり猶予がありませんの」
「受けるにしろ、断るにしろ可能ならこの場で答えてほしいということですか」
「ええ、そうなりますわ」
こういう形で報酬がもらえるパターンで来たか。
ゲーム時代では、クエスト報酬と言うのは基本的に内容が決まっている。
だけどごくまれにカタログギフト形式と呼ばれる、アイテムを選択してもらえるパターンもあった。
これはある意味その上位互換と言うわけか。
「東の大陸の品ですよね?」
「そうなりますわね」
東西南北で得られる共通のアイテムはあるが、それとは違い各大陸でしか手に入らないアイテムもしっかりと存在する。
東の大陸で言えば、和風の世界観に合ったアイテムがその例にあたり。
ここで一つ、東の大陸でしか手に入らないアイテムを請求するのもいいかと思った。
「ヒヒイロカネとか?」
「お父様、手に入りますか?」
「……伝説級のアイテムは難しいだろうな」
「ですよねぇ」
東の大陸で産出するレア鉱石。
ミスリルより軽く、アダマンタイトよりも強靭で、さらに使用した武器には不壊属性がつくという超便利素材。
東の大陸でもごく一部の超高難易度クエストで確率入手のアイテム。
手に入るのなら手に入れたかったが、さすがに無理だったか。
「うーん、他に欲しいアイテムだと・・・・・」
そこから思いつく限りのアイテムを次々に述べてみたが。
「伝説級か、国宝レベルのアイテムばかり要求するな」
「ええー」
全部却下された。
貴族関係のトラブルの慰謝料なのだから、それくらい請求してもいいじゃないかとは思っているが、冷静に考えればこちらが優位な交渉としてもそんなものを請求したら喧嘩を売っていると思われても仕方ないか。
「これらがダメとなると、そこまで必要な物はないんですよねぇ」
今回の件でわかったが、正直レベリング速度と装備の充実度合いを軽く考えすぎていた。
この世界の生命の軽さを考えると、いままでの俺たちの行動がなんと浅はかだったかと振り返り、少しでも装備を強化しようとしての請求だった。
しかし、そう簡単に物事は進まない物だな。
「あ」
そもそもの話、この世界でのアイテムの産出箇所の研究も進んでいなさそうだし、都合よく欲しいアイテムを手に入れるのは難しいだろうなと思っている最中に、全然別な欲しいアイテムを思い出す。
「なにか思いつきましたの?」
「はい、米が食べたいです」
強くなれないのなら、趣味に全振りしてもいいのではないか。
あれやこれやと考えて、この世界でも一応ある米を要求することにした。
「コメか」
「はい、それも最高級の一等米、龍脈伊吹をお願いします」
「ふむ、王家御用達で限られた者にしか食すことの許されぬコメを要求するか」
FBO時代によくある話だが、まずアバターでは味覚センサーがなかったから、ゲームの世界でどんな食べ物を食べても無味無臭の物を咀嚼するという、文字通りの味気無い行為だった。
食べればステータスアップを狙えることから、プレイヤーたちは食べていたがそこまで良い物ではなかった。
だけどプレイヤーたちがこぞって思っているのは、フレーバーテキストに書かれている文言たちは本当か否かという真実を確認したいという気持ち。
至高の一品だったとか、これ以上にない極上の味わいとか、グルメガイドに書かれているような文言を並べている実際の味が気になる。
この世界に来て米を食べていないから、どうせならプレイヤー時代のその欲求の一端を解消するのもついでにしてやろうではないか。
「あ、もちろん一回だけじゃなくて、定期便で配送するようにお願いします。そうですねぇ。最低5年間は欲しいところです」
「港も手に入ったことだ。実現もできるだろうな。しかし、本当にそれでいいのか?」
「龍脈伊吹をバカにしてはいけませんよ。調理スキルをもった人が塩おむすびを作るだけで一時的にステータスが上がるほどの米です。いわば今回の慰謝料請求でバフアイテムを継続的にもらえるようにしたんです。たしか、東大陸でも収穫量はそこまで多くはなかったはずです」
さらに言えば、龍脈伊吹は食材系のアイテムの中でもかなり優秀な性能を持っている。
趣味と実益を兼ねた要求だ。
公爵閣下の目がきらりと光った。
あの目は自分の分も請求しようとする魂胆だろうな。
まぁ、交渉事は全て公爵閣下に丸投げするから問題はないけど。
俺の分も含めてどうやって報復するのか。
さすがに、命を狙われて謝罪を米だけで済ませるのは足りなすぎなんだよね。
「なら絞れる分は全て搾り取ってみるか」
「多すぎても食べきれませんよ?」
「安心しろ、他にも東大陸の食材を最安値で仕入れて兵士の食料に充てる。美味い食事で兵士の腹を五年も満たせるのなら中々いい買い物なのかもしれんな」
あ、他の食材も要求するんですね。
「あ、じゃぁついでに東の大陸の美味しい物が食べたいです。他にも色々と美味しそうな食材がいっぱいあって」
「ほう、どういう物があるのだ?」
だったら俺も挙手をして次から次へと欲しい食材、食べたい食材を提案していく。
お米の御供になりそうなやつと言えば、まずは魚は必須。
東の大陸で有名なのは、紅宝鮭だな。
肉でも、神事に使うために飼育している牛がいたはずだし。
漬物で確か美味しいと評判のやつがあったはず。
味噌と醤油もたしかあったはずだし、それも輸入してもらおうかな。
南の大陸の食事は元日本人の俺から言わせれば基本は洋食だ。
不味いとか飽きたとかそういうのではない。
イングリットが作ってくれる料理はどれも美味しいし、そして健康にも配慮されている。
だけど、和食に馴染んだ元日本人としては、おかずと一緒に白米を食べられるのなら食べたいよねっていうことで、次から次へと要求をあげていく。
ロータスさんがメモを取り、そしてどんどんリストが増えて行く。
公爵閣下の命と釣り合う食材の量とは一体どれくらいになるのだろうか。
兵士の食料を賄うとか言ってたから相当な量になりそうな予感だな。
「ふむ、これだけの食材を手に入れられれば今年は多少減税しても問題なさそうだな」
「すべてを通すことは難しいかもしれませんが、それでも食料で手を打つと言っているのです。拒否する可能性は少ないかと」
これで五年間は和食と美味しい白米が食べれるのなら俺としては無問題。
すぐに食べられるわけではないのはわかっているが、楽しみができたのは良いことだ。
公爵閣下とロータスさんのやり取りを見つつ、これで話は終わりかなと思って立ち上がるのを待っていると。
「リベルタはこれからどういたしますの?」
「どうとは、抽象的ですね。まぁ、今後の予定としては停滞していたレベリングを再開することは確定ですね」
二人が今後の予定を話し終えるまでは少し時間がかかりそうだ。
その間手持ち無沙汰になるわけで、黙っている必要はない。
エスメラルダ嬢が話題を振ってきてくれたので、ふわっとした質問だなぁと思いつつ今後も変わらず強くなることに邁進することを説明すると。
「そうですの」
「?」
頷いたかと思うと、そこから話を進めず少し考えこむような仕草をした。
「あの」
「はい」
そしてなにやら覚悟を決めて話しかけてきたが、言うか言わないか迷いを見せるような躊躇いを見せて。
「リベルタは魔法使いをパーティーに入れるご予定はありませんの?」
「魔法使いですか」
本題を切り出してきた。
これって、もしかしなくてもそうだよな?
チラチラと俺を見つつ確認している仕草は、不安と別の何かが混じったような感情を向けられているような気がする。
「うちのパーティーは前衛が多いんで、後方からの支援攻撃ができる魔法使いは正直欲しいんですよね」
不安の方はなんとなくわかる。
パーティーに入れてほしい、だけど迷惑をかけている手前ずうずうしく言うのは躊躇われる感情だろう。
もう一つの感情は正直わからん。
なので、今回の件も含め過去のことは気にしないというのならエスメラルダ嬢がパーティーに入ってくれるのは有りだと俺は考える。
「本当ですの!?」
パーッと表情が明るくなるのを見る限り、うちのパーティーに入りたいと思っているのはエスメラルダ嬢であるのは間違いなさそうだ。
今後のことを考えるともうすでに公爵閣下と縁を切るのは難しい段階になっている。
むしろ縁を切る方がデメリットになってしまっているのだ。
「ええ」
実際俺たちのパーティー事情を考えると、信用のできる後衛アタッカーを確保できるのは今後のことを考えるとかなり重要なことではないだろうか。
加えて、公爵家の令嬢が一緒にいることで、トラブルを呼び込むかもしれないがトラブルを減らすないし対処しやすくなるかもしれない。
そういう点で考えれば、エスメラルダ嬢をパーティーに引き入れるのはメリットの方が勝る。
「でしたら是非、私を!!」
「あ、やっぱりそうなるんですね。ですけど、いいんですか?学園の方や、貴族としての交流もあると思うんですけど」
「今回の婚約破棄騒動で、学園の方に通えるような状態ではありませんわ。宴のお誘いもしばらくはお断りしても問題ありません」
問題は、エスメラルダ嬢の貴族としての役割の話なのだが、そこら辺もすでに公爵閣下と相談済みのようで手回しは完了している様子。
「なにより、あなたと一緒にいたいのです」
「……!?」
「照れてます?」
「そういう直球なことばを言われるのは慣れてませんので」
こりゃもう断る方が難しいよと思っているタイミングで、建前だけではなく本音の方もぶち込まれて思考が一瞬フリーズし、内容を把握して少し顔が赤くなる。
前世は年齢イコール彼女いないというわけではないが、こんな美少女に一緒にいたいと言われるような経験は生憎と持ち合わせていない。
赤くなった顔を逸らし、そして頬を指で掻くというベタな反応を返すしかない。
「ほどほどにお願いします」
「考えておきますわ」
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