20 執念
「喋らなくても大丈夫です。あなたのおかげで敵に隙ができた。そのまま呼吸をするのに集中して」
「お、じょう、さまは?」
「大丈夫、公爵閣下もエスメラルダ様も無事です」
「そ、うか」
「生き残ってください。それがあのお二人が喜ぶことなので」
狂楽の道化師が一瞬鈍った瞬間。
それはデバフを受け、動けなくなり出血し、意識が朦朧とするなかでも懸命に狂楽の道化師のズボンのすそを掴んだ、護衛兵士の決死の行動の結果生まれた隙だ。
心の底から助かったと感謝し、その彼をこれ以上危険にさらさないように励ましつつさらに前進する。
狂楽の道化師の倒し方のパターンはいくつも開発されている。
中には低レベルで攻略するための方法も存在する。
どの攻略パターンに持っていけるかが、今回の戦いのポイントであったが、敵の機動力を殺せたのなら、あの攻略方法がいいかもしれない。
さっきまでの恨みつらみは今は腹の底に押し込め、ここから先は奴に感情を見せるな。
深呼吸をせず、すっと感情を抑えるのを意識して、表情を消し去る。
「いやぁ、もう私は戦えないよ。ほら見て、この足。君の攻撃でこの通りだ。武器も捨てよう。私の知っている情報は全て吐き出そう。それでどうか命を助けてくれないかい?」
「……」
神妙な顔で血が滴る左足を見せてくる。
切断面が奇麗であっても、人間の肉体の中身を見るのは気分はあまり良くない。
だけど、表情を変えず俺はゆっくりと槍を構えた。
「うむ、私は君によっぽど恨みを買っているようだ」
ここから先はこいつと会話をするのはナンセンス。
奴の武器の中で、ある意味一番厄介なのは挑発というスキル外スキルだろうな。
だから黙って槍が届く間合いまで一気に踏み込み、刺突を放つ。
さっきまで命乞いをしていたはずなのに、機敏に片足で立ち回り俺の攻撃を防ぎつつも、鋭い反撃を繰り出すが、さすがに足を片方失ってしまっては先ほどまでの万全の状態での動きとは雲泥の差だ。
一本の足で体を支えるのは、訓練を積んでも難しい。
「ちっ」
「怪我は有効活用しないとね!!」
だけど、悔しいかな。
こいつは戦うことに関しては天才だ。
普通の人間であれば、足を切り取られれば痛みに泣きわめき、そして足を失ったことへの悲しみで戦う気力なんて湧かない。
しかし狂楽の道化師は、精神的に狂って高揚した戦う才能が、傷から吹き出る血を回し蹴りの要領で目潰しに使ってくるなどえぐい発想を生む。
目元に飛んで来る血を躱せば、柔らかく動く関節を駆使して片足だからこそできるような奇天烈な動きで反撃してくる。
まるで足の裏に吸盤でもついているのではと思うように軸足を変幻自在に動かす。
時にはその足でコマのように回り、ホッピングのように飛び跳ね、支え棒のように固定もする。
片足しかないならないで、どうにかする発想を持っている。
これで性格がまともなら、最強格のNPCに数えられてもおかしくない実力はあった。
だが。
「アハハハ!あなた相手では片足では厳しいですか!!どうなってる!?私が、押されている!!」
そんな実力があるキャラであっても事前情報の差が勝敗を分け始めた。
短剣という機動力を生かす必要のある武器の使い手が片足を失ったのも痛い。
槍の懐に飛び込むための突進力が完全に半減し、しかも俺が間合いの中に入られないようにしている。
致命傷は避けているようだが、槍は着実に狂楽の道化師の体に傷をつけ、出血を強いる。
「あなたの動きは変だ!!まるで私の動きを知っているような対処方法!!この技も!この動きも!この変化も!!すべてを知っている!?」
いかに工夫しようとも、俺の眼には根本の動きが見え、そこからどう発展するかが手に取るようにわかる。
知恵、知識、情報、どう言い換えてもいい。
時折混ぜてくる雷魔法は、ネルのハルバードでもやったようにマジックエッジをアース代わりにすることで逸らすことができる。
毒系統のスキルは基本的に剣の刃のような媒介を使わないと効果は発揮できない。
素手で毒を使うにはリスクがあり、そして解毒剤を常備しているからと言ってすぐに治るわけでもない。
こいつのスキルは敵に回すと厄介だが、使い勝手がいいかと言われればそういうわけでもない。
知っていると知らないの差というのはこういう卑怯だと罵られてもおかしくはない戦力の差を生み出す。
焦ってはいない。
しかし、理不尽だと嘆くようなトーンの狂楽の道化師の叫びを無視し。
「首狩り」
今度は右手首を切り払う。
毒ナイフを持つ奴の右手が斬り飛ばされた瞬間、その手首を足先が無くなった左足でこっちに蹴り飛ばしてくる。
「なぜだ!!私はあなたを知らない!!記憶にない!!憶えがない!!」
余裕はない。しかし追い詰められていることに対しての恐怖もない。
死ぬことを拒否はしているが、それ以上の感情もない。
「あなたは誰だ!!」
左足と、右手。
この二つを失い、それでも生き残ろうとしている狂楽の道化師。
そんな相手に対して、答える言葉を持たない俺は静かに、首狩りのリキャストタイムを待ち。
その間に、左肩の関節付け根に槍を突き刺す。
「誰だ!?だれだ!?ダレダ!?お前は!!」
今の奴の脳裏には過去に殺してきた相手の記憶がフラッシュバックしているのかもしれない。
ありとあらゆる人間の絶望の顔を見ることを生き甲斐にする奴の記憶能力は人の顔を覚えるという点で言えばかなり優秀だ。
奴を恨み、そして復讐してくる相手の顔もしっかりと覚えているから、俺自身がこれまでの相手の家族かだれかだという認識をしているようだ。
「……」
この世界ではアレスとしてのお前に会ったのが初対面だ。
それ以前に会ったかどうかなんて俺にもわからない。
「そんなに狩りを邪魔したのを恨んでいるのか!?」
「……」
アレスとして会った時の記憶が俺との出会い。
それ以外に該当しない狂楽の道化師はそんなことでという感情を込めて質問してくるが。
俺の返答は、顔面を貫く勢いで突き出す鎌槍の刃だ。
武器を使う腕を失い、左足と右手から吹き出る血を目潰しにして回避する以外の手段が表向きにない狂楽の道化師の血で俺の体は真っ赤になっている。
何も答えない。
それが今のこいつにとって一番の対応手段だ。
この狂人に対して一番効果的なのは、楽しませないこと。
それはどの攻略方法にも書かれているほどの重要事項。
こいつのポテンシャルは感情で左右される。
面白いと思えば思うほど、やる気を出しその相乗効果で性能も跳ね上がる。
だが、裏を返すとテンションを下げれば下げるほどこいつのポテンシャルは下がる。
奴にとっては面白いという感情が一番重要になり、そしてその面白いという感情をもっとも感じられるのが相手の絶望という感情だっただけ。
淡々と対応し、虫けらを処理するように攻撃し、感情を表に出さない。
奴にとって一番つまらない人間を演じ、殺すという行為こそ最も苦痛に感じる人種なのだ。
作業のように殺す。
「首狩り」
「あ」
それが対狂楽の道化師の基本戦術。
テンションダウンによる弱体化。
怒りや恨み、そして嘆きなどの感情をぶつけるのはこいつには一番やってはいけない行為だ。
マイナスの感情をぶつけることこそ、狂楽の道化師の感情に燃料を与えテンションを燃え上がらせるきっかけになる。
様々な苛立たせる行為を押し付けてきたキャラにそれを向けないのは土台無理がある。
俺だってついさっき、殺意を向けてしまった。
しかし、徐々にだけど冷め切ることはできる。
最後に右足首を斬り割き、これでこいつは身動きを封じられた。
立つことがままならなくなり、膝をつく奴の胸に槍を突き刺そうと突き出すが無様に転がりそれを躱した。
追い詰められ口数が多くなっているこいつと会話をする?
それこそ一番やってはいけない行為だ。
さっきまではこいつが本物かどうかを確認することと、ゲーム時代の恨みつらみをぶつけるために会話をしたが、本物だと半ば以上に確信した今では会話はデメリットの塊でしかなくなった。
心臓が止まるか、首を掻っ捌くまで絶対にこいつに油断をしてはいけない。
なんでそんなことを言うのか?
俺を含め、数多くのプレイヤーがその会話中の気を抜く一瞬の隙を突かれてこいつにやられているからだ。
この世界でリスポーンなんてできるはずがない。
となれば、こいつに関して言えば中途半端は許されない。
「カハ!?」
腹に槍が突き立つ。
抜こうとした瞬間、腹筋を締められ抜けなくなった。
マジックエッジを解除して引く動作をするまでの時間が一秒長くなった。
こいつはこんな状態になっても絶対にあきらめない。
口から含み針を吹き出して、俺の目を潰しにかかった。
「どこ、まで知っているのですか」
「……」
だけど、その動作はHPが2割を切った時に行う特殊動作だというのを俺は知っている。
手首が無くなった腕で腹部の傷を押さえ、少しでも出血を抑えようとしているが、手首、足首からも止め度無く血が溢れている。
このまま放置してもこいつは間違いなく死ぬ。
だけど、放置による死は信用できない。
手向けに質問に答えることなどない。
確実に俺がこの場で息の根を止める。
「ふふふ、君が、私の死神でしたか」
最後まで笑っている。
諦めず、もう手がなくともできる攻撃手段である魔法を発動しようとした。
雷魔法の稲妻を、再び放たれたそれを俺はマジックエッジで逸らし。
その光景を見て、最後の悪あがきは終わり、そしてもう抗うことができなくなった奴に向かって俺は跳びかかり。
「ああ・・・・・クラリス」
「首狩り」
すれ違うように狂楽の道化師の背後に移動し、鎌の刃を奴の首に叩き込んだ。
正真正銘人の命を終わらす一撃。
それによって宙に奴の首が舞った。
最後に誰かの名前をつぶやいたようだが、そこで刃が鈍るということはなかった。
ゴロンと頭部が転がり、そしてその首から吹き出る血。
これで終わったと思うかもしれない。
だけど、こいつはこれで終わりじゃないんだ。
鎌槍を持つ手に首を狩った生々しい感触を残しながら、ゲーム時代にもやった死体の確認をする。
槍で体を倒し、首の断面を見る。
「ゴーレムではないな」
ゲーム時代にはここまで生々しくなかった首の断面を見て、そして次に槍先で鎧を剥がし、服を破る。
からだはあちこち傷ついているが、間違いなく人間の体だ。
その光景に少し気分が悪くなるが、これも必要なことだと自分に言い聞かせて黙々と死体の確認を続ける。
こいつは本当に隠れることに関してや身代わりを用意することには間違いなく天才であった。
こいつが狂楽の道化師の影武者だったら目も当てられない。
ここまで敵対して逃がすようなら、明日からまともに表を歩くことはできない。
ゲーム時代でも、死亡アナウンスは出ない。
倒したと思っていたやつが影武者で、安心しきっていた時に背後からぶすりと刺され、そして俺たちプレイヤーが何度も復活する便利な獲物だと認識しているかのように何度も何度も奇襲を仕掛け、俺たちを殺すことで経験値を得て強くなる厄介なNPCと化す。
こいつの死体の確認は、ゲーム時代にはかなり重要な行為だと、グロ関連の情報にはなるが、攻略サイトでも黒寄りのグレーゾーン情報として載せられていた。
そして体が人間であることを確認して次にやるのは笑顔の表情で固まって地面に転がる狂楽の道化師の頭部に近づくことだ。
膝をつき、槍を側に置き手を顎の下にそっと伸ばす。
さっきまで生きていたからか、そのまま何かしてきそうな雰囲気を感じつつ慎重に、あるであろう変装するための顔の皮を探り、そしてそれらしきものを見つけてそっと剥がすと。
「ああ、間違いない」
その皮をはがした先にある一人の男の顔を見てこいつとの戦いが終わったことを実感した。
その顔を見て、ようやく肩の荷が下りた俺は大きくため息を吐くのであった。
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