17 試合に勝って勝負に?
「良く飛んだなぁ」
「人ってあんなに飛ばせるんだ」
ネルのゴールドスマッシュがアレスに炸裂し、人が立てたとは思えないような炸裂音が闘技場に響く。
決闘の駒で安全性が確立しているからと言って出していい音ではない。
だからと言ってやりすぎかと言えば。
「あ、起き上がった」
「ちっ、やっぱり仕留められなかった」
「リベルタ君!?」
そうとは思わなかった。ここで何らかの手違いでアレスを仕留めていないかと淡い期待を抱いていたが、ネルのゴールドスマッシュでもさすがに神の防御は突破できないか。
隣で舌打ちした俺を呆れてたしなめるアミナは苦笑しつつも、闘技場の端まで吹き飛ばされたアレスを見ていた。
『あああああああああああ!?』
対面の観客席でボンボンが頭を抱え、大絶叫しているが知ったこっちゃない。
『勝者ネル!!』
立会人の勝利者宣言で、周囲の兵士たちも拍手をしてネルを褒めたたえている。
その拍手に応えてネルが手を振っているが。
「……」
こんなにあっさりと終わるか?
勝ったのは良いが、少しあっさりと終わりすぎじゃないかと違和感を感じている。
ジッと吹き飛ばされたアレスを見れば、体の無事を確認しながらゆっくりと壁から起き上がる姿が見えるだけ。
あの狂楽の道化師が?
こんなに簡単にイベントを終わらせるのか?
勝敗は決した。
あとは決闘の神に宣誓した内容が執行されるだけ。
だけど、妙な胸騒ぎがする。
なにか、何か見落としがないか?
狂楽の道化師のスキル構成が原作乖離した?
それとも本当にやる気がないだけで、これで終わりにする?
どちらの理由もしっくりこない。
それとも本当はアレスは狂楽の道化師ではないのか?
勝者と敗者、二つの陣営の温度差を感じつつそっと周囲を見渡せば。
兵士たちは緊張感がわずかにほどけ、あとは帰るだけだと先ほどよりも気を抜いているのが見えた。
「撤収準備!!」
しかし、その気のゆるみも隊長の掛け声ですぐに引き締め直し、整然と公爵閣下とエスメラルダ嬢の護衛についている。
この警備を突破するのはさすがに無理か。
そう思っているときだった。
パンと乾いた炸裂音が響いた。
銃声のような音。FBOでも銃は存在する。
ただ珍しく取り扱いが難しい代物だ。
まさかと一瞬焦り、アレスから目を逸らし音の発生源を探す。
兵士たちも周囲を見回し、警護の中には自分の体を盾にして二人を守っている者もいる。
狙いはこっちじゃない?
何も起こらない、その違和感の元を探すために対面の方を見てみるがあっちの方は音を気にするどころの騒ぎではない。
狂乱し叫ぶボンボンを必死に兵士たちがなだめようとしていてこちらに気を回す余裕がない。
「あれ?アレスがいないよ」
「!?」
相手じゃないのならと思っているときに、アミナがさっきまでいた場所にアレスがいないと指摘した瞬間、俺は公爵閣下父娘の許に駆け出した。
警護はつき、そして十二分に警戒している。
僅かな意識の誘導、それだけでどうにかできるとは思っていない。
だけど、その意識の裏を突くのが狂楽の道化師という存在だ。
ネルに決闘を任せたのも、いざという時に自由に動けるポジションが欲しかったから。
きっと奴にとって、決闘の勝敗はどうでも良かったはず。
あいつは人を困らせるためにはどんな努力でも惜しまない存在のはず。
執着する相手への感情が重ければ重いほど、あいつの行動原理は過激になり、手段を選ばなくなる。
あいつの目的が何なのかはわからない。
だけど、最悪の結末は何なのかはなんとなく想像はつく。
一体全体、どうやったかはわからない。
ついさっきまで闘技場にいたはずの冒険者アレスは、気づけば公爵閣下の〝頭上〟にいた。
「悪は滅びろ!!」
なんという自己中っぷり。
決闘に負けて、その前提を覆すというのなら神罰が下りろよと思うが、冷静に考えてみれば決闘人はあくまで代理人。
先ほどの宣誓は、ボンボンとピンク頭が追放されてエーデルガルド公爵家に港の権利が移れば反故にしたことにならない判定なのか。
神様よ、それはちっと判定がガバすぎじゃないかね?
周囲を警戒していたが、頭上は警戒の穴になっていて、剣を振り上げ叫びをあげたことでようやく兵士たちが気付き公爵閣下父娘を守ろうとするが。
「せっかくの決着に水を差すんじゃねぇよ」
それよりも早く、俺が空歩でアレスに跳びかかり鎌槍でアレスの剣を弾き飛ばした。
空中での交錯。
アレスの攻撃を防いだは良いが、アレスは体勢を崩すことなくひらりと地面に着地し、その周囲を兵士が取り囲む。
「どういうつもりだ」
一時の危機は去った。
兵士の後ろから公爵閣下が睨みつけるが、アレスは真剣な顔を取り繕って言い返してくる。
「どうもこうもない!決闘には負けたがお前のような悪を見過ごせない!それだけのことだ!」
「悪だと?」
いきなりこいつは何を言い出すんだと思いつつ、これは演技だとわかった俺はゆっくりと息を吐きだし、自身の気配を薄くする。
「そうだ!権力によってグンス殿の意志を押さえつけあの二人の愛を阻んだ!お前が余計なことをしなければ二人は幸せになれた!」
あー、聞いててイライラする。
日本でもいたよなぁこういう理屈じゃなくて感情任せで気に食わないから突っかかるというアホ。
幸せそうなんだから邪魔するな?
先に不貞を働いた奴を庇うとか、狂楽の道化師も大変だね。
「……はぁ、話をするだけ無駄だな。兵士よこやつは私の命を狙った罪人だ。生死は問わん」
僅かな会話でこれ以上の対話は無駄だと判断した公爵閣下が兵士に命じて数でアレスを倒そうと動く。
実際に貴族の当主の命を狙ったのだ。どう言い訳しても、どんな綺麗ごとをほざいても極刑は免れない。
「待て!逃げるのか!!」
「……」
公爵閣下父娘は安全な位置に退避するために下がる。
それを卑怯だと叫ぶが、公爵閣下はエスメラルダ嬢と護衛を引き連れてその場から離れる。
「かかれぇ!!!」
そして隊長の掛け声でアレスに向かって兵士たちが殺到する。
槍で周囲を囲み、そのまま槍衾で仕留める算段だ。
訓練した兵士たちの実力は個人個人ではアレスの中身には敵わない。
だが、連携とこの日のために準備した武装を使えば、十二分に倒すことはできるはず。
「くそ!卑怯だぞ!!正々堂々戦え!!」
なんだ?この違和感。
あまりにも頭が悪い展開。
あいつならもっと狡猾に立ち回るはず。
こんな行き当たりばったりの感情任せの方法なんて、ずさんすぎる。
ジッと兵士たちに追い込まれるアレスの姿を見るが、必死に槍を弾き魔法で牽制し公爵閣下を追いかけようとしているのが見える。
「リベルタ君!歌うよ!!」
「ああ、頼む」
そこに追い込みをかけるように兵士を鼓舞するアミナの歌が加わる。
そうすると集中して兵士たちに攻撃を加えようとしたアレスの視線が一瞬アミナに気を取られて逸れた。その一瞬の隙に兵士の一人がアレスの腕に槍を突き立てる。
「くっ!?」
そこから血が流れ、反対の手で槍を切り払うが、徐々に、本当に少しずつ追い詰められていっていく。
もう逆転の目はない。
そう思わせるほどに、アレスは兵士たちの攻撃を浴びていく。
腕に始まり、足、腹、肩。
一撃一撃は浅いが、徐々に出血が増え、体の動きも遅くなっている。
わからない。
本当にわからない。
あの、狂楽の道化師がこんなにあっさりと倒されるのか?
本当に俺の知らないNPCの可能性があったのか?
得も言われぬ違和感が気持ち悪く、目が離せないという現象を味わっている。
「……目が、離せない?」
なんで目が離せないんだ?
違和感がひどくなる、その現象に一筋の疑問を差し挟むと、わずかだけど嫌悪感が拭えた。
この感じ、知っている。
「これは、ヘイトスキル!?」
アミナとは違い、魅了によって注目効果を付与するのではなく、プレッシャーのようなものを使って敵の集中を集めるスキル。
ゲームでは強制的に視線が固定されて、敵対する別のユニットに攻撃がしづらくなる仕様だった。
その効果と似ている現象、そして兵士たちが集中してアレスに攻撃している様。
狂楽の道化師が持っていないはずのこのスキル。
そしてなぜこのタイミングでヘイト管理などするのかという一瞬で湧き出した疑問。
「まずいっ」
その答えはすぐに出た。
俺たちを、正確に言えば、護衛をここに釘付けにしたいからだ。
「どいて!!」
では、なんでこんなところで護衛を釘付けにしたいか、公爵閣下を狙っていたというのにその当人がここにいては意味がないかと思われるが、その理由はいたって単純、このアレスが偽物だからだ。
直感だが、確信めいたその衝動にかられ兵士たちに任せてはいけないと思った瞬間に俺は一歩前に踏み込んだ。
血しぶきが出ているのにもかかわらず、動きが鈍らないアレス。
その不気味さに気づかず、懸命に攻撃を重ねる兵士たち。
「首狩り!!」
空歩で空中を飛び、そしてそのまま殺意を持ってアレスの首にマジックエッジで作った鎌を叩き込む。
本来であればこれで終わる。
スッと、簡単に刃はアレスの首を飛ばし人という命を終わらせることができる。
「ちっ、やっぱりそうか!」
だが、首が飛ばされたというのにアレスの体は動いている。
「く、首が飛んでいるんだぞ!?」
ギョッとして兵士たちが一歩引いた。
「フレッシュゴーレムだ!!心臓付近を狙え!!それで動きが止まる!!」
フレッシュゴーレム、FBOでは別名デコイゴーレムと呼ばれる存在だ。
その特徴がゴーレム種の中でもプレイヤーが作れないことで有名だ。
その理由は何故か。それはゲームの規制上の観点からかはわからないが、このゴーレムの素材に人の死体が組み込まれているからだ。
倫理的に、一般人にそんな物をゲームの中とは言え作らせるわけにはいかないということでプレイヤーメイドできない禁忌のゴーレム。
それはアンデッドではないのかと思われるが、死者を使っているのだが中身はゴーレムの素材を使い体を遠隔で動かせるというのがこのゴーレムの特徴だ。
そこにヘイトスキルを加えれば、デコイとしてこれ以上にない存在と化す。
決闘のころからすり替わっていたのか?
いや、神への宣誓がゴーレムで代用できるとは思えない。
となれば吹き飛ばされた瞬間に変わったか?
いや、目を離したのはあの乾いた破裂音の瞬間だけ。
その一瞬でゴーレムと入れ替わったというのか?
兵士たちが首を無くしたアレスと思われていたフレッシュゴーレムに槍を突き立てようとするが、ゴーレムの知覚手段は目視だけではなくゴーレムコアを使った知覚もできる。
今もなお狂楽の道化師が遠隔操作しているのなら、最後の悪あがきもしてくるはず。
「自爆なんてさせるかよ!!」
急激な魔力の上昇、それはゴーレム種が持つ自爆の前兆。
周囲の兵士の退避は間に合わない。
であれば俺がやるしかない。
使うのは新スキル。
集中しろ、ここでミスれば全員が吹き飛ぶ。
一気に息を吸い込み、呼吸を止め、首が無くなっても暴れまわるフレッシュゴーレムの前に走り込み。
「心臓打ち」
これは首を飛ばしても死なない系統のモンスター、正しくゴーレムみたいなモンスターに対しての対抗策として取得したスキル。
狙う場所は極めて小さく、外したらリキャストタイム的に二発目は間に合わない。
その極限状態でもしっかりと心臓の部分に槍の刃先を叩き込んだ。
「手応え、あり」
ビクンとゴーレムの動きが止まる。
そしてだらりと腕が垂れ、その活動を完全に止めた。
「ちっ、そういうことか!!」
俺はそれを確認しゴーレムが羽織るマントの背中から出てきた護符を見た途端に、再び走り出した。
「アミナ!クローディアさんを呼んで来てくれ!!イングリットはついてきてくれ!!」
「う、うん!!」
「かしこまりました」
一刻の猶予もない。
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