16 決闘 2
雷属性。
この属性の魔法やスキルは様々な作品で最強格の能力として演出されるケースが多い。
あるときは主人公の得意魔法として、あるときは強敵の絶大な切り札として。シンプルに自然災害として恐れられる雷はそれだけ強力だという認識を与えるのだ。
FBOでも雷属性は強力な属性として設定されている。
攻撃速度、スタン能力、シンプルな攻撃力、耐性を付与していない限り雷という属性は猛威を振るう。
ネルの持っている防御スキルは水鎧だけ。
本来であれば雷属性を付与された剣と打ち合うのは武器を失うリスクを負う行為なのだが。
「スキル構成がわかっている俺が対策していないわけないだろ?」
「驚いてる驚いてる!」
狂楽の道化師のスキル構成は全て頭の中に入っている。
相手の保有パッシブスキルは剣聖術、短剣豪術、魔術の三つ。
剣聖術は剣系の武器に全補正かかるが、一から育成していない単品スキルのため俺の知っている火力は出せない。
それに加えて同じく育成していない短剣豪術を持ち、短剣に二重補正をかけている構成だ。
後は魔術スキルを持ち、魔法系スキルに補正をかけているわけだが。
「雷系の攻撃を封じるのは同じく雷系の武器ってね。攻撃力をアップするわけじゃなく雷吸収をつけた武器は雷系スキルの天敵になる」
問題はパッシブよりもアクティブ系スキルだ。
ネルの身体能力と互角と言うことは最低でもクラス6を想定しておいた方が良い。
ゲームで好感度を調整して仲間にしたときの最低クラスが6だったからそれ以下というのも考えにくい。
クラス0の追加スキルスロットは持っておらず、パッシブスキルカンストの恩恵で得られるスキルスロットは三つ。
と、すれば、アレスの中身が持っているスキルスロット総数は最低で十五。
仲間にしたときの最低数もそうだった。
パッシブで三つ潰れ、他に所持しているスキルで目立つスキルは雷魔法スキル。
一つは武器に付与する雷鳴というスキル。
このスキルは武具に雷属性を付与し、雷属性の追加ダメージを与えさらに確率でスタンの状態を付与するという厄介なスキルだ。
攻撃するたびに放電し、維持するために魔力を消費するという燃費の悪さはあるがそれでも強力なスキルなのは間違いない。
しかし、弱点がないわけじゃないんだ。
雷属性は強力であるが、その分扱いが難しい。特に帯電系と言われる武具に雷属性を纏わせるスキルは、ことさらその扱いの難しさが如実にでる。
攻撃するたびに放電するのなら、その効果は補充しないと自然と無くなってしまう。
本来であればその攻撃は相手の命を削り、動きを封じるというメリットを得ることで燃費の悪さというデメリットを許容しているのだ。
だが、一方的に放電を強いて燃費の悪さを押し付けてくる場合はどうか。
「あ、攻撃魔法に変えた」
ネルと打ち合うことで本来であればハルバードを通じてネルに感電ダメージを与える計算がご破算となり、燃費の悪いスキルを切り上げ普通に攻撃魔法として雷を放つ。
雷魔法の最大のメリットである攻撃の速さ。
あまりにも早いゆえに回避することも難しく、命中精度も高く攻撃力も高い。
アミナが闘技場の中央で戦う二人を見て、アレスの動きが接近戦の動きから魔法と剣を使い分けるミドルレンジ戦に切り替えたのがわかった。
「相手がわかればメタっていうのは張れるんだよ」
アレスの状態で、本来の戦い方であるデバフ戦。
アレスの中身に残ったアクティブスキルの中で一番警戒している毒系統のスキルを、いきなり使う可能性は低いと踏んで、王道の戦闘方法のみで戦うと考えて雷魔法一点読みのメタ張り。
雷魔法対策の武器を用意し、アクセサリーも雷魔法に耐性を持たせた。
それが序盤にぶっ刺さり。
『なにをやっているアレス!!そんな小娘さっさと倒してしまえ!!』
アレスが苦戦するという向こう側からしたら想定外の流れを作り出した。
席を立ちあがり、悲鳴に近い叫びをあげるボンボンはなりふり構わず体を振って懸命に応援する。
最初はネルという少女が戦うことに安堵していたが、こっちがそう簡単に負けるような人選をすると思われているのは心外だ。
「あとは、中身がこのままアレスを演じてくれていればいいんだけど」
ネルには一通りアレスの中身の危険なスキルに関しては説明している。
相手の命を削る毒系スキル。
相手の戦う術を奪う武器破壊スキル。
相手の逃走を防ぐ拘束スキル。
この三つがおおよその狂楽の道化師のスキル構成。
真っ向から戦う気など皆無。
いたぶることに特化したスキル構成を見たときはドン引きしてしまうと同時にあーと納得もしてしまった。
アレスという仮面がなければ、雷魔法もただ単に相手の動きを封じられる便利なスキル程度にしか考えていない。
見事な剣術でネルの攻撃を捌いているが、それも相手を翻弄し隙を突くための時間稼ぎ用のスキルでしかない。
虎視眈々と蛇のように草陰でじっと待ち、一瞬の隙を見抜いて短剣でブスリと刺す。
これが奴の本領。
今は決闘で真正面から戦っているからいいけど、ゲームでは一度目をつけられたら最後、見たこともないようなNPCの顔でふらりと世間話をするかのように挨拶して来ていきなり腹部に猛毒攻撃だぞ?
色々なイベントをこなしているときに、いきなり襲われたときは運営に殺意を覚えたわ。
しかも、狂楽の道化師の恐ろしいところは変装技術がスキルではなく、スキル外スキルなのだ。
変装道具のすべてが自作、それもスキル無しで。
変なところで才能が豊富なのが腹が立つ。
アレスから中身の顔が表に出ないことを切実に祈りながら、ハルバードと剣が打ち合う音が響く闘技場を見る。
ネルが下手に間合いを詰めず、ハルバードの間合いを意識して戦っているのは訓練通り。
確実に小さな攻撃を繰り返し、大技を与える隙を探しているが、それをアレスはわかっていて雷魔法で牽制してネルの動きを止めようとしている。
「うわ!え!?おわ!?」
「アミナは落ち着け」
「だって!だってぇ!」
そんな攻防を見て隣でアミナが体を動かして、驚いている。
ネルの戦い方は一進一退の凌ぎあい。
攻めの時もあれば守りのときもある。
アミナの驚きが顕著になるのはネルが防御に回っているときだ。
「ネルは冷静だ。自分の強みを最大限理解して戦えている」
「そうだけどぉ」
そわそわして落ち着かないのはネルを心配してのことだろう。
ワシャワシャと頭を乱暴に撫でて、落ち着かせようとするが落ち着く様子はない。
ネルの一番の強みは戦闘型商人だけが取得できるゴールドスマッシュによる一撃決着。
いかに狂楽の道化師だろうがアレが直撃すればHPが全損するのは必至。
「ネルは商人であることを相手には隠し通している。おそらくだが相手はネルのことは戦士系のスキル構成だと思っているはずだ」
しかしこの攻撃は一度見せれば相手が警戒してしまう。
そうなれば削り合いになり、長期戦に突入するとネルが不利になる。
どうすればいいかとそわそわするアミナを安心させるためにこっちの戦術を思い出させる。
伏せ札は多い方が有利になる。
一番重要なのはネルのジョブ、戦闘型商人についてだ。
戦闘型商人は言っては何だが、ジョブスキルで攻撃に使えるものはかなり少ない。
例外的な火力を誇るゴールドスマッシュ以外は本当に攻撃力が少ないスキルばかり。
アタックホルダーもゴールドスマッシュだけで成り立たせているようなもので、他は護身用というしかないスキルばかり。
「パワースイング!!」
だからこそ、二つ目の伏せ札。
パワースイングを披露してより一層戦士系だと思わせることで相手に勘違いを呼ぶ。
バックラーで防御しようとしたアレスをスキルで吹き飛ばし、姿勢を崩す。
ここで決めると周囲はざわめくが、まだだ。
ネルが一歩前に進むよりも早く、アレスが人差し指をネルに向け、そこから稲妻がほとばしる。
その稲妻をハルバードで防いでいる間に、アレスが体勢を立て直す。
「ああ!せっかく吹きとばしたのに」
「いや、これでいい」
せっかくのチャンスを活かせなかったことに、周囲の兵士たちもアミナに合わせて残念がり、反対側の陣地からは歓声が響く。
あそこで急いて仕留めにかかっていたらネルは雷魔法の直撃を受けて身動きが取れなくなっていた可能性がある。
雷耐性を上げるアクセサリーを装備していたからと言って、完全にゼロダメージにすることはできない。
そもそも完全耐性を与えるようなアクセサリーを作れるような素材がない。
気休めレベルとまでは言わないが、体への直撃に対してダメージを二から三割くらい軽減するのが限界だった。
その代わりに雷を吸収するハルバードを作ったわけだが、公爵閣下の宝物庫の中にちょうどいい素材があって本当に良かったよ。
無かったらどうにかしてクローディアに出てもらうつもりだったし。
さて話はネルの戦闘に戻るが、徐々にだがアレスは後退し闘技場の隅に追いやられようとしている。
ネルの攻撃は強力で受けることは難しいから回避を軸にしているが故の結末。
アレス自身は気づいているようだが、ネルがコツコツと立ち位置を変えて追い詰めているので脱出ができていない。
この決闘で闘技場のエリアから落ちればもちろん失格となる。
場外判定狙いと思ってくれれば御の字程度だが、プレッシャーになるのは変わりない。
「あ、前に出てきた」
「後ろにはまだ余裕はあるが、これ以上下がってさっきのパワースイングで場外決着を貰う可能性を考えたな」
序盤で見せた打ち合いが再び繰り広げられる。
違うのは今度はアレスが積極的に攻めて、ネルを押し返そうとしていることだろうか。
多少力押しになり、ダメージを負うことも覚悟して前に出るアレスの攻め手にネルが少し後退する。
一歩、また一歩と、今度はネルが後退し背後を気にするようになる。
「ネル!がんばれ!!」
アミナも懸命に応援するが、それだけで戦況をひっくり返す手立てにはならない。
歌が届けば違うかもしれないが、さすがにそれは反則だ。
徐々に徐々に、闘技場の端に追いやられる。
ダメージを最小限に、そして動きも最善を選んでいるがそれでも追い詰められる。
エーデルガルド公爵家の陣営も固唾を飲んで見守り、向こう側の陣営からボンボンがそのまま勝てと叫び聞こえる。
このままいけば負ける、そう思っている兵士も何人かいるかもしれない。
そうして打ち合い続けて、場外になる瀬戸際まで追い詰められ、ここで決めるとアレスが一歩踏み込んだ際にネルはわざと後ろに下がった。
その一歩を踏めば間違いなく場外になる。
そう確信したアレスは、わざと剣を引き、バックラーで押し出すような動きをする。
だけど、残念。
そうは問屋が卸さないんだよ。
一歩、二歩と下がったのにも関わらずネルは場外の土を踏むことはなかった。
勢いよく前に出たアレスは空虚を押し出し、体勢を崩した。
〝空歩〟
ホッピングソルジャーとの戦いで手に入れたスキルだ。
空を踏み込み、そして空中を移動できるスキルを隠し持っていたネルは、姿勢を崩し場外にならないように耐えて体勢を立て直そうとしているアレスの上を飛び越え、そして振り返ろうとするアレスの前に着地した。
迎撃態勢が整っていない、ここで雷を放っても一撃はネルは耐える。
避けるスペースはない。
アレスにできるのは無理をしてでも防御の姿勢を取ることだけ。
バックラーを構え、そして剣から放電を行いネルの接近を阻害しながら防御するという姿を見て。
「勝ったな」
勝ちを確信した。
肩から突進するネルは、黄金に輝くハルバートを全力で振りぬいた。
「十万ゼニィイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
ネルの叫びは闘技場全体に響き渡り、すさまじい轟音を辺り一帯に響かせ、アレスの体を場外へと吹き飛ばすのであった。
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