15 決闘 1
なんだかんだで色々とやっていると時間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。
厄介ごとというのはそれを解決するだけで人の時間を奪う時間泥棒だとつくづく思う。
「はぁ、どうにか間に合ったか」
「リベルタ様、お疲れ様です」
「うん、リベルタ君、最近本当に忙しそうだったよね」
「ああ、アミナのライブの準備に、ネルの戦闘指導、自分のレベリングの時間を削って公爵閣下の文官育成プランの作成。本気で分身スキルが欲しかった」
ここは闘技場。
観客はいない。
ここにいるのは両家の関係者だけ。
俺がいるのは闘技場を見下ろせる最高の席で、陣地的に言えばエーデルガルド公爵家のエリアの一角に位置している。
今は無人の闘技場を見下ろして、はぁ、とため息を吐き、この後のことを考えると余計に心労がたまりそうだ。
「ネルにはクローディアさんがついているんだよな?」
「はい。加えて公爵閣下にお願いしまして警護の兵士も用意していただきました」
「不戦勝狙いは警戒しておかないとな。あっちから色々と妨害工作をしてきているし」
その心労の大半がこの決闘なのだから、今日でその心労から解放されると思うと幾分か気分が軽くなると思いきや。
「あー、胃が痛む」
「ポーションをお飲みになりますか?」
「飲みすぎは良くないから今はいいや」
これから始まる決闘のことを考えるとシクシクと胃に痛みを感じる。
レベルを上げ、ステータスを上げて肉体が強靭になっても、ストレスというのは体を蝕むものらしい。
こんなしんどい気持ちになるのなら俺が出れば良かったかと思うが。
「向こう側の様子が気になるのですか?」
「ああ」
自分の眼でこの決闘の全体像を見たいという気持ちが勝り、両家を見渡せるこの位置を確保した。
「うわぁ、向こう側すっごく暗いね」
「この一戦に人生がかかっているからでしょうか?」
「今にも倒れそうな顔色だな」
余裕のあるエーデルガルド公爵家の陣営とは違って、闘技場の反対側に陣を置く東の大陸のお貴族様の陣営は静かすぎる。
「あれが浮気相手かぁ」
貧乏ゆすりをして落ち着きのない男の隣に見覚えのある眼鏡の男が神妙な顔で立ち、反対側の椅子にはこれも見覚えのあるピンク髪がいた。
原作より顔は少し若いけど、あれは間違えようもない。
「知り合い?」
「知り合いたくない人ってところかな」
俺の言葉に感情がこもりすぎた所為か、アミナが知り合いかと聞いてきたが一方的に知ってはいるが知り合いにはなりたくない存在なので、そっと視線を外す。
「こっちはこっちで物々しい警護だな」
「公爵家の当主がいるのです。これでも少ない方だと思いますが」
視線の先はエーデルガルド公爵家の陣営。
テントが張られてその下に椅子が置かれ、エーデルガルド公爵とエスメラルダ嬢が座っているのが見えた。
二人とも外行きの正装をしているためか貴族のオーラみたいなのが見える。
エスメラルダ嬢に至っては、今日にいたるまで毎日ずっとメイドさんたちの魔改造が続けられていた所為か美貌がえらいことになり、反対側のボンボンからの熱視線が半端ないことになっている。
隣にいるピンク髪のお嬢さんから冷めた視線を浴びていることに気づかないほどだ。
そんな二人を見られたので俺は満足気に頷き、俺たちの周囲を鎧を着た兵士が囲み、警護している物々しさから目を逸らすことにした。
イングリット曰くこれでも少ない部類なのだとしたら、本気の警護はどれほどの規模になるのだろう。
「そうなのか」
ストーリーイベントとかで軍の行進は見たことがあるけど、こういう貴賓の警護のシーンはあまり見ないんだよな。
そんなことをしていると闘技場に人が現れる。
「神殿の神官に立ち合いを頼んだのは正解だよな」
「この国の貴族を立会人に選ぶと不正を疑われますので、神に仕える者が決闘に立ち会うことは良くありますね」
神官服に身を包んだ男が闘技場の中央に立つ。
『これよりエーデルガルド家とシェンロ家の決闘を行う!!』
歓声は観客がいないから起きないが、それでも闘技場に緊張感が漂う。
『決闘の神メーテルよ!この戦いを見守りたまえ!!』
そして神に祈りがささげられ、闘技場を見下ろす女神の像に光が灯る。
決闘を司る女神メーテルの像。
本当にどういう仕組みで光っているんだろうなぁ。
『西方!!エーデルガルド家決闘人ネル!!』
そんなどうでもいいことを考えていると立会人にネルの名が呼ばれる。
沼竜の全身鎧に、真新しいハルバードを抱え登場するネル。
「ネル!頑張って!!」
その登場にアミナが声をあげると、ネルはこっちに振り向きニッと笑いサムズアップする。
俺はそれにサムズアップで返し、武運を祈った。
『東方!シェンロ家決闘人アレス!!』
そして対するはシンから事前に聞いていた人物が登場する。
鋼色の鎧を身に纏い、長剣を左腰に携え左手にバックラー、マントを羽織っている姿を見れば騎士に間違われてもおかしくはない。
「うーん、魔鉄装備か」
その装備を見て、防具的にはネルの方が勝っていることにひとまず安堵。
これで向こうの家の財力を駆使して家宝とか持ち出されたら面倒だったなと思いつつ、平凡な装備でひとまずは安心。
「変な魔道具もなさそうですね」
「隠し持っている可能性はあるが、アクセサリー関連は強化に振り切っているようには見えるな」
装備的には王道な前衛装備に見えるのだが、相手の中身を知っている身としては安心できないんだよね。
ついつい表面上であっても怪しそうな装備を探してしまう。
指輪や腕輪、ネックレスに眼鏡、小さな杖とかを見逃さないよう観察するが怪しそうなアイテムはない。
「怪しいのはマントなんだよなぁ」
ただ見るだけでは限界はある。
セコンドでクローディアがネルの側についてくれているし、審判は神殿関係者。
下手なことはできないはず。
そんなことを考えつつも、気休めにしかならないというのがわかっている。
「あとは鎧の下、胃の中っていう線も」
「それ、疑ったらきりがないんじゃ?」
「それくらい用心しないといけない相手なんだよ」
立会人の神官が中央でネルとアレスにルールを説明している様を見つつ、怪しそうな場所を考慮してみているとネルとアレスが女神像に体を向けた。
『双方の家は、それぞれの要求を神に向かい宣誓されたし!!』
そのタイミングで両家の要求の宣誓が行われる。
『エーデルガルド公爵家の要求はいかに!』
『我がエーデルガルド家はこの決闘に勝利した暁にはシェンロ家が所有する貿易港の権利を一つ頂戴し、今回の騒動人であるグンスおよびリリィの南と東の大陸からの永久追放を要求する!!』
さすが公爵閣下堂々としていらっしゃる。
『シェンロ家の要求はいかに!!』
『わ、我がシェンロ家はこの決闘に勝利した暁には此度の件をすべて不問にすることを要求する』
それに対しての若様は隠し切れていない怯えを必死に虚勢で隠しての宣誓。
格付けはしっかりとされているようで。
「いよいよか」
「はい」
これにて両家の決闘要求は神に届けられた。
『神は両家の言葉を受け入れた!!続いて両戦士はこの決闘への宣誓を!!』
『僕アレスはこの戦いで正々堂々戦うことを誓います!!』
『私ネルはこの戦いで正々堂々戦うことを誓います!!』
ひとまずは第一関門は突破か。
無事に決闘の宣誓が済まされ、これで決闘が行われることが確定した。
いつぞやに見たアイテムが女神像から放出されネルとアレスの手元に飛んで来て、二人がそれを装備する。
「リベルタ様、ネル様は勝てるでしょうか?」
「あのまま冒険者のアレスとして戦うのであれば、十二分に勝算はある。だが、もし本来のあいつのスタイルで戦うとすれば勝算は三割ってところだろうな」
イングリットの心配の気持ちはわかる。
だが、こればっかりは経験値を積むのに時間が足りなさ過ぎた。
せめて一年くらい猶予があればどうにかなるんだけど、それを待ってくれるほど世界は甘くない。
「大丈夫なの?」
「できるだけの手は打った。そうとしか言えないな」
勝ち目は作れたが、確定で勝てるようにはできなかったというのが正直なところ。
分の悪い勝負になることは否めない。
二人が決闘の駒を装備し終え、一定の距離を取る。
『両者構え!!』
立会人の声掛けで、アレスは剣を抜き、ネルはハルバードを構える。
『はじめ!!』
それを確認した立会人の合図で両者同時に飛び込んだ。
先制はネルだ。
武器の間合いはネルの方が上、槍にも斧にもなるその武器のステータスのごり押して近づけさせないように攻撃する。
「捌かれていますね」
「それは計算通りだ」
突きを主体に、移動しながら相手を攻撃の間合いに踏み込ませないようにネルが立ち回っている。
だが、アレスも相当場数を踏んでいるからか、長物との戦いに対して心得があるのか、無闇に距離を詰めるのではなく盾と剣を駆使してネルの攻撃の感覚を掴もうとしている。
「うー、僕の歌があれば」
「歌うなよ、こっちに神罰が飛んで来る」
「わかってるよ」
一見すれば攻めているのはネルだ。
だが、冷静に攻撃を捌かれて体力を削られてもいる。
それを援護したいアミナをたしなめつつ、じっくりと戦いの行く末を見る。
「安心しろ、ネルは冷静だ」
攻撃が通らなくてじれったくなっているという様子はない。
アレスがネルの攻撃に慣れようとしているのなら、ネルもまたアレスの防御の癖を見抜こうとしている。
その証拠に、一瞬アレスの防御がずれたそのタイミングを見逃さず突きから薙払いに変えたのをアレスは防御ではなくバックステップで躱した。
「攻撃は通る。ステータスにそこまでの差はないな」
その動きを見てネルには悪いが、俺が出たかったという欲が芽生えた。
アレスの体の動かし方はモンスターを想定した動きではなく完全に対人戦を想定している身のこなし。
相当の場数を踏んでいる。
キャラとしては最悪の部類に入るがその実力は確かなモノだ。
一プレイヤーとしてこうやって正面切って戦えるのなら戦ってみたい。
うずくプレイヤー根性を押さえつけつつ、戦いの行く末を見守る。
「そうなの?」
「アレスもネルもまだトップスピードを出していないが、動きは同等。そこに加えてあそこで防御ではなく回避を選んだということはネルの攻撃を受けてはいけないと判断したんだろう。体の動かし方的に意図的に回避を選んだように見える」
何回も何回も対人戦を繰り返すと、相手の動きが誘いか本気かは多少なりとも区別はつく。
原作前だからか、アレスの中身も完全体というわけではなさそうだ。
EXBPでかさ増ししたネルのスペックなら十分に食らいつけている。
あとは。
「あ!」
アレスの攻撃に対してどこまでネルが駆け引きをできるかだ。
アミナが驚きの声をあげたのは、ネルの攻撃の隙を狙ってバックラーではじき、カウンターの一撃を入れてきたこと。
その攻撃は綺麗にネルの首筋に入りそうになったが、小手でその攻撃を受け止め片手でハルバードを振りぬき、間合いを離させた。
「あっぶなかった!」
「今のを反応できたか」
攻撃を急いているわけではないが、短期決戦の方が望ましい。
長引けば長引くほど、戦闘経験の深さで負けているネルが不利になる。
「できれば、先に相手の手札を切らせたいところだが」
ネルの小手付近に展開されている水。
水鎧のスキルの部分展開。
ダメージはほぼ皆無だが、スキルの一つを先に知られたのは痛い。
ネルのスキル構成を知っている身としては、できるだけ前半にはスキルを使わないようにして相手のスキルを引き出したかったところ。
「それでダメージを受けたら元も子もないか」
出し惜しみして負けたら目も当てられないから、あのカウンターを防ぐ意味で防御スキルを出したのは良い判断だ。
一度使ったスキルならもう隠す必要はないと、今度は防御をある程度捨ててネルは攻め始めた。
水鎧のスキルがあれば、ある程度の攻撃は防ぐことができる。
そのためにピンポイント展開の方法を教えたのだから。
ハルバードを攻撃だけに使え、防御姿勢も最小限で済むのならさっきよりも苛烈に攻めることができる。
「さて、どう出る?」
アレスの中身のスキル内容は把握している。
成長途上である今どこまでスキルを持っているかは把握できていないが、警戒すべきスキルはわかっている。
「まぁ、それを先に出すよね」
そして俺の予想通りにアレスの剣に雷がほとばしる。
水鎧と相性最悪のスキル。
「エンチャントスキル、雷鳴」
雷を武器に付与するそのスキルを見せてくるのであった。
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