14 ネタスキル
公爵閣下の説明をまとめると、この世界の国家を運営している貴族や政治家たち支配者層は、全員とまではいわないまでもほぼ脳筋で、政治のセの字もわかっていない連中と言うことになる。
FBOのゲームの世界観を楽しんでいた身としては、うっすらとそうじゃないかなぁと思っていた部分はあれど、それが現実化したこの世界の重要人物に真っ向から言われると中々のショックを受ける。
「……冒険者学校とか作ってる場合じゃないのでは?」
あーと納得し理解できてしまった俺は思わず強くなることよりも勉強しろと思ってしまった。
政に必要なのは筋肉ではなく知能だというのは常識で、阿呆をのさばらせている国の状態に問題があることが明白になった今、ついそんな言葉が口からこぼれた。
「集団で文官を育成する件に関しては何度も国王陛下に進言している。だが、陛下に理解していただけても予算がひねり出せず、貴族たちに反対意見も多い。各々の家で対応して育てるのが常識になっていて、いままでそれでどうにかなっているというのが実情だ」
「どうにかなってないじゃないですか」
何とかなっているというのは一部の人に負担をかけてどうにかしているだけで、実際には不健全な環境を維持しているに過ぎない。
俺の呆れに言うなと公爵閣下は首を横に振る。
「だが、モンスターという脅威があるこの世界で武をないがしろにすることもできん。そしてその武に対抗できる知を持つ者を育てられる環境ではないのだ」
この世界の常識が邪魔をして育成の面でも待遇の面でも文官に不遇を強いている。
しかし、実際の国家運営に必要なのは専門知識を持ち実務にあたる文官だ。
「……」
どうにかしたいと考える一方、さすがにガチ編成の戦闘型ビルドに非戦闘職が勝てないというのは自明の理。
「いや、待てよ?」
だが、ここでふと気づく。
別に勝てないまでも自衛できればいいのではないか?
今の環境は武力に脅かされ言いたいことを言えない環境の文官が多すぎて、政に支障が出ているということ。
であれば、その環境を変えて文官が言いたいことを言える組織にしてやればいいのでは?
「何か思いついたのか?」
俺の呟きに公爵閣下が希望を見出したかのように前のめりになる。
「いや、まだ草案とも言えない仮案ですけど」
「何かあるのだな。思い付きでもいい、聞かせてくれ」
現場改善をすれば国を豊かにできる。
それを承知している公爵閣下の表情に俺は隠すことではないと思い頷いた。
「文官が強く進言できないのはレベルが低くステータス負けをしているからですよね?」
「ああそうだ」
「文官になるのは勉強は得意でも運動が苦手な人が多いとかそういうパターンだったりします?」
「そうだな。この世の中であっても戦いに苦手意識を持ちレベル上げを忌避する者は多い。剣を持つこともできず、魔法を唱えることもできん」
ひとまず文官になる人の傾向で多いのはやはり剣術や武術といった戦う技術に忌避感があるというレベルではなく、身体を使う運動という面ですでに苦手意識を持っている人物が多いことだ。
本を読み知識を得ることに喜びを覚えるのは良いのだが、その反面体を動かし疲れることに忌避感を感じる輩は一定数いる。
そういう輩は得てして戦うという行為を野蛮だという認識を持っている。
実際に暴力で言うことを聞かされ危うい政をしているのだから、間違った認識とは言い難い。
モンスターと戦うことは危ないこと、だからレベルが低いままでもしょうがない。まずはこの認識を変えることから始めないといけない。
「でしたら、まずはその苦手意識を改善していくことから始めないといけませんけど、公爵閣下が欲しいのは即戦力ですよね?」
「ああ、そうだ」
「となると、現実に文武両道の人材を生み出す他ないですよね」
「そんな人材はいないとは言わんが・・・・・いつもの言葉を言うつもりか?」
「期待しています?」
「今回ばかりは驚くよりも期待の方が大きいな」
だけど一度染まってしまった人の認識というのは、そう簡単に変えられるモノではない。
人間って言うのはそういう生き物だ。
となれば今現在の文官を変えるのではなく、新しい文官を生み出すのが面倒そうだけど一番の近道のような気がする。
「では、ご期待にお応えして言いましょう。できますよ?」
「ふっ、お前のその言葉に驚かず、頼もしいと思う日が来るとはな」
普通に考えて文武両道の人材をそう簡単に育成できるかと問われれば、普通はできないと答えるだろう。普通ならね。
だが、こっちは様々なキャラを育成してきたプレイヤーだ。
理論上と頭につくが、できると思われる。
「リベルタよ、ではどうやって文武両道の人材を作る?」
「レベリングの標準化と非戦闘用のスキルの一部で文官仕様を構成して能力面で文武両道にします」
「詳しく話せ」
「はい」
この世界、というよりもFBOの話になるが戦闘には役には立たないスキルスクロールが多数確認されている。
それこそ攻略サイトにまとめられたスキル一覧表で、大枠の戦闘用スキル、生産用スキルの項目以外に、ネタスキルとして組み分けされる程の数で発見されている。
快眠スキルやマタンゴダンジョンでドロップした待機スキルもその一例だ。
では、そのネタスキルの中で文官に役立つようなスキルがあるかと言えば心当たりはある。
パッと思いつくのは簿記スキルに算術スキル、暗算スキルと会計士でも作り出すのかというスキル群。
さらに考えると、速筆スキルに美文字スキルに添削スキルと文章を作る気満々なスキルも思い出すことができる。
ネタビルドキャラをメインで作るプレイヤーの動画サイトに聖徳太子ビルドや諸葛孔明ビルドとか歴史上の偉人を再現したビルドもあったなぁ。
スキル構成が戦闘能力皆無の完全に政務向けビルドだった。
それを参考にすれば文武両道の文官ユニットを大量生産できると思われる。
「たしかに、文官たちはそのようなスキルを持つようにしているが」
「レベルが低すぎて持てるスキルの数が多くないんですよね?」
「ああ」
その発想は公爵閣下も持っていたが、ネックとなるのがやはりレベリングになる。
戦わなくてもレベルは上げることはできるけど、俺の記憶では書類作成で得られる経験値は微々たるもの。
しかもクラスアップはほぼ絶望的だったはず。
「なので、閣下に用意していただく人材の基準は三つです」
「三つとな?」
「真面目であること、勉強ができること、そして健康であること、この三つです」
となれば即席で文武両道キャラユニットを生成するには戦闘での高速レベリングを実施するのが妥当。
EXBPを気にせず、スキルスロットを気にせず、さらにはジョブの厳選も称号の厳選もしないというのであれば。
「それだけでいいのか?」
「大変ですよ?真面目かどうかなんて表面上の態度でしかわかりませんし、そこに加えて勉学ができる健康体の人物を揃えるとなれば」
「なに、それくらいの人材を用意できぬようであれば公爵を名乗れぬ」
一か月もあれば育成できる。
スキルスクロールを用意する必要はあるが、そこは公爵閣下の伝手でどうにかしてもらおう。
「それで何人必要です?」
このままいけば俺たちを取り巻く政情は、この先悪化することはあっても改善する兆しは見えないと判断した俺は、この際公爵閣下の内政要員の補充を全力で手伝うことにした。
伊達にレベリングの効率化を研究してきたわけではない。
即席文武両道キャラであれば十二分に育成できる。
「現在いるものを強化してもらうことは可能か?」
「経験者は必要ですよね。まぁ、レベルを上げるだけでしたらできますよ。さすがにまったく戦いたくないとかいう人は無理ですけど」
「それは私が命令を下し、やらせる。強くなることで仕事が捗るのなら文句は言わせん」
「実際に、現場で働いている文官の人たちってレベル平均はどれくらいなんです?」
「ロータスのような例外を除けばクラス1が大半だ。高くてレベル三十低ければ十台半ばと言ったところか」
「……さぼりすぎでは?」
「これが普通だ。お前みたいにポンポンとレベルを上げられる方がおかしいのだ」
現場をすべて新人で埋めるわけにもいかない。
ベテランの政務官をレベリングして能力とスキルをバージョンアップさせる方針というのも問題ない。
「そうですかね?普通に魔道具を用意すれば今の公爵家でもできると思いますよ」
「お前を知る前はできなかったし、思い付きもしなかったな。お前のおかげで今は売るほど精霊石が余っている。あれを使うのか?」
「はい、それを使えば十人でも二十人でも一カ月でクラス3の優秀な文官集団を育成しますよ」
「では百人頼む。それだけ使える文官がいればこちらとしても助かる」
「その代わりしっかりと治めてくださいね」
「わかっている」
プランとしても問題ない。これで原作よりも治安が良くなるというのなら投資としてもいいと思うし。
しかしまぁ、ゲームでは役立たないスキルの価値がここでわかるとは。
ネタスキルというか歴史上の偉人ネタキャラビルド作成くらいにしか役にたたなかったスキルたちがここで日の目を見るというのは中々感慨深い。
「ちなみにですけど、スキルスクロールは買い占めておいた方が良いですよ?後々品薄になって値段が跳ね上がる可能性もありますし」
「確かにそうだな。ロータスに指示を出しておこう。ついでにお前から見て国家運営に有用そうなスキルはあるか?」
「国家運営というよりは、国王陛下と宰相閣下のストレス耐性を増やした方が普通に仕事はしやすそうですよね。快眠スキルで睡眠の質をあげたり、タフネススキルでスタミナを増強したり。ああ、あとは念話スキルで側近の方々との連絡網作ったり、転写スキルで王命の通達書類を大量コピーできるようにするのもいいかもしれませんね」
今言っているのはネタキャラビルドの社畜スキル構成だ。
睡眠時間を削っても働ける残業スタイル。
快眠で睡眠時間の質を上げて体力回復、夜遅くまで働いても平気にするためのタフネス、念話スキルで業務効率アップ、転写スキルで書類作成効率アップ。
「どことなく闇を感じるのだが気の所為か?」
「残業はどこの世界でも闇ですよ」
「……その通りだな」
この社畜スキルビルドはバリエーションも豊富。
運搬スキルを増やして運送業。
足腰周りを強化して訪問販売。
少しスキル構成を工夫すれば介護職っぽいスキル構成も作れる。
俺の言葉に公爵閣下が少し大丈夫かと聞いてきたが、大丈夫だと頷いておく。
働くということは、楽しいことばかりではない。
闇を解決するために働くのだからそこが明るいわけはない。
「いずれ陛下の周りの人材も育成したいが」
「でしたら育成環境を公爵閣下が管理すればいいのでは?手順書と安全マニュアル、さらに必要な事項をまとめてエーデルガルド流文官育成マニュアルくらいは作りますよ」
「陛下関連には関わりたくないのだな」
「一度成功したら、ろくな報酬も出さないのにこれもあれもできるだろうって仕事を振ってくるのが目に見えているので。ここまでお手伝いするのは公爵閣下だからですよ?」
「わかっている。今回の件に関しても報酬はしっかりと用意する」
「報酬はいただきますけど、そこまでいりませんから代わりにしっかりと政争に勝って俺たちが自由気ままに冒険できるような地盤を作ってください。それが一番の報酬ですから」
サラリーマンは楽しいものではない。
楽しみのために働いているのだと俺は思う。
今の文官の労働環境がブラックなのなら、俺の手伝いで少しはマシになればいいな。
EXBPに関してはまだ伏せるけど、安全にレベリングするための手段くらいは教えても問題ないだろうし、これでエーデルガルド公爵家がずば抜けて平均レベルが上がる未来が出来上がったわけだ。
「普通に金を支払った方が簡単であるな」
「そうですよ~俺を頼るとお高くつくんですよ~無闇矢鱈に頼るのはよくないですよ~」
ゲームでもあったが、治安というのはかなり重要だ。
何か騒動に巻き込まれている状態では安心して活動できないし、活動拠点を置くこともできない。
放浪の旅も悪くはないのだが、安定性はない。
今回はそんなことを思いつつ、少しだけふざけながら公爵閣下に釘を刺しつつまた仕事が増えたなと心の中で嘆くのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




